32 闇の中の微笑
「シンヤ……?」
相手はその声に安心したように息を吐いた。
「もうっ、やっぱり……コトコ、あんただったのね。またあの部屋から窓を使って出てったでしょっ。何でこんなところに? ……あぁ、靴も履いてない」
シンヤは呆れた様子で言葉を次いだ。
しんと静まり返った街に響くようなかん高い声で。
「せっかく私が窓を直したってのに、あんた、なに考えてんの?」
薄暗いシルエットが首を傾げる。呆れるほど、いつものシンヤだった。
彼独特の小気味いいテンポで言葉が紡がれる。でも、いつもより心なしか話し方が静かだ。夜の魔法のせいかも知れない。
「シンヤ……」
「ほら、早く帰りましょ。トワが心配するわ」
彼が手を差し出す。長袖のティーシャツがさらさらとゆれる。
私が拳銃を持っていることについて、彼は何も言わない。暗くても見えているだろうが、初めの時のトワと同じ、何も言わなかった。
彼の差し出した手に思わず心を引かれる。
私も銃を持っていないほうの手をゆっくりと差し出す。
もう少しでつながれる、手。
彼の腕に傷が見える。
彼の腕に……
不意に気がつく。
シンヤの差し出した腕の間から、彼の後ろにじっと立っている人間のシルエットが浮かび上がる。
シンヤよりもずっとスマートで、彼と同じくらい背が高い男の黒い影。
階段を上がって最初の部屋の戸口からこちらを見つめている。
シンヤは気付いていない。
男が腕を持ち上げる。
左利き、私と同じ。
拳銃。
銃口がこちらを向く。
瞬間、窓の外から車のライトが入ってきて、私の横顔、シンヤの横顔、次いで追跡者の横顔を映しだす。
闇にくっきり浮かび上がる男の端正な顔。
笑っている。
笑っている。
笑いながらトリガーを引く。