half fiction
ホワイトデイってなんて楽なんだろうー。
なにもしなくていい!
気付いたら惹かれていた。
彼女に初恋をした瞬間は今でも覚えている。
成績が悪い上にサボリ魔の俺が、知らないうち(サボって高校休んでるうち)に文化祭の実行委員に抜擢されていた。
きっかけがそれだ。委員長に立候補して、当選した彼女に出会った。
文化祭実行委員会の委員長として、堂々とみんなを指揮する勇ましさ、どう考えても無理なこと(一人でパイプ椅子八個とか、デカイ材木を一人で運ぼうとか、どうやってもとどかないくらい高いとこの資料取ろうとするとか)を一人でやろうとする危うさ。
表裏一体の無謀さに俺は見ていられなくなって何度か助けた(一応、委員会のヒラだし)が、それでも反発する彼女を何としてでも支えたくなっていった。
密かに彼女のことを考えて、気付かれないようにチラ見するだけの毎日。
だったんだが――――
「パンフレットの作成が遅れている。初瀬、手伝え」
実行委員の集まりに顔出した途端、委員長からのお呼び出しに内心ドキドキしていたが、いざ、対顔すれば目も合わせないで仕事振られた。
ドサッと積み上げられた紙の山。おまけに断らせてくれなそうなオーラ……。
いや、いいんだけど……ホッチキスでとめるだけだし。
「うっす……」
ただ、なんだ……もう少し、可愛げというのがあってもいいんじゃないかな……いや、一緒にいられるだけで嬉しいんだけどさ。一応、初めて名前(苗字だけど)呼んでもらえたし……。
ちょっと欲が入った俺は、紙の山を全部抱えて、委員長の左隣が空いていたので、椅子一個分空けて陣取った。
これくらいなら、いいよな……?
「……」
なんか、委員長こっち見てる……やっぱ、ここダメか。
「すんません、別のとこでやってきます……」
「いや、いい。それより、紙の向きが逆だ」
「あ……あぶね」
ホッチキスでとめる前だったから、良かったが……え? ここにいるな的な視線じゃなかったんすか。
今もこっち見てるのはなんでなんですか?
「初瀬、それが終わったら、こっちの書類の見直しを頼む。私が暗算でやったから、正確かどうか電卓で確認してくれ」
また仕事振られた……てか、その書類、全部予算管理のやつか。五六枚セットのパンフの山と同じってどんだけあんだよ。しかも、全部暗算したとか、流石過ぎだろ……。電卓いらねぇのかアンタ。でも、見直しさせる手間があるなら、最初から電卓使えばいいのに……。
まさか、電卓打つ暇あるなら、別の仕事片付けるっていう算段か。頑張りすぎだろ……。
「……了解っす……な、永坂委員長」
「……」
俺、初めて名前(苗字だけど)呼んだな……。でも、当の本人は熱心になんか仕事してるし、俺一人バカみてぇ……嗤える。
「……」
「……」
会話がねぇ! 元々、クラスも違うし共通の話題とかもねぇし仕方ねぇんだけど……この空気ツライ。
あ、でも、気になることあった。
書類の山を挟んで、パソコンカタカタしてる委員長をチラ見すると、なんか顔赤い。
「えっと……そういえば、委員長」
「……なんだ?」
「なんで、今日はこっちで事務処理みたいな仕事してんすか……? あっ! いや、別に委員長と仕事するのが嫌とかじゃなくて、ただ、なんかその、気になって!」
口に出してみると案外失礼なことだったかと思って、必死に撤回する。
だって、いつもなら、馬車馬の如くあっちこっち走り回って、指示だして、スマホで色んな小難しい話したり、外部の人と折衝やったりと学校内外移動してるし……。
実行委員は泊まり込みもザラにあるが、この人の場合、毎日夜遅くまで何かしてる。
要するに、チョー忙しいのだ、この人。
そんな人がなんで今日は一箇所に留まってパソコンとにらめっこしてんの? って疑問ぐらい湧くわ。
「ああ、そのことか……。心配ない、統括の方は、凪に任せてあるし外部との交渉も大方済んでいる」
いや、別に委員会の仕事ペース心配してんじゃねぇよ。あ、でも、今の話聞いて、指示出されてる奴等、心配になってきた。春日副委員長、キチガイみたいに仕事させるし……。俺、こっちで良かった。
