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堕ちた勇者がすくうモノ  作者: かにみそ
第一章「二人目の勇者が堕ちるまで」
7/27

王国編-7

本日は9話まで更新する予定です!(もっと更新するかもしれません)


ではまずは7話からです!


※1月9日 加筆修正。

翌朝優也は、食事までご馳走になってしまったグレイシス一家に礼を言い、アンに見送られながら武器屋を後にした。


「―――と、ここか。」


教えてもらった通りに道を進んで行くと、周りの家々と比べて大きく立派な建物がそこにはあった。

中に入ると受付の女性に声をかけられる。


「こんにちは、本日はどのようなご用件でしょうか?」


「こんにちは、ギルドに登録したいのですが、どうすれば良いでしょうか?」


そう、ここは、ギルドハウスと呼ばれる場所。ギルドメンバーたちが依頼や素材の換金を行う、彼らの拠り所だ。


「メンバー登録ですか?新規の場合は無料で、メンバー章の紛失ならば銀貨五枚の手数料が必要になりますが。」


「新規での登録なのですが、お願いできますか?」


銀貨五枚の価値は日本円で大体五千円くらいである。一般の国民が一ヶ月で稼ぐ金銭が純銀貨一五枚。一五万円程度の稼ぎだ。

ちなみに純銀貨一枚で一万円。金貨一枚だと五十万円程度である。


「新規の登録ですね。ではこちらの書面に必要事項を書いてください。」


書面に目を通し、名前と年齢、種族と、扱う武器や魔法を記入していく。


「はい、結構です。―――ッ?!あ、あのこれ魔法習得率ですが、すべて四十%と記入されてあります…!よ、四%の間違いでは…?」


「いえ、四十%であってるはずですが…?」


「しょ、少々お待ち下さいッ!!」


受付の女性が慌てて席を立ち、奥へと消えていった。

騎士団長のカーネウスからは、確か習得率四十%と言われていた気がしたのだが…何か不味かっただろうか…?


