99 取り残された鍵 そして、彼女
「え……?」
そこで少しだけ声を落として、優しく彼は言った。
『三年前の夏、川嶋のアパートであなたを紹介されました。あなたと川嶋と藤堂と僕、四人で映画を見に行ったこと、覚えていますか? 観たのは、確か『トワイライトタイム』だった』
「……あぁ……」
トワは何故だか胸が熱くなってしまって、その場にくずれそうだった。
あれから三年の時間が経ってしまった。私はこの三年映画を観になど行ってはいない。モトキの墓にも行ってはいない。コトコにも、本当の名前で自己紹介してさえいない。
津久田という男はゆっくりと言った。
『ここに川嶋の上司だった男もいます。三年ぶりにあなたに会えること、楽しみにしています』
「……ありがとう」
『コトコさんが心配です。お願いします、早く』
「分かりました。行ってみます」
受話器を置くと、トワはベッドからカーディガンをとりあげた。ホテルのパジャマの代わりに綿のパンツをはき、腰の部分にベレッタをはさみこむ。
車の鍵がシンヤの部屋にあることを思い出して、廊下側からまわった。鍵はオートでかかるためにもちろん開かなかったし、ノックをしてもシンヤは出てはこなかった。
トワは自分の部屋からベランダづたいにシンヤの部屋に入り、上方の通気窓が開いていたため、そこから室内に入った。かなり目立つ行動だったが、この時間だ、誰も見てはいなかった。
シンヤの部屋はかなり寒い。ジャケットはなく、もちろん誰もおらず、拳銃も見当たらなかった。
ベッドサイドの机の上に、無造作に鍵が残されていた。この部屋の鍵さえ残されている。ここに返ってくるつもりがなかったのだろうか。