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マリオンGPD 3127   作者: さからいようし
第1話 『鉄の方舟』
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5


 シャトルは濃密な暗雲を裂きながら下降し続けた。

 動力無しの機体はレンガみたいに落ち続けている。左翼を半分もぎ取られてほとんど揚力を失っている。方向舵はなんとか効く。

 目的のテーブル台地の縁まであと一〇マイル。高度二万フィート。だがどんどん落ちている。対気速度は時速三〇〇マイル……やはり徐々に遅くなっていた。間もなく重力加速度に従った自然落下速度に落ち着く。シャトルのボディ形状がかろうじて揚力を生み出し、単なる石ころではなく飛行体としての体面を保っている。機体は軽い……おそらく一〇トンもない。失速するまでもうすこしがんばれるだろう。

 なんとかなりそうだ。

 やがて突然視界が開けた。前方に巨大な黒い絶壁が見えた。絶壁の裾はやはり濃厚な緑色の雲に覆われ、眼下の地面は見えない。が、猛毒で濃密なコロイドの海が広がっているのだ。

 霧香がいま飛んでいる高度から台地の千フィート下までが奇跡的に呼吸可能な環境だ。極地のメタンが少しでも溶け出せば、簡単に崩れてしまうバランスだった。

 (その前にこっちが御陀仏になりそうだけどね)

 暴れる操縦桿をなんとかなだめて姿勢を保った。制御システムも機体を浮かせようと悪あがきを続けていた。崖縁を越えて眼下に異星のジャングルが迫ったときには、すでに対地高度千フィートを割り込んでいた。比較的安全な地表の上に出たからといって安心はできなかった。ここにはサリーの船やシャトルを攻撃した何かが潜んでいるのだ。しかもシャトルは自動修復不能なほど損傷しており……従って再上昇できる見込みはない。

 霧香は軟着陸に備えた。前方にひらけた空き地はない。シャトルが自動的に制動パラシュートを開いた。機体がほとんど静止状態まで減速したところでパラシュートが切り離され、続いて第二パラシュートが開いた。

 シャトルは機首を真下に向けたまま一〇〇フィート落下して、柔らかいシダ植物が群生する丘陵にゴトンとタッチダウンした。そのままゆっくり機体下部を下にして倒れ込んだ。機体にこれ以上ダメージを及ぼさないよう緊急装置が働いたのだ。

 制止した機体の中で霧香はほっと一息ついた。隣のサリーは気を失ったままだ。

 シートベルトを解除して狭い機内で慎重に立ち上がり、機体中央あたりの昇降扉の前まで歩いた。

 扉の上の小さなステータスディスプレイは生きていた。その画面を眺めていると、外部環境測定装置が働き、アイコンが生存可能を示すグリーンを灯した。霧香はインジケーターの数値に眼を通して、外の世界は少なくとも呼吸可能のようだと確認した。湿度も高く、であれば水もあるだろう。基礎的なレポートである程度承知していたものの、直に確認できてホッとした。「話が違うじゃないか!」なんていうケースはよくあることなのだ。

 背後でタンクが呻いていた。

 さてどうすべきか。

 環境保護団体の過激活動家たちを放り出して本来の任務に戻る誘惑に駆られた……常識が霧香にここに残って救助を待つべしと訴えていた。(あなたも(・)遭難者なのよ)とその常識の声が告げていた。だいいち逮捕しなければならない二人の人物、サリーとタンクはどうすればいいのだ?彼らの普段のライフスタイルから想像するに、こんな未開の異世界で何日も過ごせるとは思えない。

 ぼんやり思考を巡らせながら、体のほうは勝手に動いていた。まずサリーの服を探って銃とナイフを取り上げた。タンクも同様にしたが、彼は手首や身体のあちこちをかなり痛めているようだ。それに重度の乗り物酔いに罹ったみたいに朦朧として、ほとんど抵抗を示さなかった。酷い有様だがさしあたり命に別状はないようだ。

 機体後部の収納ボックスを漁って役に立ちそうなものを掻き集めた。シャトルは安っぽい民生品に過ぎず、未開の星で遭難する可能性を想定した機体ではない。サバイバルキットは最低限のものしか揃っていない。外の環境を測定する器械も最低限で、真空じゃないことを見分ける程度の機能しかない。大気に含まれる細かい有害物質までは検知しないだろう。

