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(1)面影

はい!ごめーーーーんなさーーーい!!!!

何がごめんなさいなのかは、わかる人だけわかってください!つまりもう、ね!色々更新とか、ね!

ほんと頑張るので、応援してください・・・ください・・・くださ・・・・(フェードアウト)

いけないことをした。


それが悪い事だと判っていながら、してしまった。

理解は出来ても止められなかった。だから俺は過ちを犯した。

自分が間違ったと、取り返しがつかない事をしたと自覚した時、急にすべてが恐ろしくなった。

汚れた自分の手も、自分が汚したものも、直視出来なくなった。

窓の外は雪が降っていて明日の朝にはきっと景色は白く染まっているだろう。

古めかしいストーブの上に乗せたやかんが喧しく音を立てて湯気を吐き出している。

耳障りなそれを止めるために身を乗り出して手を伸ばすと、それを阻むように彼女の手が動きを静止する。


「ねぇ」


すぐ後ろ、耳元で囁かれる言葉に思わず息を呑んだ。


「どうしてなの?どうして誘いに乗ったりしたの?」


彼女は俺に問いかける。本当は自分でもわかっているくせに、だ。


「――――――」


だから俺はずっと言わないで取っておいた言葉を彼女に告げる。

しかしその言葉は受け入れられない。当然だった。俺は判りきっていたから、ストーブの火を消した。

月明かりだけが差し込む暗い部屋、淡く輝く窓辺の花が酷く頭にこびり付いている。


名前も知らないその花が、頭に酷くこびり付いている。



それから七年後。


彼女は俺の知らない町で、知らない場所で、知らない間に、死んだ。






久遠の華







15で家を出てから一度も実家に戻らなかった俺が久しぶりに帰郷したのは、血の繋がらない姉の訃報を耳にしたからだった。

実家はとんでもない田舎にある。首都からは程遠い県の程遠い山間にひっそりと立つ武家屋敷が俺の実家だ。

親父は植木職人で、広い土地を持っている以外はこれといって取り上げるほどの事も無い。

そんな冴えない親父は妻に先立たれ、数年後に再婚した。その再婚相手の連れ子が死んだ姉貴だった。

親父側も俺という子連れだったわけで、特に問題もなく実際に再婚相手の女はいい人で、まあ少し間は抜けていたが文句なしの母親だった。

実際に感謝しているし好きではあるが、結局昔も今もちゃんとその気持ちを伝えられないままだ。

問題は死んだこの姉貴で、何かと俺に食って掛かってくるわ親父を避けるわで大変だったものだ。

そんな姉貴がちゃんと親父をお父さんと呼ぶようになったのがいつごろで、その姉貴と俺が仲良くなったのがいつごろだったのか定かではない。

気づけば俺たちは本当の家族になっていた・・・少なくとも俺はそう思っている。

その本当の家族になれたはずの俺たちが・・・厳密には俺が、家を飛び出しもうすぐ五年の月日が経とうとしている。

何があっても帰郷するのを拒んでいた俺が何故また帰ってくる気になったのか・・・それは俺にもわからない。

東京から電車で五時間、駅からバスで一時間、ついでに歩いて四十分かけ俺は田舎に帰ってきていた。

一月下旬の山道は雪が浅く積もり、歩く度に独特の感触が靴底から跳ね返ってくる。

懐かしい感触に思わず苦笑しながら玄関を潜り、もう何年も使っていなかった言葉を口にした。


「・・・・ただいま」


勿論そこには誰も居なかった。出迎えてくれる声もない。

本来は玄関にずらりと並んでいてしかるべき靴もまた一つもない。

葬式はもう、とっくに終わっていた。

全てが終了し親族が帰っていったころあいを見計らってやってきたのだから当然である。

上着を脱いで玄関を上がり、それから周囲を見渡した。

親父どころか母さんもいない。俺は真っ直ぐに自分の部屋があった離れを目指した。

古い板張りの渡り通路を歩き、ぎしぎしと音を立てるそれを懐かしむ。

かつて俺と彼女は自分たちの部屋として離れの部屋を与えられていた。子供にしては随分と広すぎる部屋だったと思う。

当時から俺は子供にしては憎たらしいほどに冷めていて、新しい子供が増えたんだなあ、位にしか考えていなかった。

しかしあの大人気ない姉貴はそうはいかなかった。隣の部屋に俺が住んでいること自体がもう気に入らないのだ。

襖一枚で隔たれた二つの部屋の境界を越えるのは、彼女にとってなんの問題もなかった。

俺は叩かれるは髪の毛を引っ張られるわおもちゃを壊されるわでとんでもない目にしょっちゅうあっていた。

まあ、弟なんてのは大体そんなものなのだが。

離れに着くと俺は思わずため息をついた。一応、驚いている。

俺が家を去ったあの日から部屋は変わっていなかったからだ。襖越しに並んでいる姉貴の部屋もしかり。

