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堕ちた勇者がすくうモノ  作者: かにみそ
第一章「二人目の勇者が堕ちるまで」
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王国編-4

本日1回目の更新です!


※1月9日 加筆修正

グロアラと関係を持ってから半月が経った。当初はお互いにぎこちない態度を取っていたが今では以前同様、いやそれ以上に親しい間柄となっている。


城内でも優也とグロアラの関係は噂されていて、たまに冷やかされることもあるが、概ね城内での二人の関係は好意的に解釈されているようだった。


「おっと、―――ッ!」


今日も優也がいるのは王国騎士団が使用している訓練場。今回は多人数相手の立ち回りの訓練をしていた。


「勇者殿!死角には必ず気を止めて下さい!多人数相手の場合、いかに死角を無くすかが大事なのです!死角をフォローしているだけではまだダメです!根本的に死角をなくすよう立ち回って下さい!」


無理を仰る。己の認識外を死角と言うのであってそこを意識しろと言われてもピンと来ない。


前方の三人を土属性魔法にて足止めし、迫り来る二人を剣で捌く、後方から襲い掛かって来た一人を半歩ズレることで避け、上位の火属性魔法を使い爆発に紛れて戦線を離脱する。


「そうです。多人数相手の場合常に撤退の手立てを残して置くことが大切です。幾ら格下が相手だからと言って圧倒できるのは精々三人まででしょう。逃げることは負けではありません。不利と見たらすぐ逃げて下さい。死ななければいつか勝てるのです。死ねばそれまでですから。―――さて、今日はここまでにしましょうか。」


「ハァッ…ハァハァッ…ありがとう…ございました。」


カーネウスに礼を言ってその場を去ると、グロアラが近寄ってくる。


「ユーヤ様?大丈夫ですか?日に日に訓練が過酷になってきているようですが…お辛くはないですか?」


「ええ、大丈夫ですよ。今できることはこれだけですからね。」


勇者―――異世界から来た人間に与えられる特別な能力。今のところ優也にその能力の開花は見られない。確かに以前と比べ、格段に強くなったであろうが、今だに自分にそんな特別な力が眠っていると言われても信じられない優也だった。


とにかく、まだ帰ることはできないのだ。ならば今出来ることをするだけだ。

何もしていないと、残してきた娘―――亜希のことが心配で現状が怖くなってきてしまう。


ふと、また違和感に気付く。―――亜希のことを思い浮かべる際に感じるこの違和感。一体これはなんだ…?


頭を振り、気を取り直す。心配そうな顔をするグロアラに微笑み、今はただ彼女が安心出来るように、無心で出来ることをするだけだ、と優也は心に決めるのだった。



















優也は厨房スタッフと共に今晩のメニューを考えていた。


「先日お出ししましたワイルドボアの燻製のチーズ添えですが、王が大層気に入りまして、ワイルドボアの肉を使って他の料理を作りたいのです。」


「なるほど。ちなみに何かプランはあるのですか?」


「そうですね…。私共が調理した経験があるものとなりますと、ワイルドボアの肉を煮詰めたスープとハーブなどを使って丸々焼いた料理でしょうか。」


「スープか…」


ワイルドボアとは見た目と名前のままイノシシの様な魔物のことだ。

イノシシよりも大きな身体を持っていて味の方もサイズ同様大味となっている。


「スープにするとなるとあの独特の獣臭さを抜くのに手がかかりそうですね…とりあえず今回はハーブ焼きにしましようか?始めにボイルして、その後に低い熱でじっくりと焼き上げれば筋まで柔らかい肉が出来上がりそうです。」


料理長は目を輝かせ詳しい調理法を聞くと、さっそく調理へと取り掛かった。




















夕食。煌びやかな光を放つシャンデリア、重厚な見た目と何処か温かみのある木材を使用した長テーブルには、細かい意匠のテーブルクロスがかけられている。高級感溢れるランプシェードから、ロウソクの淡い光が食卓を照らしていた。

