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(10)久遠の華

ラストです。ありがとうございました。



じりりりりりりりりりり・・・・。


耳元で煩く喚くそれを手にとって壁に放り投げる。


「んゅ〜・・・」


四月の朝はまだ寒い、と思う。布団の中で丸くなっている時間が最高に幸せだ。

しかしそれでも悲しいかな、現実というものはあたしの身に確実に迫ってくるもので。


「こらこら・・・・起きなさい。いつになったら目覚まし時計を放り投げる癖が直るんだい?」


「・・・・・・・あと五分・・・」


「・・・・そんなアニメの主人公みたいな事を言っていないで起きなさい・・・・レン」


「ん〜・・・・・・・・仕方ないなあ・・・」


布団を捲って身体を起こすとそこには白衣にエプロンというなんともいえない格好をした男が立っている。

ちなみに彼があたしのパパ。開業医で、この二階の下にある小さな診療所を営んでいる医者だ。


「しかし部屋を少しは片付けたらどうなんだ?足の踏み場もないぞ・・・・この下着とか・・・」


「ばか!何触ってんのよ!?こらこらこらこら、女の子の部屋漁るなあっ!」


「あのなあ・・・どうせお前の下着を洗っているのは僕なんだぞ・・・・そんなこと気にすることもないだろう」


「ある!いいから出てけ、ばかあっ!!!」


床に落ちているものを投げつけまくるとパパはおずおず退散していった。何しろ投げるものにだけは困らない。

まったくあの真顔でとんでもないことをする天然ボケだけ直してくれれば最強のパパなのになあ。

とかなんとかやっているうちに時間は過ぎているわけで。慌ててパジャマを脱いで制服に着替える。

鞄を片手に部屋を飛び出すとフライパンを持ったパパが追いかけてくる。


「レン!朝食はちゃんと食べなきゃだめだろう!」


「ごめえん!でも遅刻しちゃうからまた今度ね!」


「今日はレンの好きな玉子焼きを作ったんだぞ・・・おい、レンッ!!!」


なんだか悲しい声が聞こえたけど無視した。

革靴を履いて家を飛び出すと空は晴れ渡っていて良い天気。


「おし!」


鞄を掲げて走り出した。

春の風が舞う桜の木の下を。





(10)