抜けているけれど生真面目な母さんらしい、と思った。畳の上に座り、火の点されていない古めかしいストーブを見つめる。


「・・・・・・・・・寒いな」


冷え込む部屋の中、ストーブをぼんやりと見つめ続けた。

あの日から一度もこのストーブに火が点されることはなかったのだろう。

浅く埃が積もったそれに触れると痛いほどに冷たく、すぐに指をひっこめた。

そうしていると戸が開き、そこには親父の姿があった。

恐らく物音を聞きつけてきたのだろう。胡坐をかいている俺を見下ろし、盛大にため息をついた。


「お前は何をやっとるんだ・・・・もうとっくに葬儀はおわっとるぞ」


「わかってるよ。だから来たんだ」


「・・・・・・・・もういい、そこは冷えるだろう。居間に来なさい」


「うん」


親父に続き着た道を引き返す。

目を伏せポケットに手を突っ込んだまま顔も上げずに歩いた。

居間には昔懐かしいほりごたつが中央に鎮座しており、そこに母さんも座っていた。

エプロンをかけたまま眼鏡ごしに俺の姿を捉え、驚いたように口元に手を当てた。


「まあまあまあ・・・・!サクラちゃん、来てたのね?」


「お久しぶりです、母さん」


サクラちゃん、というのは俺の名前だ。

この名前をつけたのは本当の母さんだが、何故男にこんな名前をつけたのかは未だに謎のままだ。

本人の顔を全く覚えていないのでこれは恐らく永遠の謎として俺と共にあり続けるだろう。

荷物を置いてコタツに入ろうとすると襖が開いて奥から誰かが居間に入ってきた。

だからそれを見た時俺はコタツに入ろうとする姿勢のまま、ひたすら目を丸くして言葉を失うしかなかった。


「誰ですか?」


か細く消え入るような声だった。

小さな少女だった。怪訝そうな表情を浮かべながら左右で結んだ黒髪を揺らしている。

黒い毛糸のセーターに紅いミニスカート。その服装もさることながら髪型、困惑しているものの勝気そうな瞳、何もかもに俺は驚愕していた。

死んだはずの・・・・つい先日死んだはずの姉貴が、そこにいたからだ。

いや、厳密には俺の記憶の中にある姉貴であり、つまりそう、数年前の・・・・いやもっと前・・・始めて姉貴にあった頃の面影がそこに立っていたからだ。

口をぱくぱくさせながら母さんににじり寄ると背後から親父に引っぺがされた上頭を小突かれた。


「落ち着け。気持ちはわかるが、ありゃ違う。ありゃヒイラギじゃねえ」


「姉貴じゃ・・・・・ない?」


親父が頷く。じゃあなんだっていうのか?アレはどう見たって姉貴であり、姉貴そのものでしかないと思うのだが。

しかし随分と縮んだものだ。記憶の中にある最後の姉貴の姿ですらあれよりは幾分か大きかったと思うのだが・・・。

少女は何かに納得したのか、あの頃の姉貴そっくりな悪戯な笑顔を浮かべて俺の傍に駆け寄ると手を引いて座るように促した。

当然、俺も座るしかないので座る。ちなみに正座だ。近くで見れば見るほど瓜二つだ。そのものだと言ってもいい。

死んだ人間を弔いに来てまさかご本人が登場するとはおもわなんだ。

すると少女は笑顔のまま僕の名前を呼んだ。


「サクラ叔父さんですよね?」


「・・・・・・・・・・・・・おじさんっ!?」


叔父さん。叔父さん。叔父さん。

その言葉を頭の中で何度も反芻するが意味が理解できない。寒いっていうのに何故か冷や汗が溢れてきた。

まさかと思うがそれはないという気持ちが頭の中をグルグル駆け巡り、結局親父に助けを求めるように視線を向けた。

そんな俺にトドメを刺すように親父は力強く頷き、言った。


「その子の名前はレン。ヒイラギの娘だ」


その子の名前はレン。ヒイラギの娘だ・・・って聞こえた気がした。

いや実際親父はそういっていた。しかしなんだっていうのかこれは?姉貴はまだ二十五歳だったはずだ。こんな大きな子供がいるなんて聞いていない。

見たところ十歳前後といったところか。十歳前後と言えばまだ俺が実家に居た頃ではないか。それこそありえない。

しかしこれを見る限り嘘だとは思えない。言葉が要らないほど瓜二つなのだから。

だがそれが事実だとすれば姉貴は俺が家を出る頃には既に出産していたということになる・・・・そんなそぶりは全くなかったのだが。

混乱しすぎてすでに自称姪っ子を直視できないで居ると、その姪っ子は楽しそうに俺の背中に回って後ろからしがみ付いて来た。


「やっぱりサクラ叔父さんでしょ?あたしずっと会ってみたかったの!ママから色々聞いてたから!」


「ままぁ!?色々聞いてたぁ・・・・!?ハァッ!?」


「だから、あたしはママの・・・・愛染ヒイラギの娘で、叔父さん・・・愛染サクラの姪っ子だよ?」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


