カワミミ! ~可愛いミミックと出合った冒険者~
ここは冒険者も滅多に来ない、不人気なダンジョン。
いや、不人気だったと言うべきか。
こんな所に来るのは物好きな俺だけかと思ったが、どうやら妙な噂が流れ始めたらしい。
まぁ、俺が聞いたわけではないが、それを話題にしている相手が目の前にいる。
「さぁって、噂のバケモノとやらは現れてくれるかな」
「ハハハ、相棒よ。俺達盗賊は、その住み着いたというバケモノ一匹より、それを狙いに来る、名声目当ての冒険者をぶっ殺すのが目的だろう?」
そんな会話をしているのは、いかにもな盗賊の2人組。
小汚いぼろきれを纏い、対人用の暗器やナイフを装備していた。
そして、その2人は──不意に俺と目が合った瞬間、驚いて逃げ出してしまった。
鬼人と呼ばれた事のある冒険者の俺と、真っ正面から対峙するのを避けるためだろう。
数々の武闘大会で優勝し、誰も追い付けない孤高へと至った相手を目の前にしたら、そうする輩も多い。
歯牙にも掛けず逃がす選択肢もあるが……後々、闇討ちを狙われても面倒臭い。
「待て! 不埒な夜盗共!」
俺は走り、追い掛ける。
だが、相手は軽装ゆえか思いの外、脚が速い。
石造りのダンジョンに靴音が響く。
いくつかの分かれ道を通り過ぎた時にまかれ、相手が視界から消えると、靴音すら反響して方向感覚を惑わせる。
「チッ、鬼ごっこは苦手だ」
しばらくして盗賊2人組が発する音も消えてしまい、諦めかけたその時──。
「うぎゃあああああ」
あの盗賊らしき絶叫が聞こえた。
冒険者の勘として、意外と近くのように思えた。
ハッキリとした大音量の声だったから、というのもあるだろう。
とにかく、その勘を頼りに奥へと向かった。
「何だコレは……」
そこには1個の箱が置かれていた。
基本的な材料は細長い木板で、それをいくつも組み合わせて、子供1人が入るかどうかというサイズ。
それをリベットや鉄板で補強してある感じだ。
簡単に言うと宝箱というシロモノ。
ただ普通と違うのは、その開閉部から人間の手足がはみ出してビクンビクンッと動いている。
下に流れている夥しい血と、手足の本数や新鮮さを見るに……さっきの盗賊2人組の死体だろう。
俺は、腰に下げている剣に手を掛けて警戒する。
たぶん、コイツを知っている。
「ミミック……!」
宝箱に擬態して、中の物を取りだそうと手を入れた瞬間に相手を食らうというモンスター。
今もその開閉部らしき口で盗賊2人の死体を咀嚼している。
「カタ、カタカタッ!?」
何かを鳴らすような音と共に、こちらに気が付いたのか向きを変えるミミック。
方向はこちら……相手に目は無いが、視線が合った感覚。
「く、来るのか?」
いきなり飛びかかってくる事も考慮し、全神経を集中させる。
だが、ミミックはモグモグしていた咀嚼を止めて、ピタリと擬態。
まるで、私はただの宝箱です、と言わんばかりに。
「油断……させる気か」
手足をはみ出させたまま、宝箱になりきっているミミック。
非常にシュールな図である。
そのまま数分が経過した後、ミミックはよだれが垂れてきていた。
たぶん、人間で言えば串焼きを食べている最中に、いきなりお預けを食らったようなものだろう。
人を襲おうとしていた盗賊達への同情が全く無いのもあり、ミミックの方に感情移入してしまう。
「はぁ……」
何か緊張の糸が切れ、剣から手を離す。
ミミックはそれで感じ取ったのか、残っていた獲物を嬉しそうに咀嚼し始めた。
そもそも、ミミックは中の物に手を出されなければ無害なのだ。
基本的に、横で寝ていても襲われないくらい、普段の凶暴性は皆無。
目の前でモグモグゴックンしているが、下手に死体が残って疫病などを発生させるより、こうして処理してくれる方が有効でもある。
「食べ終えたか」
床に残っていた血も、大きな舌が出てきて舐め取ってしまった。
血痕が残っているとミミックだとバレてしまうためか……はたまた、ただ皿まで舐める意地汚い子供みたいなものなのか。
どちらにせよ、やりきったミミックは──どこか満足げに見えた。
そこで、俺はふと思った。
このミミックの中には何が入っているのだろうか?
