37 それぞれが言葉にしないこと
私達はしばらく全力で走っていたが、大通りに出るとどちらからともなく歩きだした。シンヤはほとんど息を切らしてはいなかった。
白みはじめた空は静けさを際立たせる。
私は自分の呼吸の音におびえていた。
車が一台行き過ぎて、私達のすぐ前方で止まった。
薄暗いのにライトもつけてはいない。
「トワ……」
シンヤが言った。
それは見たことのあるランドクルーザー。運転席に乗っているのはティーシャツ姿のトワだった。
彼女は無表情にこちらを見て、顎で乗るように促した。
私とシンヤは素早く後部座席に乗り込んだ。
薄暗くしんとしたこの時間だけのゴーストタウンを、ランドクルーザーは低いエンジンの音をたてて走った。
「……あんたがキョウを撃ったのね?」
シンヤが静かに尋ねた。
「そうよ」
トワも静かに答えた。
やはり彼女は何も聞かなかった。私達二人があそこにいた理由も、私が拳銃を持ちだしている理由も。あるいは彼女は神様のようにすべてを知っているのだろうか。
「ありがとう」
シンヤが言った。
私も何か言うべきだと思ったが、言葉が口の中から逃げていってしまったようだった。何も思いつかない。
吸いついたように掌から離れない拳銃の、安全装置をかけていなかったことを思い出して、私は空白の頭でそれをした。
トワは不機嫌そうに一度小さくうなづくと、それから車内は沈黙の海に浸った。
私だけではない。シンヤも意識がどこか遠くに行ってしまったように黙っていた。
薄暗い逃亡の空気。
一日のうちで一番寒い時間に、私は少し身震いした。
でもそれは、気温のせいだけではなかったかも知れない。
みながみな、まるで別々の方向に意識を伸ばしてそれぞれの思案にふけっていた。