ちょっと待って欲しい。


誰か助けてくれ。





姉貴と俺が出会ったのは俺がまだ五歳の時の事だった。

姉貴と俺は六歳離れているので、丁度今のレンくらいの年頃だったと思う。

その頃の姉貴はかなりのおてんばでいたずらばかりしていて俺も随分巻き込まれ偉い目にあった。

あの当時の、そのまんまの姉貴が今いきなり目の前に現れ、はたまた姉貴の実の娘でしかも必然的に俺の姪っ子だというわけだ。

コタツに入って冷静になろうと必死になるが全く頭は理解を拒んだままフリーズしている。

母さんが入れてくれた緑茶を口にしてため息を付くと、その十歳前後の姉貴・・・ではなくその娘で俺の姪っ子のレンは俺の膝の上に乗っていた。

随分と小柄な少女は俺同様お茶を飲んでいた。湯呑みが熱いのか、セーターの袖越しに両手でそれを握っている。

慎重に飲もうとするその目つきが、熱いお茶を冷まそうと吹きかける息が、少し零れて汚れるセーターが、もうなにもかもあの頃のままで。

戸惑いを隠せないでお茶を飲んでいると、徐にレンは、


「ねえ、サクラ」


「ぶっ」


呼び捨てにされた。

慌てて口で抑えたものの盛大に噴出したお茶の一部は膝の上に乗っかっている姪っ子の髪に直撃した。

大急ぎでタオルを持ってきた母さんに内心かなり感謝しながら髪留めを外して少女の髪を拭いた。


「ご、ごめんな・・・・でもいきなり呼び捨てにするもんじゃないぞ」


「ごめんなさーい。でもママが呼び捨てにしたら叔父さん驚くって言ってたから・・・・くすくす」


「あのなぁ・・・・そりゃ驚くよ・・・・」


「叔父さん、ママの髪もよく拭いてたんでしょ?」


「ごほっ!!げほっ!!!」


何も飲んでいないのに盛大に咳き込んだのはそのセリフを母さんやら親父やらに聞こえないようにするためだった。

無言で少女を持ち上げて立ち上がると担いだまま居間を出て廊下に飛び出した。

廊下にレンを下ろすときょとんとした目で俺を見上げている少女の目線に並ぶように屈んで肩を叩く。


「・・・・・・・・どこで聞いたんだそれは?」


「ママが言ってた」


「・・・・・・・・・・〜〜〜・・・・・・・・・・・あのな・・・・・そういうことは言わなくていいからな?」


「ねえねえ、サクラって呼んでもいい?」


「・・・・・・・・・・・・・・・・」


無邪気な笑顔を向けてくる姪っ子は俺の話はろくに聞きやしないまま好き勝手言っている。

その頭を少しだけ強く乱暴に撫でて言った。


「年上を呼び捨てにしちゃだめだって、そのママはいわなかったのか〜〜〜な〜〜〜〜〜・・・」


「いたいいたい、いたいっ!うー、ママはサクラは別だっていってた・・・いたいいたい!」


「別ってなんだ別って!?」


「知らないよお・・・・うー・・・うー・・・・・っ」


子供をいじめるのは大人気ないのでじたばたしているレンを開放してやると涙目になりながら俺を見上げ、


「・・・・おじいちゃんに言いつけちゃうよ」


あろうことか脅し始めた。


「テメェ・・・・・」


「おじーちゃーん」


「わかった、わかったわかったわかりました・・・わかったから呼ばないでくれ」


「えへへ・・・じゃあ今日からあなたはサクラね」


満足したのか明るい笑顔を浮かべ、俺の手を引いて歩き出す。


「ねえねえ、一緒にあそぼ?サクラと一緒だったらきっと楽しいよ」


「親父に・・・・おじいちゃんに遊んでもらえよ。俺は忙しいんだ」


正直こんなのと一緒に居たら頭がどうにかなりそうだった。早くも胃が痛くなり始めている。

それに見れば見るほど、一緒にいれば一緒にいるほど彼女に瓜二つで・・・・・見ているだけでもつらくなりそうだった。

