表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
マリオンGPD 3127   作者: さからいようし
第二話 『戦女神の安息』
33/37

16

 船倉には無数の死体が転がっていた……。

 すべて少佐がやったのだろうか。

 床の死体と血の池を注意深く飛び越えて走った。荷揚作業の途中で停止したコンテナ群のあいだにリトルキャバルリーが浮かんでいた。ドレスデンがドッキンクしていたエアロックハッチはいまは大きく開いていて、三十フィート四方に開いた扉の奥に漆黒の宇宙空間が見えた。フィールドが働いているので減圧はまぬがれていた……しかし奴らがいつ空気を抜くかは分からなかった。飛び上がってリトルキャバルリーのタラップを掴み、体を引っ張り上げた。

 五分待てと言われている。ハッチを解放したままテーブルのサブコントロールホロを呼び出し、リトルキャバルリーの点検プログラムを走らせた。

 ローマがきっかり5分後に姿を現し、霧香はようやくホッとひと息ついた。

 (驚いた)霧香は遅まきながら目眩のしそうな感慨を覚えた。(わたしまだ生きてる……)

 少佐は同じサイズの男を肩に担いでいる。ブーツェンだろう。軽々と担いで小走りに近づいてくる。霧香はタラップに身を乗り出して援護するつもりで銃を構えていたが、もはや誰も後を追っては来なかった。

 リトルキャバルリーのすぐ下に辿り着いたローマは、担いでいた男をいったん降ろすと腰を掴んで持ち上げ、霧香が上から肩を掴んで引っ張り上げた。霧香が必死に引っ張り上げているあいだにローマが軽やかな身のこなしでタラップに躍り上がり、手を貸してブーツェンを船内に引っ張り込んだ。

 「逃げよう」

 霧香とローマはコクピットに昇り、慣性航法装置でリトルキャバルリーをバックさせた。後ろ向きのままハッチを越えて宇宙空間に出ると、素早く方向転換した。

 霧香はスロットルレバーをめいっぱい叩き込んだ。

 リトルキャバルリーの尾部から巨大なプラズマ炎がほとばしり、ちっぽけな船体を文字通り蹴飛ばすように加速させた。

 モーグは味気ない数字表記の加速計の変わりに、時計のようなメーターを表示できるようにしていた。メーターの数字は60まで刻まれている。水晶のような立体ホロの針が三十を指し、四十に達した。人類世界でもっとも高速な宇宙船、巡洋艦とおなじ加速度だ。それでもまだ留まらず、50付近でじりじりと揺れ……そのまま止まった。

 「50Gだ……」ローマが背後で呟いた。

 そんな加速が可能な有人船はほかに存在しない。ほとんど無人郵便船か大型ミサイルの加速力だ。巨大な〈ミノタウロス〉の船体があっという間に遠ざかり、宇宙に溶け込んだ。だがレーダースイープが小さな船体を舐め、間髪入れずに対空レーザーが照射されたが、命中しなかった。リトルキャバルリーはきりもみ飛行しながらさらに距離を稼いだ。

 前方にかすかに煌めく淡いガス状物体が見えた。高密度の小惑星帯だ。

 「あそこに突っ込むつもり?」

 「相手も追いかけてこないでしょう?」

 ローマは両腕を頭の後ろに組んで、シートに保たれた。

 「あなたに任せることにするよ」

 霧香はようやく肩の力を抜いた。つくづく自分がまだ生きているのが信じられない。こうして愛機にふたたび収まっていられるのが夢のようだった。危険な小惑星帯に突っ込もうとしているのだって、危険な人間に囲まれているよりずっとマシだった。……気を抜かないようにしなければ。

 「なぜボビィ・ブーツェンを確保したんです?」床に伸びている男にチラッと目を向けて尋ねた。ほかの連中に比べればまともとはいえ、奴らの仲間だ。放射能を発散しているような気がした。

 「組織で唯一べらべら喋ってくれそうな奴なんだ。内情に通じている。組織の誰が人格コピーしたか、すべて把握している可能性がある唯一の人間だ。事実、あの男は抜けたがっていると作戦課が分析していた。……でも正直言うと、あなたが本当に捕まえるとは思っていなかったの。たいへんだった?」

