動乱編-2
遅くなりました!すみません!!
※残酷な描写がてんこ盛りです。苦手な方は注意してください。
「さぁ!お集まりの皆さん、今宵は私主催の宴へのご参加、誠にありがとうございます!」
コロセウムの観客席には、皆一様に不安と困惑の表情を浮かべた奴隷たちの姿があった。
優也は牢屋に入れられていた彼らを、顎を使い、ここへ連れてきたのだった。これから始まる見世物の為に…。
「それではご紹介しましょう!!大扉からは、その巨大な棍棒で骨も肉も粉砕する大鬼!グレートオーガが3体!!」
三メートル近くある筋肉に覆われた巨体。鈍重な見た目からは予想できぬほどの速度で棍棒を振り回している。額から生える三本の角は、口から飛び出る牙と相まって、その形相をより凶悪なものにしている。
「そして挑戦者は!!!こちらの三名だあ!!」
入場口からは顔を青く染めた団員が三名、身体を震わせながら現れた。
「右から紹介しましょう!!彼が捌いた女は数知れず!!四肢をもぐことに関しては右に出るものはいない!!!異常性癖を隠しもしない豪の者!!ジャレル・ミックだあああああああ!!!!」
「そして次は!!小太り脂ギッシュのキモい奴!!!年端もいかない少女を魔物に襲わせて自慰行為にふけるのが生き甲斐!!!生きる害悪!最低の畜生!!ボーゼン・グリットぉぉぉおおおおお!!!」
「最後はあ!!盗賊団内では珍しい女性団員だ!!しかし中身は多分に漏れず最低のクズ!!大好物は男の悲鳴!!命乞いして縋り付く男の金的を潰すのが趣味!!!くるみ割り人形こと、セミア・レギルスキー!!!」
ゴホンと咳払いをした後、優也は三名に向かって告げる。
「あー、さてさて、君たちにはこれから魔物と戦って貰います。三人がちゃんと協力し合えば、勝てる相手です。君たちは誰も見捨てずに協力し合うことができるかな~?」
ニンマリと笑みを浮かべて優也は順に視線を送る。
目を見開いたまま、ガタガタと震え地面を見つめ続ける三名につまらなそうに優也は言う。
「まぁ、いいや。―――さぁ!!「謝肉祭」の始まりです!!!」
両腕を広げ宣言する優也の声に、グレートオーガが動き出すのであった。
優也が行ったのは悪魔女帝に施した幻影魔法であった。
牢屋にいた奴隷たちを顎経由で操り、会場へ向かわせ、コロセウム内にいた残りの団員たちには、優也に、絶対従わなくてはならない、という強迫観念を植え付けたのだった。その上でギースやそのほかの団員は今、会場の外で催眠状態で待機させている。
優也はコロセウムの入口を見つめて考える。
優也の計画では、戦闘奴隷だった自分がさせられていたことを、団員にさせるつもりだった。その為に、調教済みのグレートオーガを拝借させてもらったのだ。―――しかし、退屈である。内に渦巻く復讐心が燻り続けている。今すぐに団員全員を皆殺しにしてしまいたい。
もちろんだが、自分の手で殺すことも考えた。しかし、優也が本気で怒りをぶつけた場合、一瞬で終わってしまう為、工夫が必要なのだった。自分の心中に蔓延る、恨みは、怒りは、―――ただ皆殺しにして満足するような、その程度の物ではない。
まぁ、色々と案はあるのだが、まずはこの退屈な現状をどうにかしようか。
優也はフィールドに視線を戻した。
欠伸をもらしつつ、変態デブがミンチになり、その肉塊から飛び出た足が痙攣しているのを見る。
…つまらない…もっとこう爽快感のあるやり方はないだろうか…?やはり自分の手でやるか?いや、しかし…。