魔術師の中で全属性習得率四十%の人間は全体の三割ほどだと聞いた。それほど珍しいわけじゃないと思っていたのだが。


優也の知識が間違っていたわけではない。確かに全属性習得率四十%の人間は全体の三割ほどだ。

しかしレイテシア王国内において、魔術師の数は、他国と比べ圧倒的に少ないのだ。

その上で、全属性習得率四十%と言われるとほんの一握りである。その事実を優也は知らなかった。


受付の女性が奥から戻ってきた。その手には歪な形をした石と透明な板状の物があった。


「これは魔力測定器といって、魔力使用の痕跡を解析し、習得率を大まかに測定することができる器具です。」


「は、はぁ…。どうやって測定するのでしょうか?」


「ここの窪みに手を入れて魔力を流してください。魔力は少しでいいですよ。」


言われるまま、優也は歪な形をした石の窪みに手を置き、魔力を流す。

すると、受付の女性はみるみる内に顔色を変え叫び声を上げる。


「全属性習得率四五%超え?!し、しかも希少な聖属性まで30%!?風属性に至ってはご、五〇%?!な、何者ですか!?アナタは!?」


ギルド内にいた者たち全員が優也に視線を向ける。

習得率五〇%という数字は一つの到達点だ。各属性毎に五〇%を越えた者を属性の名前を冠して賢者と呼ぶ。

つまり優也は「風の賢者」と言うことになるのだ。

突然の賢者の出現に、ギルド内からざわめきが起こる。


「え、えーと、と、とりあえず登録の方を進めて貰えませんか?」


「あ、す、すみません…魔法習得率についてはこちらで修正しておきます。」


ペコリと頭を下げて、そそくさと奥へと引っ込んだ女性を見送り思う。

―――彼女が戻ってくるまでこの視線に耐えろというのか。


ギルド内の視線を一身に浴びて、居心地の悪い思いをする優也だった。





しばらくすると受付の女性が戻ってきた。ホッとした表情で優也は声をかけようとしたが、彼女の様子がおかしい。


「どうかしましたか?」


「その…。」


彼女は不可解な顔をしながら言い難そうにして言う。




「―――コーサカユーヤさん。アナタのギルド登録が受理されませんでした。」














王都近郊の森の中、多くの魔物を八つ当たりのようにして倒していく者がいた。


「ッ!ああまでしますか普通ッ!」


どうやら王は本当に自分のことを殺すつもりらしいと優也は思った。


あの後、受付の女性に理由を聞いたが、答えられないの一点張りで要領を得なかった。

ふと、一つの理由に思い当たる。これは王の差し金ではないかと。


そして今、ギルドを後にした優也は、魔物相手にストレス発散をするかのようにばったばったと魔物を斬り伏せているのであった。

しかしただ八つ当たりをしているわけでもない。

周りにはいつぞや調理したワイルドボアの死骸が複数転がっていた。この魔物であれば素材として直接取引できるのでは?と優也は考えたのだ。

そしてもう一つ、蛇腹刀の試し切りである。


優也の前方にもう一体のワイルドボアが現れる。仲間を殺され怒っているのか、優也を威嚇するかのように息を荒げこちらを見ている。

優也は手に持った蛇腹刀を胸の位置辺りまで上げ、その腕を下げると素早く剣を握った手をワイルドボア目掛け持ち上げる。すると蛇腹刀の刀身のロックがはずれバラバラに伸び、大蛇のように唸りを上げながらワイルドボアに迫った。


