60 じゃ、お邪魔します
しかし、くせで目は電気のメーターを追い、手はドアノブに伸びた。
電気のメーターはまだ動いていた。速度があまり早くないので、冷蔵庫だけがついていることが伺える。
ドアノブにかけた手がすべる。
「あ、」
津久田が君国の手元を見て驚いたような声を上げる。君国も驚いた。
「開いている」
そのままドアは何の抵抗もなく引かれ、廊下側に向かって大きく口を開けた。
小さな玄関には幾つかの靴が無造作に置かれていた。女物だけではない。かなり大きな男物の靴も脱ぎ捨てられていた。西向きなので真っ暗だ。
津久田はじっと君国のほうを見ていた。
「どうします?」
「すみませーん!」
君国は奥に聞こえるように大きな声で呼んだ。
「すみません。誰かいますか? いませんね?」
君国は靴を脱いで上がりこんだ。困ったような顔をした津久田は、しかし渋々君国のあとについて入ってきた。
廊下は玄関を入ってすぐに横方向に伸びており、左手にリビングとキッチン、右手に二つの部屋があるようだった。扉はすべて開け放しになっており、ものの少ない部屋がチラチラと視界に入ってきた。
津久田をキッチンのほうに行かせ、自分は二つの部屋を見てまわった。
手前の部屋は男の寝室のようで、シャツやジャンパーが何枚かベットに乗っている。本当に物のない部屋で、本や写真など、男の人格を表すような品はどこにもなかった。
奥にもうひとつ寝室がありそこには化粧品が床に転がっていた。そのうえ、引き出しは壊され、窓は破られ、何だかさんざんな様子になっている。
これは、片付いていないというよりむしろ荒らされたような感じだ。そう言えば、物がなかった男の部屋も、開きっぱなしのクローゼットといいめくられたベットシーツといい、荒らされたような跡があった。