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マリオンGPD 3127   作者: さからいようし
第1話 『鉄の方舟』
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9

 どうやら地面の蔓植物は土壌深くから一気に芽吹いたらしく、雨のあとで地面はとても柔らかくなっていた。足首まで泥に埋まってしまいそうだ。タケノコ状種子が簡単に根を張れるはずだった。これもふたつの植物の共生関係を示しているのか。

 霧香たちは泥濘を避けるため、四本足形態になったロボットにまたがって移動するしかなかった。

 シンシア・コレットが消息を絶ったあたりに行き、そのあとはどこか安全な潜伏場所を探して救助を待つ……計画はシンプルだった。とにかくいったんランドール中尉だけでも安全圏に連れ戻すことだ。明日以降食料が無くなったら、あとは我慢比べになる。少なくとも水は飲み放題だ。数日は生きていられるだろう。


 いくらも進まないうちに霧香はロボットに停止を命じた。

 「少尉、どうしたの?」ランドールが後ろから呼びかけた。霧香は手を上げて制した。

 女性の声が聞こえる。

 大勢の女が声を掛け合っているようだった。ランドールも聞こえたらしい。声をひそめて尋ねた。

 「誰かいるのね?」

 「大勢いるようです」霧香はロボットに命令した。「04,前方を偵察して」

 04の頭部から細いリールが生えて、前方にするすると伸びていった。霧香はカメラアイの映像をホロモニターに映し出した。

 「これは……!」

 さまざまな年齢の女たちが、網袋を抱えてなにか作業していた。

 「どうも、農作業といった様子だけど……」

 「どうやら、あの四散した植物の種子を引き抜いているみたいです」

 「そうね。採取している。たぶん食用なのよ。それにしてもいったい何人いるんだろう……」

 ロボットはセンサーの及ぶかぎり正確にカウントしていた。二十四人という結果が出ていた。体格も測定していた。身長五フィートを超えるものはほとんどいなかった。みなアジア系の肌と顔立ちだ。

 「あのひとたちはイプシロンの同族でしょうね。彼らのコロニーは意外と近くにあるかも」

 「どうやら彼らの正体が判明しそうだわ……どうする?後をつけてみる?」

 「そうですね。彼らの居留地はいちど見てみたいです。そこにシンシア・コレットかサリーたちが捕まっているか確認する必要があります」

 だが農作業はすぐには終わりそうになかった。またしても待機の時間だな……霧香は数時間待たなければならないと覚悟した。

 しかし、女性の集団を追跡する機会は意外と早く訪れた。

 どこからか、低い地鳴りが聞こえ、霧香たちはなんだろうとあたりを見回した。

 最初はロボットの足が故障したのかと思った。それから突然地面が揺れているのだと気付いた。地鳴りも響き渡っている。

 「ゆっ揺れてる!地面が揺れてる!」喘ぐように叫んだのは霧香だった。

 「落ち着いて少尉!地震よ!」

 「じ・地震……?」

 言葉だけは知っていた。地震(アースクエイク)


 「マリオン、地球の地面はユサユサ揺れるんだってよ」

 「え?ウソだぁ、そんなはずないでしょ」

 「だってアースクエイクって言葉があるんだもの」


 そのときは姉にからかわれていると思った。地面が揺れ出すなど、霧香の常識では考えられないことだった。もうすこし経ってから、実際に地球では地殻プレートの移動によって地震という現象が起こるという事実を知らされた。さらにその地殻プレート活動は霧香の故郷である惑星ノイタニスにももちろんあり、テラフォームによって柔らかくなった地表が安定する数世紀後には地震が起こり始める……。

 知識としては知っていたのだ。だが体験したことは一度もなかった。

 これほど悪夢的な現象だとは想像できなかった。

 世の中には知らずに済めばいいことがあるが、これは想像を絶していた。

 やがて、長い長い恐怖ののちに揺れは収まった。

 霧香はロボットの背中にぶざまに伏せたまま身動きせず、口から飛び出しそうな心臓の鼓動を感じていた。わたしまだ生きてる(・・・・・・・・)。

 「だいじょうぶか?少尉」

 霧香が肩越しに振り向くと、信じられないことに、ランドールはロボットの上で背筋を伸ばしてまたがり、けろっとしていた。良いほうの足を地面に据えさえしている。霧香の取り乱しようを面白がってはいないが、ちょっと同情的な笑みを浮かべていた。

 「たしかにいまの揺れはすこしひどかったな……マグニチュード5・5といったところだ」

 霧香はなんとか身を起こした。

 「中尉は……こんなの経験されているんですか」

 ランドールは頷いた。

 「地球……わたしは南半球のニュージーランド出身だけど、たまに揺れた。時には死者も出る……もっとひどく揺れるとね」

 いまの揺れで誰も死なないとはちょっと信じられなかった。地球には人口密集地帯もたくさんあるはずなのだ。

 「もっとって、その、マグニチュードではどれほど……?」

 「マグニチュードってのはリヒタースケールという震度を表す単位なのだけど、数字がひとつ増えると地殻が放出するエネルギーは千倍になる……死者が出るような揺れだとマグニチュード7か8よ。いまどき地震で崩壊する建造物なんて無いからよほど運がわるい人だけだけど……。滅多にないけど過去に9もあった」