「こら、里見さん!一時限目からですか!」


「いたっ・・・」


教室の隅にある席があたしの睡眠ポイントだ。気づけば眠りについていた頭を社会の教師が叩いていた。

欠伸をしながらてきとーに謝って先生を追っ払うと窓の外を眺める。

校庭には桜の花びらが待っていた。その華を見る度にあたしは思い出す。昔あたしの世界を壊した人を。

思い出すだけで胸がじんわり熱くなって、優しくて寂しくて・・・切ない気持ちになるあの人。

五年前にたった一週間ちょっとだけ共に過ごした、ただそれだけのはずなのに今でも忘れられない。


「サクラ・・・・・・」


「桜の木がどうかしたんですか、里見さん?」


「先生・・・・・って先生!?」


「あなたねえ・・・・堂々と余所見しすぎですよっ!」


どっとクラス中に笑いが巻き起こる。

恥ずかしくて慌ててノートを取るのに集中した。

休み時間になると前の席に座っている友達が振り返り、あたしの頭を小突いた。


「レンちゃん、相変わらずの授業無視っぷりだねえ」


「あ・・・・うん・・・いやあ、ほら・・・・なんていうか・・・ああもう、ゴメンナサイ」


「素直なのはいいことだよっ!そう思わないかい、ワトソン君っ!」


「意味わかんないですけどー」


頭に軽くチョップする。一応突っ込みのつもりだ。満足したのか彼女も腕を組んでウンウン頷いていた。


「それで、何見てたの?桜の木?」


「あ、うん。きれいだなあって思って」


「そりゃ綺麗だけど・・・・何?何か思い出でもあるの?」


「うぇええええ!?ないない、ないわよっ」


両手をぶんぶん振って否定してからそれが大げさすぎて逆に明確な肯定である事に気づいた。

諦めてため息を付くと桜の木を見てゆっくりと口を開く。


「前にね・・・・好きな人が居たんだ。心の底からメロメロってくらいに大好きだった人が」


「それがあの桜の木になっちゃったの?」


「違うってば・・・・・・その人の名前がね・・・サクラ、だったの」


「女の子みたいな名前だねー・・・ってまさか女の子だったんじゃ!?」


「違うってば・・・・・・なんで女の子にメロメロにならなきゃいけないかな」


「だってレンちゃん女の子に人気あるじゃん。小さくてかわいいし〜」


それは・・・身長のことに関しては気にしているので出来れば触れないで欲しいのだけど。

でも女の子から人気があってもしょうがないと思う。男の子からあっても・・・もっとしょうがないけど。

だってあたしはまだ待っている。彼がいつか、あたしの目の前に現れるって。

そんな奇跡みたいな確率だけど、でもそれを信じていることで強く在れるから。


「おい、イオリ!さっき廊下で壁に頭叩きつけてる馬鹿が居たぜ」


「何それ・・・・おもしろそ〜・・・・ちょっと見てくるね」


「好きねぇあんたも・・・・」


野次馬根性丸出しで飛び出していった友人を見送る。

桜を見る度に思い出す彼との記憶は、今のあたしにとって大事な宝物だ。

今はちゃんと高校にも通えて、友達も居て。家に帰ればちょっと変だけどパパが待っていてくれる。

何一つ文句なんかない幸せな毎日。楽しくて仕方がないはずなのに、何か物足りない。

それはきっとまだあの人の事を心も身体も忘れられていないからなのだろう。ずっとずっと彼のことを求めている。

どうしてあの時もっと彼に好きだと伝えなかったのだろう?胸のうちに秘めたたくさんの愛情を語れなかったのだろう。

もしもあの時今ほどの言葉や思いを伝える意思があったなら、彼を引き止めることが出来たのだろうか。

あれからもう五年も立つのに、瞼を閉じれば鮮明に思い出せる。


あの日の彼の言葉も、優しい笑顔も。






「愛染サクラは今、お前を助けに来た」


片膝を着いて跪く。

まるであたしを迎えに来た騎士のように。風に黒髪を靡かせながら。


「あの日の約束を果たしに来た。お前の願いを叶えに来た。だから告げてくれ、この俺に」


顔を上げる。

その強い眼差しが全てを語っていた。間違いの上に成立していたあたしたちの関係を終わらせる時がきたんだと。


「思い出したんだね、サクラ」


そして目を閉じる。


「約束を果たしにきたんだね」


あの日のように。


「あたしを・・・・愛染レンを、殺しに来てくれたんだね」


それは、温かくて悲しい気持ち。

彼が本当に自分の事を大事に思っていてくれているという証。

ちゃんと思い出して、そして助けに来てくれた。


「サクラ・・・・・・・・・ありがとう」


この世界が大嫌いだった。

そして自分が大嫌いだった。

大好きなのはサクラのことだけで、あとは全部嫌いだった。

それでも、サクラが幸せになれるなら生きていたいと思った。

同じ悲しみや寂しさを分かり合えた自分たちならば、あるいはずっと傍に居られるのではないかと。

それでもそれは出来ない相談だった。

あたしがいる限り、あたしのこの姿でい続ける限り、彼は愛染ヒイラギの呪縛から逃れる事は出来ない。

だから、終わらせなくてはいけない。この世界から消え去ることで、彼を解放してあげたい。

もしも共に居られるのならばどれだけ幸せだろう。愛していると囁けたらどれだけ幸せだろう。

