80 冷徹 キョウ
『届きましたか?』
受話器の向こうで冷酷な声が問うた。まったく、冷酷という言葉がよく似合う。声は澄んでいて言葉も軽く、この台詞を聞いただけでは歳暮か中元が届いたのを確認するような口ぶりだ。
だが届いたのは決して有り難くない代物だった。
「……どういうつもりだ」
なるべく低く、相手を威圧する声色を選んだ。
どんな形であれ、経営者というものはそれだけ弱くなる。守るものが増える、しがらみが増える、自分以外のことにこだわる、それだけのことが上に立つ人間を弱くする。はなから何も持ってはいないこの男に、自分の力は及ばないことを知っている。
だが、上に立つ人間としての強さもプライドもあった。それがこの声を吐かせたのだ。
しかし相手はゴクリとも唾を飲まない。こだわる色もない。
『どういうつもり、は、こちらのほうです』
無邪気に。
『私を陽動に使いましたね?』
「……」
『それはあなたの判断ミスだ』
笑うように、キョウは言った。本当に笑っているのかも知れない。
武石は冷静さを駆使して告げた。
「あれは鈴見が勝手に判断してやったことだ。お前をおとりとすることが前提の行動ではなかった」
『あなたはいつもそうですね。自分だけが綺麗でいられると思っている。力があれば綺麗でいられると思っている』
「……私が綺麗だと? ばかばかしい。綺麗であることを捨てていなければ、ここにはいなかった」
『私はそんなことにこだわっているのではありませんよ。こういうことはよくあることですから、特に苛立ってもいません。鈴見君が単独でやったとおっしゃられるならそれでけっこう。ただ、あなたに対する信用を失った、それだけです』
「信用……?」
そんなものは初めからなかった。
それだけ言おうとして、武石は言葉を飲みこんだ。