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マリオンGPD 3127   作者: さからいようし
第二話 『戦女神の安息』
35/37

18

 「あの……」

 少女が後ろから声をかけてきた。ローマはキングの首筋を探り、脈を探っていた。顔を上げて振り返ると、少女が怯えて後ずさった。よほど恐ろしい形相だったらしい。ローマは片手で頬を擦り、緊張をゆるめた。ベッド銃を置くと、片膝をついて少女の小さな肩に手を置いた。

 「あなた、名前は?」

 「リィ……リィ・リーチェン」

 「わたしはGPDのロリンズ。あなたの故郷は?」

 「シンセイ」さみしそうに呟いた。

 「そうか……遠い辺境の開拓星だったね。でもあなたを必ず帰してあげるからね。約束するわ、リィ。行くわよ」

 扉を開け、外の様子を伺った。不忠の輩が揃っているのでないかぎり、キングの様態はモニタリングされ、死と同時に何らかの警報を発したはずだ。通路を10メートル進むたびにリィを招き寄せ、慎重に進んだ。さきほどの食堂ラウンジの向こう、ブリッジに向かう通路の奥が慌ただしくなっていた。

 「リィ、食堂に隠れていて……厨房の影かどこかに身を伏せて、じっとしていなさい。わたしが迎えに来るまで」

 「はい」か細い声だが少女はしっかり頷いた。

 「かならず戻る」そう言い残してローマは廊下を進んだ。

 声が聞こえた。

 「早く行け!」

 「でもよぉ、あのロリンズだって話だぜ……」

 ローマは駆け足でブリッジの声のするほうに突進すると、手榴弾を3個同時に放り投げた。手榴弾が発令所の張り出しを越えて階下に転がり落ちたところで破裂した。同時に悲鳴が上がる。ローマは躊躇することなく発令所の縁を飛び出し、6メートル下の床に着地すると同時に転がり、目についた人間らしきものに向かって発砲した。

 階段の途中にいて比較的被害を免れたマフィアふたりが発砲してきた。一発のピストル弾がローマの肩をかすめたが、そいつらには目もくれず格納庫に向かうまっすぐな通路に駆けだした。走りながら手榴弾を背後に投げた。

 爆発が空気を震わせた。

 行く手の士官室から男が飛び出してきた。ローマの姿を見てぎょっとしていた。

 そいつがパルスライフルを持ち上げたが、ローマは身体全体を回転させながら懐に飛び込んでその銃身を払いのけ、回転の勢いのまま腰から抜いたナイフを延髄に叩き込んだ。絶命してローマにのしかかってきた男の身体を抱きかかえた。一連の動作は端から見ればダンスしているカップルのようにも見えた。

 通路の奥から誰かが発砲してきた。ローマは男の身体を盾代わりにしてさらに5メートル進み、ドアが開いたままの部屋に男の身体ごと引っ込んだ。部屋のベッドにはドレス姿の女がひとり座っていて、ローマの姿を見て短い悲鳴を上げた。ローマは無視した。

 複数の慌ただしい足音が近づいてくる。タイミングを計り、死んだ男の身体を通路に向かって突き飛ばした。

 「うわっ!」すでに穴だらけになっている男にさらに銃弾が叩き込まれた。ローマはドア脇に身を屈め、勢射が止んだところで通路の床に身を乗り出し、棒立ちになっているマフィア三人にパルスライフルのエネルギー弾を叩き込んだ。

 床でくるりと身を翻して倒れかけている男のひとりからサブマシンガンをもぎ取ると、死体ごしに狙いも定めず発砲した。

 (ブランクがあったが、あくどい戦い方の勘は鈍ってないな……)

 いまやホテル調の通路は煙と焦げた臭いが充満している。ローマは身を伏せたまま射撃をやめて応戦を待ったが、弾は飛んでこなかった。死体の首から突き立ったナイフの柄が眼に入ったので無造作に引き抜き、血糊を死体の服で拭い鞘に戻した。次いで素早く立ち上がり辺りを見回すと、さきほどの女と眼があった。怯えきって震えていた。