だというのにこっちの気持ちはお構いなしに少女は退屈そうに唇を尖らせる。


「一人で遊んでてもつまんないんだもん。おじいちゃん遊んでくれないし」


「・・・・・・・・」


そりゃあそうだろう。俺だって困惑しているんだ、あの二人だって困惑するだろう。

だったらもうそれは俺の仕事なのかもしれない。諦めて息を吐き出すと手を引く少女の弱い力に身を任せ廊下を歩き始めた。

土地だけが取り得、と前記したようにこの屋敷の中庭はやけに広い。レンほどの体のサイズであれば走り回って遊んでも全く問題がない。

それはかつての俺や姉貴が証明済みであり、だから俺は遊ぶ場所としてこの中庭を選んだ。

数センチほど積もった雪を手に取り、両手で丸く押し固める。それをレンに手渡すと縁側に腰掛けた。


「サクラ、遊んでくれないの?」


「それ、そっからそこまで転がしてみな。そしたら雪だるまの下が出来るぞ」


「ほんと!?」


「俺ん家だぞ・・・・まかせとけ」


余程純粋なのだろう。疑いもせずに少女は楽しそうに雪球を転がし始めた。

ころころころころ、転がっていく雪球。昔は自分もそうして無邪気にはしゃいでいたのだろう。

そう思うと恥ずかしくもあり・・・少しだけ懐かしくもある。


「あ」


「ひゃあ!」


どってーん。

転がしながら歩くというのは案外難しく、派手に転んだレンは全身雪塗れになり、しかしそれを気に留めず作業を続行し始めた。


「あんま慌てんなよ」


「いわれなくても大丈夫」


どこが大丈夫なんだか。全く持って生意気な子供である。

またいつ転ぶかも判らないような不安定な歩き方に内心はらはらしながらそれを見守る。

気づけば巨大になった雪球だったが、雪だるまにするには少々量が足りていなかったらしい。

下半身は完成したものの残り少なくなった雪にカンが鈍ったなあと思いながら歩き出す。


「サクラ、雪足りないよ?」


「じゃあお前のっとけ」


「きゃあ!?」


ひょいっと持ち上げて雪球の上に立たせると慌てながらバランスをとり、その上に座り込んだ。

それを見つめ腕を組んで何度も頷く。


「うんうん、いい上半身だ」


「さーくーらー・・・・」


「おっと」


自分で作った雪球を躊躇なく剥ぎ取り、投げつけられたそれをらくらく回避する。

当たらなかった事と俺が笑っているのが気に入らないのか、むきになって雪球を投げつけてくるレン。

まさか子供にしてやられるわけにはいかないし着替えも持ってきていない俺としては当たってやるわけにも行かず、必然的にレンに追い回される事となった。

飛んでくる無数の雪球を避けながらたまに投げ返してはレンに軽く投げつけていく。

足は速いくせに避けるのはてんでだめで雪球に当たってはすっころぶレンを見ながら俺もいつしか笑っていた。


「なんだレン、一発も当たってないぞ」


「うー・・・うー・・・・!」


「おいこら!!子供をいじめるな馬鹿が!」


「いてえっ!?」


横から乱入してきた親父が投げた雪球が妙に痛いと思ったら石が入っていてその後本気の投げ合いになった。

大人気ない争いは結局何も生み出さない。生み出したのは洗濯物と着替えが無いという現実だけだ。

結局俺は今日は実家に泊まることになってしまい、ついでにまた広い浴槽に身を沈めていた。

親父好みの熱すぎる湯船に浸かりながら様々な事を思い出す。

姉貴が死んだという事実を受け入れる間も与えられないままレンに出会ってしまい、元々どこで悲しめばいいのかわからない現実味のなかった話が更に斜め上にずれ込み始め、一体俺は何をどうすればいいのかわからなくなっていた。