予想外のその攻撃にワイルドボアは為す術もなく細切れにされる。

刀身を鞭のようにしならせ、血を切ってから刃を戻しロックする。


優也が蛇腹刀を選んだのには理由があった。

剣術を学んだ優也だったが、本来のスタイルである搦め手を狙った戦術はそのままだった。

奇策、奇襲などを得意とする優也にとって、ユニークな武器である蛇腹刀は相性が良いと言えた。




しばらくすると、辺りに魔物の姿はなくなり、周りに転がるワイルドボアの死骸をどう運ぼうかと頭を悩ませていると、森に入ってくる際に通った道の方から声が聞こえた。


その声に不吉なものを感じた優也は足早にその方向へと駆けた。





「なんだってついてねえなあ…俺は…」


辿り着いたそこには、そう呟いて立つ、右腕から血を流している大男、札付きと言われアンに絡んでいた男がいた。

そしてその男の視線の先に、それはいた。





―――この日優也は、異世界にやって来て初めて「悪魔」とであった。









悪魔。それはこの世界で龍に次ぐ危険種とされている魔物である。

下級悪魔であるレッサーデーモンであっても、ベテラン冒険者が五人、パーティを組んでやっと討伐できる程度の強さを持つ。

その下級悪魔であるレッサーデーモンの爪による攻撃を、優也は蛇腹刀で受けた。


「無事ですか?!」


「!!―――お前はッ!」


大男に声をかけると、優也を見た大男は驚いた表情をした。

とにかく今はそれどころじゃない。目の前の脅威を退けなければと、未だかつて感じたことのない重い攻撃を受けながら優也は前方の悪魔を睨み付けた。


「『大地よッ』」


優也の声に周辺の地面に亀裂が走る。状態を崩そうとした優也の魔法に、悪魔はニヤニヤと笑みを浮かべ余裕をもってそれを避ける。

夕暮れの中、悪魔の爪による斬撃を捌きつつ、隙を伺う。

暗くなってきた為、視界が悪く少しずつ優也の身体に傷が増えていく。


「お、おいッ!!」


「来ないでくださいッ!!」


心配そうな表情で声をかけてきた大男を静止した時、優也の足元から黒い手が伸び出てきた。


咄嗟に避けよう身体をひねるが、その爪の一撃を受けてしまう。


「ぐ―――ッ!!」


訓練の成果か、無意識に聖魔術による治癒が発動する。無詠唱魔法は他の属性でも成功したことはないのだが。やはり実戦による経験は訓練とは違うということなのだろうか。

悪魔に向けて蛇腹刀を伸ばし牽制しつつ、左手で火球を生成する。


「『炎よッ』」


「クスクスクスクスッ」


しかしそのどれもが悪魔の嘲笑の元、防がれる。暗がりから伸びる手、それによって全てを防がれ優也は後方へ離脱する。

闇属性魔法。あの黒い手はおそらくは悪魔の魔法なのだろう。

優也は不利と判断し、大男の元に駆け寄る。


「走れますか?」


「あ、ああ。」


こちらを見てクスクスと笑う悪魔に、これまでで最大級魔法を唱える。


「『暴風よ、来たれッ。私を護り敵を退けよッ』」


蛇腹刀を持つ手と反対の手を悪魔に向けると、周りの木々が倒れるほどの暴風が吹き荒ぶ。

暴風が止むとそこに、優也と大男の姿はなかった。


悪魔の笑い声がクスクスと、静かに辺りの森に響いていた。












「ハァ…ハァハァ…。」


「はぁ…だ、大丈夫ですか?」


息を荒げしゃがみ込む大男に優也は訊ねた。


「ああ、だ、大丈夫だ。つか、な、なんでテメェがここに?」


「たまたま通りがかっただけですよ。」


「通りがかっただけって…悪魔相手に特攻するやつなんていねぇだろうが…なんで俺を助けた…普通見捨てるだろ普通はよぉ…。」


「なんででしょうね?」


「俺が聞いてんだが…?」


呆れた顔で大男は言った。


「―――グスタフ。グスタフ・グリーンウッドってんだ。」


「はい?」


「俺の名前だ俺の!で、テメェは?」


「は、はぁ、私はユーヤコーサカといいます。」


「ユーヤか…珍しい名前だな。んで?どうすんだ?街に戻るにはあそこを通らねえとならねえし、今日はここらで野宿か?あーでも飯持ってきてねえな…まぁ一晩くらい食わなくても死にゃあしねえか…」


「あ、それなら―――」


優也はそう呟くと、グスタフを伴って来た道を戻っていった。


「な、なあ、まだなのか?そろそろ悪魔がいた場所まで戻っちまうぞ?」


「いや、大丈夫です。ここですよ。」


優也が足を止めた地点には、大量のワイルドボアの死骸があった。


「な、なんだこりゃあ…。さっきの悪魔の仕業か?」


「いえ、ちょっと試し切りをしていたもので。」


はぁ?と言ったような表情でグスタフはこちらを見ている。そして実際に言ってきた。


「はぁ?これ全部テメェがやったってのか?」


「そうなんですが、少々困ってましてそちらの鞄はギルド支給の鞄ですよね?ちょっとこれ入れてもらえません?半分は差し上げますので。」


ギルド支給の鞄とは、冒険者ご用達の便利アイテムの一つで、決められた総重量までなら、どんなに大きいものでもサイズを無視して収納し、持ち運べるという物だ。


「これを半分?!良いのかよ!」


「ええ、あとこれを今晩の食事にしましょう。」


転がるワイルドボアの数は三〇体を超える。一体銀貨一枚で売れたとしても三〇枚、日本円で三万円、その半分をくれるという優也にグスタフは正気を疑わざるを得ない。


そしてグスタフの道具を借りてワイルドボアを調理し、食事をしている内に夜は更けていった。










いつ魔物に襲われるか分からない場所での野宿の為、交代で番をすることになった。

自分のことを信用してもいいのか?と聞く優也にグスタフは恩を仇で返すほど落ちぶれちゃいねえよと、苦笑いを浮かべ言った。

床に就く時、グスタフはポツリポツリとその身の上を話した。


幼い頃、村の領主に姉を殺され、復讐のためその領主を殺し前科持ちになったこと。

その罰で奴隷として売られそうになった時、村が「謝肉祭(カーニバル)」と言う名の盗賊団に襲われ、それに乗じて生き延びたこと。


ギルドの助けを受けて冒険者として生きてきたが、札付きである自分にとってこの世界は生き難いと言うことを、溜息混じりに話していた。

最後に優也に礼を言うとグスタフは眠りについた。


人それぞれ今の自分になったのには理由があるのだな…と、妻である美咲と結ばれる前の自分を思い浮かべた。


「ん…?誰です?」


ふと優也は、気配を感じ声を上げた。

すると周囲から複数の人間が現れる。全身を黒で統一した集団で、丈の短いローブを着て、顔のほとんどを布で隠しているため、その人相は分からない。その内の一人が優也に向かって近付いてくる。


