王国編-8
8話目です!
(本日10話まで更新できそうです!)
※1月9日 加筆修正。
目を覚ますとそこには見慣れない天井があった。
「ユーヤさん!ユーヤさん!!お母さんッ!!ユーヤさんが目を覚ましたよ!!お母さん!!」
優也が横になっているベッドの脇には小柄な金髪の少女―――アンが涙を溜めた目で声を上げていた。
「ああ、良かった。目を覚ましたんですね。一時はどうなることかと…毒が抜けて本当に良かった…。」
アンの母―――ローラ・グレイシスは安堵の表情を浮かべた。
「あ、あのここは…?私は一体…。」
「えーと…どこまで覚えているの?ユーヤさんは。」
すっかり砕けた口調になったアンは、優也に聞いた。
「確か、グスタフさんと共に街に向けて逃げて…それで、それから…。」
「ふーん。あの筋肉ダルマ本当のこと言ってたんだ。」
それからアンは、優也が気を失ってからのことを語った。
朝方大通りに行くと、筋肉ダルマ―――グスタフが優也を背負って周りに頭を下げていたらしい。
それに気づいたアンとローラは、彼に近づき事情を聞いて疑いの眼差しを向けた。
しかし彼は真剣な目でこう言った。
「どうかコイツを助けてやって欲しい!コイツは俺を庇ってこうなったんだ!金ならあとで幾らでも払う!だから頼むッ!」
土下座する勢いで頼み込むグスタフに、このまま土下座されて優也を落とされたら敵わないな、だとか、とにかく優也の手当が先だなとか思いながら優也をこの家まで運んだそうだ。
それはそうとアンのグスタフに対する評価はトコトン低いようである。
「でもほんと危ない状態だったんだよ?!お父さんが昔から持ってた薬がなかったら大変だったんだから!」
「傷の治りは異常なほど早かったんですが、毒の効果が余り抜けずに―――本当に安心しましたよ。」
アンとローラが口々に優也の身を案じる言葉をかけてくる。
ぐっと込み上げてくるものがあり、優也は目を閉じる。
初めての生死をかけた戦いを終えて気が緩んだのだろうか…グレイシス一家の優しさに触れて涙腺が緩んだ。
優しく優也の頭を撫でるアンを薄目を開けて見つめながら、歳は取るものじゃないなと、涙が溢れた理由を歳のせいにするのであった。
王が放った刺客との死闘から三週間が過ぎていた。
身体の調子が戻り、また魔物を狩って金に変えようと森に向かった優也を、アンはすごい剣幕で怒り、終いには泣き出してしまった。
それ以降、優也は武器屋の手伝いをして日々を過ごしていた。
最近のアンの優也への懐きっぷりは凄い。食事をしていると隣に座り「あ~ん」して来たり「あ~ん」して欲しそうにこちらを見つめてきたり、シャワーを浴びているとアンが入ってきて身体を洗って貰ったり、朝起きるとなぜか同じベッドでアンが寝ていたり。
しかも全て断ると涙目になるのだ。それに身体を洗う手つきはどことなく厭らしいし、なぜか息も荒い。
ベッドに入ってくるときもベタベタと触ってくるし、変なとこを触られそうで怖い。
優也は遅まきながら、アンが自分に好意を持っていることに気付いたのだった。
「お話があります。」
「なになに?ユーヤさん。」
にぱーっと太陽のような笑顔を振りまき腕に抱きつくアンに優也は言う。
「実は私、年齢が三六歳なのです。」
「へ?まっさか~、いきなりなになに?どうしたの?ユーヤさん?」
「いやいや、冗談ではなく、ほんとに。一〇歳の娘も居ますし。」
「へ、へ~。そうなんだあ…。」
若干汗を浮かべつつアンはなんでもないかのように言った。
じゃ、じゃあ愛人とかでなら…と言うアンの呟きは聞かなかったことにしよう。それはこの娘の為にならないだろうから。
「と言う訳でなので、アンさん?貴方の気持ちは正直のところ、とても嬉しいです。ですが、貴方を受け入れることはできません。」
「―――う、嬉しいの?」
「え、あ、はい。気持ちは素直に嬉しいです。」
「そっかぁ~。」
ニコニコと微笑みながらアンは頷く。あれ?何か間違いました?と優也は思うのであった。
武器屋を閉めて遅めの夕飯をグレイシス一家と共に食べていると、アンの父―――ガイル・グレイシスが優也に訊ねた。
「あー、いきなりなんだが、リンリーって名前聞き覚えないか?」
「リンリー…さん…ですか?」