 作業服を脱ぎ捨ててコスモストリングとブーツだけの姿に戻った。次に機体後部や床の収納庫を開け、使えそうなものを引っ張り出した。標準型のサバイバルキット。食料と水。テントも見つけた。

 あれこれ作業しているうちに考えがまとまってきた。やはりサリーたちは置いて行くしかない……彼らにとってはこのシャトルの中がいちばん安全なのだ。遭難信号は働いている。じっとしていれば救助される可能性が最も高い。

 だがいっしょに救助を待つことはできない。それがもっとも賢明な選択だとしても。

 手当を施しているうちにサリーが目を覚ましたので、そのことを説明した。彼女はひと言も口をきかず、表情を殺して霧香の話を聞いていた。最後にぼんやり頷いたので、たぶん理解しただろう。

 霧香はサバイバルキットをふたつに分け、大きい方の山を指し示した。

 「食料と水三日ぶん……切り詰めればもうすこし保つでしょう。わたしが行ったら自由にして良いけど、追いかけても無駄だからね。それに確実に死を招くことになる。ここでじっとしていなさい」

 サバイバルキットの山にナイフを添えた。彼らに残した武器はそれだけで、銃器は霧香が持ち出すことにしたサリーのパルスライフル以外はすべて分解して外にばらまいてある。武器を奪っておけば気が大きくならず、なにか行動を起こす前に一寸考え込むだろうと期待したのだ。

 「手首に絡みついている紐は一時間経ったら自動的に外れる。ナイフでは切れない。それじゃね……」

 霧香はナップザックを背負ってハッチを開け、異界の平原に踏み出した。



大気は濃密で生温かかった。酸素はやや多めだ。フェイスマスクを通して吸い込む空気の音が耳障りだった。足元と周囲に眼を配りながらぬかるんだ道の草原を歩き続けた。地面は蔦で被われ、そのもつれ合った茂みのあいだからまっすぐな草が突き出していた。草のてっぺんには鋭いダイヤ型の葉が四枚生えていた。固く鋭い葉先は擦れると簡単に皮膚を切りそうだ。

 内陸部に向かって歩きながら携帯端末でだいたいの位置の見当を付けた。ステージスリー……エルドラド台地の地形は比較的詳しくマッピングされていて、地形上の特徴を実物と照らし合わせることができた。それによれば霧香たちは予定着地点……少なくとも、サリーが降下するつもりだった場所から30マイルほど逸れていた。ほとんど墜落したにしては悪くない。

 サリーたちはいったいなにを掴んでいたのだろう。その点をいくら訪ねてみても口を割ろうとはしなかった。しかしかつて誰かがこの惑星になにかを投下した。サリーの目的はそれに違いない。その投下された物体は機械のはずだ。彼女たちはその機械を回収しようとしたのだろうか。そしてその機械にコンタクト信号を送ったら、いきなり攻撃された……。

 強力な対空レーザー法を装備している機械。その機械は防衛システムを目覚めさせており、それで霧香たちは撃墜されたのか……。

 その機械はヘンプⅢで起こった船舶事故、あるいは相次ぐ遭難に関わっているのか。

 そんな危険なものをなぜプラネットピースが回収しようとしていたのだ?

 あの手の連中の動機は単純だ。不法行為を働いてまで欲しがるからには、なにか莫大な利益を生み出す物体なのだろう。

 金になるとなれば相手は犯罪シンジケート……海賊に違いない。フルタイム犯罪業者はすべからく上納金を納めるものだ。そういったお家事情はプラネットピースでもたいして違いあるまい。海賊が興味を持ちそうなお宝……機械。

 すると、シンシア・コレットはその情報をどこからか入手していたのか。おそらくプラネットピースから横取りしたのだろう……。それで追われることになった。

悪くない推測だ……しかし推測に過ぎない。シンシア・コレットが生存していれば答が得られそうだった。いずれにせよシンシアとランドール中尉が消息を絶ったのも同じ方角だ。

 背後に眼をやると、シャトルはすでに起伏に富んだ地形に遮られて見えなくなっていた。霧香は孤独を感じた。具体的な救助の当てさえなく、こんな未開の惑星をひとりで歩く羽目になってしまった。いったいどこでどう間違えてこんな事態に陥ったのか……周囲を警戒しながら心の片隅で考えた。わずか二万マイル上空のオンタリオステーションには大勢の人たちがいる。いざとなれば救難隊が駆けつけるはずだ。そんな楽天的な見通しがいまはひどく心許なく思えた。二〇光年も離れたタウ・ケティから比べれば取るに足らない距離なのに、いまはその二万マイルが途方もない深淵に思えた。