そうこうしている内に、くるみ割り人形が異常性癖者に盾にされて、顔の下半分を失くしたようだ。下顎を失くした女は意味を成さない叫びを上げ、小便を漏らし喚いている。実に愉快な光景だ。
うむ。やはり命乞いしながら喚いてくれないとつまらないよなあ…恐怖心を与えて絶望を感じた後に、救いの手差し伸べる…でも残念でした~死んで下さ~い、ってのが一番だ。うん、これだな。あと、デブをあっさり殺しちゃったあのオーガは処分しよう。
「はいはーい。飽きたからもう終わりにするわ。顎たち~、よろしく~。」
優也が手を叩くと、オーガの棍棒を泣き叫びながら抑えていた異常性癖者と、失くした下顎から赤い泡を吹いて白目をむいている女が、一瞬にして掻き消える。
「さて、会場の皆さん!この宴の趣旨はご理解できたでしょうか?では皆さんにもチャンスをさし上げましょう!!我こそはという方はフィールドに降りてきて下さい!!!さぁ―――…さぁ!!!共に復讐を遂げましょう!!」
コロセウム内にいた団員は全員で百名以上いた。さすがに全てを優也が料理するのは時間がかかるので、各人、恨みがある奴隷を使うことにしたのだ。もちろん奴隷には、幻覚魔法を使った上で、人を殺すことに対する忌避感をなくし、ある種興奮を覚える様にしてある。
そして用意した団員約五〇名には、抵抗出来ないように暗示をかけておいた。
逃げることは許されず、反撃することも許されない。なぜ許されないか、までは考えても分からず、もし反撃したら死ぬ、というような暗示ならば、死にそうになった際に咄嗟に手がでてしまうかもしれない。しかし、ただただ“許されない”とだけ、強く暗示をかけた場合、その強制力は死よりも強く作用する。知ることができない未知なる恐怖はそれだけ効果があるのだった。
「さて、俺も、自分のやることを終わらせよう―――。」
入口からゾロゾロと入ってくると、虚ろな目でへたり込んでいる残りの団員たちを目に、優也は彼らを貶む。
暴力に酔い好き放題やってきた奴らだ。それ相応の報いを受けるは当然のことだろう。その報いを与えてやるのが、偶然自分だっただけのこと。これから行うことは、決して許される行為ではないのだろう。人の尊厳を踏み躙る、家畜どころか生き物としても見ていない所業。
だが、その程度の良心の呵責に苛まれる段階は過ぎている。怨嗟の声が良心を食い殺す。早く殺せ、早く壊せと優也を急かす。
優也は、今も頭に響き続ける怨嗟の声に身を委ねて告げる。
「『起きろッ』」
ハッと自分が今置かれている状況が分からず、周りを見渡す盗賊団のメンバーたち。
「そんじゃあ、今から配る物を飲んでくれ。飲まないやつはオーガの餌な~。」
「―――てめぇ!ふざけてんじゃねえぞ!!」
某世紀末な漫画の雑魚のような男が食って掛かってきた。そいつの頭を左手で掴む。
「ふざけてんのはお前だろ?状況わかってる?んん?」
ビチャッと音を立てて男の頭が潰れる。
あれ?ちょっと脅すつもりで力を入れたのに…。潰れるとか待って?…しかも左手無傷なんだけど…、ちょっとマジで人間辞めて来てるな俺…。
この左腕は、どうやら見た目通り普通じゃないらしい。ちょっと生贄盛り過ぎたのだろうか…。男の脳漿で塗れた傷一つない左手を見て、困惑気味に優也は思った。
優也に頭を潰され脳漿をぶち撒けた男を目にし、団員たちは恐る恐る優也から配られた物を口にする。
「あー、全員飲んだか?よし、今飲んだ種だけどな。―――それ寄生樹の種な。」