「ま、変に湿っぽくなるよりはいいか・・・」


レンの登場のお陰で両親と顔をあわせてもそれほど抵抗もなかった。

長い間避けていたのだから話題に困ったりするのだろうなあ、などと覚悟していたものだが。


「まあ実際、何も解決してないんだけどな・・・」


熱いお湯で顔を洗い流してため息をついた。そして顔をあげた瞬間俺は今日何度目かわからないがとにかく目を見開いて口をぱくぱくさせていた。

自分でも気づいていなかったがこれは相当驚いた時の俺の癖なのかもしれない。叫び声を上げるほうがまだましといったところだろう。

目の前には胴体にタオルを巻いた裸のレンが今正に風呂場に入ってきたところだったからだ。


「サクラ、背中流してあげる!」


と、本人はノリノリだが俺としてはどうリアクションしたものか。

相手は十歳くらいの女の子なのだから特に慌てることもないのだが、その姿があんまりにも姉貴に似ているもんだから何故か顔が熱くなっている自分もいて、いや、これは親父好みの設定のお風呂だからであって断じて俺は・・・・。

迷走する俺の思考などてんで無視で少女は俺の隣に浸かると長い髪の毛をタオルで巻き始めた。


「おいお前・・・・・・・・・・・・どういうつもりだ?」


「うん?」


「だから、どういうつもりだって言ってるんだよ!」


気づけば怒鳴っていた。

それくらい俺にとっては重大な事件だった。

姉貴の格好で、あの頃の姉貴のままで、俺の目の前をウロウロするだけでなく一緒にお風呂だと?

そんなことは、そんな軽率な行動は、俺にとっては侮辱以外の何者でもなかった。

しかしそんなことを子供に理解しろというのも難しいのだろう。レンはきょとーんとしていた。


「・・・・〜〜〜〜・・・・っ・・・あぁ・・・・だから・・・・その・・・・悪い」


「うん・・・・?サクラ、そんなにあたしのこと嫌い・・・?」


「いやっ、嫌いじゃなくて・・・・そうじゃないんだよ、大人は色々あるんだ」


「サクラだって子供でしょ?まだ19歳って聞いたよ」


「誰が言ってたんだ・・・だが俺はもうすぐ二十歳だ・・・ざまーみろ」


自分でも最早何を口走っているのかわからない。


「ふふふふふっ・・・・サクラっておもしろーい」


「・・・・・・・・お前のママにもよく言われてたよ・・・・でもな、俺のことを面白いっていうのはお前とお前のママだけさ・・・今のところな」


ため息を付きながら姉貴の笑顔を思い浮かべて懐かしむ。

彼女にとって俺はおもちゃみたいなものだったのだろう。よくからかわれたものだった。

それによく一緒に風呂にも入った。それが正しい姉弟の在り方なのかはわからないが。

当時五歳だった俺は何故か姉貴の頭をよく洗わされた。普通は逆だと当時の俺ですら思っていたが。

隣で黙っているレンの横顔を眺めると不思議とあの頃の気持ちに戻れる気がする。


「お前はママと一緒にお風呂に入った事はあるか?」


「・・・・・・・どうして?」


「ママはちゃんと頭が洗えてたかな、って思ってな」


「サクラ、へーん。そんなのふつーだよ?ていうか洗えない人っているの?」


「いたんだなそれが・・・事ある事に俺にやらせてた人が」


「それってママのこと?サクラもママと一緒にお風呂に入ってたの?」


「俺がまだお前よりも小さかった時の事だよ。なのに姉貴ときたら何故か俺にやらせるんだよ・・・しかもシャンプーが目に入ったとかうるさいの何の・・・・よく泣かされたっけな」


レンの頭の上に手をのせぐりぐり撫でる。


「丁度まだお前のママがお前くらいの歳だった時のことだから・・・十年以上前かな?」


人に頭を撫でられるのが好きなのか、目を閉じて幸せそうに微笑んでいるレン。

自分自身、判っている。俺はこの少女と死んだ姉とを重ねすぎているんだってこと。

だって仕方ないじゃないか。姉貴はもうこの世界にはいなくて、この子は姉貴にそっくりなんだ。

何をどうすればいいのかわからない。偉そうな事を言っても俺はまだ子供だ。

自分の感情も・・・過去も・・・・何一つ清算も納得も出来ないまま、ただここに来てしまった。

姉貴の死が悲しいのか、悲しくないのか、それすらも理解出来ないままただここに居る。

けれどやっぱり俺にとって姉貴はかけがえのない人で、もうずっと長い間会っていなかったとしてもやっぱり大事な人で、だからこのままお別れになってしまうのはやっぱり嫌で。

