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7.青年、つかの間の幸せ

 ポポが眠っている間、美羽は一人で生活を始めた。

 その間オーナーたちは部屋を訪ねることはなく、たまに、部屋の前に食糧が置かれているだけだった。


 日に日にお腹が大きくなっていく。

 宿っている命に、愛おしさも日に日に増した。


「……早く生まれてきてね」


 大きくなったお腹を撫でながら囁いた。

 広い部屋に一人ぼっち。だが、美羽は少しも寂しくはなかった。

 三年後に家族が揃う――。今まで想像もできなかった、温かな家庭が待っている。

 思わず目を細めた。

 

「あなたのこと必ず守るから、ちゃんと……生まれてきてね」


 子どもが生まれてくること、ポポが目覚めること――美羽はとても待ち遠しかった。



 何カ月か後、美羽は元気な女の子を出産した。

 全てを一人でこなすことに苦労が絶えなかったが、子どものことと思えば何でもできた。

 腕に抱く小さな命。

 しわしわな顔、小さな手足、無垢な寝顔。全てが愛おしい。

 だが、まだ子どもに名前はなかった。ポポに決めてほしいと思っていた。

 目覚めるまでの数年、呼ぶ際に少し苦労はしたがなんとかなった。

 それよりも苦労したのは言葉だった。

 美羽は日本語しか話せないため、どうしても日本語で語りかけるようになる。


 子どもの名前を決めるため、この世界の言葉を教えるため、早くポポに会わせてやりたかった。

 そして――。

 三年の月日はあっという間に過ぎていった。


    ◇    ◇


 ポポは目覚めた。気だるい身体とぼーっとする頭に、一瞬、何があったのかを思い出せなかった。

 が――それはすぐに吹き飛ぶ。


「ポポ! 待ってたよ!」


 すぐに横には、大人びたような美羽に満面の笑みを浮かべていた。思わず見惚れていると――。


「ポポと私の子! ……ほら、この人がお父さんよ」


 そう言って、美羽はかわいらしい小さな女の子を目の前で抱きかかえて見せた。

 優しい顔つきで女の子に微笑みかけている。

 女の子も不思議そうにポポを見上げた。ポポも、目を丸くして女の子を見つめる。

 目がくりっとした可愛らしい女の子。どことなく美羽に似ている気がした。

 女の子はじっと見ていたが、安心したのかきゃっきゃっと笑い始めポポに腕を伸ばした。


「とーたん! とーたん!」

「……え、えっ?」

「ふふ、日本語、少しならしゃべられるんだよ。……ほら、お父さん! ぼーっとしてないで抱いてあげて」


 美羽は女の子を抱えると、そのままポポの腕の中へと渡した。

 温かな体温だった。冷凍保存されていた身体には熱いくらいだ。


「とーたん、とーたん!」


 無邪気な笑顔。頭を撫でてやると、嬉しそうにポポの胸に顔を寄せた。


「ふふ、やっぱりお父さんってわかるんだね。……ずっと、この日を待ってたんだよ」


 美羽に顔を向けると、目を潤ませ今にも泣きそうな顔になっている。

 ポポは美羽も自分の胸に抱き寄せた。驚く美羽に構うことなく、ギュっと二人を抱きしめる。


「……私もこの日を夢見ていました」


 ポポは自然と涙が流れ出た。色白の肌に流れる涙を見て、美羽も微笑みながら涙を流す。

 失った家族を、再び手に入れた瞬間だった。

 

 が――その時間は短かった。


 すぐに隣の冷凍装置が起動し、カプセルが壁から出てきた。

 冷凍の起動と解除はオーナーたちの操作で、ポポが解凍されたことはすぐに知られるのだ。

 まるで早く美羽を冷凍するよう、急かしているように思えた。


「……ポポ、この子の名前、決めてあげてね。あと……この世界の言葉も教えてあげて」


 美羽は涙を堪えながら、美羽は娘の頭を優しく撫でる。

 

「良い子にしているのよ? お母さんは少し寝なくちゃいけないの。その間、お父さんがお世話をしてくれるから、ちゃんと言うことを聞きなさい? 約束できる?」

「……うん! できゆ!」


 ニッコリと満面の笑みの娘に、美羽もニッコリと微笑んで見せた。

 そして、そのままベッドの上へと寝ころぶ。

 ポポも続いて美羽の装置の前まで移動した。


「……美羽」


 手を取り美羽をじっと見つめる。

 だが、ポポは何も言葉が出てこなかった。今からポポが何をするのかを、美羽は知る由もない。

 何も知らずに長い眠りにつこうとしているのだ。


 ――私は……我が娘を……。


 たった今初めて抱いた娘を殺そうとしている。

 俯き少し口を開いたものの、そんな言葉、言えるはずもなかった。


「ポポ。私、この子のためだったら……何をしても恨まないよ。命だって……捧げていい」


 ハッとした表情で美羽を見つめる。

 美羽は優しい顔で見つめていた。


「オーナーたちから何か言われたんでしょ? 全部背負おうとしないで。私もこの子を守りたいもの」


 言葉が胸を突き刺す。

 子どもも美羽も、守りたい。口に出すことは簡単だ。けれど現実は甘くない。

 染み付いてしまった己の無力さ、恐怖が、拭えない。

 唇を噛み締め俯く。

 なんとかしなければならない――頭でわかっていても、身体が拒絶する。

 ――力んでいたポポの拳に、美羽はそっと手を添えた。


「いつか家族三人……幸せに暮らそうね」


 そう言い残して、美羽は眠りについた。


    ◇    ◇


 ポポは、付いて行こうとする娘をなんとか制止させ、デッドとヴァルの元へ向かった。

 知っているだろうが、起きたことを報告するためである。


『……デッド様ヴァル様、ただいま起床いたしました』


 跪き頭を下げ挨拶をすると、両者ともにこやかな表情でポポの元へと歩み寄った。


『待っていたぞ。まぁ三年とは瞬きをするほどの短いもの。軽い昼寝ぐらいにはなっただろう』

『……それで、子どもは産まれているのですか?』


 どうやら美羽が出産したことも知らないらしい。

 

『……はい。お二方のご協力のおかげです。ありがとうございます』


 顔を俯かせたまま、ごくんと唾を飲み込んだ。


『その、我が子についでですが……』


 身体中が心臓の音で揺れている気がした。それでも、守るためには拒絶せねばならない。

 目を閉じれば、子どもの顔と美羽の顔が目に浮かんだ。

 

 まだ名も決めていない、幼い我が子。無邪気な顔が脳裏によぎる。

 三人での生活を夢見る美羽。微笑む顔が目に焼き付いていた。

 なぜ、子どもを殺さねばならないのか。

 やっとの思いで掴んだ幸せを、どうして手放さなければならないのか。

 

 身体の中を蠢く怒りの感情をグッと堪え、ゆっくりと口を開く。

 顔を俯かせたまま、言葉を、吐き出した。


『私は……我が子を始末することなど……できません』

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