 「そこでじっとしていれば死なずにすむ」

 女は握り拳を口に当てたまま何度も頷いた。

 ローマは次のフロアに急いだ。

 やがてプールのあるラウンジにたどり着いたが、プールサイドに置かれた四角い茶色の塊を見たとたんそのままプールに飛び込んだ。ほとんど同時に盛大な爆発が起こって、水面がオレンジ色に染まった。爆発の衝撃波は水を伝わり、ローマは身体を絞られるような圧力に喘ぎ、気泡を吐き出した。

 ローマはヘルメットバイザーを起こした。密閉状態になった簡易気密服が自動的に水を排出した。咳き込み、喘ぐように何度か呼吸を繰り返した。しばらくじっとしたまま息を整えると、ローマは水底を反対側のプールサイドまで泳いだ。壁にたどり着くと、はしごを掴んで慎重に身体を引き上げ、頭だけ水面から出し、バイザーを跳ね上げた。室内はまだサウナなみに暑い。黒こげになった壁がまだ燃えているが、室内灯はすべてダウンしていたのでまっ暗だ。プールだけが青々と煌めいていた。

 「死んだはずだ……」通路のほうで声が聞こえた。

 「死体を見つけな」ベス・トルーディが言っていた。

 「きっと黒こげだぜ。見分けつくかな」

 「いいからやるんだよ」

 ローマはゆっくり水から這い上がると、破壊されたダンスフロアの暗がりに後退した。熱い空気で頬がひりひりするが、バイザーは上げなかった。ライフルを脇腹の影に置いて

暗がりにうつ伏せ、待った。

 「くそ熱い。スプリンクラーまで壊しちまったのかよ」25ヤード離れた通路からふたたび声が聞こえ、フラッシュライトの光が動き回った。ローマは顔を伏せた。タイルを打つ靴の音が近づいてくる。ライトがローマを照らした。

 相手はひとりだけだ。ローマがやってきた方向からはもはや誰もやってこない。男はローマから数メートル距離を置いて立ち止まり、自動拳銃のスライドを引くカシャリという音が響いた。その瞬間ローマは両足を屈伸させて横に飛び、狙いをつけた相手にナイフを投げた。

 「がふっ」ナイフは喉に深々と突き刺さり、男は銃を握った利き腕で喉を掻きむしろうとした。拳銃はナイフの柄に当たって力の抜けた男の手から落ちた。銃が暴発して、銃声が派手に響き渡った。ローマは軽く舌打ちして立ち上がると、喉から噴き出した血の池に倒れた男からナイフを回収して、男がやってきた通路に向かってプールサイドを駆け抜けた。この先にすぐ格納庫がある。

 格納庫扉は開いていた。ローマの足音を聞いてトルーディが呼びかけてきた。「ウォルターかい?」

 ローマは答えず、格納庫に飛び込むと同時に発砲した。

 トルーディは宇宙艇のタラップをなかば登り駆けていて、ローマの姿を見たとたん手すりの奥に飛び退いた。

 「くそったれ!」

 ローマは駆けながら発砲し続け、宇宙艇の脚柱の影に飛び込んだ。

 「くたばれ!」

 激しい銃声が響いて脚柱に弾丸が当たった。ローマはパルスライフルのセレクターを低出力レーザーに切り替え、天井の照明を撃った。過電流によって照明が次々と弾け、ブレーカーが落ちた。格納庫が暗闇に包まれ、一拍置いて非常灯の赤いライトが点いた。

 その隙にローマは脚柱の影から飛び出した。しかしその太股にナイフが突き刺さり、ローマはつんのめった。

 「ぐっ!」

 ローマは床に倒れ込みながら身体をひねって発砲した。レーザーの紫色の電光がコンテナに当たって火花が散った。ローマは腰のポーチを探ってスタングレネードを床に滑らせた。コンテナの影から銃を構えたトルーディが現れた瞬間、激しい光と破裂音が彼女を襲った。

 「畜生!」トルーディが眼を押さえながら悪態をついた。

 ローマは声のほうに発砲したがすぐに途絶えた。エネルギー切れだ。ライフルを投げ捨て、ベルトからガムナーのコルトを引き抜いて構えたが、トルーディの姿は見えなかった。

 ローマは前方に目を向けたまま手探りで太股の傷を調べた。気密服越しでナイフは深く突き刺さっていない。グローブの手を見たが、出血は少ない。動脈は無事だ。息を止めてナイフを引き抜いた。おそらく気密服の応急処置機能でなんとかなるだろう。

