第110話 投石機の準備
キャディーナ達の接待に忙しい父をなんとか捕まえて、執務室にセーファと一緒に集まる。
セーファも見回りや訓練指導、春蒔きの指示に加えてキャディーナ達が騒動を起こさないように目を光らせるのに忙しい。元遊牧民として慣れているといっても、農耕に慣れてしまった私達としては感性の違いがある。特に成っている野菜などを悪気無く盗まれたりすると騒動が起こる。彼ら的には勝手に生えているのを毟った程度の感覚なのだ。
「どうした、ティーダ」
父の言葉に、こくりと防塁の計画を描いた板を差し出す。
「空堀……落とし穴……本格的な陣地って感じだね。これは?」
セーファが指さすトゲトゲ。
「ばぼうさくなの。うまがちかづけなくするの」
私の言葉に、父とセーファが顔を見合わせて、むむむと唸る。
「ティーダ……。考えてくれるのは嬉しいが。これだけの設備だ。どれ程の予算が必要になるか……」
困った表情で父が告げる。そう、問題は予算なのだ。要地防衛にはお金と資材が必要になる。しかも、村を防衛するとなると、周辺をぐるりと囲むように防衛設備を作らなければならない。関を守るように門の周辺を一カ所厚くするような対策は取れないのだ。
「だめ?」
私の言葉に、父とセーファが難しい表情でこくりと頷く。空堀一つとっても人件費から、土の処理、空堀を作る事によって起こる諸問題への対応でお金が飛ぶ。好調に推移している村の経済で考えても、ここでいきなり大きな出費が挟まると、成長に悪影響を及ぼしかねない。
「しょうがないの」
と言う訳で、第二案を提出する。
「これは? この点々は何だい?」
「くいなの。せめられるちょくぜんにうって、それいがいのときはぬいてほかんするの」
村の周辺図に打たれた無数の点。私達が見れば、パチンコの台のように見える。
「ふむ……。それなら往来に支障は出ないか……。この開口部は?」
パチンコ台のように見える最大の理由。それは村に向かって、すぼまっていき、最終的に集結する部分が開口部になっている事。
「これのでばんなの」
私が出したのは過去に概略図を見せた投石機の設計図だった。
「三代目……。春蒔きが近くて保守作業で一杯だってぇのに、何だ、こりゃ」
泣きそうな熊おっさんに、びしっびしっと設計図を差し出す。
「すぐじゃないの。でも、はるまきがおわったころにはつくりはじめて、せいどをたかめたいの」
シーソーの原理を利用したトレビュシェットは比較的作りやすい。今回はそれに車輪を取り付けられるようにして、移動も考えている。ただ、どのくらいの時間で撃てるかや飛距離などは実際に作ってみなければ分からない。
と言う訳で、熊おっさんの出番だ。
「はぁぁ……。分かったよ。でも、遊牧の民の発注もある。すぐには無理だぞ?」
「うん。まだせんそうにはじかんがあるからだいじょうぶなの」
私がそう告げると、俯きがちだった熊おっさんが顔を上げて、はぁと溜息を吐く。
「戦争か……。やなもんだな……」
「そういってもせめられたらしょうがないの。だから、じゅんびするの」
「そうだな……。まぁ、時間は捻出すらぁ……」
「おねがいするの!!」
工房から出て空を眺めると、けぶるような少しくすんだ青空が一面に広がる。
賊相手ではない、本当の戦争。それでも、家族を民を、村を守るためには出来る事をやるしかない。
私は一緒に付いてきてくれたヴェーチィーの手を取り、家に戻る事にした。