優也は余りの種を団員たちに見せて、幻覚魔法の一部を解いた。団員たちの目には別の種に見えていた物が、特徴的な薄茶色の食欲を唆る種に変わったように見えただろう。
ニッコリと微笑んで優也が告げると、団員たちは慌てて吐き出そうと嗚咽を繰り返す。
寄生樹。それは種を媒介にして寄生する生き物で、寄生された宿主は身体が徐々に樹木の様に変異していく。生き物の胃袋に寄生する性質を持っている為、効率的に体内へ摂取されるように、見た者の食欲を高める魔法が宿っている。
もし人間が寄生された場合、始めに胃袋に根を張り、やがて体中へ根を伸ばす。その頃には皮膚の至る所が、樹皮のように固くなり始める。そして全身の皮膚が樹皮に変わると、口や鼻、肛門などあらゆる穴という穴から根が現れ、地上にもその根を伸ばす。
地上に根を張ると、樹皮が破裂し始める。種を周囲に飛ばす為の現象だ。その頃には運動機能のほとんどを乗っ取られている為、抵抗することはできない。生きながらにして全身の皮膚が破裂する痛みに耐えなくてはならず、しかも、寄生樹が生命維持機能のような物を発揮している為、死ぬこともできない。
この寄生樹の種は、先の大戦で拷問に使用されていたもので、今では悪魔の種と呼ばれ、使用を禁止されている物だった。
蛇の道は蛇ということだろう、大量の在庫がこのコロセウムには置いてあった。優也は予めそこから種を盗み取っていたのである。
「それでだな…、ここにお薬がありまーす。先着ニ〇名様になりますので、存分に殺し合ってくださーい。―――早くしないと死んじゃうからね。急いで下さいね。」
再び優也は微笑みを浮かべて彼らに告げた。最前列に居た数名が優也に飛び付いて来たので、顎の餌にする。
その光景を見て他の団員たちは殺し合いを始めたようだ。
寄生樹には特効薬がある。拷問をより効率的に行う為に開発された物で、即効性があり、絶大な効果がある。しかしとんでもない高価な薬だった。
―――え?そんな高価な薬どうやって手に入れたのかって?…いやいや、持ってるわけないでしょう。そんな薬。
複数の団員に殴られ、顔が数倍に膨れ上がった男を冷めた表情で見つめて、優也は頷く。
ふむ、これで大分人数は減るかな?
優也は溜息を吐くと、殺し合いを始めた連中から視線を外し、奴隷たちの方の様子を確かめる。
「や、やめ…し、死ぬ…もうやめてくれ…ああ!…あああッ!!」」
「アハハ!!ハハ!!アハハハハハ!!!!」
少女が顔を火照らせながら笑い叫び、執拗に男の太腿に斧を振り下ろしていた。
「お、俺のちょ、腸…か、返してくれ…ッ。」
「はぁ?これか?」
「あ、ああ…ッ…ひ、引っ張らないで!!やめ…ヤメッ!!ンガッ!!!」
「クスクスッ…どうだ?痛いか?ほら、ほら!!!!」
「痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いッ!!!!」
「そうか!!痛いか!!!そうか!!!ハハハ!!!!」
奴隷の髭面の男が、団員の腹を掻っ捌き、腸を引きずりだして、引き千切らんばかりに、引っ張っていた。
「ああああああッ!!!目が!!!やめてくれよおおおお!!!もう殺してくれえええええ!!!」
「フフフッ…『聖なる光よ、彼の者を癒してッ』」
「あああ、…ハァ…ハァ、ハァ…殺して下さい…お願いします…どうか…どうか…。」
「え?なんで?嫌に決まってるじゃない。―――さぁ続きよ。『炎よッ』」