この世界にきてから、この夜の暗さには困ったものであった。オイルランプ片手にトイレへと向かった際にランプを落としてあわや火事となるところだった。水属性魔法を習得していて本当に良かった。魔法習得率でお墨付きを貰ってからの夜間の移動は、魔法をランプ代わりする優也だった。


いまや慣れつつある多少薄暗い食卓には、優也とコリィだけが座り、後ろにはグロアラが控えている。


「ユーヤ様が来てからと言うもの王城での食事は格段に美味しくなりました。ついつい食べ過ぎてしまうのが悩みですね。」


コリィは困った顔をしつつそう言ったが、料理を口に入れると直ぐに頬が緩んだ。


目の前にある料理は本日優也のアドバイスで工夫を凝らしたワイルドボアのハーブ焼きだ。


その肉は口に入れればひと噛みする内に溶け、呑み込んだあとに広がるのは透き通ったハーブの香り。贅沢を言えば、もっと良い肉を使った場合、肉の旨味も相まってより美味しく頂けるであろうが…それでも、まぁ及第点であろう。


「うん。美味い。」


優也は満足気に頷き呟いた。

異世界に来て達成感を得られるのは料理だけだなと、密かに王城内で働く者から『料理の勇者』などと呼ばれていることを思い出し苦笑いを浮かべるのだった。


























読み書きの勉強を早目に終えてグロアラが入れてくれたハーブティーを飲んでいると、給湯室の方から物音が聞こえた。


「グロアラ?どうかしましたか…グロアラッ?!」


そこには真っ青な顔でしゃがみ込んだグロアラがいた。


「す、すみません。ちょっと立ちくらみが…も、もう、大丈夫ですから。」


「真っ青な顔をして何を言っているのですか!早くこっちに!」


グロアラを抱きかかえ、ベッドへと運ぶ。


「ご心配をお掛けしてすみません。」


「そんな…気にしないで。今はせめて顔色が良くなるまでは横になっていて下さい。」


―――顔色の悪いグロアラに妻の姿が重なる。


「―――ああ、ユーヤ様。そんな顔をなさらないで…。」


グロアラは悲しみを浮かべて言う。


「私は決して貴方をおいて消えたりしません。ずっとお側におります。どうか、信じて…ユーヤ様。」


「グロアラ…。」


二人はそっと抱き合う。

今自分がこうして日々の訓練に耐えることが出来ているのはグロアラのお陰だ。

この幸せの為に頑張ろうと素直に思える。


徐々に顔色が良くなっていくグロアラを見てホッと胸を撫で下ろす。


この温もりを守っていこう。決して無くさないように。

優也はグロアラを優しく抱きしめながらそう思った。


―――しかし、その想いが叶う事はなかった。数日後、グロアラは王城から姿を消した。























「して、勇者よ。我に何の用だ?」


「グロアラ…グロアラ・グローレシアが何処へ行ったのかご存知ではありませんか?」


今朝グロアラは、いつも部屋にやって来る時間になっても姿を見せなかった。

不思議に思った優也はグロアラの部屋を訪ねたが、そこには誰も居らず、訓練の時間になっていたが無視して王城内を探した。

通りかかった他のメイドに聞いても誰も知っている様子はなかった。


訓練場へ向かい待っていたカーネウスに王への謁見を頼んだ。優也の剣幕にカーネウスは驚きながらもすぐさま対応してくれた。

そして今、王の間にてことの真相を確かめる為、王へ質問を投げかけたのだった。


「ふむ。あのメイドのことなら療養の為、退職したぞ。」


なんとはなしに言う王に、優也は更に質問を重ねる。


「グロアラは何か病気に?」


「安心せい。ちと珍しい病だったからな。我が専門の医者を紹介したのだ。王都を離れ他国にて病の治療をと手配しておいた。時間はかかるだろうが、時が経てば完治する病故に、心配することはない。」


「グロアラと連絡を取ることは可能ですか?」


「ふむ。…向かったのはエルフ領だからな…。文を出しても返ってくるのに長くかかるであろうが、連絡を取りたいのであれば取り計らおう。」


「…よろしくお願いします。」


王の間から退出した優也は疑念を拭いきれずにいた。

王は一体何を隠している…?グロアラは無事なのだろうか…。こうしている今もグロアラは危険な目に合っているのではないか?