彼の手があたしの首を絞める。あの日ママを殺した日のように。

悲しいよね。辛いよね。もう一回同じ事させてごめんね。いやな事させてごめんね。

沢山の思いが胸から溢れて、でも言葉に出来なくて涙が零れた。

大好きで大好きで堪らないのに、どうしてこんなことになっちゃうんだろう。

あの日約束を交わしたのは自分だ。だからこれもあたしの結論だ。確かにそれを望んでいた。

でもサクラと過ごしたこの一週間で、あたしは変わってしまった。サクラのことがもっと好きになってしまった。

傍を離れたくないと、放して欲しく無いと、そんな矛盾した願いを抱いてしまったから。

自分はいなくならなくちゃいけないのに。サクラのためにきえなくちゃいけないのに。

なんて我侭。

だから潔く消し去って。

あたしのこころも全て消し去って壊してほしい。

サクラの・・・・愛した人の手で。

それはきっとママと同じ気持ちで。

だからあたしはママを容赦なく殺せる。涙を流す事も無く。

死ぬことでしか叶えられない願いだってあるから。


「だいすきだよ・・・」


目をきつく閉じた。

あんなにも望んでいた死が恐ろしくて堪らなかった。

こんなに怖くて苦しいのが本当に正しいの?サクラのためになるの?

そんな疑問が浮かんでは消え、いやだって、もっと傍にいたいよって、何度も何度も思った。

そうしたら不思議と苦しさは消えて、幸せな気持ちが胸に溢れた。

ああそうだ、あたしは・・・・・愛染レンは、サクラのことが大好きで・・・・傍に居たいんだって。

そんな当たり前の・・・ずっと思っていたことを認めることが出来たから。


だから彼は告げる。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・俺はね、レン」


力を緩めて、そっとその手をあたしの頭に乗せて。

あの優しくて乱暴だけど凄く温かくて幸せな気持ちに慣れる手で髪を撫でて。


「俺は同じ事は繰り返さない。だから姉貴の本当の願いをかなえようと思う」


笑った。にんまり。白い歯を見せて、今までの彼からは想像も出来ないような無邪気な笑顔で。

だからなんていえばいいのかわからなくて、目を丸くしていた。

何故か。驚いたのもある。けれどその笑顔が・・・そう、その表情が、胸にぐっさり突き刺さるくらい、かっこよかったから。


「姉貴の願いは・・・・・・・・・・ここにある」


あたしの胸に触れ、それから強く頷いた。

ママの願い。それはなんだったのだろうか?今でも判らないその疑問に彼は一つの答えを見出した。


「姉貴は・・・・俺たちを憎んでいたと思うか?」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・ううん」


ママは本当にあたしたちを愛していた。ずっとずっと愛していた。

でもそれが我慢できないくらい強い愛だったから壊れちゃったんだと思う。だからそれは間違いなく愛情だった。

あたしたちを憎むことなんてないだろう。それはママへの侮辱だと思う。ママがそんなこと願うはずがない。


「じゃあ姉貴は俺とお前に何をしたかったんだと思う?」


黙り込む。それが判らないから困っているんだ。判らないから自分が消えて、ママの思い出をサクラの中から消してあげたいと思っているんだから。

なのにサクラはそんな気持ち全てを吹き飛ばした。


「あの人は・・・・・・・俺とお前に幸せになって欲しかったんだよ」


「え・・・・・・・・・?」


「正しくは・・・・自分に出来なかった事を、自分が間違ってしまった事を、レン・・・お前に正して欲しかったんだよ。死ぬとか殺されるとかそういうことじゃない。避けるとか狂うとかそういうことじゃない。もっと普通で・・・・普通に愛し合う・・・・それがあの人がお前に望んだことなんじゃないのか?」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


自分に出来なかった事をしてほしいと。つまり、幸せになってほしいと。

ママに傷を負わされた毎日と、優しくしてくれた毎日が頭の中をグルグル巡る。

ママは確かにおかしかった。でも願っていることはいつも一つだった。

それが自分ではなく、あたしであるという事に酷い苦しみを抱えながらも、幸せになって欲しいと。

ただただ、愛した人たちに幸せになってほしいと・・・・願っていたんだ。

そして、その呪縛を・・・・・あらゆるものを、世界を、あたしとサクラを覆っていた全てをぶち壊して、そこから引っ張り出すために・・・彼女は死を選んだ。

自らの過ちを自ら消し去ると同時に、あたしたちを救うために。

でもそれはママの願いでもあったのだろう。狂ってしまった自分を終わらせて欲しいという願い。

元々そうだったんだ。あたしかママ、どっちか消えなきゃ誰も幸せになれなかった。同じ顔、同じ声、同じ人間が二人居ては行けない。二人居ては幸せになれないから。

ママがそれを受け入れられなかったように、あたしがママ以外を受け入れなかったように。だからどっちかが消えなくちゃいけなかった。だからママはあたしではなく自分が消える道を選んだ。

