89 告発文が公表されなかった訳
コトコ :トワを愛していました。ファイルの中に、兄からトワへのメッセージが残されています。兄はトワを裏社会から足を洗わせたかった。だから、彼女の犯罪記録の入ったファイルを公表せず、それをトワに渡すつもりでした。組織から抜ける時に、トワに制裁の手が伸びないように、それを脅迫材料に使うつもりだったようです。
津久田のキーボードを打つ手が止まった。君国も深く息をついた。
だから川嶋はファイルを公表しなかった。自分が死んでもなお親友に託し、それが小暮ミクのもとに届くようにはかったのだ。
それは曖昧でどうしようもない感覚。人の持つ、最大の弱さ。
公務としては決して許されることのない行動だ。
だが、君国には責めることはできなかった。
自分を陥れ、殺そうとしている人間を愛することがどういうことか、君国には分からないのだから。すべてを捨ててまで守ろうという激しい感覚は、もう君国には抱けないものだろう。
ダイスケ:でも、ファイルはトワさんの手には渡らなかった。三年前の事件の真相は知っている?
コトコ :藤堂さんがファイルに付け加えた以上のことは知りません。藤堂さんの事件は全貌を知っています。私は現場にいました。しかし、ショックでしばらく記憶が混乱し、真実を知ってはいても誰とも連絡をとれませんでした。記憶がはっきりしたのは一昨日のことです。
ダイスケ:犯人を知っていると言ったね?
コトコ :知っています。三年前の事件、藤堂さんの事件、二つとも同じ犯人です。そして藤堂さんが亡くなった日、その人物が私からファイルを奪いました。多分、今も持っているはずです。