「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」
女性が男の手足をこんがり焼き、その上で、目を焼いては癒し、焼いては癒し、を繰り返していた。
世も末だな…と、自分のことを棚に上げて優也は思った。
暫くすると、殺し合いをしていた奴らが、結構減っていたので声をかける。
「お前ら、もう良いぞ。―――ほら、やるよ。」
その粉末を、サラサラと掌から地面に落とし、蹴り上げる。巻き上がり砂と混じった粉末を、我先にと地面に這い蹲り、舐め取る団員たち。
そこまで生に執着するのか…と冷めた目で、足元にいる蠢くゴミたちを見つめる優也。そのホッとした表情の彼らに告げる。
「あー、すまん。それ樹喰蟲の卵だったわ。…ぶふッ。」
吹き出すように笑った優也の顔を、彼らは絶望した表情で見つめた。
樹喰蟲は名前の通り、木を食べる虫の魔物だ。
樹喰蟲は一定の温度と水分がある状況下で卵から孵り、周囲の物を食べ始める。“森の掃除屋”と呼ばれる由縁だった。
この魔物は木を好物として食べるが、元来雑食であり、何でも食べる。寄生樹に寄生させ、樹喰蟲の卵を摂取すると面白いことが起こるのでは?と優也は考えたのだ。どうやら団員たちも優也と同じ考えに至ったようで、皆、蒼白な表情で固まっている。
身体のあちこちが樹皮のように変化している男が、いきなり全身を掻き毟り出した。すると樹皮がモコモコと脈打ち、バリっと裂けると、そこから蛆のような見た目の体長一ミリ程の魔物が大量に飛び出した。
「ひぃッ!!痛ッ!!あああ!!あああああああひぃいいいいい!!!!!」
全身から魔物を吐き出し叫ぶ男。
ああ、当分シラスは食わなくていいや、と優也は思うと同時に、この世界にシラスあるのか?と場違いなことを考えた。
白目を向き叫ぶ男。その光景に震え上がりながら、死にたくないと命乞いする彼らに優也は言う。
「今までそうやって命乞いしてきた人間に、お前らは何をしてきた?それは報いだ。せめて苦しんで死ね。…あはッ…ハハハハハハッ!!!」
一部始終を見終わった優也は、彼らの死体に群がる樹喰蟲を焼き払い思う。
最後に発狂させてしまったのは不味かったな…楽な死に方をさせてしまった。発狂を防ぐ方法はないだろうか…今後の為に研究しようと、優也は今後の計画を立てた。
「さて、皆さーん。そろそろ殺しちゃってください。」
「えー。まだ足りなんだけどー。」
「ふむ。もう少し待って貰えないだろうか?」
「あら、もう終わりなの?」
一番ハッスルしていた三名の奴隷が、不満の声を上げる。
「もう十分だろ?つか俺の予定もあるんだ。あくまでお前らはオマケだってこと、忘れるなよ。」
優也の言葉に頷き、あっさりと団員を殺す彼らを見て、優也は頷き言う。
「それでは本日の「謝肉祭」の最後は!俺が直々に手をくだしますので、皆さんは観客席までお戻りください!!」
奴隷たちが血溜まりの中を、ぴちゃぴちゃと歩きながら戻っていくのを待つ。
「さぁ、最後の入場者の紹介をしましょう!!犯した女は星の数。脳みそは股にぶら下がってんだと言わんばかりのクズ!皆さんがよく知る殺したい奴ナンバーワン!ギース・ストラトスうううううう!!」
ギースが怒りと恐怖に顔を染めて、入場口から入って来た。
彼が姿を現すと同時に、会場内は一気に騒がしくなる。
「「「「「殺せ!殺せ!殺せ!殺せ!殺せ!殺せ!」」」」」
観客席から殺せのコールが鳴り響く。そのコールは鳴り止まず会場内に響き渡る。