自らの過去を清算するために。でもそれはやっぱりサクラへのあてつけみたいなものもあって、サクラに全てを背負って行けと、そう突き放していた。


「これでよかったとは思えない。でもこの一週間で俺は変われたんだ・・・レン、お前のお陰で」


「・・・・・・・・・サクラ・・・・・」


あたしたちの一週間は執行猶予だと思っていた。

全てが終わって死によってお互いの道を乗り越えるための執行猶予。

なのに今あたしたちは変わってしまった。今はもうこんなにもお互いを愛している。


こんなにも・・・・生きたい!って思ってる。


「姉貴は・・・・・・・・やっぱり俺の手を引いていたんだと思う」


あの日のように強く強く。

彼はそういって懐かしそうに微笑み、涙を零した。


「あたしも・・・・・あたしもサクラと一緒にいたいよう・・・・っ」


飛びついた。彼がそうした答えを選ぶくらいにかわってくれたことが嬉しかった。

あたしの身体を抱きしめてサクラも笑ってくれる。最初の怖い笑顔じゃなくて、温かい春の風のような笑顔で。


「ありがとうレン・・・・・・・・でも、お別れだ」


「え・・・・・?なんで?」


「判ってるんだろ?お互いに依存して居ちゃ、俺たちは姉貴を乗り越えられない」


だからこそあたしは死のうとしたんじゃないか。

そんなことはわかっている。一緒に居る限りずっとこの罪の意識と恐怖からは逃れられない。

でも、じゃあ、どうすればいいの?どうしたらこの想いを消し去れるの?

恐怖もある。罪もある。でもこのサクラへの気持ちをどうしたらいいの?


「レン・・・・・・・・・・・・・お別れだ。俺は行くよ。ちゃんと君を愛せるようになるまで、ちゃんとやり直す。人生も生き方も全部全部頑張ってやり直すから・・・・・だからレン」


お前も。


「強く生きてくれ。この空の下、きっと俺たちは繋がっているから」


「・・・・・・・・・・・・・サクラ・・・・・・・」


でもそんなの無理だよ。

寂しくてしんじゃうよ。

サクラとママしかあたしの世界にはいないんだよ?

両方いなくなったら一人ぼっちだよ。寂しくて寂しくて耐えられないよ。

言葉に出来なくて泣いた。ひたすら泣いた。そんなあたしの頬に手を添えて、サクラは始めてキスしてくれた。

唇を啄ばむ温かい感触が、すぐ近くにあるサクラの顔が、吐息が、全身の震えを止めてくれる。

恥ずかしくて照れくさかったけれどとても嬉しかった。幸せだった。その思いが力を暮れる。


「サクラ・・・・あたし・・・あたしね・・・・サクラとずっと一緒にいたいよ・・・」


「ちょっぷ」


「あいたーっ!?」


せっかくいいムードになっていたというのに、何故かちょっぷされた。

頭を抑えて首を傾げているとサクラはあの素直じゃない、照れくさそうな笑顔で言う。


「生意気いうな、バーカ。なんで十歳の子供を相手にしなきゃいかんのだ」


「な、なななななっ・・・・?」


だったらキスもするなー!!このロリコン!

