王国編-3
本日最後の更新となります。
※1月9日 加筆修正
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私、グロアラ・グローレシアは焦っていた。
「どうしましょう…。」
王から言い渡された命令は、勇者様と肉体関係を持つこと。
今年で二〇歳になるグロアラはまだ生娘だった。恋などしたことはなく、できればきちんと恋をしてそういう関係になりたかった。しかしこと王からの命令であってはそれを拒否することはできない。
「まぁ、それは別に大した問題ではないのですが…。」
別にグロアラは勇者様のことを嫌ってなどいない。むしろ人の良さそうな雰囲気と優しくコーリア殿下に接する姿から好感が持てる男性だと思っている。顔だって悪くない。充分に整っていると言える。
しかしだ。自分の男性経験はゼロだ。それはもう綺麗サッパリ全くと言っていいほどない。何だか悲しくなってくるので深く考えるのはよそう。
大事なのは如何にして勇者様に意識してもらうか…私、グロアラ・グローレシアは人生最大の難関を前にして頭を悩ませるのであった。
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私、コーリア・ゲーテ・レイテシアは悩んでいた。
「はぁ…。」
溜息を吐き思う。先程お父上からお叱りを受けてしまった。ユーヤ様と距離を取るようにと。
この際だからはっきりとさせよう。私はユーヤ様が好きだ。好きになってしまった。男性の象徴を見て意識してしまうとか私は変態だったに違いない。それも認めよう。私は変態だ。
しかし仕方がないではないか…ふと見せる寂しそうな顔を見るとどうしても胸が切なくなってしまうし、そうと思えばこちらを気遣い優しく微笑み頭を撫でてくれたりするとドキドキしてしまう。もうこれはヤバい。完全にオチた。私はユーヤ様が好きだ。
しかし私は第二王女なのだ。立場上結ばれることはない…だが少しでも側にいたいと思うのはワガママなのだろうか…?
「はぁ…。」
どうすればいいのだろうか…ユーヤ様の顔を思い浮かべながら、私、コーリア・ゲーテ・レイテシアは溜息を吐き続けるのであった。
***
優也の為に用意された部屋は城内の二階にあり、部屋をでて広い廊下を突き当りまで進むとこれまた広い階段がある。
下った先はエントランスで、入り口から見て左の廊下を進むと庭園に面した外廊下へ出る。
優也は騎士団訓練場に向う為、その外廊下を歩いていた際、後ろから声を書けられた。そこに居たのは一人のメイドだった。
優也は驚いていた。信じられないものを見た。今すぐに抱きしめたい衝動を抑えるので精一杯だった。
目の前の女性、今日から優也の身の回りの世話を担当することになったと言った女性の姿をもう一度見つめる。
「グロアラ・グローレシアです。今日からよろしくお願いします。」
そう言いながら微笑む女性は、栗色の髪で眠たげな目をしていた。
その女性は、自分と愛娘である亜希を残して亡くなった妻の―――美咲そっくりであった。
今すぐ抱きしめてしまいたい。その衝動をぐっと堪える。目の前の女性は別人だ。妻が亡くなったときよりずっと若いではないか。
何かに耐えている優也を見て、グロアラは心配そうに声をかける。
「どうかしましたか?大丈夫ですか?」
「え、あ…。」
その心配そうな表情に妻の面影を見た優也の目から、一筋の涙が流れた。
「ゆ、勇者様?」