 いまの揺れの十万倍。霧香は身震いした。金輪際地球には行かないと誓った。


 地震は女性たちも怯えさせたらしく、収穫物を抱えていそいそと退散し始めていた。霧香たちは後を追いかけた。03を先行させ、いざという時は逃げ出せるよう距離を置いて追跡した。女性たちはすぐに歩き始めたので、のんびりした追跡だった。

 「ちょっと引っかかるんですけど」

 「なにが?」

 「あの女性たちも地震に驚いたようです。大事な食物の収穫を中断するほど驚いたとすると、あのひとたちも地震に慣れていないのでは?」

 ランドールは考え込んだ。

 「可能性はあるわね……」

 だがそうだとすると、そこから導き出される結論は、やや不吉だった。

 「いままで揺れたことがなかった地面が揺れた。このエルドラド台地が不安定化しているかもしれない、あなたはそう思ってるの?」

「はい」

 「たしかに以前、べつのテーブル台地が崩落した記録があったと思う……高さ千メートルも垂直にそびえた台地だ。過酷な冷たい海とガスの風に煽られ、土台が浸食される。倒れることもあるわ……」

 ランドールは認めた。

 だけど今じゃなくていいではないか!霧香は内心叫んだ。

 「上に知らせたほうがいいですね?」

 「そうね。だけど地震なら衛星から観測できたと思う。上も気付いているわ。なにが起こっているかわたしたちよりずっと詳しく」


 

女性たちは平原を横切り、険しい山岳地帯に分け入った。あの谷底と同じく急激に隆起した断崖がそびえた複雑な地形だ。断崖の底をジグザグに進んでゆく。地形はどんどん落ち込んでいった。

 道は一本だけだ。

 「まずいです。このさきはわたしたちが並んで通れないくらい道が狭まってます。待ち伏せや通せんぼされると厄介です」

 ランドールはあたりを見回した。

 「彼らはどんどんくだっている。この先はおそらく、わたしが遭難していた谷底と同じくらい低くなってると思う」

 「なぜそう思うんです?」

 「かれらが長いあいだ見つからなかったのは、谷底のジャングルを生息場所にしていたからかもしれないと思ったの。少なくとも衛星からは見えにくくなる」

 「なるほど……ランドール中尉、ここで別れましょう。中尉はどこか断崖の上のほうにのぼって、この道を辿ってください。わたしが急いで逃げるようなときは上から援護してもらいたいのです」

 霧香が遠回しに怪我人は邪魔だと言っているのはランドールも分かった。ランドールはしばらく黙り込んだが、やがて頷いた。

 「了解した。少尉、無茶しないでね」

 「サッと偵察して帰ってきますよ」

 霧香は荷物を預け、03の指揮権も預けた。

 「中尉も気をつけて」

霧香はランドールがきびすを返し、急斜面を登ってゆくのを見届けてから追跡を再開した。

 ランドールが予言したとおり、道はさらに下り、間もなく階段になった。かれらが岩を削ったのだろうか。かなり規則正しく刻まれた階段だ。

 ブービーラップの類は見当たらなかった。彼らは少なくとも大型獣の侵入は心配していない。長いあいだそういう危険には無警戒だったらしい。

 時折上のほうに目を向けると、03が絶壁を這っているのが見えた。百ヤードほど離れていて、眼を凝らさないとすぐに見失ってしまいそうな素早い動きだ。

 霧香は04から降りてうしろに従え、徒歩で階段を下り続けた。六百ポンドもある図体なのにロボットはほとんど足音を立てない。機械的な動作音もかすかに聞こえる程度だった。

 片手にはライフルを握り、いつでも撃てるよう脇に垂らしていた。原住民たちを撃つような事態はできれば避けたい。サリーのライフルはその点かなり騒々しい音を立てる実包を装填しているので、威嚇にもってこいだ。発砲音に驚いて逃げ出してくれればいいけど。

 道の両幅が狭まってゆく。見上げると、ほとんど垂直の崖に囲まれていた。ときおり、崖のてっぺんにランドールの姿が見えた。足並みを揃えているようで、霧香は安心して進むことができた。

 もうほとんど谷底のレベルまで降りた。崖の頂上は頭上の背後に遠のき、前方がひらけてきた。険しく隆起した森が見えた。霧香は溜息を漏らした。これではランドール中尉は、崖の上から霧香の姿が見えなくなるだろう。ロボットが位置を示してくれるとしても援護は難しくなる。階段が途切れ、目前は鬱蒼とした森だ。だが明らかに人為的な道が切り開かれていた。

 霧香は最後に崖を見上げて手を振ると、森に踏み込んだ。

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