 トルーディが潜んでいるコンテナの方に歩いた。

 「死ねえ!」トルーディが飛び出してきた。銃を構えていたが目をやられていることは分かっている。身を屈めてでたらめな発砲を躱し、狙いを定めて3発撃った。

 2発がトルーディの肩にあたり、もう1発が太股を撃ち抜いた。女海賊は無様に倒れ込んで武器を取り落とした。

 ローマはトルーディの傍らまで歩いて見下ろし、軽く蹴飛ばして仰向けにさせた。

 「ぐあっ!」

 ローマは言った。「なんで殺さなかったのか分かるな?」

 「知るか……くそ……!」

 「あんたは重罪人。長い事情聴取のあとはどのみち肉体とはおさらば……電脳人格として小さなプレートに記憶され、千年は凍結されるんだ……いますぐ死にたいか選ばせてやる」ローマは良く聞こえるように撃鉄を起こした。「なにか言い残すことは?」

 「……さっさと殺るがいいだろ!」

 「喜んで」

 ローマはコルトをトルーディの眉間に向け、残りの弾丸を叩き込んだ。

 

 

 霧香は緊張したまま待ち続けていた。

 ほとんど一時間後に、ようやくローマが通信してきた。

 「制圧したよ……」

 霧香は深い安堵の息を漏らした。

 「トルーディは?」

 「死んだ」声の調子に疲労が滲んでいた。

 「そうですか……お怪我は!?」

 「擦り傷程度だ。そちらは?ほかの海賊船は?」

 「進路変更して探知不可能距離まで遠ざかっています……逃げ出したのだと思います」

 「そうか。こちらに来られるか?手が必要なんだ」

  

  

〈マイダス〉はふたたび息を吹き返した。全力運転は難しいようだか、まず加速が持続すれば良かった。霧香は動き出した〈マイダス〉の側らをチェイスしていた。異常が見つかれば直ちに警告するためだ。

 霧香は首をひねって船内フロアをそっと見下ろした。ローマが救出した女の子がベッドで眠っていた。年の頃は十歳程度だろう。浴室を使い(ブーツェンの体は倉庫に押し込んであった)、ついさっきまであり合わせの食べ物をすごい勢いで掻き込んでいたのだが、霧香がベッドを用意してやると、あっという間に寝入ってしまった。霧香は微笑んだ。可愛い子だ。あまり酷い目に遭わされていなければよいが……。

 いよいよ最後の追跡戦が始まった。〈マイダス〉は巡洋艦の半分しか加速できないが、それでも十五Gは立派な数字だ。

 「異常はありませんか?」霧香は唯一残った低出力無線で呼びかけた。

 ローマは笑っていた。「コンソールは警告表示でいっぱいだ……もうすこし人手があれば修復できるんだろうが、エンジニアはすべてあの巡洋艦に割いたらしいよ」

 よく笑えるものだ……霧香はほとんど感心していた。〈マイダス〉に赴き、少佐とマフィアの生き残りを拘束したのち、ようやく怪我の治療ができた。少佐の言う「擦り傷」は2カ所の浅い銃創とナイフの裂傷、あちこちの火傷や打ち身だった。ひと休みするよう提案しても「まだだめだ」と一蹴された。

 「何かまずくなったら急いで逃げてください」

 「分かってる。さいわい自動修復装置は順調に仕事を果たしているようだ。ドライブは安定してきてる。通信システムのほうはお手上げだ」


 そのまま丸一日なにも起こらず、霧香たちはブルーミスト宙域に到達した。立ち寄るつもりはなかったので、遠く小さな惑星が通り過ぎるのを眺めて過ごした。食料は〈マイダス〉から補給できる。ありがたいことに、ベッドから起き上がったリィ・リーチェンは簡単な調理をみずから買って出ていた。おかげで霧香は外に目を配りながら美味しいサンドイッチとコーヒーにありつくことができた。