 

 一時間ほどとぼとぼ歩いていると、背後の空が突然明るくなった。

 霧香は驚いて屈み込み、空を見上げた。

 大きな爆発だが音は響いてこない。大気圏上層部で起こった爆発だ。

 おそらくプラネットピースの母船、バリアーだろう。制御を完全に失い、大気圏に突入する前に、自動システムによって船体から切り離されたメインドライブが自壊したのだ。ドライブのコアである人工特異点を地表に落とすわけにはいかないので、すべての宇宙船にはそういう緊急措置システムが備えられていた。

 やがて動力部を失ったソ連製輸送船本体が、黒煙を曳く松明となって空を横切っていった。慣性制御システムもフォースフィールドも失って、バラバラに分解して大気圏内で燃え尽きようとしていた。断末魔のソニックブームが雷鳴のように響き渡った。

 とにかく、メアリーベルでないことを祈った。 


四時間後には空が暮れ始めた。完全な夜になる前に野営の準備をするべきか、霧香は迷った。サリーたち都会派があとを追ってきたとしても、未開の大自然を霧香より早く踏破するとは思えない。いまのところ見かけた動物と言えば水辺の虫くらいだ。

 虫のあるものはやたらと大きく一〇インチにもなり、複雑な構造の足や触手を備えている。だが動きはのろく、完全に陸に這い上がるほど進化していないようだ。空中を漂うクラゲ状の生物も見かけたが、動物か胞子植物か定かではない。見るからに脆そうで、すぐに脅威となるとは思えなかった。サイズは日傘ほどで二〇フィートほどの高さを滞空しながらクラゲそっくりに収縮を繰り返している。重さは一〇グラムほどしかないだろう。ほかに脅威になるような生物は見当たらない。

 なるべく見晴らしのきく高い場所を求めて歩いていると、やがて高さ三〇フィート程のトーテムポール型サボテンの林の向こうに斜面が見えた。崖を背にしている。長いあいだに浸食され崩落した岩土が堆積した斜面を這い上がり、ローバー一台分ほどのわずかな平地に携帯バブルテントを張った。特大のビニール製の風船のようだ。表面は救難用らしく目立つ黄色だ。テントの材質は地面と背後の壁に吸着するのでちょっとした風に煽られて飛ばされることもないが、どれほど気候変動があるか分からない。シャトルのエマージェンシーキットから掘り出した代物だから、どの程度異世界に対応できるのか分からなかった。だが説明書によれば強化軟質樹脂製で反トンの岩が落ちてきても潰れず、自由に色を変えられるため目立たない色にもなる。なかなか本格的だが軍用放出品だろうか?それとも盗品か……。

 林に降りて折り畳みバケツに水を汲んで戻ってくる頃にはすっかり日が暮れていた。

 完全な闇夜だ。星空もなく、人工物の灯りももちろん無い。霧香は途方に暮れながらあたりを見回したが、眼が慣れるまでしばらくかかった。林の輪郭や山の稜線を見分けられるようになったが、ほとんど真っ黒なシルエットだけだ。発光するようなものは見あたらない。あたりの様子が判別できなくなると、異世界にいるという印象が薄れる。どこか故郷の山岳地帯のようだ。

 気がつくとテントの側らに座り込んだまま一時間もぼうっと眺め続けていた。気温はあまり低下していない。二〇度程度だろう。

 立ち上がり、テントのフラップを引き上げて中に潜りこんだ。

 フィルターとバイオ除去剤で濾過したバケツの水を小さな鍋に汲み、テーブル型に変形させた携帯電熱器に載せてお湯を沸かした。日の出まで一〇時間……。着替えの服もなく寝袋もなく、コスモストリングを着けたまま眠る以外にすることはない。異世界に来て最初のコーヒーをこさえた。凝縮キューブのインスタントで、あくまでサバイバル用なのであらかじめ糖分が添加されている。たいして美味しくもないが、食料切り詰めのため一日二杯だけだと思うと、味付きの飲み物は貴重だ。ゆっくり味わった。

 テントの一部は透過状態で外の世界を眺められる。だがテントの中の灯りは外に洩れず、真っ暗だ。

 長い夜になりそうだ。

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