79 中心に遺志在りて
「追わないんですか?」
「え?」
「だって、左折……」
気がつけば、桜田通りを左折して北上、君国は自分たちの巣穴、防衛庁に戻ろうとしていた。
「あっと……、すまん。いつものくせでつい」
「まぁ、多分追いつくのは無理でしょう。監視センターの老人たちに任せますか」
「悪い」
君国の車は、防衛庁に引き返した。今度はゆっくりとした速度で。
小暮ミク。
川嶋コトコ。
マンションに引き返した男。
中埜貿易。
川嶋モトキ。
三年前の事件。
藤堂の事件。
昨日の朝の事件。
ファイル。
すべての名詞と光景が溶けあって、端から端へ糸で結ばれ、そうしたうちからまた溶けだして、一塊になって君国の脳裏でくるくるとまわった。
しかし、流動形のそれは、確かにひとつにまとまっていることを認識できた。
川嶋モトキのファイル、それが自分の探しているものであり、すべての中心にあるものだ。
失われてもなお雄弁なその口を封じるために、いくつもの複雑な意図ができたのだ。
手に入れる、そのファイルを。
川嶋の遺志を。