12 あいまいな言葉 真摯な信頼
「井和倉キョウが動いてる」
シンヤは言った。
トワは眉をひそめた。
「日本に帰っていたのね」
「いいタイミングでね」
皮肉にしたかったが、なっていなかったかも知れない。
コトコは寝室に引きこもっている。眠っているとは思うが、トワもシンヤもずっと気配に注意をはらっていた。
昨夜のようなことがないとは言えない。
「何をしに動いているの? 私達を殺しに? それとも、コトコを?」
「多分、両方ね」
光をおとした部屋の中は詩的に暗い。
向かい合うシンヤの顔も真剣みを帯びていた。
「だいたい、コトコをここに送りだしたのだって、トワを本気で殺そうと思っていたからじゃないのよ。もちろんコトコ自身は本気だったかもしれないわ。でも、もし組織が本当にトワを殺そうとしているんだったら、『小暮』なんて三年前の事件を暗示するような偽名は使わなかったはずよ。武石はあわよくばトワが自分の危険に気付いてコトコと相打ちになってくれればいいと思っていんだわ。それでなくとも、どちらか一方がいなくなるだけでも、組織にとっては有利だもの」
「川嶋モトキの妹であるコトコは、最初から殺されるために組織に引き入れられたんだ……モトキの書いた告発文を隠蔽するために」
「多分ね」
「……でも、もしコトコがモトキの書いた告発文のファイルを持っているなら、彼女はモトキを敵視していた中埜貿易には入らなかった。コトコは読んでいなかった。あのファイルはコトコではなく、誰か他の人間が持っている」
「あるいはもう組織に渡っているかも知れないわよ」
トワは小さく首を振った。
「昨日死んだ、防衛庁の藤堂という男は、自分が個人的にそれを持っていると言っていた。だから会うことになったのよ。彼を殺したのは、ファイルの存在を彼が知っていたからだわ」
「……じゃぁ、コトコが……」
「あの子が殺したと決まっているわけじゃない。その前に組織の誰かが手を下したのかも知れないわ。それに、もしコトコがあのファイルを見つけたんだとしたら、素直に武石に渡すわけがない。自分の兄が命がけで守った告発文書だったんだから……」
深いため息がトワの言葉をさえぎった。向かうと、シンヤが険しい顔で大きく息をついている。
トワは心配性のこの相棒を見つめた。
「どちらにせよ、私達にとって良い変化でないことは明らかじゃないの」
トワは少しだけ微笑んだ。
「分かってるわ」
「あっ、それっ、その言葉。言うと思ったのよぉ、私」
呆れたような顔つき。
その後ろで、夕食の残りの煮魚の暖かい匂いが漂っている。
「あんたって、ほんと……」
「ワンパターン?」
「違う。のんきって言おうとしたのよ」
「ねぇ、モトキの残した告発文のファイルを見つけることはできないかしら」
モトキ。
トワは自分の口がそう動いた時、心が震えた。
彼の残した中埜貿易という仮の名を持つ組織の告発文があれば、それが強みになる。どこか信用できる国家権力に渡せば、自分たちを保護してくれる可能性もある。
しかし、シンヤは露骨に眉をしかめた。
「……また、組織に関わるの?」
「いつまでも逃げてはいられない。キョウが動きだしたのなら、海外に逃げても、あるいは危険かも知れないし」
「その前に殺される。コトコかキョウか、どちらかに」
「……かもね」
「あぁ、それも言うと思った」
「シンヤ、私とパートナー解消しようか?」
「あんたって、ほんとに……」
シンヤは思いっきり顔をしかめ、込み上げてくる感情を抑えるために息を吸った。
トワはおかしそうな顔でシンヤをのぞき込んでくる。
「分からず屋?」
「違う。ワンパターン、よっ!」