表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
23/120

23 あの日 彼の静かな微笑み

「……いるんだ、彼女」

 急激に冷める感情が、孤独を思い出させる。

 自分と同じ場所で生まれ育った人間が、自分の知らない世界を作る不思議さ。奇妙な見えない世界は、私にはできないものだ。

 私はため息をついた。冷静さを取り戻す。

 今度こそ本当に自分だけになってしまったのを感じる。

 兄はもうここにはいない。

 トウキョウに新しい世界を作った。

 その世界の人間が、兄のしわだらけの喪服にアイロンを当てるのだろう。

「そっか」

 ため息をつく私に、兄は優しく言った。

「……こんな席で言うのも何だけど、婚約してる。今の仕事がすべて片付いたら、コトコに紹介するよ」

「……うん」

 ことのほか静かな思い。

 息を吐く度に、重い感情が浄化されていくようだ。

「分かった。高校卒業まではここにいる。それからのことは、またお兄ちゃんに相談する」

「うん。受験勉強、ちゃんとして、それからトウキョウに来ればいい。この家を売り払ってもいいし」

「大丈夫。私はここにいる。奨学金うけて生活保護うけてなんとかするから。婚約してるなら、あんまり迷惑かけられないし。……嫌みじゃないよ」

「分かってるよ」

 今日初めて、兄は私を見て微笑んだ。

 祖母の訃報を伝えてから、ほとんど寝る間もなくとんで来た兄は何だかやつれていて、いつもよりなお静かに思えた。まるで人間離れした、人形のような表情。

 私達はあまり会話のない兄妹だったけれど、それでも私は目一杯兄のことが好きだったし、兄もきっとそうであることは知っていた。

 蝉がまた鳴きだした。

 夜風が髪をなでた。

 祖母に無理を言って街まで出て切った髪は、前よりもずっと軽く、耳元でさらさらと鳴った。

「お兄ちゃん、あんまり無理しないで」

「ん、分かった」

 素直に言うと、兄はにっこりと笑った。まるで子供みたいだ。

「彼女、ちゃんと紹介してよね」

「ん、」

 何故だかまた静かな表情に戻った兄は、言葉を切った。

 私も少しだけ黙った。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
http://nnr2.netnovel.org/rank01/ranklink.cgi?id=koguro
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