疑念
凛が悪夢を見た翌日の早朝、凛はランニングをしていた。
あんな悪夢を見た後まともに源治と合うこともできないと思った凛はこうして誰も居ないようなまだ霧が出ているような早朝に走っているのだ。
折り返し地点の公園までくれば一休みにとベンチに座りスポーツドリンクを飲んでいればこれからどうするか考えていると。
「城ヶ崎・・凛さんですか?」
「わっ!」
急に後ろから声をかけられれば、振り向きながら声の主から距離を取る。声の主は男だった。糸目で狐を彷彿とさせる顔、白いスーツと白いフェドーラ帽に赤いネクタイが似合っている。
「ああ、すいません脅かすつもりはなかったのですが。改めまして自己紹介を、私退魔部調査班所属、岩瀬竜一と申します、以後お見知りおきを」
帽子を脱ぎお辞儀をしながら自己紹介をする竜一と名乗る男に胡散臭さを覚えるが、名乗られたなら名乗り返さねばと
「城ヶ崎凛です・・・。」
ぎこちないながらもお辞儀を返す凛。
「良かった、これで人違いなら危うく恥をかくところでしたからね。かの有名な葛城源治、そのパートナーにして当時源治さんと揃って退魔部の双璧と謳われた城ヶ崎静葉さんの妹である凛さんとお会い出来て光栄です。」
「あいつと姉さんを知ってるんですか?」
「ええそれはもう、片や「武神」とまで言われるほどの強者である葛城源治、そしてその葛城源治とコンビを組む稀代の術式使いである城ヶ崎静葉さんのコンビは退魔部最強のコンビとして名を馳せていましたから。」
大好きな姉が褒められ得意げな凛だが反面少し気になってしまう部分がある。
「「武神」ってあいつそんなに凄いの?」
自分より強いのは知っているが、普段の姿からは想像もできないような源治への評価に凛が首を傾げる。
「ええ、それはもう。十年前の人造怪異にして離反者岩永龍二の討伐や強大な怪異である天狗や牛鬼、海外でのキマイラやデュラハンの討伐等それらをすべて一人でこなす。こと戦闘においては退魔部の歴史の中でもここまでの人材は片手で数えるほどでしょう」
竜一が挙げた名前は全て教本で読んだことがあるほど有名で強大な力を持つことで有名な怪異だった。
「あいつってそんなに凄いやつだったんだ・・・。」
「だからこそかもしれませんね、血に飢えた獣のように強者との戦いに飢える彼が当代最高の術式使いである静葉さんをその手にかけたのは」
「えっ?」
途端に凛の表情が凍りつく。
「おや、その様子だとご存じないのですか?退魔部ではもっぱらの噂ですよ?静葉さんは葛城源治に殺されたんじゃないかと。貴方が葛城源治と組んだのは噂の真偽をはっきりさせあわよくば敵を討つ為だと私は思っていたのですが・・・」
「姉さんの死の真相を知るためなのはそうだけど・・・噂ですよね?」
「ええまあ確実な証拠はないので噂の域は出ませんが、私はそれなりに信憑性のある話だと思いますよ?彼の強者との戦いに喜びを見出す性格、静葉さんの体には心臓部に大穴が開いているだけだったとか、そしてこれもまた噂ですが彼の正体が実は人造怪異という噂もあります。あなたも見たことがあるでしょう?彼が人間離れした怪力を見せるのを。それなら人間離れした力で心臓を撃ち抜かれたのも納得です」
「それはありますけど・・・けど直接的な証拠があるわけじゃないしそれにあいつが人造怪異なんてあるわけ無いです!」
凛はそこだけは確信していた。普段の態度はともかくとして源治の人間を守ろうとする姿勢は本物だ。そんな源治が怪異などあるわけがないと。
「そうですか・・・では貴方にはこれを渡しておきましょう。これは10年前の事件の後作られた人造怪異を見つけるための薬品です。これは注射器とセットになっていて人間には無害ですが人造怪異に打つと目が赤く変色します。これを葛城源治に打てば彼の正体がわかるでしょう。」
そう言って竜一は凛に薬品が込められた拳銃型の注射器を手渡す。
「あなた・・・何者なんですか?本当に退魔部のわぷっ!」
最初から自分がここにいることを知っていたりこのような薬品を用意している辺り只者ではないと感じた凛は竜一に問いただそうとするが、その瞬間突風が吹き荒れ砂埃が凛の目に入る。風が収まり凛の視界が回復する頃には竜一はその場にはおらず、公園には凛とその手に握った注射器だけが残されていた。