知的好奇心の赴くまま、ミミックの上蓋をパカッと開く。
素人目には危険に見えるが、空けた段階では襲ってこないので平気だ。
中の品物に手を出さなければ──。
「これは」
中に入っていたのは、俺の短剣だった。
俺は──幼少期、裕福な貴族の家庭で育った。
だが、それ故に自由な冒険者に憧れた。
俺が家を飛び出すときに、唯一渡されたもの──それがこの短剣だ。
柄に宝石が付いており、辛くなったら売って飢えを凌げという意味が込められていたのだろう。
俺はそれにすら反発し、絶対にこれを手放さずに、時には木の皮を喰らい、野生のモンスターも喰らった。
そのハングリー精神で、冒険者として鬼人の二つ名を持つまでになった。
そんな出発点とも──俺の心とも言える短剣。
「なぜ、ミミックの中に……」
いつも肌身離さず持っていたはず。
有り得ない、盗まれたのなら真っ先に気が付く。
俺はつい、それに手を伸ばそうと──。
「っと、危ない。これはミミック。まやかしの類かもしれん」
だが、手元に短剣が無くなっているのは事実。
これは不可解な。
「……ッ」
ミミックの中身を見続けていると、いつの間にか箱が赤く染まっていく。
先ほどの血のとは違い、ほのかに朱が差すというか──。
「赤面?」
まさかな、と思って俺は蓋を閉めた。
すると、ミミックは元の色へと戻った。
どうやら、シャイな奴らしい。
「これが噂のバケモノ……か。恐ろしい話の正体など、こんなものだな」
俺は気が抜けてしまい、面倒臭くなってその場でゴロンと横になった。
* * * * * * * *
「うーん……暑い……」
季節的に寝苦しいものがある。
魔術などが使える者は、こう言うときに氷を出したり、風を当てたりするらしい。
むろん、剣1本に生きる俺はそんな器用な真似は出来ない。
出合った相手をただ叩き切るのみ。
……でも、もう少し魔術とか勉強しておけば良かったなと若干の後悔。
「カタ、カタカタッ!」
何かが鳴る音と共に、涼しげな風が吹く。
俺は寝転がりながら、そっちの方向へ向いた。
「ミミック……お前」
蓋の部分をパカパカと開閉し、それを利用して扇のように仰ぐ奴の姿が。
中身が見え、ミミックだとバレバレなのも気にせず、俺のためにやってくれているのだろう。
意外と可愛い奴かも知れない。
「ありがとうな」
伝わるかは分からないが、感謝の言葉をかけておく。
すると──。
「カタ、カタタタタ」
また蓋を器用に開閉し、今度はその振動を利用して擦り寄ってきた。
向き合っての添い寝の体勢である。
気持ちは嬉しいが、さらに暑くなってしまった。
耐える、寝苦しいのをひたすら耐える。
ミミックが、たぶん寝たらしいのを見計らい、俺は部屋の端っこの方へと寝場所を移した。
「許せミミック……暑いんだ」
──どれくらい時間が経ったのだろう。
俺は、ふと物音に気が付いた。
いつの間にか寝てしまっていたらしいが、それに反応して目を覚ます。
音はカタカタというミミックのではなく、カチャカチャという何かの金属音。
「鍵は~無し。トラップは~無し、っと、あれ、平気っぽいなこりゃ」
見知らぬ冒険者がミミックの前で屈み、鍵穴に針金のようなものを差し込んでピッキングしている。
暗がりの隅っこで寝ている俺に気が付いていないようだが、どうしようかと迷う。
このままだと、たぶんミミックは鼻に刺激を与えられ、クシャミを──。
いやいや、違う。
あの冒険者はこのままミミックに食べられるか、逆にミミックを倒してしまうかだろう。
食べられるのは──まぁ冒険者なら死を覚悟してなるものだろう。
その未熟故に最後を迎えるのも普通の事である。
だが、もしもミミックを倒してしまった場合は──俺の短剣を取られてしまう事になる。
ミミックとは違い、どこかへ売られてしまったら行方が分からなくなるので、それは避けたい。
何か適当に言い訳をして、去ってもらうのが双方のためだろう。
そうだな──バケモノの噂となっているミミックはとても強くて、お前の手には負えないとでも言っておくか。
「おい、そこのピッキングしている冒険者」
「え?」
冒険者は、こちらに気が付くと顔面蒼白になった。
まるでバケモノを見るかのように、顔を引きつらせ。
「う、うわあああああ出たあああああ!? 鬼人だああああ!?」
「お、おい、落ち着け。俺は──」
「ひぃぃ、額に大きな角! た、助けてくれえ!」
冒険者は一目散に逃げ出してしまった。
残ったのは、呆然としている俺とミミック。
「俺、額に角なんて……」
あった。
確認のために、手を伸ばすとそこには角があった。
そして思いだしてしまう。
バケモノはミミックでは無い──。
鬼人と呼ばれ人を斬り続け、禁忌の呪法に手を染め、人の心を失ってしまった俺だったのだと。
目まいに襲われ、嗚咽を漏らす俺に、カタカタと擦り寄ってくるミミック。
そうだ、俺は──残っていた最後の人間性で、思い出の短剣をコイツに託した。
そして、たまに昔の記憶が戻り、今のような状態になって短剣を見に来る。
俺の心と言える短剣。
それを守ってくれているミミック。
「ありがとうな」
俺は再びミミックに感謝した後、人の心が消えた。
そして、逃げ出した冒険者を殺して、餌としてミミックに与える。
このやり取りは何十、何百回と続いているのだろうか。