18 重ねられたマモリタイ
「あんたに死んでほしくないのよ、トワ」
シンヤの言葉が真剣みを帯びる。しかし口調は弱かった。
頬が夕暮れの淡いオレンジに染まって、冷静さを保とうとするシンヤの顔に生気を吹き込んでいるようだ。
「……いえ、違うわね……、つまり……嫉妬しているのかも知れない、川嶋モトキに」
「シンヤ……」
「あんたを守りたい。でも私にはモトキのようにはできないわ。コトコにもなれない。どうしたらいいのか、多分分からないんだわ」
シンヤは肩を落とした。
三年も自分を守り続けてくれた人間が視線をおとして自分に寄りかかってくる様は、トワにとって少し意外だった。シンヤはいつも明るく笑っていて、どんな時でも軽く朗らかに話した。
しかし、それも自分が作っている表情と同じ、外面の自分が繕った薄い膜なのかも知れなかった。きっと本質に抱えているものは同じなんだ。
ただ、自分にはここまで素直な感情の露吐はできない。
倒れればうずくまってしまう。シンヤのようにじたばたと抵抗することなどできない。 彼のこの素直な感情表現は、彼女にとってずっと救いだった。こんな時でさえも。
「あぁ……もうっ! 自分でも何を望んでいるのか分からないのよ。ただ、ちょっとモトキの名前を出したらコトコはどんな反応するか知りたかっただけなのかも。……よく分からないなぁ。あぁ、なに湿っぽいこと言っちゃって、私ったら」
トワが慰める隙もなく、シンヤはひとりで立ち上がった。彼女の手を借りることもなく。
「だめよ、だめだめ。この時間は一番危険なのに、何よ、銃だって机の上に置いちゃってさ。トワ、あんたもよ。モトキの妹なんだから何があっても守るんでしょっ」
シンヤは無理ににっこりと笑って見せた。
トワも無理にそれに応える。
シンヤの笑みは強さだった。ストレートでまったく迷いがない。
けれど、それを作りあげるためにどれだけの力がいるか、トワはよく分かっているつもりだった。
「今のは忘れること。私だって、たまには言葉につまることもあるってことを実証的に証明しただけよ。コトコが倒れたことはごめんなさい。でもほんとにモトキの名前を言おうと思っただけなのよ。それなのに、こんなことになるなんて」
シンヤを見上げて、コトコはソファの上で腕を組んだ。
「……多分、コトコは自分から忘れようとしたんだわ」
「モトキのことを?」
「あるいは他の何か。頭を打ったとかそういう記憶混乱じゃない。意識的に記憶の一部を無意識の範疇に追いやったんだわ」
トワは妙に確信的に言った。彼女も忘れたいことがあったはずだった。しかし、忘れない、そう決心した。忘れない。
シンヤはうなづいた。
「だとしたら、比較的簡単に思い出せるかも知れない。でも、もし思い出したら……トワを殺そうとするかも知れない」
「かもね」
今度は本気でトワが笑った。
呆れた顔をしてシンヤが彼女を見つめる。
「あんたがそんなに呑気だから、私の気苦労が増えるって分かってないでしょ」
「でも、守ってくれるんでしょう?」
にっこりと笑む。
それは必要としていることを伝える笑み。まるでこの笑みは自分以外には見せない特別なものなのではないかと錯覚してしまう。
その表情にみとれながら、
「あ……ったりまえじゃない」
言葉につまってしまったのは、まだ自分がトワのそばにいたいからなのかも知れない。
そう自己診断して、シンヤは自分の一番奥深いところにある感情をそっと隠した。