とは言わなかった。

頭をグリグリなでるともう一度、今度はおでこにキスして立ち上がった。


「お前がもう少し大人になって、ヒイラギのことを乗り越えられるようになったら・・・その時迎えに行く」


だから待ってろ、と。


「それまでにちゃんと女らしくなっとけ」


照れ隠しなのか、つっけんどんに言った。

その後姿がなんだか可笑しくて笑ってしまって、サクラは額を抱えてため息を付いていた。


「うん・・・・いいおんなになっとく!サクラの娘じゃなくて、お姉ちゃんじゃなくて、お嫁さんになれるように待ってる!」


だから。


「絶対、ぜーーーーったい、迎えにきてねっ!!!」


彼は振り返りあたしの手を取る。


「ゆびきりげんまん、だ」


「約束だからね・・・・約束だからねえっ!」


夕暮れの中、振り返らずに手を振ったそれが彼の最後の記憶だった。

いつの間に連絡したのか、すぐさま迎えにきた里見シンイチ・・・あたしの本当のパパの車に乗った。

その時にはもう胸のどきどきがぶり返していて、ああ、頑張らなくちゃって思った。

彼との約束を果たすために。ママの願いを叶えるために。


ママ。レンはいらない子なんかじゃなかったよね。


サクラ。絶対に約束は守ってくれるよね。


間違って出会ったレンたちだけど・・・・・でも間違わない未来だってあるはずだよね。


「しかし、僕としては複雑な心境だよ」


「え?」


車を運転しながら里見・・・パパは言った。


「大事な娘の心を、あっさり取られてしまったんだからね」


胸が熱くて苦しいから、この痛みが・・・切なくて狂おしい感情が人を間違った道に走らせて。

間違ったこともあったけれど。でも、それでも間違いは正していけるから。

その痛みが、ママと同じ痛みが、それでもママとは違う道を教えてくれる。

そうして生きていく。レンは生きていくよ。ママ、それを許してくれるかな?

死んだり殺したりしない、それでも生き続けていく。


信じていける、大事な約束がある限り、あたしは大丈夫だから。






世界にはじめまして。


想い出にさようなら。


これからどんなことが待っているのかはわからないけれど。


それでもあたしは逃げたりしない。真正面から立ち向かって、ねじ伏せて見せる。


胸の中にある切ない感情がある限り。





次にもしもサクラに会えたら、きっときっと伝えよう。


愛してるってこと。どうしようもないくらい大好きだってこと。傍にいたいってこと。





ねえ、サクラ?




あなたに居る場所にも、この華は散っていますか?