「こ、これは、そのだ、大丈夫です。なんでもありませんから。すみません。気にしないでください。」
慌てて涙を拭う優也をグロアラは真剣な顔で抱きしめた。
「な、何があったかは分かりませんが、だ、大丈夫です。これからは私がお側についています。安心してください。」
限界だった。グロリアに優しく抱きしめられると、優也はグロアラを強く抱きしめ返した。
「ありがと…ございます。」
必至に堪えた涙が少し、頬を伝って流れるのだった。
優也がグロアラと出会って数週間後、優也は騎士団訓練場いた。
ちなみにこちらの世界の暦は、元の世界とほぼ変わりがない。一年が十二ヶ月、一の月から十二の月まであり、一ヶ月が二十八日あり、四週間。四年に一度だけ十三の月があり、その年は五穀豊穣の神を祀る祭事が行われるそうだ。
今は日本でいうと春の始まりの季節―――とは言えレイテシア王国では四季と言うほどの寒暖の差はないらしいが―――晴れ渡る空に、騎士団兵たちの声が響いている。騎士団訓練場では、その広い空間を使って、指揮官の声に合わせ隊列の確認や、迅速な動作の訓練が行われていた。
指揮官の怒号が響き渡るのを尻目に、今日も至っていつも通り、優也は騎士団長であるカーネウスと共に自身の訓練を行っているのだった。
「それでは、実際にやって頂きたい。」
そう言ったカーネウスに優也は頷くと、手を正面へ向けて念じる。
「『炎よ』ッ!」
優也がそう言い放つと、その手から前方に向かってバスケットボールくらいの大きさの火球が飛んでいき、設置された的に当たり燃え盛った。
「お見事ッ!これで全属性魔法習得率四〇%達成です。王城の高級魔術師と同等になります。最早魔法込でなら私も勇者殿には敵わないでしょうな。」
清々しい表情でカーネウスはそう言った。
魔法習得率とは、現存する属性の基本となる魔法の扱える割合を示したもので、全基礎魔法習得とされるのが全属性一〇%であり、この程度なら魔術学校の卒業生であれば誰しもが突破しているレベルである。
しかし一〇%を越えた辺りから得意不得意とする属性がで始める。全属性四〇%という数字は一つの指標となっており、一部の魔法の才能がある者しか成し遂げることができないというのがこの世界の常識なのだった。
「お疲れ様です。ユーヤ様。」
「ああ、ありがとう、グロアラ。」
グロアラからタオルを渡された優也は彼女を呼んだ。グロアラを見つめる優也の視線には複雑な感情が浮かんでいた。
「いつもありがとう。助かります。」
「いえ、これが私の仕事ですので。それに私自身もユーヤ様のお役に立てることは大変嬉しく思っていますので。」
「グロアラ…。」
微笑むグロアラの頬に手を伸ばし触れる。グローラは驚いた表情をして頬を染める。優也はハッ、と我に返り手を引っ込めた。
「す、すみません。」
「…い、いえ。」
頬を染めながら視線を反らすグロアラのいじらしい態度に、またしても優也は気持ちを揺さぶられるのであった。
上を見上げればそこにはいつぞやと同じく雲一つない青空が広がっていた。
そう言えば最近、訓練場でコリィをの姿を見ない。王女殿下ともなると忙しいのだろうと優也は思い納得するのであった。
***
見てしまった。コリィは外廊下の柱の影に身を潜める。
直ぐ側ではユーヤ様とメイドが抱き合っていた。ユーヤ様の態度はいつも私に対する態度とはどこか違っていた。
あのメイドは確か最近入ったばかりの新米メイドだったはず、どんな関係なんだろうか。もしかして付き合っているのか?
