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30 あのビル

 じりじりとじれったくなるほどのスピードで、一時間以上も歩いた。

 風が出てきて空気は夜明けに向けていっきに冷たくなり、はおっただけのカーディガンでは肌寒く感じた。秋が深まっていることを実感した。

 上がった息を吐く唇を、濁った空気が冷やす。

 表通りの飲み屋の看板も今はすでに明かりを消し、人気の少ない通りに夜闇の残り香が漂っていた。一日で一番静かな時間だ。

 狭い通りの先にあのビルが見えた。

 あの日、トワに連れられて逃げ帰ったビル。

 一階には得体の知れないバー、二階には非合法の診療所、三階には探偵事務所と明記された紙が貼ってあるだけの開かない扉のある空間、四階以上はがらりとしていて、最後にいつ人が入ったのか壁も戸も覚えていないような顔をしている。

 私はそのビルの中に入った。

 明かりはほとんど本来の用をなさないものばかりで、二階の診療所の前にある漢方薬の処方箋を書いた紙を照らしている電燈で階段を昇る。三階以上は足元がおぼつかないほどだったが、それでも廊下から離れて窓に近付けば、近隣のビルの消えかけた明かりが目に入る。

 靴を履いていないので、足音はほとんどたてずにすんだ。

 耳を澄ませるが、後ろから自分を追う足音は聞こえない。

 確か五階だった、自分がいたのは。

 狭い階段に勘だけで足を進めて、五階に上がる。

 階段から上がると二つの連結した部屋がある。五階の部屋はそれだけだ。

 何もない。

 あの時剥れかけていたクロスが、今は完全に取り払われていて、コンクリートがむき出しになっている。いっそそのほうが綺麗だ、コトコは思った。血痕も死体も、当然のことながらもう見えない。

 あの男は葬儀をしてくれる人間のところまでたどり着いただろうか?


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