75 もうすぐ追いつく
「気付かれてますよ」
「分かってる。元々、気付かれないように尾行る気なんてなかったよ」
左車線を目で追って、君国は中央車線を走らせ続けた。
「後部座席に女が乗ってるよな」
「はい、二人。ひとりは小暮ミクでしょうかね」
「死亡届が嘘だったらそうだな」
「この時間まであの通りで何をやってたんでしょうかね。これからどこへ行くんでしょう?」
「俺に聞かないでくれ。とりあえず、煽ってみるか」
「あんまり無茶しないで下さいよ。僕達は警察じゃないんですから。それに銃を持っているかも知れないんでしょう?」
「とりあえず、津久田。ナンバーを確認して、あのじいさんたちに連絡してくれ。高速に入られたら厄介だ」
津久田はうなづいて、君国の携帯でリダイヤルした。
君国はその間にランドクルーザーに接近して、不満を言う後ろの車を牽制して左車線に入り、その真後ろについた。ランドクルーザーのルームミラーを介して、女の顔が見えた。
小暮ミク。
何度も手配書で見た女の顔。先日、パソコンのデータに載っていた、死んだはずの女の顔だった。
「小暮ミクだ……」
津久田も話していた携帯から顔を上げた。
引き締まった目元も、滑らかな口元も、髪型さえ三年前と寸分変わらぬ姿で、彼女は同じトウキョウ都内に居たのだ。三年の時間は、彼女の中で死んではいなかった。
君国は妙に崇高な気分に支配されていた。失われた時間が自分の中にとりこまれていくような。きっと、刑事が事項直前に十数年前の殺人犯を捕まえる時とはこういう気持ちなのだろうと、そういう考えが唐突に頭の中に浮かんだ。
彼女は多分、自分を知らないだろう。川嶋から彼女を紹介されたことはなかった。
でも、自分はもう三年も彼女を追っているのだ。
まったくわけの分からない、人の作った複雑さの理由の中を、暗中模索で進んできたのだ。川嶋の意図したところに、自分はもう少しでたどり着ける。それが大きな感動だった。
彼女はやはりあの男と一緒だった。あのマンションに住んでいた。確かにこの人物にも生活というものがあったのだ。
中埜貿易とはどう関係してくるのだろう。彼女は川嶋にとって何だったのか。
その質問の答えが、今自分の目の前を走っている。
君国はエンジンを大きく踏みこんだ。
パッシングするように車体をゆらして、ランドクルーザーにアピールする。
もうすぐ追いつく。