24 あの日 永遠に別れた背中と繋がった電話
その沈黙をごまかそうと思って、私はわざと話題をふった。
「……ね、どんな人?」
「ん?」
「彼女」
「あぁ、イバラギ出身で重機会社に勤めてる、普通の子だよ」
「若い?」
「そうだな。俺よりは」
「名前聞いちゃっていい?」
兄は少しだけ迷ったようだった。
その反応を見て、私は聞いてほしくないことまで聞いてしまったのではないかと少しだけ心配した。
兄は瞬間黙ったあと、また仮面のように静かに笑って、
「小暮ミクさんだ」
「……じゃぁ、川嶋ミクさんになるんだね」
できるだけ無邪気に私は言ってみせた。
兄は困ったような顔をして笑った。
何か言う、そう思ったけれど、それ以上兄は口をきかなかった。
私もそれ以上何も聞かなかった。
それから……そうだ。
覚えているのは、その日が満月だったということだ。
青々と茂った稲穂に照り返す月の光は、深海に差し込む太陽か、あるいは凪の日の海を感じさせた。
瓦屋根に反射する光が、刻々と移り変ってゆれていた。
私はずいぶんと長い時間そこにいたのだ。
時間がゆっくりと進んでいるようだった。
それは、月が、草が、私に感じさせてくれた、まるでその日のために人類の歴史が始まって以来とっておかれた光景のようだった。
翌日、兄は祖母の葬儀の片付けがすむとすぐに自分の車でトウキョウに去った。
いつも通り、簡単にあいさつをかわして背を向けた。
それから一か月もたたなかった。
私が兄の訃報を受け取るまでは。
私に最初に連絡して来たのはひとりの女。
電話口で彼女は名前も名のらずに、誰よりも先に私に兄の訃報を告げた。
警察よりも先に。
だれ?
彼女はなんと言った?
私は受話器を手にしながら、二階のあの部屋で窓の外を見ていた。
かられた稲藁。
冷たい空気。
遠くにかすむ紅い山々。
まるでこの日のためにとっておかれたような綺麗な満月。
目が覚めると、すでに夜だった。
私は泣いていた。
泣いていた。