「「「「「コロセ!!コロセ!!コロセ!!コロセ!!コロセ!!」」」」」
「うるせぇえええ!!!」
「「「「「コロセ!!コロセ!!コロセ!!コロセ!!コロセ!!」」」」」
「クソッ!!クソォッッ!!なんで俺がこんな目に!!!おめえ!!!ぶっ殺す!!!」
「あ、はい。どうぞ。」
ギースの罵声を浴び、優也は掌を前に差し出し言った。
「腐れ野郎がッッ!!!『爆炎よ来たれッ!!全てを滅し、塵へと変えろッ!!』」
ほう、高位術式とは優秀だなギースは。
高位術式とは、各属性にある一定の指向性をもたせるための術式である。
火球などであれば、『炎よッ』の一言で、あとはイメージを通せば火球が生成される。そして爆炎なども同様であるが、
しかし、熱量の操作などを行う場合、特殊な詠唱が必要になる。どのくらいの熱量なのか、対象がどのような状態になるのかを詠唱に乗せる。それと同時に緻密なイメージも必要な為、中々できる者は居ない。
優也が知ってる中で可能なのは、鈴麗とカーネウスくらいだった。ちなみにだが、もっと高位の者になると、それすらも短縮して詠唱できる。鈴麗がその良い例だ。
周囲がチリチリと焼ける音が聞こえる。そんな熱量を誇る炎が優也へと迫り、言わずもがな一瞬にして消えた。
「バ、バカな…なんだ?何なんだよおめえは!!!化物がッ!!!『炎よッ』『炎よッ』『炎よッ』『炎よッ』『炎よッ』『炎よッ』『炎よッ』『炎よッ』『炎よッ』『炎おおおおぉよぉおおおおおおッ!!』」
ギースは自棄を起こし、火球を連続で放ってくる。その全てが優也に届く前に、跡形もなく掻き消える。
「じゃあ、今度はこっちからいくな?」
魔力切れを起こし、フラフラと身体を揺らしているギースに優也は言った。
「『爆炎よ来たれッ、全てを滅し、塵へと変えろッ』」
ギースの詠唱を模倣し、威力もそのままに魔法を行使する。
「や…やめろ…来るなッ来るな来るな来るな来るなぁあああああ!!!ああああぁぁぁぁぁぁッ!!!!」
半身を焼かれ絶叫するギース。のたうち回り火を消したギースの半身は完全に炭化し、もう立ち上がれる状態ではないようだった。
「まだ火球を返してないんだけどな…。」
ギースから視線を外し、頭をかきつつ優也は呟いた。
「―――…くくッ…くハハハッッ!」
突然笑い出したギースに、優也は訝しむ。気でも触れたか?
「…なぁ、ユーヤ…これで満足か?」
「ん?どうだろうな…?思ったほどスッキリしないもんだな…。」
「まさか…おめえが、こんな化物だとはよ…思わねえよなあ…普通…。」
「あ?なにが言いたい。」
「ほんとはよ。…おめえが命乞いして…頼み込む姿が…見たかったんだわ…。」
「俺が今更そんなことすると思うか?」
「―――テスラの湖の村。」
「――――――ッ!!!」
バッとギースの方を向き、優也は問い詰める。
「どういうことだ!!答えろッ!!!ギース!!!!」
「クハハハハッ!!!!効果覿面ってやつか!!!!くくッ!!―――あグッ!!」
生成した蛇腹刀でギースの耳を削ぐ。
「―――答えろッ。」
優也は魔力威圧を放った。するとギースは、顔中を汗で濡らしながらニタリと笑み言った。
「おめえの大事な大事なもんがあそこにはあんだろう?!今頃そいつぐちゃぐちゃに犯されてるだろうぜぇ!!!クハハハッ!!!ザマァねえなッ!!!」
優也の頭が真っ白に染まる。復讐に酔うあまり見落としてしまった?
優也の頭に怨嗟の声が響く。何を見落とした?