「ああ、ユーヤと同じ黒目黒髪の女なんだが…。」
「…その方が…何か?」
「あー、いや、な―――。」
すると、ガイルは自分が冒険者だった頃の話を始めた。
「その唯一残った仲間ってのが黒髪黒目の魔術師、リンリーって名前の女なんだ。」
一息に全てを話終え、優也は思う。まず話に出てきた盗賊団の名前だ。
「謝肉祭」―――この盗賊団はグスタフの過去にも関係していた。それほどの勢力を誇っているのか。
そして次にリンリーと言う名前である。
「他にリンリーという名前の人物と出会ったことはあります?」
「あ?いや、そんな珍しい名前、他にはいねえだろう。後にも先にもあのリンリーだけだよ。」
その答えを聞き優也は考える。
おそらくは鈴麗、その女性は中国人であろう。それも―――勇者であると。
この世界には五つの国がある。
まず人間族が住まう国、レイテシア王国。そしてエルフの国ユグドレシア皇国、獣人の国のライコネス共和国、ドワーフの国のリバネッコ王国、最後に現在トモエユーヤが統べる、魔族がいた国である魔国。
そして各国が勇者召喚を行ったわけだが、コリィから聞いた話によると他国では、優也が元いた世界の別の国の言語が伝わっている可能性があると言っていた。
勇者を召喚するにあたり、召喚先の言語と情報が必要になるわけだが、他国の勇者が中国人である可能性は十分にある。
現状五カ国で―――魔国の勇者が生きていたらだが―――五人、優也を含めると六人になる。
各国に伝わっている言葉が分からない為、なんとも言えないが、自分の他の勇者が、アメリカ人であったりロシア人であったりする可能性は十分にあるのだ。むしろその可能性の方が高いと言える。
どう答えたものかと、言葉を選びながら優也は言う。
「そう…ですね…リンリーさん自身のことは分かりませんが…おそらく自分と同郷の者かと。」
「やっぱ、そうだったか…。」
「それで、そのリンリーさんが何か?」
「もし今後リンリーと会うことがあれば、あいつの助けになって欲しい。」
そう言ってガイルは、深々と頭を下げた。
「俺はあいつに何もしてやることができなかった。あの時の俺は何もかもどうでもよくなってたんだ…まぁ、情けねえ話だが、こうしてローラと出会って救われたんだがな。」
照れくさそうに頭をガシガシとかくガイルに頷く。
「分かりました。もし会うことがあれば、リンリーさんの力になりましょう。」
「そうか、…よろしく頼んだぜ…。」
どこかホッとした表情で、ガイルは優也に頼むのだった。
「『影よッ』」
優也の声に呼応して、優也の影からワラスボのような黒く長い物が這い出てくる。
店の裏で優也は、あの時自分が使った闇属性魔法の検証と実験をしていた。
何度か試しに使っていく上で、他の魔法との差異に気付いた。
火、水、土、風、そして系統外である聖の属性。
いずれの魔法においても、魔法とは術者がイメージした現象を詠唱に伴い具現化するというものだ。
しかしこの闇属性魔法は別であった。
優也がただ闇から出てくるイメージを浮かべ詠唱しても、出てきた影は優也に愛想を振り撒くかのように、周りをふよふよと浮かび続ける。どこか可愛く思えてくるから不思議だ。
あの時優也は殺意を持ってこの魔法を使用したが、それは手前の二人に対してだけだった。他に黒衣の連中に対しては牽制をするつもりだった。しかし影たちは術者である優也を守るかのように外敵を殺害した。
無差別に攻撃するのかと思ったが、グスタフが無事であることを考えるとそれはないと言える。
この闇魔法には意思が宿る。それが検証を行い、優也が導き出した答えだった。
そして優也は思った。では―――他の属性魔法に意思を持たせることは可能なのか?
ここ最近の優也は、土属性魔法で生成した土の剣に、風属性を付与するかのように、他の属性魔法にこの闇属性の魔法を付与できないか?という実験をしていた。
優也は気付かない。土属性で生成した土の剣に風属性を付与するのは、物質に対して施す魔法であるということを。
しかし今優也が行っているのは、魔法に他の魔法を付与する―――「合成魔法」という神話の時代より失われた秘術であることを。
―――優也はまだ気付かない。
読んでいただきありがとうございます。