焦る気持ちを抑え、手紙を書き王が寄越した者に渡す。


おそらくは、この手紙が届くことはない。疑念の中で優也は焦りを募らせるのであった―――。


部屋の窓から覗く空は、優也の心とは反対に雲一つない青空であった。

―――気付けば優也が異世界にやって来て、半年が経っていた。
















***


最近、ユーヤ様の元気がない。訓練にも身が入っていないようだ。

あのメイドがそんなにも大切だったのだろうか。

そう思うと胸がチクリと痛んだ。


騎士団の方々は徐々にユーヤ様に対して呆れた態度を見せるようになってきている。

このままでは不味い。お父上の耳に入ればユーヤ様の立場が今後不利になってしまうのは言うまでもないだろう。


コーリア・ゲーテ・レイテシアの心は王女である自分と、一人の少女である自分との間で揺れ動くのであった。


***















訓練中に怪我をしてしまった。たまたま来ていた司教様―――優也に聖魔術を教える為に王城へと来ていた彼がいた事で大事には至らなかったが、少しでも運が悪ければ後遺症が残ってもおかしくはないほどの大怪我だった。


騎士団の方々や、グロアラの代わりに新しくやってきたメイドは呆れた表情で優也を見ていた。


このままではダメだ。そんなこと自分が一番理解している。だが、どうしてもグロアラのことが頭を離れなかった…。


「―――ッ!!ユーヤ様ッ!?ユーヤ様!」


少々乱暴にドア叩き呼ぶ声に優也は返事をする。扉を開けると乱れた髪をそのままにしてコリィが飛び込んできた。


「コ、コリィさん?どうかしましたか?」


「ユーヤ様が大怪我をしたと聞き、心配で…ッ」


目に涙を溜め呟くコリィに、優也は頭を撫でながら言う。


「司教様のお陰で、怪我はほぼ完治しました。カーネウスさんには物凄く怒られてしました。それで今日はもう訓練はなしということになったので、こうして部屋に居たわけです。安心して下さい。」


「安心…?安心なんてできるわけないじゃないですかッ!!」


優也の言葉に目を大きく開き、コリィは叫んだ。

取り乱すままにコリィは言う。


「ユーヤ様にもし何かあったらと思うと…私はッ!」


震える手をきつく握りしめコリィは言う。


「…―――私がユーヤ様に出来ることがあるのなら何でも致します!どうか頼って下さい。…頼って欲しいのです。…私では

―――私ではッ!」


―――ああ、まただ。


「―――あのメイドの代わりになりませんか?」


―――まただ。


また私は代用品を欲している。どうしようもなく愚かで無能な私はそれに縋っていたのだ。


現にコリィに今言われた言葉を、私は嬉しいと思ってしまった。


ああ、本当に…でも、だからこそ…。


「彼女の、グロアラの代わりはいません。ほんと…私が言えた義理ではないですが、もうそんなことはできないのですよ。」


「………。」


悲痛な表情で見つめるコリィに何もしてやることはできない。してはいけない。


「すみません…。」


口から出たのは謝罪の言葉だった。




―――分かっていたはずだ。

自分が救いようのないクズだと言うことは分かっていたはずなのに…。

今は亡き妻と結ばれ、救われて、子供も出来て…いつの間にか自分に期待していたのか…。


目の前で涙を流す少女に何も出来ぬまま、優也は自身への失望を感じ、ここではない世界に思いを馳せ、こんな姿を娘に見せる訳にはいかないな…。と、ぼんやりと思い浮かべるのだった。

読んでいただきありがとうございます!

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