でも、なんか、この人、元気無さすぎじゃね? 今日、特に。会話の返しもおかしい。
「委員長……その、大丈夫すか?」
「支障はないから、だいじょう――ケホッ」
セキ? もしかして、この人カゼなんじゃ……。
「ケホッケホッ……大丈夫だから、余計な心配するな……」
「マジで一回休んだほうがいいですって、咳き込んでるじゃないっすか!」
俺の声を聞いたんだろう先生がこっちに視線をくれる。
「先生、永坂を保健室に連れてきます」
「待てッ……まだ仕事が残っている」
席を立って近寄る俺に永坂は抵抗しようと片手で静止を促してくるが、なんか無性にイラっときたから、無視した。
静止のつもりで伸ばしていた腕を引っ張ると、あんまり抵抗無く素直に担がせてくれた。たぶん、素直じゃなくて、力が入んないんだと思う。
廊下に出る頃には、喋らなくなった。俺も永坂も。
永坂の身体は、堂々としていた勇ましさなど感じないほど、細くて弱々しいくらいに柔らかい。
鼻腔を通り抜く女子特有の香りもすごい良くて、肩にかからないくらいの髪もサラサラでこっちの首に擦れる度にくすぐったい。
俺に肩を貸しているからと言っても、足取りが不安定で呼吸も若干荒い。
「……頑張りすぎだろ…………!!」
こんなになるまで、女が頑張ってるのに、俺は一人でなに浮かれてんだよ……! 何が助けただよ……助けられてねぇじゃねぇかよ。
悔しさを苦い想いで噛み締めながら、保健室に永坂を運んだ。
***
保健室に着くと、タイミング悪く保険医がいなかったから、取り敢えず、ベッドに永坂を寝かせた。
無言でベッドに寝転んだ永坂が薄い寝息をたてるのに時間はかからなかった。
「……スゥ」
「お前が俺達以上に頑張ってるの知ってたのに……ホントに俺は何やってんだ……」
ベットの近くにあった椅子に腰掛ける俺は、拳を握り締めていた。
自責の念と自分の不甲斐なさに腹が立つ。
「って……何俺は居座ってんだ。さっさと仕事終わらせねぇと……いけねぇのに」
離れたくない。
この無防備な幼子のような寝顔をずっと見ていたいという欲望が性懲りもなく湧いてくる。
少しでも長く一緒に居たい。このまま時間なんて忘れてしまいたい。
こいつをこんな有様にしちまったのは俺なのに、図々しいほどそんなことばかり考えてる。
どうしようもなく、クソ野郎だな、俺……。
下唇を噛む。握っている拳を爪がめり込むくらい力を強める。
眉も寄せて、瞼も閉じて、俺は今どんな惨めな面をしているだろうか。
「初瀬、なんで私を助ける……?」
「っ! 起きたのか……?」
驚きの表情をすると、力んでいた身体から力が抜けていくのが分かった。
ベッドに横たわり、頬を蒸気させている委員長は真っ直ぐ俺の目を見ている。
「……助けれてねぇよ。現に今、お前はぶっ倒れてる」
「私は、嬉しかった。お前が助けてくれることが」
「だから……助けれてねぇんだって……!」
「初瀬、助けてくれるお前に私は、つまらない文句ばかり……。昔からそうなんだ。人の善意に反発してしまって、気付いたら、誰も私を助けなくなった」
悔やんだ過去を振り返る永坂の遠い目に俺は吸い込まれるような感覚を受け、何も言わないようにする。
「みんな、『永坂理彩なら大丈夫』と思うようになった。だから、私もそうなるように今までやってきた。文化祭実行委員長もそういった思い込みで立候補したんだ……不純な動機さ。それで、仕事をやっていく内に段々身体が追いつかなくなっていって……こうなるまでになった」
自分を嘲笑うように永坂は言って、片腕を額に乗せる。俺は彼女の何を助けれたというのか。
「人の頼り方すら忘れてしまって、体力も考えずに無茶していた。だから、初瀬が助けてくれるのが本当に嬉しかった」
膝の上に乗せていた俺の手を涙目の永坂は華奢なその手で触れてくる。
「今日、事務処理していたのは、私の体調を心配した凪が配慮してくれたからだ。でも、それとは別に、私はもっとお前の傍に居たかった。仕事を任せたのもそれが理由だ」
パンフの仕事も予算管理の二度手間も……俺と居たかったから……?
