1 プロローグ、あるいは終わりへ
煙、油、埃のざらつき。
普段よりもずっと研ぎ澄まされた感覚がこの部屋の隅々まで手を伸ばして、空気のひとかたまりの動きですら、恐ろしく痛く皮膚に刺さった。
「……っ!」
硝煙のにおいがつんと鼻腔に差し込んで、涙がにじんだ。こんなときに限って弱気な涙腺が理性の邪魔をするなんて、まったく。
毒づいた唇を鼓動が振るわせる。
それでも、脳内麻薬が気分の激しい落ち込みだけは回避してくれているに違いない。現状は、普段だったら私のことだ、絶望して「最後の一撃に全てをかける」的な行動に出てC判定をくらう、そんな場面へと収束しつつあるのに、ここでこうして息を潜めて冴え凍る感覚で逃げ道を探っている。逃げ道はほとんどないというのに。時間か偶然かあるいは奇跡か、そんなところ。それでも、拙速な行動を避けて生きようと執着する自分の体に、微笑ましいものがよぎってしまうのは、動揺と混乱の波からとにかく逃げようとする、これもまた自分の精神の働き。
下の通りから差し込んだネオンが、むき出しの天井に筋を描く。死角などほとんどないがらんどうの部屋で、光は狂気のようにくるくると色を変えて踊りまわる。
紫と青の重なる明滅に、いつの間にか自分の呼吸を合わせてしまっていることに気がつく。
私の足元に真っ黒なファイルが寄り添っている。
何度も読み返され、付け足され、変更され、主の死に立ち会った、ひとまとまりの文書。壁と自分の体の間に押し込めて、私はそれをかばうように腰をかがめる。
冷たい夜気が鼓膜を張り詰めさせた。
足音がひとつ。
自分のものではない。
空気の震えを感じ取ったかのように、私の首筋も震える。
耳を澄ます。
息を潜め、
止め、
手の内にあるものを握り締める。
相手の位置を感じる。
まるでこのビル全体が自分の体であるかのように、音だけではっきりと位置が分かる。
足音がもうひとつ。
存在を示すためにわざとたてているのだろうか。
そう訝しんでしまうほどにはっきりと聞こえる。
冷たい手先に汗がにじむ。
「……」
相手が私の名前を呼ぶ。
私は思わず息を飲む。
応えるべきか。
応えざるべきか。
「……!」
どうしよう。
私は混乱し、心は均衡を失って叫び始める。
どうしよう。
埃の舌触り、揺れる視界。
どうしよう。
カラオケのくぐもった響き、どこかから歓声と調子を合わせる声、タクシーのアイドリング。
どうしよう。
鼓動、遠ざかる現実感、ネオンの点滅、紫、青、紫、青、紫、青、……。
どうしよう。
私、私は。
私は誰を信じたらいいのか分からない。
初心者です。
小説の基本的なこと(句読点の打ち方、改行の仕方、表現の技法や改善点、文章の癖、投稿のタブー、など)がまったく分かりません。そういったことについて、具体的なご指南・ご意見をいただければ嬉しく思います。