4 武石
武石は今日十二杯目の珈琲をほとんど義務的に口に運んでおいて、いぶかしがる部下の前であからさまにため息をついてみせた。
液晶画面には一つ一つは無意味だが、複数並ぶと途端に意味を持つという不思議な絵が(つまりは活字が)ぎっしりと詰め込まれていた。
パソコンのおかげで、報告用紙がたまりにたまって部屋から出すことはないにせよ行方不明そのまま今生の別れ、と言った状態に陥らなくてすむが、それでも後先争って自分のデスクに届くメールを読んでいると、報告書を読みながら小さなオフィス中歩き回ったあの紙の感触が懐かしくさえ思えてくる。
自分はいざという時に責任をとるためにこの椅子に座り、人より少しばかり多い給料をもらっているのだ。自覚はしていた。
だが、今日ばかりはいたっておもしろくない。
不快な報告ばかりである。
「どうしたんですか、武石さん。さっきから苛ついていませんか?」
部下の鈴見が声をかけてくる。
固まった視線を無理に動かして、武石は彼を見あげた。
「まったく、みんながみんな鈴見君みたいに洞察力のある連中だと良いんだがね」
「そんなのみんな気付いてますよ」
「みんなっていうのは、世界中のみんなという意味なんだけど」
武石はまたため息をついた。
「世界中のみんなが僕に従順だといいんだがなぁ」
「……それって、危険思想じゃ……」
「ところで鈴見君、きみ今暇かな?」
「は? いえ、不本意ながら暇ですが」
「じゃ、頼まれてくれる?」
「何をですか?」
武石はパソコンの中に入っている住所録を取り出して、そこから紙に何かを写し取った。久々の鉛筆の感触が心地いい。
武石は書き終わると、その紙切れを鈴見に渡した。
「ここに女の子がひとりいるから、彼女とデートしてきて欲しいんだけど」
「美人ですか?」
「……鈴見君、きみ暗喩というものを解したほうがいいんじゃないかな」
「会ってどうするんですか?」
「天気のこととか最近の様子とか、まぁ、いろいろお喋りしてきて」
「は? それも暗喩ですか?」
「それは文字通り」
武石は笑った。
鈴見は何だかよく分からない顔をしている。
「大丈夫。彼女おしゃべりだから。彼女のほうから勝手に話してくるから、それをきっちり聞いて、報告書にまとめるように」
「……結局、報告書ですか」
「おしごとだよ」
飄々と笑ってみせると、分かりましたと立ち去ろうとする鈴見を呼び止めた。
「あぁっ、鈴見君。もうひとつお仕事」
「は? 何ですか?」
「コーヒーお代わり」