怨嗟の声が大きく脳内で反響する。ギースは今なんて言った。
殺せッ!壊せッ!と声が聴こえる。―――うるさい。
「―――黙れよ。」
表情の消えた優也が呟く。
ギースのもう片方の耳が消える。尚もギースは笑う。
「くくッ。」
「だから黙れって。」
ギースの両足が吹き飛ぶ。ギースが苦悶の声を上げる。
「―――グゥッ!!」
「うるせえって言ってんだろ?」
ギースの両腕が吹き飛ぶ。ギースが悲鳴を上げる。
「ああああああああッ!!!」
「耳障りだ。」
ギースの腹が裂けると同時に、中身が辺りに飛び散る。ギースは空ろな目でヒュゥ…ヒュゥ…と呼吸する。
「ああ、うるさい…うるさいんだよ!!!」
飛び出した贓物を滅多刺しにする。ギースはまだ呼吸を繰り返している。
「うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいッ!!!」
ギースの首を切り落とす。ギースの目がグルンと上を向き、口から血を含んだ泡を吹き出した。
「黙れ…黙れ…黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れぇええええええ!!!」
ギースの眼窩に指を入れ、地面に何度も叩きつける。粉々になった頭蓋骨から脳漿が飛び散る。
「ハァ…うるさいな…なんだこれ…耳障りなんだよ…うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさい!!!やめろおおおおおおおおおお!!!!!」
優也の叫びと同時に周囲に魔力が吹き荒び、一連の行為を蒼白な表情で見ていた奴隷たちが、会場の端へと吹き飛ぶ。
「頭から離れねえ…うるさいな…ああああああ!!!!クソッ!!!ああああッ!!!」
優也は頭を掻き毟った。裂けた皮膚から血が流れ優也の顔を赤く染める。
優也は目を見開き、虹彩を震わせて叫び続ける。
殺せッ!壊せッ!と大音量の怨嗟の声が止まない。
自分はなぜこんなことをしているのか…ギースはなんて言った?この焦燥感はなんだ?
何も思い出せない…殺したいッ!壊したいッ!この騒がしい声を消したい!!!優也は蛇腹刀をがむしゃらに振るう。周囲の壁や地面、団員の遺体が斬り裂かる。
―――もう、やめてくれッ!!
優也がそう願った時、声が聞こえた。
パパ―――。
「ア、アーラ…?」
ハッと周囲を見渡すと、優也は瓦礫の中に立っていた。今の声は…自分が描いたアーラの幻影だったのだろうか…。
ボーっとして辺りを見ていた優也は頭を振って、素早く思考する。
そうだ。今はこんなことをしている暇はない…。
―――まだ間に合うかもしれない…グロアラの元に向かわなくては…ッ!!
しかし、ふと気付く。このままグロアラの元に向かったとして、王都の方は大丈夫だろうか…。鈴麗が王都に向かってから半日が経っている…。
どうするべきか迷っていると、後ろに何者かの気配を感じた。
『如何されましたか?我が君。』
「んん?」
振り向くとそこには、優也が実験の為に痛めつけた悪魔女帝が跪いていた。
「なんだ…?お前。」
『ハッ。ワタクシはアナタ様の下僕でございますわ。どうぞ何なりとご命令くださいませ。』
頭を垂れる悪魔女帝に首を傾げて思う。―――どうしてこうなった。
『我が君。アナタ様の勇姿、拝見致しました。まさに魔王が所業。ワタクシの主に相応しいと、そう思いましたの。』
顔を上げた悪魔女帝は、潤んだ瞳で優也を見つめる。
『ですからどうか!どうかワタクシを―――』
悪魔女帝は息を吸い込み、万感の思いを込めたような表情で言う。
『―――苛めて、辱めて、嬲って、犯して、メチャクチャにしてくださいませッ!!!』
涎を垂らさんばかりに宣う悪魔女帝を見て思う。―――どうしてこうなった。
「い、いきなり言われてもな…まぁ殺してもいいが…というか今急いでいるんだが…。」
『何かお困りの様子ですわね?―――ではワタクシを、テイムしてくださいませ!』
「テイム?」
『はい!魔物との契約でございますわ!服従した魔物とは契約できるんですの。―――あ!安心してくださいませ!ワタクシは我が君に絶対服従ですわよ!!今足をお舐めしますわ!!』