「――――――。」


「…あなた方は?―――ッ?!」


優也は後方から殺気を感じ、反射的に蛇腹刀を抜いてそれを防ぐ。

音もなく後方の木の上から降り立ち、ナイフを向けてきた者を見る。


―――暗殺者。


見た目のままだが優也はそう思った。


「んあ?なんだあ?なんかあったか?」


優也の声に目が覚めたのか、グスタフが寝ぼけ眼で辺りを見渡す。


「グスタフさんッ!?」


迫る黒衣の者に、グスタフは咄嗟に脇に置いたバトルアックスを振り上げる。


「あぶッ!あ、危ねえじゃねぇか?!何すんだッ!!」


黒衣の者たちはそれに答えず、ジリジリと優也とグスタフとの距離を詰めてくる。


「―――ッ!『劫火よッ!私に仇なす者を討てッ!』」


渾身の魔法を辺りに向けて放つ。周りの木々を巻き込み豪炎が轟いた。

怯む黒衣の者たちに向けて蛇腹刀を伸ばす。

優也がまず考えたのは退却だった。相手の数も分からない今の状況ではどう攻めるべきかも分からない。

それにグスタフがいる。複数相手に彼を庇いながら戦うのはまず無理だろう。


「走りますよッ!」


「またかよッ!寝起きはキツいぜッ!ったくよッ!!」


優也の魔法によって包囲が崩れた方向へと走る。執拗に追ってくる黒衣の者たちを魔法で牽制しつつ全力で森を走り抜けていく。

深夜の森は視界も悪い、魔物がいつ出てくるかも分からない。異世界に来てここまでの恐怖感を感じたのは初めてだった。


「うおッ!?」


グスタフは飛んで来たナイフをギリギリで避けると態勢を崩してしまう。その隙を見て黒衣の一人が魔法を唱える。黒衣が放ったナイフがグスタフに迫る。

魔法の詠唱が間に合わない。刀で受けるのも叶わない。―――咄嗟の判断で、風の魔法を伴い飛んできたナイフを優也は身を挺して受ける。


「ッ!!―――早く立って!」


「お、おう!…でもテメェそりゃあ…ッ!」


優也の背に深々と刺さるナイフを見てグスタフは言った。


「いいから早く!」


その声に二人は再び駆け出す。

優也は気づいた。身体が重い…また無意識に聖魔術を使ったようだが、思うように治癒しないどころか、どんどん悪化していく。ナイフに毒でも塗られていたのだろうか。

そうこうしている内に黒衣の者たちがすぐそこへと迫っていた。



ここまで―――か。なにかもっと手段があれば…圧倒的な手数があれば…。



―――例えばあの悪魔の魔法のように。



そう思った時、ふと優也は思った。使えるのではないか?と。

優也の口から本来人間には扱うことのできない属性、闇属性である魔法の詠唱が発せられる。


「『影たちよッ』」


その呟きに呼応して周囲の暗がりから、黒く長い魚のような形の物体が現れた。

その姿は鰻のようでいて、目はなく先についている口は凶暴な牙が生えている。


そのワラスボのような影が全部で一〇本、黒衣の者たちに迫る。


一人がナイフで応戦するが虚しくも影は優雅にそれを避け、首筋に食らいつき絶命させる。

他数名の黒衣の者も影の猛攻を防ぐことができず、血を撒き散らしながら死んでいった。

見る見るうちに連携が崩れ、黒衣の者たちが撤退を開始する。


毒が回ったせいか混濁する意識の中で優也は気づいた。

こいつらは王が放った刺客だと、本当に殺すつもりなのだと。そして、自分の甘い考えを呪った。


それを最後に、優也の意識はそこで途絶えた。





―――この日、初めて優也は人を殺した。

読んでいただきありがとうございます!

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