第104話 揚水事業の提案
「ほら、背筋を伸ばして。顎を上げなさい」
父がベティアを引いてくれている上に私が乗っている。久々の馬上は結構高く、体が勝手に竦んで丸くなる。それを父が窘める。
取り急ぎという事で、夕方に仕事が片付いてから夕飯までの間、父が乗馬の訓練を行ってくれる。ベティアも昼間は父や母、それにヴェーチィーの馬と一緒に放牧されてストレスは無いようだ。鐙を踏んで乗り込んでも嫌がる素振りは見せず、とすっと軽くお腹に足を当てるだけでかっつかっつと歩いてくれる。
その分、私の体たらくが目立つようだ。
「ふぉぉ、なれるまですこしかかるの」
「正しい姿勢で慣れなさい」
こういう体を動かす事にはスパルタな父。母とは別の意味で怖い。何とか背筋を伸ばして、上下運動に身を任せる。
「そう。最初は馬に委ねてしまっていい。将来的には自分から重心を移動させて楽をさせてあげなさい。今はどう動くか感じながら慣れる」
ふぉぉ、スパルタ!! 楽しいのと大変なのが半々で毎日を送る。
「ふぉ? ティーダ、せぇたかくなったの?」
「ほんとだ……。フェリルよい、たかくなっちぇる」
内股の筋肉痛に悩みながら、スクワットや腹筋をして予備運動をしていると、いつの間にか視界が高くなっていた。
「おちょこのこだ!!」
「しゅごいねー」
幼馴染ーズが背中をべたっとくっつけて背の高さを確認しては笑っている。母達が温かく微笑む中、それでもままごとに巻き込まれるのは良く分からない。
「大分精悍な顔つきになってきたな。もう三つだもんな三代目も」
「パパ、きびしいの。うまのことになるとひとがかわるの」
ヴェーチィーと一緒に熊おっさんの工房に来て、頼んでいた物の状況を確認する。少しずつ軌道に乗る度に別の物を相談しては試作まで頼んでいる。これも、自分の貯えが出来たから出来る。試作の段階で父にお伺いを立てないで良いのは楽だ。実物を提示して説得が出来る。
「揚水用の大規模水車の設計は終わったぞ。あの木タールっての、すげえな。水が漏れないのが良い」
現在川から支流を引いて、用水路を作っているが、農業用地の方が大分高いため、深く掘らなければ水が回らない。それがネックで畑の面積を広げられないし、作業が煩雑、重労働化している。
これを水車動力で水を上空に上げて、そこから別の支流に流し込み、もっと高い地域に水流の始点を置いて、別系統の水の流れを生み出したかった。
これに伴い、浅い用水路でも容易に水が流せるし、汲み出しも楽になる。
そのためには水車の大規模化が必要だったが、そうなると削り出しでの精度を合わすだけの水密では限界が来ていた。容量が増大すると負荷も増大する。そうすると木材が撓んでロスが生まれだす。その対策で長期間耐水出来る接着剤を求めていたのだが、木タールを使う事に決めた。
木タールは木酢液の上澄みを取った後に残る、液体だ。タールと同じく、乾かせば耐水効果のある表面材にも接着剤にもなる。体に影響の出る成分も比較的少ない。設計図を確認し、大まかなところで問題無いのを見て、ぱたりと閉じる。
「タールのりょうさんはがんばるの。すみやきがほんかくかしているから、ちかいうちにひつようりょうはかくほできるの」
「楽しみに待つ事にする」
熊おっさんと別れ、家路をてちてちする。横では嬉しそうなヴェーチィー。
「ふぉ? なにかあったの?」
「ふふ。私の弟が格好良くて誇らしいなって」
熊おっさんと喧々諤々する私の姿が大人っぽく見えたらしい。
「むりなんだいをいっているだけなの」
「そんな事無いよ」
そんな話をしている間に、家に到着する。
「水路の新設か……」
私が熊おっさんの設計図と共に、今後の農地計画を父に提案する。
「いまのままでは、のうちをひろげるのに、かわちかくのもりをかいこんするはめになるの。もりがもっているほすいのうりょくもていかするし、こうずいがおきたときにのうちがながされるきけんせいがたかいの」
生まれてからはまだ無いが、長雨で川が一度氾濫すれば、農地が流される恐れは常に付きまとう。出来れば、高台での開発を並行して進めたい。
「また、すいろかいはつにはこのぎじゅつをしようするの!!」
現在の水路は掘った掘に粘土と石を敷き詰めて作っている。石の確保から作業までかなりの大事業になる。その対策として、コンクリート。ローマンコンクリートでの水路作りを提案する。
「この材料の部分は手に入るのかい?」
「まだみかくにんなの。てっこうせきがながれるということは、じょうりゅうにかざんけいのやまがそんざいするはずなの。そこからならたかいかくりつでかくほできるの」
鉄鉱石や金が流れてくると言う事は、重い金属が上に上がる現象が発生したはずだ。毛皮おばけにも確認したが、地震はほぼ起こっていない。と言う事は、近くに休火山が存在する可能性が高い。鉄鉱石の大きさと金の大きさが物語っている。アルミニウム混じりの白っぽいか灰褐色の地層があれば、手に入る可能性はある。
「うまがてにはいったから、さがしにいくの!!」
私が勢い込んで言うと、父がはぁっと溜息を吐く。
「まだ、一人で行動は許さないよ」
その言葉にがーんと固まる。
「自分の身も守れないのだから、却下だ。ただ、揚水の話は非常に興味深い。今すぐに実行は難しいが、もう少し貯えが増えれば、考える事も出来るよ」
「ふぅむ……。きんさくなの……」
私が真剣な目で呟くと、父が頭を強めに撫でてくる。
「こぉら。燻製肉の件もある。少し待ちなさい」
その言葉に、渋々頷く。
でも、駄目とも言われていないので、何か考えよう。わくわくと次に何をするか考えながら、母達の待つ部屋に向かった。