「舐めんでいい。」
「アフンッ!」
悪魔女帝の顎を蹴り上げると、彼女はどこと無く気持ち良さそうな声を上げた。
…なんだろうか…なんとなくデジャヴ…?どっかでこんなやり取りをしたような…。
***
「ハ、ハァー、ハックショォオーーーーイッ!!!な、なんじゃ…?突然くしゃみが…。」
***
気のせいということにしておこう…。
「とりあえず、そのテイムの方法と効果を教えろ。素早く簡潔にな。」
『はい、我が君。―――まずテイムの方法ですが、主の血を魔物の額にあたる部分に垂らすことで成立いたしますわ。その際に少しだけ魔力を血液に混ぜますの。次に効果ですが、奴隷紋と違ってテイム契約は、その者の魂に刻まれますわ。契約した魔物の生死は主が握ってますの。そして主の死は自分の死でもある。一心同体になりますのよ。マ、我が君と…い、一心同体…ハァ…ハァハァ…。』
「息が荒いが大丈夫か?」
『我が君に蹴って貰えば一瞬で治りますわ!!』
「何かキモいからヤダ…。」
『あひんッ!』
言葉攻めも効くのかこいつ…。
とりあえずモタモタしてる暇はない…変態なのは問題だがこの駒は使える。とっとと契約してしまおう。契約魔法なら闇属性のはずだ。契約後に今の説明に嘘がないか確かめればいい。
悶える悪魔女帝を放置して、優也は額から流れる血を指先で拭うと、悪魔女帝の額に魔力を流しつつ触れた。
『アアン!!ハァハァ…アァッ!!ンアッ!!ハァ…ハァ…―――ッ!!』
ビクンビクンと身体を震わせながら喘ぐ悪魔女帝を、冷めた目で見つめ優也は言う。
「お前、ほんと、キモい。」
『我が君。その冷たい視線も素敵ですわ。』
恍惚な表情で涎をダラダラと垂らす悪魔女帝。…いや、とっとと涎拭けよ。
優也は施された契約を確認し、悪魔女帝に告げる。
「じゃ、これで契約完了だな。問題ないようだし、…早速だが、お前には王都に向かって貰いたい。俺と同じ黒髪黒目の女がいる。そいつの手助けをしてやってくれ。」
『我が君、同じ…?―――殺しますか?』
「いや、殺すなよ。もう二度蹴らねえぞ。」
『そんなッ!!分かりましたわ!絶対に殺しませんわ!!!』
世界の終わりのような表情で、悪魔女帝は必死に宣言した。
『―――それでは行って参りますわ。』
「あ、ちょっと待て。」
『何か?あ、足もぎます?…そ、想像しただけで濡れてきましたわ。早くしてくださいませ!!我が君!!』
最早その妖艶な雰囲気が、ギャグにしか感じない悪魔女帝に、優也は訊く。
「お前の名前を教えてくれ。不便だからな。」
『名前?そんなものありませんわ。好きにお呼びなってくださいませ。』
「ほんじゃあ、キモい豚?」
『ッ!ハァ…ハァハァ…ッ!』
「ぶ、豚は、やめよう…。じゃあ…、『ロータス』だ。」
『―――まあ、なんと素晴らしい響き…。有り難き幸せ…。ちなみに由来はどのような?』
「ああ、俺の故郷の花の名前だ。」
『花の名前を頂けるなんて…。…ちなみに、あくまでちなみにですが、ワタクシにも生殖器官はありますわよ。人間のメスと同じ物が付いていますのご安心なさって我が君。』
じゅるりと涎を啜りながら悪魔女帝―――ロータスは言った。
す、すごく安心できないです。
ちなみにロータスは蓮のことだ。ほら、蓮コラとかキモいだろ?
「それと最後に―――ロータスが始めに言ってた“あの方”って誰のことだ?誰の紹介でここに来た。」
『ああ、そのことでしたら、紹介してくれたのは―――魔王ですわよ。』
「魔王―――って言うと、トモエユーヤって奴だよな…?」
『ええ、そうですわ…。??そう言えば、我が君と魔王は似ていますわね…。…殺しますか?』
「いやだから殺さんでいい。」
魔王が「謝肉祭」の背後にいるとは…もしやと思ってはいたが…。
だがこれで、拷問やコロセウムなどで使われていた魔物の入手経路が分かった。魔王…トモエユーヤは一体どんなヤツなんだ…?
自分と同じ顔だと皆が言う、魔王。
―――優也が彼と邂逅を果たすのは、すぐ後のことだった。
読んで頂きありがとうございました!