「危うく寝過ごすところだった・・・・!」


電車のホームを出る。五年ぶりに訪れる街。それでも俺・・・・愛染サクラの記憶はそれを忘れてはいない。


「懐かしいな・・・たった一週間ちょっとだったのに」


一人で歩く道。あの頃は隣をレンが歩いてくれていた。

背負って走ったり、手を繋いだり・・・道端で抱き合ったりもしたっけ。

様々な想い出に思わず頬が緩む。目指す場所は最初から決まっていた。

あのオンボロアパートはまだちゃんとそこにあった。消えていたらどうしようかと思ったが、とりあえずは残っていたようだ。

庭先には桜の木が咲いていて、その木陰でツバキが花びらを掃除していた。

竹箒でさっさと地面を掃いているその方を軽く叩くと見覚えのある顔が振り返る。


「あらあら・・・・・って、サクラ君ですか?」


「お久しぶりです、『ツバキちゃん』」


「う〜・・・・もうちゃん付けする歳じゃないですよう・・・今年で二十九よ?」


「それはそれは・・・・しかし、相変わらずですね・・・・ここは」


「そうね。ただ住人は総代わりしちゃったけどね」


「増えたんですか?」


「奇跡的にね・・・それより今日はどうしたの?」


奇跡とか自分で言うのはどうかと思うのだが、まあいいだろう。


「カナタはもう居ないんですか?あいつには借りがあって・・・・」


そう。情報料だ。

全てが終わったら払う約束だった。だから俺は会いに来た。

今なら、ちゃんと自分と向き合って生きることが出来るようになった今の俺なら、それを払う資格があると思うから。

だというのにツバキは申し訳なさそうに微笑み、それから人差し指を立てていった。


「カナタさんはもうここにはいません。でも、どうせそのうち尋ねてくるだろうからって言付けを預かってます」


「言付け?あいつはなんて?」


「はい。『迎えに行くの遅れないように。待たせすぎると泣いちゃうぞ』、だそうです」


心底何もかもお見通しなやつだ・・・。

あれから一度も会っていないはずの奇妙な存在は相変わらず意味不明に微笑んでそう言うのだろう。

だから俺はポケットに突っ込んでいた両手を引っ張り出し、桜の木に手の平を翳す。


「・・・・・・・・・・もう五年か。あっという間でしたね」


「そうねえ・・・・・でも案外そんなものよ?時間は待ってくれないもの」


「そうだな・・・・それでツバキ、あんた結婚しないのか?」


「・・・・・・・・・あらあら、そういうことは口にしないほうが得策ですよ?」


笑顔が本当に怖い。

何はともあれ、ここに居ないというのならばもう良いのだろう。

つまり・・・『ちゃんとしろ』。それが彼女が俺に求めた代価なのだ。

だからちゃんと迎えに行かなくてはならない。そう思う。


あれから五年。やる事は山ほどあった。でも一番手を焼いたのが両親との和解だった。

とは言えお互いいい加減懲りていたのでそれほどてこずらなかったのだが、何が問題だったかというと・・・お互いすぐには素直になれなかったことだ。

ギクシャクした関係が続く。そんな状態でレンの話も出来るはずも無く、それだけで長い月日がかかった。

それでもやがては一緒に酒が飲めるようになり、俺の言葉を受け入れてくれるようになった。


「思えばあの日お前たちを離れ離れにせず、それを受け入れてやる事が出来たのならばこんな事にはならなかったのかもしれないな」


親父は酒瓶を傾けながら言った。


「ああ、当然のことだ・・・・・・・親が子を認めてやらないのなら、誰がそれを受け入れてやるのだろう・・・・なあ、サクラ」


「・・・・・・・・・・・・・・・いいんだ、もう・・・恨んでいるわけじゃない。認めて欲しかったわけじゃない」


ただもう、終わってしまった事は戻らないから。


「でももう・・・・あんたの言う事には縛られないよ。俺は俺のやりたいようにやる。申し訳ないけどそう思う」


だろうな、と呟いた親父は少し嬉しそうだった。

十年以上見ていなかった親父の笑顔。少しだけ心の呵責が消えたような気がした。





だからといって人殺しである事実も、最愛の姉を殺した罪の意識も消え去ることはない。

だから俺はこれからずっとそれを背負って生きていくしかない。どんなに辛くとも悲しくとも。

だからそれは俺にとって大事な大事な胸の痛み。世界が壊れてもきっと消えはしないもの。





「それじゃ、行きますね」


「はい・・・・またいつでも顔を出してくださいね。待ってますから」


「あんたも早く良い人見つけなよ」


「もう!本当に素直じゃないんだから」


歩き出す。その道の先に彼女と繋がっている未来があるから。

桜色の風が吹いて、髪を撫でていく。その一瞬だけの幻の中で、俺は姉貴の姿を見た気がした。

暖かな光の中で微笑んでいたその影に、俺はようやく・・・告げることが出来そうだ。



「さようなら・・・・・ヒイラギ」







世界は続いている。もう二度と戻らない記憶たちを残して。

優しくて温くて溶けるような愛の花壇から飛び出して、俺たちは進んでいく。