伝えたいことはたくさんあったはずなのに何一つ言葉に出来なくて、その顔を見ることすらやっぱり怖くて。

思い出の中にはいくらでも彼女が居るのに今はやっぱりもういなくて。

だっていうのに、だったら全て想い出にしてしまえたらいいのに、なのにレンが俺の前に現れて。

喜んでいいのか悲しんでいいのか、この子に優しくすればいいのかつらく当たればいいのかわからないでいる。

勿論俺はこの少女に優しくしてやりたい。あの頃の自分が出来なかった事をしたい。

けれどどの面下げて姉貴に会えばいいのかもわからないのに、この似すぎた少女との付き合い方もわからない。

そんな自分が女々しくて、情けなくて、でも来てよかったって、考えている自分もいて・・・。

グルグルと心の中を巡っている様々な感情がレンの髪に触れた瞬間一気に崩れてしまった気がした。


「・・・・・・・・・・・」


「泣いてるの?」


「・・・・・・・泣いてねーよ」


ああ、そうさ。

やっぱり俺は、姉貴が死んでしまって悲しかったんだ。

そんなの当たり前だ。どう考えたってそうなんだ。

だというのに何故こんなにも・・・・こんなにもその事実に気づくのに時間がかかってしまったのだろう。

指通りのいい滑らかなレンの髪の感触は姉貴のそれとまんま同じで。

だからもう、何もかもがおかしくなるくらい悲しくなった。

何故俺はここに居て、何故姉貴が死ななければならなかったのか・・・・全く理解出来なかった。

みっともなく零れる涙を隠すために明後日の方向を向いているとレンは笑いながら俺の手を取り言った。


「ママはよく言ってたよ?サクラは我慢しすぎるのが悪いくせだって」


「・・・・・・・このガキ・・・・えらそーに」


「ママがしんじゃって悲しいんでしょ?」


「・・・・・・・・・・・・・そうだよ」


「ママのこと・・・・大好きだったんでしょ?」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・っ」


片手で顔を押さえた。歯軋りして必死で涙を堪える。

こんなみっともない姿、レンには見せたくなかったから。

でもその質問の答えを待つように静かに俺を見つめているレンの視線に、答えないわけにはいかないから。


「そうだよ・・・・・・・・」


ゆっくりとひねり出すように、俺は言葉を紡いだ。


「俺は・・・・・・・・・愛染ヒイラギが・・・・大好きだったんだ・・・・っ」


堪えきれなくなった涙をお湯で洗い流しながら必死で嗚咽を抑えた。

レンは小さな手で俺の手を握り締めたまま、何も言わずそこにいてくれた。



その日の夕食のことはよく覚えていない。

元々人が死んだ後の食事など明るいものであるはずも無く、隣でお行儀良く茶碗を手にしていたレンの姿くらいしか俺の頭には残っていない。

母さんが作った料理は懐かしくて、けれどおいしいともいえないまま、無言のまま俺は席を経った。

離れにある自分の部屋に戻ると古ぼけたストーブに灯油を入れて窓を開ける。

夜の闇は微かに明るかった。月明かりを反射した白い雪が僅かに辺りを照らしているのだ。

いつの間にか空から降り始めた白い雪がまた少しずつ大地を染め上げ、明日にはまた歩きづらさが増していることだろう。

窓を閉めてストーブに当たりながら隣に敷いた布団の上に寝転がった。

親父の寝巻きでもあるらしい浴衣のサイズはいつの間にかピッタリになっていて、子供の頃見上げるしかなかった姿にいつの間にか追いついてしまっていたんだと思うと感慨深く。

更にあの頃と同じようにこうしてやかんから噴出す蒸気を見上げているとやはり寂しくて。

明日にはここを去ろうと、もうここには戻らないだろうと思いながら目を閉じた。

とまあこうして色々あった一日が平凡に終了するはずもないことを俺は心のどこかで理解していた。


「さっくらー♪」


だからそんな妙に明るい声が聞こえてきた時、俺は特に驚かず当たり前のように身体を起こした。


「まあ、そんな気はしてた・・・」


「なにが?」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


頭を抱えた。

姉貴が着ていたパジャマだった。古いデザインなのは当然だが、綺麗に保存してあるあたり母さんの生真面目な性格が伺える。

そしてそれを着せて俺のところに送り出してしまう平凡なミスも、彼女らしいといえばらしいのだろう。

姉貴は髪留めを着けていなかった。だからある意味レンのツインテールが姉貴との最大の差異でもあったのだ。

しかし今はそれがない。レンは平然ともう本当にあの頃の姉貴と同じ格好で俺の布団にちょこんと座っていた。

頭を抱えた。今日何度目かわからない頭抱えである。


「ねーねー、一緒に寝てもいい?」


「・・・・・・・・・・自分の布団があるだろ?」


「一緒に寝てもいいか聞いてるの」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


悩んだ。相当悩んだ。

悩み悩んで頭を抱え、もう訳がわからなくなりつつある脳でたたき出した答えは、


「好きにしてくれ・・・」


という、なんとも情けない答えだった。

もう少し想い出に浸ろうと考えていた夜だったが、子供を遅くまで起こしていてはいけないだろうという何とも単純な考えで明かりを消すとストーブの火力を弱くして床に入った。

