36 ぶれる照準
息を吸う。
止める。
足を踏みこんでいっきに私は自分の拳銃を戸の外へ突き出した。片目だけで位置をはかり、キョウに銃口を向ける。
キョウの銃口が私の左目を狙う。
その隙に、シンヤが机にとび乗って、宙に身を投げだした。
キョウの照準が瞬間だけ迷ったようにぶれた。
ガラスの割れたようなパキッという音が耳に届いた。状況から完全に独立した音。
「くっ……!」
ぶれた照準はそのまま天井に向き、キョウは左腕を押さえた。
意識が私からそれる。
何が起こったか分からなかったが、一発の弾も使わないままに私はシンヤのほうに駆けよった。シンヤはすぐに起き上がって、二人で非常階段にとびだした。
最後に、視界の隅でキョウが窓の外を仰いだのを見て、私は彼が隣のビルから狙撃されたのを知った。
隣のビルとは裏道をはさんで十メートルも距離はない。しかし、一枚の窓をはさんで真っ暗な部屋の中の横向きの体勢のシンヤの腕を狙うなど、装備がいいか腕がいいか、どちらにせよそう簡単なことではない。
シンヤと私は転がるように階段を下りると、隣のビルの狙撃手と鉢合わせすることを嫌って、反対の通りへと駆け出した。
靴を履いていない足が痛い。
必死で駆けはしたが、キョウは私達をこれ以上追尾する気配を見せなかった。
どこかで第二団が待ち構えているかも知れなかったが、それを口にするとシンヤは即座に否定した。
「あいつは誰とも組まない」
キョウという男については、私も組織で何度かその名を聞いたことがあった。元々はスナイパーだった男で、世界中をまわって仕事をこなしているのに、一度として税関で声をかけられたことすらないという噂だった。
だが、私が彼を知っているということについてシンヤには何も言わなかった。
思い出したということは言わないほうがいいと思った。