間違った未来を否定するために。正しい未来を模索するために。

消えない罪と罰、そして変わらないあの人への愛情を胸に。


だから世界は振り返ればそこにある。


手を伸ばせばそこにある。





ずっとずっと待っている。そう遠くない未来で、あたしを迎えに来てくれるって信じているから。

それまでの間、もっと強くなりたい。分かり合いたい。お互いの心をもっと知りたい。

だから立ち止まらない。それがもしも間違っていたとしても、どんなに辛くても。

世界は広く広がっている。どこまでもどこまでも。その下であたしも彼もきっと同じはず。


だから思いは認めればそこにある。


手を触れれば温かい。





枯れてしまった花。がらんどうな花壇に種を植えよう。


いつかその華が、鮮やかに咲き誇ると信じて。







「レン」


握り締めた桜の花びら。俺は強く、一歩を踏み出した。


「今、迎えに行くよ」




世界は続いてる。君を目指しながら。

それが交わる場所を信じていれば、いつかきっと・・・・。



はーい、お疲れ様でした。あとがきコーナーです。

まずここまで読んでいただいてありがとうございました。一気に書いたので疲れました。

またこのエンドかよ!って人がもしいたらごめんなさい。すいません。


さて久遠の月に続く久遠の〜シリーズとして作った本作ですが、いかがでしょうか?一応前作のキャラが出てきたり、文章や内容も前作に似せて作ったつもりですが。

今回は短めに作ろうと思っていたのですがなんだかんだで十章分編成となりました。色々な隠し要素を盛り込みましたが、多分誰もわかんねーだろうなーと思う今日この頃。



〜シリーズになったので〜


文章とかに前作っぽいところを残したいなと思って書きました。

前のを読んでいる人はちょっとわかったかもしれませんが、まあ別に読んでなくてもいいように作りましたのでまあ多分大丈夫でしょう。つか、前作のキャラほとんど空気なので。

久遠の〜は殺人がテーマとしてあったので、今回も主人公には誰か殺してもらおうという事で、最初から誰かを殺すこと前提で書きました。結局は最愛の姉を殺すという結果に落ち着きましたが、レンを殺してバッドエンド・・・というのも考えていました。

というか最初から今回はバッドエンド便で直行でしたが、まあなんか・・・色々あってとりあえずあからさまなバッドは避けることにしました。

しかしまあ前作もそうですが結局殺人者に変わらないわけで、結局ちっともハッピーではないわけですが・・・・。



〜サクラとレン〜


サクラ君はツンデレ主人公にしようと思って作ったモデルです。

前作の主人公と比べると子供っぽくてかつ乱暴なかんじ。若かりし日の過ちみたいな存在。青春小説みたいな。

レンはとんでもなく子供なので普通の大人が手を出すと犯罪者呼ばわりされるタイプのヒロインです。元々ヒロインであるかどうかは微妙なところですが、とにかくちっさい子です。

サクラの姉であるヒイラギにそっくりということで、かなり曖昧な位置取りですが最終的にはヒロインに成り上がったと考えてもらえれば。ええ。

最初レンももっとツンツンしている予定で構想していたのですが、ヒイラギ殺害後のシナリオ・・・つまり全部終わってるのにツンツンしてるのはなんか変かもしれないと思いキャラを変更。

ヒイラギの性格を継承しつつ、サクラに素直になったのがレン。そんなかんじ。



〜お話を考える〜


さて、今回は前作にもまして意味不明な文章になってしまいました!!!!

前作は二人の主人公であるアキヤとカナタが別々の視点で補足しあうという形でシナリオの全体を浮き彫りにする形でしたが、今回はそうもいきませんし同じ事をやっても面白みがない。

というわけで全部主人公が知っているけど、忘れているという形になりました。そしてその記憶の箇所をぼかして色々な部分を引っ張る事で複線を張り、(9)で回収すると、まあそんな魂胆だったわけですがそう上手くは行かないもんです。

意味不明だと感じた人にはもう謝るしかありません。ごめんなさい。



とまあそんなわけでシリーズ第二弾でしたが、第三弾があるかどうかは謎。

反応を見て希望がありそうなら・・・って具合ですがどちらにせよしばらくは他の執筆に集中するので書きませんけど!!!


さて前作の読者の期待&新規さんの期待に応えられたかどうかはわかりませんが、何はともあれここまで読んでいただいてありがとうございます。

誤字脱字もあったと思いますが、大目に見てくれるなんて!良い人ですね!


正直出来が俺の中で納得行っていないので完成度には結構不安が残ります。評価感想ツッコミなどあれば教えていただけるとありがたいです。


それではながながとおつかれさまでした。かしこ。




あ、何が久遠の華なのかっていうと、結局離れ離れになった二人の名前が桜と蓮だから・・・と、そんなオチじゃだめでしょうか?


はい、すいませんでしたーーーーーーーーーーーーーーー!!

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