驚きを隠せない俺は口を閉じるのも忘れていた。
永坂も……俺と、同じだった、のか?
「私……初瀬のこと、ス――んっ!?」
気が付いた時、俺は永坂の口を塞いでいた。
抑えられなくなっていく衝動は僅かな理性を破壊して、これ以上、俺と永坂を喋らせない。
「んはっ!……初瀬っ! まっ――んんっ!?」
続きを永坂の口から言わせたくない。
熱い唇の感触に痺れるようなキスの快感。白い人形のような整った顔がそばにあり、息が弾むように荒くなっていく。
湿りを帯びた音が鳴り出すまで続くと急に舞い戻ってくる理性。
慌てて、蒸気した顔を上げるが、それは、彼女の二本の腕に遮られて、与えられたものよりも強い応えのこもった誠実でしっかりとした一度きりの接吻。
その後味が残っている俺の唇が声帯と共に振動する。
「永坂……お前が好きだ。どんな時だろうがどんな状況だろうが、俺が必ず助ける。これからもずっと……約束する」
火照った顔と身体を起こし上げる彼女に俺は熱くなる身体を沈めれないまま意を決して告白する。
「……順番が、逆……だろう? でも、今までで一番、嬉しい……」
途絶える息で永坂は心の底から幸せそうに微笑んだ。
***
その後、晴れて、俺と永坂理彩は恋人になった。
だが、恋人になったからと言って、ウキウキと浮かれる訳にはいかない。
なにせ、文化祭だ。
俺と彼女を引き合わせたこのイベントを失敗させたくない。
まあ、俺の心配なんぞ、あのピンク色の保健室の空気をぶち壊してくれた春日副委員長がお茶の子さいさいで払拭してくれたが……。
アイツ、なんであんなに偉そうにしてんだよ。
別にお前が俺達のキューピッドだったわけでもないだろうに。態度がやたらとデカイ。後、胸。永坂にはない胸がデカイ。なんか永坂が泣くからちょっと削ぎ落とせ。
結果論で言うと、文化祭は大成功を納め、俺達二人にとってこれ以上ないくらいの喜びだった。
永坂とは、仕事の合間に様々な模擬店を周れたし、良い思い出が出来た。
当日になって、春日副委員長が永坂の仕事を代わってくれたというのには感謝する。ホント、それだけな。
一八歳にして、青春を全うした俺には、傍にあるあどけない笑顔をこれからも見れるだけでいい。
出来ることなら、欲を言うなら、もう一人の笑顔も見たい。
それは、本当に欲目だろうけど、俺達二人の願いだ。
***
「初瀬! 私のヘアピン見なかったか?!」
「自分のワンピースの袖口見ろよ」
「あ! ありがとっ」
「それと、今はお前も『初瀬』だから、俺を『初瀬』と呼ぶな。いい加減、慣れてくれ」
「し、仕方無いだろう! クセになっているんだから……」
「今からその調子だと、渚紗の授業参観で他の親に笑われるぞ?」
「うっ! ……しゅ、終夜……」
「……あ、悪い……なんか俺もスゴイ恥ずいから、今日のところは、あなたか父さんかパパで頼む」
「そ、そうしよう……ほ、ほら、間に合わないぞ! 急げ、ダーリン!」
「おい、他人がいる前でそう呼ぶのだけは勘弁してくれ!」
こんな慌ただしくもほのぼのする空間は、いくら暴虐な春日でも無理だな。
破壊するのは。
チャンチャン