72 車上の人
何組か人が、店に入ってきた。
ほとんどが見なりの良い紳士淑女に分類される人間で、あまり見なりのよくはない私達をまるで異形のものでも見るかのようにじろじろとのぞき見ていった。
結局、私達はケーキを食べるだけで精一杯で、シンヤだけがしきりに辛いものを欲しがっていた。彼はもう何杯もコーヒーをお代わりしている。
「あぁ、もう、一年分はケーキを食べたわね」
その目の前で飄々とケーキをたいらげたトワが笑って言った。
「私は今からケーキの海に浸かったって平気」
それを想像して私は心底気持ちが悪くなった。
トワはそれを見て笑っている。
「そろそろ出なきゃ。次のお客さんが入る時間だから」
「マスターに感謝しなくちゃね。こんなに騒がせてもらって」
私達は勘定を済ませると、そのまま店を出た。夕刻を過ぎて暗くなっている。
路上駐車した車のドアに近付いて、トワがにっこりと笑った。
「ありがと、シンヤ。嬉しい」
「ごちそうさま」
「どういたしまして。このまま豪華リゾートホテルへ直行よ。今夜はふかふかのベッドで眠れるからね」
冷たい秋の風がしのんでくる。辺りは静かで、一本向こうの大通りの喧騒が耳に心地いい。
夜になればなったで、その店はイルミネーションもつけず、完全に普通の民家と一体化していた。秋の虫の声もコンクリートとアスファルトのほんのすき間から聞こえてきて、その趣を添えていた。
私達はまた車上の人となる。今度もハンドルはシンヤがとった。
低く滑らかなエンジン音をさせて、車は滑りだした。