悶々としたまま二人が過ぎ去るのを待ち、その場を後にした。
すぐに調べてみて分かったことは、あのメイドはユーヤ様付きとなったメイドだったということだった。しかしなぜあの時抱き合っていたのか…それが分からない。
あれからずっと二人のことを遠くから観察しているのだが、ユーヤ様のメイドに対する態度は普通じゃなかった。
何か特別なものを感じるのだ。分からない。
私、コーリア・ゲーテ・レイテシアは、影からユーヤ様を見つめて、今日も悶々とした日々を過ごす。
***
***
私は驚いた。勇者様が突然泣き出したのだ。私の顔を見つめて苦しそうに微笑みながら涙を流したのだ。
なんとかしなくては、なんとかしてあげたい。そう、自然と思った。震えながらも勇者様を抱きしめることができたことに自分に賞賛を贈りたい。
それから数日間、勇者様―――ユーヤ様の私に対する態度はどこかおかしかった。大切な何かを見つめているようで、何かを必至に我慢しているような、そんな視線と態度で私に接するのだ。
いつの間にか私はユーヤ様のことをもっと知りたくなっていた。もっと知ってユーヤ様が思っていることを感じて、私がどうにかしてあげたい。そう思うようになっていた。
―――グロアラは気付かない。それが優也に対する一種の好意であることを、グロアラはまだ、気付かない。
***
深夜に差し掛かろうという時間、優也は机に向かいこちらの言語について勉強していた。
優也は現在コリィがかけてくれている言語翻訳の魔法によって意思疎通ができている。しかし文章の読み書きはできない。なのでまず読み書きから学ぶこととなった。文字の書き取りを進めているとノックの音が聞こえた。
「ユーヤ様?まだ起きていらっしゃいますか?」
「グロアラ?」
こんな時間に珍しい。随分前に就寝の挨拶を済ませ部屋へ戻ったはずなのだが…。
ドアを開け中に招き入れる。寝間着姿のグロアラに優也は聞いた。
「こんな時間にどうしたのですか?」
「その…」
言い難そうに言葉を詰まらせ俯くグロアラに、またも妻―――美咲の面影を見てしまう。
「それです。」
「え?」
「その表情です。ユーヤ様、私はその表情の理由が知りたいのです。ユーヤ様が何を思っているのか知りたいのです。」
グロアラは真剣な表情でそう告げた。
優也は思った。自分はグロアラに美咲の面影を重ね、代わりのように思っていたのではないか…今から告げる言葉は懺悔なのだろう。弱い自分の心に嫌気が差したが一度口にすればそれは止まらなかった。
「私には、妻がいました。…私を救ってくれた大切な女性だったんです。…愛していた…でも妻は病に冒され…帰らぬ人となってしまった…私と娘を残して…妻も無念だったと思います。でも私も…もっと…ずっと側にいたかった!側にいて…ずっと側にいて欲しかった…ッ!」
黙って優也の言葉を聞くグロアラに向けて頭を下げる。
「すみません。グロアラ…。貴方は妻に―――美咲にとても似ているのです。どうしようもないくらいに貴方と妻を重ねて想ってしまっています。代わりになんてなるはずもないのに…。それはグロアラにとって、貴方に対してとても失礼なこと…それを分かっていて私は…。」
優也がそこまで言うと、グロアラはベッドに座る優也の側へと寄り、その頭を撫で言った、
「そうだったのですね…。それはとても辛いでしょうね…。愛する方と別れたユーヤ様の気持ちを分かるとは言えません。ですが、美咲様―――ユーヤ様の奥様の代わりは、私では駄目でしょうか?」
「な、なにを言っているのですか?」
「私は代わりであっても構いません。それでユーヤ様が救われるのでしたら、喜んでこの身をあなたに捧げましょう。」
「しかし…それはあまりにも…。」
グロアラは優也を抱きしめ、その目を見つめながら言う。
「どうか、私を愛してください。ユーヤ様。」
その言葉に抗う術を優也は持っていなかった。
グロアラの震える唇と優也のそれが重なる。
「ユーヤ様…。」
切なく震えるグロアラの呟きが、部屋に静かに響いた。
「…やってしまった。」
自分の隣で生まれたままの姿で眠るグロアラの姿を見て優也は思った。
「何をやっているのだ私は…」
自分の性欲が少しばかり強いことは分かっていた。しかしまさかこんなにも歳の離れた娘に手を出してしまうとは…。
聞くところによるとグロアラはまだ一九歳、今年で二〇歳になるらしい。子から始まって一周して巳になるくらいの年の差だ。完全に犯罪である。
自分の節操のなさに愕然とした気持ちになった優也だった。
いまだ幸せそうな表情をして眠るグロアラを見つめていると、申し訳ない気持ちと共に言いようのない幸福感が込み上げてくる。
天国の妻は怒っているだろうか…怒っているだろうな。呆れた表情で―――仕方がないわね…―――と溜息を吐く美咲の顔が思い浮かんだのは自分の都合の良い妄想だろう。
とにかく今後はグロアラと美咲のことは分けて考えよう。関係を持ってしまった以上、第一に考えることは彼女のことなのだから。
決意を新たに優也は今一度横になる。グロアラの頭をゆっくりと撫でながら、今はもう少しだけこの微睡みの中、幸せに浸っていようとそう思うのだった。
読んでいただきありがとうございます!