22 あの日 最後の日
高校の友人がみんなそろって帰ってゆく。
人気の少ない閑静な田舎道は、ただそれが目の前に存在するだけで人恋しいような気持ちにさせられる。空気さえも、その濡れた手でよそよそしく私の頬を撫でてゆく。
「じゃぁ、川嶋。明日もくるから。気を落とすなよ」
「コトコ、私も明日手伝うよ。何でも言ってね」
親友、先生、定型化された慰めの言葉。きっと彼らは心から私の力になりたいと思っているんだろう。
理性では分かっていても気のきいた返事が返せない。
ただ唇だけは私の意識に反して静かに笑んでいた。
去っていく喪服の群れ。
二階の窓辺からそれだけ見守る。まったりとした夏の夕暮れ。
蝉の声は、重く辛くもの哀しい。
深く閉じ込めた感情が、ひとりになるとしんと体を支配する。
きっと葬式ってのは、忙しくてお金の心配もして、死んだ人間のことを忘れるためのセレモニーなんだ。みんなが慰めの言葉をかけるのも、他のことを考えるためのひとつの気晴らしに過ぎない。
だから、終わるとこんなにも静けさが身にしみる。
疲れた。
多分、今日はよく眠れる。
こんな温い風の中でも。
すました耳に、誰かが階段を上る音が聞こえてくる。
『誰か』なんて言葉はもう使わなくていい。この家にいるのは、今は私以外ひとりしかいない。
沈んだ背中に声がかかる。
「コトコ」
お兄ちゃん。
私は静かにふり返る。
いつの間にか蝉の声、止んでいる。いつの間にか。
兄は買ったばかりの大きな喪服を着て、部屋の中に入ってきた。今日一日着つくしているので、喪服はすでにしわになっている。
一体この喪服に誰がアイロンかけるんだろう。そんなことを漠然と思う。
「ばあちゃんの畑、売ることに決めたよ」
静かに言った。
兄は何でもそうだ。静かに言って静かに動く。
ときどきかんしゃくを起こす私とは大違いだと、よく祖母に言われたものだ。
その祖母ももういない。
この家のあるじは私になってしまった。
「この家は大丈夫だから、あと半年で高校卒業だし、大学もこっちに決めてるんだろ? 心配しないで勉強しろよ。お前のことはお隣によく頼んどいたから」
「……私もお兄ちゃんと一緒にトウキョウに行きたい」
兄の真似をして静かに言った。
祖母が居ても大きく感じたこの広い家に、たったひとりいる寂しさなど想像したくない。
兄はトウキョウにいる。ひとりで私を養っている。
母が生きているうちに地元の大学を卒業し、そのまま国家公務員だ。
兄は眉をひそめた。
「今はだめだ。ちゃんと高校を卒業しなさい」
まるで父親のように。
実際私にとっては、七つも年が離れているお兄ちゃんが父親だ。
「トウキョウにだって、高校あるじゃない」
「そうじゃなくて、……仕事の都合で、お前に構ってやることができない。いろいろ事情があるんだ」
「ここに居たって、構ってくれないのに……」
私は少し腹が立って、かんしゃくを起こしそうだった。
何か手当たり次第に壊したい感情。
「彼女がいるから、妹は邪魔なんでしょ?」
兄は困った顔をした。
それを見てますます腹が立ってきた。
「むかつく」
「違うよ。ほんとに仕事だ。……そうだな、彼女はいるよ。でもお前をトウキョウに呼ばないのはそれが理由じゃない。ほんとに仕事の事情があるんだ」