 「こちらもコックをひとり脅して食事を用意させているから、食事事情はそんなに酷くない。捕虜にも食わせなければならないからね」

 「捕虜なんて連絡艇に詰め込んで叩き出せばいいんですよ……ブルーミストのすぐ近くなんだから」

 「加速しすぎているから無理よ」即答したところをみると、少佐は前から同じ事を考えていたのだろう。「だがいつ降ろすべきか……」

 「宇宙船がどこにもいないわ……みんな逃げたんでしょうか?」

 「ちょっとまともな常識を持ち合わせているならそうするはずだな」

 追跡されていることに気付いたのはその直後だった。

 「相手は六時方向です。二隻。距離二百万㎞……こちらをまっすぐ追尾しようとしています。相対速度からしてブルーミストから飛来したようではないですね。振り切れますか?」

 「無理だ。こちらは盲目航行に近い……レーダーはダウンしたままだ。あと少し加速度を上げられるが、長くは持たない」

 「わたしが対応するしかないですね」

 「すまない」

 「リィ、うしろの席に上がって。ちょっと荒っぽくなるかも」 

 「ハイ」

 霧香はリトルキャバルリーをとんぼ返りさせた。キャノピーの周りで星がぐるりと巡る様子を、リィは口を開けて眺めていた。

 「気分が悪くなったら降りていいからね。ソファで身を伏せていて。あまり揺れることはないから」

 「ここにいます」

 霧香はリトルキャバルリーをもと来た方向に加速させた。リィは巨大な〈マイダス〉の船体が猛烈なスピードでかすめ去るのに見入っていた。

 「また危険な場所に向かうの。ごめんなさい」

 「いいです。死んだらわたし、お母さんとお父さんのところ行きます」

 霧香は喉を詰まらせた。「ご両親は……亡くなったの?」

 リィは首を振った。「分かりません。村を最後に見たとき、火の海でした。父も母も弟たちも、きっと……」

 霧香は気の利いた言葉を思いつけず、口元を引き締めた。

 「……リィの故郷は?」

 「シンセイ、いいます……」霧香が知っているかどうか自信がない口ぶりだった。

 「そう、わたしはノイタニス出身なの。お隣さんね……といっても一二光年も離れてるけど」

 「……帰りたいです……」

 「ぜったいに帰してあげる……少佐もそういったでしょう?わたしも約束する」


 霧香は相手の注意を引くべくフルスロットルで突撃した。リトルキャバルリーは百マイルに達するまばゆい尾を曳きながら虚空を引き裂いた。

 行く手で青い光が瞬いた。

 霧香はそれが何なのか最初は分からなかった。周囲の星たちを圧してサファイアブルーに明滅していた。

 「きれい……」リィが呟いている。

 霧香はその光を航法シミュレーション訓練で見たことを思い出した。「信号だわ……停止命令信号」信じられないという口調で呟いた。「敵じゃなかった……騎兵隊がお出ましよ」

 通信回線を試すと、間もなく声が響いた。

 「……応答せよ。こちらはGPDパトロール艦ヴリャーグ。加速を停止しなさい。応答のない場合砲撃します。繰り返す――」

 「こちらリトルキャ……WBS―001、GPD保安官、霧香=マリオン・ホワイトラブ少尉!ヴリャーグ、戦闘行動を中止してください!当該艦は〈マイダス〉。〈マイダス〉はわれわれが制圧しました」

 「こちらヴリャーグ、もう一度言ってください」

 霧香は落ち着いて話を繰り返した。

 「〈マイダス〉の通信機能およびレーダーは死んでいて機能しません。ですが現在あの艦にはローマ・ロリンズ少佐が乗り込まれており、完全に掌握しております」

 少し間が開いて、別の人物が答えた。「了解、ホワイトラブ少尉。こちらは艦長のケリー・レザリア大尉。そちらの船籍および人物照会は確認した。本艦は〈マイダス〉に追いつき、ランデブーします。エー、少尉。ロリンズ少佐と言ったか?」

 「はい、艦長」

 「承知した。ロリンズ少佐にはそちらから連絡してください」

 「了解しました、艦長」

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