第100話 鹿経済
鹿の駆除は村に大きな幸いをもたらした。畑にちょっかいを出されなくなったというのが大きいが、何よりも兵主導で訓練を行いながら狩りを行えるのが大きかった。これに伴い、馬に慣れてない兵達も日々練度が上がっている。馬上弓の開発は進んでいるが、それとは別に追い込みの際にスリングを使う事も多いので、そちらの技量もガンガン上がっている。また、狩った鹿に関しては肉の加工までは兵達が行うと言う事で収入は兵達に還元される。兵の維持費がまた楽になった。
肉の加工に関しては、村の中で川魚担当と鹿担当で分かれて生産が行われるようになった。燻製機も一度集めて、再分配、増産した。現在では日時で一定量の生産が続いているので十分に主要産業になっている。
ジャーキーの感想そのものは……。
「うわ、干してあるのに柔らかい!!」
「噛んだら噛んだ分だけ味が染み出てくるのが幸せ……」
と大好評だ。個人的にはあばらのステーキが好きなのだけど、そんな事は言い出せない雰囲気になっている。ちなみに、胴体部分は兵が卸す形で市場で売りに出されている。日頃は羊や山羊、鶏が主体の食生活なので、鹿肉が定期的に入ってくるのは好評だ。
「骨、焼けましたぜ」
「うむ。なら細かくなるまで砕いてくれ」
肉は余さず食べる。毛皮はそのままか鞣して革として使う。なら、残った臓物と骨なのだが。肥料にしてしまおうと。心臓や肝臓は食べたいのだけど、寄生虫がちょっと怖いので医療体制が整うまではお預けだ。昔から細かく刻んで土に混ぜて穴を掘って熟成させるという方法を取っていたのだが、使えるまでに時間がかかるので、ちょっと手を加えた。
父の指示で鹿の骨粉が出来上がっていく。それを細かく刻んだ臓物と血に混ぜ込んで土を加える。囲いの中に盛ったら鶏糞をたっぷり塗したら準備完了。
「そして、ひみつへいきなの!!」
じゃんっと取り出したのは、甕。底の方でちゃぽりと液体が音を奏でる。
「木の酢か。虫よけを撒くのかい?」
父の言葉に、少し首を傾げてからこくりと頷く。
「もくさくえきをかけるとはっこうがはやまるのとむしがわかなくなるの。ひりょうにさいてき!!」
しゃば、しゃばっと注意しながら堆肥の材料の上に満遍なくかければ出来上がりだ。普通なら血臭や腐敗臭が二週間ほどは続くが、木酢液をかけておけばニ、三日で感じなくなる。
「ふむ。まぁ、炭作りの副産物だから自由にして構わないが」
父がくりくりと頭を撫でてくるので、ぎゅーっと押し付けてみる。
「ほんとうはほねもだしにしたいの……」
「骨を調理の材料に使うのかい?」
父の言葉にこくっと小さく頷く。
「でもまきをたくさんつかうから、まだむりなの。もうすこしさきのはなしなの」
出来れば骨は煮崩してしまった方が良い。今だと焼いて砕いているが、そもそも焼かずに乾燥するだけで済む。その上美味しい出汁が引けるのだから一石二鳥なのだ。でも、肝心の薪はまだまだ大切なので、早々使えない。
「少しずつ進んでいけば良いさ」
父の言葉に、力強く頷きで返した。
肝心の鹿の数に関してなのだが、正直村の人間が狩る程度では増加数に歯止めをかけるので精一杯のようだ。斥候の人や猟師に観察してもらったが、森の表層の部分で幾ら狩っても、奥からテリトリーを広げた鹿がどんどん進出してきているらしい。そりゃ、美味しい若芽を簡単に大量に食べられるところに移動するのは真理だよねとは思う。ただ、人間が危険な対象というのはある程度分かってくれたのか、森の食料で満足しているのか、積極的に畑の方に出てくる事は極端に減った。
まぁ、柵が無駄になったと言いたいところだが、野盗の略奪を抑える意味でも価値はあるので問題は無い。
「売れているな……」
ある日の夕食後、父が収支報告書を片手に唸っているのに声をかけてみる。
「ふぉ? ジャーキーうれたの? いいおねだんになったの?」
「はぁぁ……。本当に良いのかな……。あぁ、良いお値段だよ」
そう告げて、手渡してくる収支報告書を見ると、ぼったくり価格そのままでの買い取り履歴がずらりと並んでいる。草原にも草原で生活している種類の鹿はいる。ただ、中々狩るのが難しい対象だし、口に入る機会というのはそこまで多くない。そんな中で、現れた新商品。鹿の美味しさそのままに、干し肉よりも手軽で美味しい逸品。しかも川魚の燻製を買っている信用もある。定期的に購入出来るならと言う事で注文殺到らしい。
「しんようはしんようをよぶの」
「騙してはいないけど、若干心は痛いね」
微笑みとも苦笑ともつかず、父が書類をまとめて立ち上がる。ふふふ、また収入源ゲットだと内心でふんすとガッツポーズを決めて、部屋に戻る。ジェシの誕生日も近い。さくっと仕上げないと!!