布団は広く、ついでにレンはちっこいので二人で入ってもなんら問題は無く、むしろレンがいい具合に暖かくて丁度いい塩梅なくらいで。

だからもう追い出すわけにもいかず、そう、暖かいから追い出すわけにもいかず、俺はそっと目を閉じた。

するとレンは俺の腕を強引に布団の中から引っ張り出すとそれを枕にしてこっそりと擦り寄ってきた。

既に猫か何かを飼い始めたような心境だが、特に何も言わず手を繋いでやることにした。


「ねぇねぇ、何かお話しようよ」


「・・・・・・・・・何を話せばいいんだ?」


「ママのこととか・・・あとサクラのこととか」


「・・・・・・・・・話したくない」


それが正直な気持ちだった。

そもそも俺は人に顔向けできるほど大層な人生を歩んでいないし、姉貴の事については自分でも気持ちが整理できていない状態なわけで。

そんなことを子供に話したところで意味など無く、当然困惑させてしまうだけだろうから。

レンは「そっかぁ」と呟いてそれっきり俺に何も訊こうとはしなかった。

背中を丸めてすやすや眠るレンの姿を見つめるだけで何ともいえない気持ちになる。

深々とため息をついて天井を見上げれば不思議とそれはあの頃よりもずっと低くて。

ストーブをつけっぱなしにしたらまずいな、なんて考えてそれをちゃんと消せるようになって。

思えばあの頃ストーブを消してくれていたのは誰だったのだろう?なんて考えて。

それから腕の上で転がっている子供の髪を撫でながら眠る事にした。


それはわけのわからないけれどやっぱり悪い気はしない夜だった。


眠りにつけばあの頃の優しい記憶を思い出せる・・・そんな気がしていたから。





それで夢の中で何を見たのかは、やっぱり口にしないで置こうと思う。

なぜなら問題は翌朝から始まったのだから。



「あたし、サクラと一緒に暮らす!」


翌朝、朝食のためコタツに再び集合した俺たちを驚かせたのはレンの無邪気な発言だった。

珍しく狼狽した親父は湯呑みを派手に落とし中身をぶちまけそれに直撃した俺が慌てて布巾で顔を拭き、その状況に慌てた母さんがコタツの足に躓いてすっ転んで全員同時にレンを見つめた。


「レンちゃん・・・・今なんつったんだ?」


親父が他人をちゃん付けで呼んでいるところを始めてみたが、それよりこんなに驚きを隠せていない親父を見るのも新鮮だった。

母さんにいたってはどうしたらいいのかわからないのか大慌てで右往左往している。

俺も勿論意味がわからないのでどういう顔をしたらいいのかもわからず呆れたまま口の端からお茶を零していた。

目をきらきらさせながら満面の笑顔で「おかわり!」と叫んだレン。俺たちは誰もその状況についていけなかった。

それから数分経ち先ほどの馬鹿騒ぎの収拾がついた頃、俺たちは改めてコタツを囲んで顔を突き合わせた。


「それでレンちゃん・・・この馬鹿と暮らすというのはどういうことだい?」


「親父テメッ・・・・いや、レン・・・どういうことだ?」


「おじいちゃんおばあちゃん、あたし決めたの。あたし、サクラのお姉ちゃんになるの!」


「えほっ」


再び俺がお茶を吹くと既に全員この状況に馴れ始めているのかそれはさっさと母さんに処理された。

レンの目は至って真面目だった。真面目に俺の姉になると十歳の少女が口走っているわけである。

頭を抱えた。ため息どころじゃない、何か胃の中から逆流してきそうな心境だった。心が痛い。

両親の目が非常に厳しいものだった。俺の過去を考えればそれは当然そうなのだが、だからってそれは誤解であってまさかこんな十歳の子供に何か吹き込んだって事があるわけがないんですよええ。


