Death of past~発作~
往復で30kmのランニングを終えて屋敷に戻ってきた源治と亜紀、ヘトヘトになった源治とは裏腹に亜紀はまだまだ元気そうだった。
「葛城殿は先にシャワーを浴びてきてください!」
「こういうのは女が先にやるんじゃないのか?」
「いえ!私は先にやっておくことがあるので後でも大丈夫です!」
「ならお言葉に甘えて」
そういうと源治はシャワーを浴びに浴室に向かう。
脱衣所でマスクを脱ぐとようやくマスク内に篭った熱気から解放される。
設計の段階でそういったことに配慮し通気性には気を使ったマスクだったが、ここまでの長距離走には対応しておらず、先程から熱気が篭りっぱなしだった。恐らく亜紀が先にシャワーを浴びるように言ったのはこういった点を気遣ってくれたのかもしれない。
そんなことを考えながらシャワーを浴び終え、マスクをかぶり服を着替えてリビングに戻れば、亜紀がおにぎりとお茶を用意して待っていた。
「お疲れ様です!お腹が空いているだろうと思い、朝食を用意しておきました!ごゆっくりお召し上がりください!私はその間にシャワーを浴びてきますので!」
そう言ってリビングを後にする。ソファに座り、そのおにぎりを見ながら源治は呟く。
「俺がそんなに献身的にされるほどの人間かね・・・」
源治はここまで自分を慕ってくれる亜紀の存在を嬉しく思う反面、自分に向けてくるそのひたむきな尊敬が眩しく、疎ましかった。ともあれ、亜紀の好意を無駄にはするまいとマスクの下顎の部分を外し口を露出させ、おにぎりを食べ始める。おにぎりは程よく塩が掛かっており美味かった。
亜紀が屋敷に住み着いてから1ヶ月後、いつものように二人でランニングをし朝食を食べてると亜紀が話し始めた。
「葛城殿!今日はこの後ご予定はありますか!」
「ないけど、なんでだ?」
「よろしければ稽古をつけていただきたいと思います!」
「・・・稽古って言ったって俺のは流派もクソもない喧嘩殺法だぞ」
「だからこそです!葛城殿の型に縛られない戦い方を直に体験したいのです!」
「そうか、ならいつからする?おれはいつでも良いぞ」
「ぜひ今からお願いします!」
こうして源治は亜紀を伴い、地下の訓練場に行くとそこに備え付けられたロッカーに保管されていた木刀を亜紀に投げてよこす。
「真剣だと危ないから木刀でな」
「はい!ではいきます!」
亜紀が木刀を受け取り、二人が所定の位置に付けば、まずは亜紀が駆け出す。
正面からの打ち込みを源治が受けると、亜紀はその場で斜め前にジャンプし源治を飛び越す。飛び越す最中にも上から木刀を打ち下ろして来るなど常に動き続け様々な角度から攻撃を加えてくる。
「(体力馬鹿なのはこの戦い方のためか・・・、かといってこのまま防戦一方ってのも芸がないな。ここらで仕掛けるか)」
源治の周りを動き回る亜紀の打ち込みを受け止め、捌き続けていると焦れてきたのか、勝負を決めようと亜紀の動きが大振りになる。源治はそこを見逃さず、一気に亜紀との距離を詰めるが、木刀を振ろうとした瞬間、急に体が動かなくなる。それどころか呼吸も苦しくなる。そんな状態では亜紀の一撃を避けれるはずもなく、まともに脳天に一撃を喰らい脳震盪を起こして気を失ってしまった。
「・・・殿!・・・城殿!・・・葛城殿!」
亜紀の呼びかけに源治が目を覚ますと源治は亜紀に膝枕されていた。まだ頭を打った余韻が残っているのか、体を起こすのも億劫なのでそのままで話す。
「・・・俺はどうなった?」
「申し訳ありません!私が木刀を止めきれず葛城殿に当ててしまいこのような状態に・・・」
「良いって、こんなことはよくあること・・・おい、俺のマスクはどうした?」
源治はあることに気付いた、自分がかぶっているマスクがないことに気づく。
「取ってはいけないと思ったのですが、非常事態ゆえ致し方なく・・・」
顔を直に見られている。その事実に直面した途端に源治を途方もない恐怖が包み込む。マスクを取りに行くことも忘れ、体が震える。うまく呼吸ができない、過呼吸になっている。怖い、怖い、怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い。俺を見るな、見るな見るな見るな見るな見ないでくれ。
恐慌状態にあった源治を救ったのはマスクではなく、亜紀による抱擁だった。
亜紀に抱きしめられ、その胸に顔を埋められると亜紀が直接見えなくなったのもあるのか少し落ち着いてくる。
「昔、泣いている私を母はこのようにして落ち着かせてくれました。私にはこうすることしかできませんが、こうすることで葛城殿が落ち着くのであればいくらでも胸をお貸ししましょう」
「・・・ありがとな」
落ち着いたことで、発作による精神的な疲れが一気に出たのか、優しい抱擁の中で、源治は最近味わうことのなかった安心感を味わいながら眠りについた。眠ている間、悪夢を見ることはなかった。