「レン・・・・よ〜〜〜〜く聞け。大事な大事なお話だぞ」


「なに?」


「ばっか野郎!!!お前はどこまで馬鹿なんだくそったれ!!!」


きょっとーん。

目を真ん丸くしているところをみるともう本気の本気、全力の本気で言っていたらしくて涙が出そうになる。


「俺はそんなに頼りなく見えるのか・・・・?」


「そんなことないよ?だったらね、あたしサクラの子供になる!」


全員すっころんだ。だんだんコメディ番組にでも出演している気分になってきたのは言うまでもない。


「なんでこの歳で子持ちにならなきゃいけないんだ!親父、コイツの父親はどこにいるんだよ!?さっさと持ち帰るように言ってくれ!!!こっちの身が持たん!!!」


「あぁ・・・・・・サクラ、あのな・・・・」


「いないよ?」


純粋な瞳のままレンは俺を見上げていた。

思わず息を呑んだ。自分がもしかしてとんでもないことを言ってしまったのではないかと後悔の念が押し寄せる。

頭に上っていた血が引いていく音を聞いた。気づけば俺は大人しくコタツに戻っていた。


「・・・・・どういうことだよ親父」


「・・・・・・・・・・だからな・・・・この子の父親は誰だか俺たちにもわからんのだ」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・はぁ?」


「ヒイラギの娘であることは間違いないんだがな・・・この後この子がどういう扱いになるのかもまだ決まっていない。何しろお前とヒイラギは・・・親戚内では厄介者だった。それはお前も自覚しているんだろう?」


「・・・・・・・っ・・・!アンタが・・・・・アンタがそれを言うのかよっ!?」


机を両手で激しく叩いていた。

ぎりぎりと歯軋りして俯くと親父は至って冷静な顔で俺を見つめていた。

うろたえるでもなく悲しそうに俺を見つめる母さんの視線が酷く胸に突き刺さる。


「じゃあなんだよ・・・レンは・・・・レンはどうなるんだよ・・・?レンが悪いわけじゃねえだろ!?この子が何かしたのか!?こいつは・・・・こいつは・・・・っ」


そう、姉貴に似すぎている。

でもだからなんだっていうんだ?

レンはレンだ。姉貴じゃない。

だっていうのに、それなのに、もうレンはのけ者なのか?厄介者なのか?


「・・・・・・・・・・・・・・可愛そうだろ・・・・・っ・・・・・」


かつての自分たちの事とどうしても重ねてしまう。

俺自身レンと姉貴との事を完全に区別して考えることはまだ出来ていない。

当たり前だ・・・一日しかない僅かな時間の中でレンを理解する事など出来るはずもない。

気づけば立ち上がり、隣で呆然と俺を見上げているレンを抱き寄せていた。


「レン・・・・・・さっきの言葉は本心なんだな?」


「え・・・・え?」


「俺の娘になるんだな?」


「・・・・・・・・・・・う・・・・・ん・・・・・えと・・・・・・・はい」


「待てサクラ!子供一人を育てる事がどれだけ大変なのかお前はわかっているのか!?」


「そんなの知ったこっちゃねぇんだよ!!!アンタたちに何か期待することなんて俺はしない!アンタたちは黙ってればいい!あとは俺がやる!レンは俺が守るっ!!!」


自分でも驚くほど熱くなっていた。盛大に啖呵を切ってから、不安そうな表情でレンが怯えている事に気づいた。

だから勉めて冷静に、普段どおり熱くならない・・・・そんな自分を取り戻すように胸に手を当てる。

そうすればそうさ、いつだってそうだった。悲しみも苦しみも記憶さえも凍らせてしまえば感じないから。

冷え込んでいく胸の中の感情を感じながら冷静に俺は告げた。


「それでいいだろ」


二人はもうそれ以上俺に何か言う事は無かった。

結局俺はこうして時間を経ても尚、この二人とは判りあえない。

そう、それはきっとこの後も・・・この先ずっとずっと・・・・分かり合える日なんか来ない。

ただ大事だと思えるのは腕の中で不安そうに俺のシャツを握り締めている姉に似た少女だけだ。




どうせ一度守れなかったものならば、今度こそ守り抜いてみせると、その時俺は誓ったのだった。


久遠の〜 を、シリーズ化することになるとは俺自身全く思っていませんでしたがなんか前作の久遠の〜が一万HIT越えてたのでなんかじゃあ書こうかなと思って書きました!!ごめんなさい!!!!ほんと、ジャスティ(以下略)とか色々ごめんなさい!

なので今回は久遠の月に比べて非常に短くなる予定。多分三日後か四日後には完結してると思います。

そんなわけでもうしばらくロリコン主人公にお付き合いください。かしこ。

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