 「簡単でしたよ」霧香は思い出して笑った。「あいつを部屋に置いてフライトデッキに戻ると、ガーニー船長はいなくなっていて……まもなくわたしは正体を見破られました。少佐が駆けつけてくれたので助かりました」

 「そうか……よく頑張った。わたしはドレスデンを逃がしていたんだ。それで戻るのが遅くなってしまった」

 「ドレスデンを……わたしは、ガーニー船長がわたしたちを売ったんだと思ってましたよ」

 今度はローマが笑った。「彼は味方よ。わたしに惚れて協力を申し出てきたのだ」

 「はぁ……」

 「そういえば……」ローマはサブコンソールを操作した。スピーカーから聞き覚えのある声が響いた。

 『……ガーニーだ。本船はただいまだ第九惑星軌道よりローリングアッパーに向けて全力で航行中。緊急事態、緊急事態。本船は強力な海賊艦隊に追われている。これを聞いている奴は直ちに指定座標に向かえ。俺はGPDのローマ・ロリンズ少佐の命令を受けて通信している。メーデーメーデーメーデー、緊急コードを繰り返す……』

 「救援を呼びかけているんですね!」霧香は歓喜した。本当に少佐は驚くべき人だ。どうやって短時間であの荒くれ者の巨漢を味方にしたのやら。

 「やってるな。これを聞いたらトルーディは腹を立てるぞ。……健在だと良いが……」心配そうに呟いた。ドレスデンはまだ一光分も離れていないだろう。警告がタウ・ケティマイナーに届くのは二時間後だ。

 「ほかの船は〈ミノタウロス〉の周囲にいませんでしたね。〈マイダス〉も」

 「ガーニー船長は追われているはずだ。いずれ支援に向かわなければならないな」 

「何隻かはこちらに接近しているはずですよ」

 「あの巡洋艦以外ならなんでもいいよ」

 加速をやめて船首をいま来た方向に向け、レーダーで敵影を確認した。やはり四隻ほど接近する機影をとらえた。アステロイドを警戒して速度は遅い。

 漆黒の一点に爆発が生じた。

 霧香たちは振り返った。宇宙の一点でまばゆい光が明滅していた。

 「〈ミノタウロス〉が動き出したんだ……」

 光は徐々に尾を引きはじめ、果てしなく長い彗星と化した。霧香は巡洋艦の加速を目の当たりにするのは初めてだ。約一世紀前の艦とはいえ、その性能は現在とさほど変わらないはずだった。もうずいぶん離れているのに、長大な噴射炎は宇宙を真一文字に切り裂いていた。

 「こちらに来るつもりはないんですね……まっすぐ内惑星系に向かうんだわ」

 「かくれんぼはやめて追いかけっこをはじめるべきかな」

 「その前に一戦交えないと……〈ミノタウロス〉とわれわれのあいだに何隻かピケを張っているようですから」

 「相手は武装商船だろうが……勝算はあるの?」

 「ジャックインザボックスが開発してくれた武器が使い物になれば、太刀打ちできるでしょう」

 「コリンが船体下面に取り付けてた代物か……。ミサイルか?」

 「いいえ、槍です」

 霧香はメインドライブを絞って機体を反転させた。レーダーで敵の位置を割り出した。向きを九〇度変えて右に大きく旋回をはじめた。

 リトルキャバルリーは下面に折り畳んでいた羽根を展開した。大気圏航行用の翼であり、熱交換器を兼ねていた。白い前進翼を大きく拡げ、逆にY字型に突き出されていた三機のサイクロンバレルが引っ込んだ。前進翼のさらに内側にオフセットされていた長さ四メートル、直径五〇センチ、六角形断面の機械肢が展開した。ロボットの腕だ。ぐるりと旋回すると、先端をまっすぐ進行方向に向けて停止した。

 リトルキャバルリーが大きな旋回を終えて新しい進路に乗ると、敵船団は進路に沿って横一文字に並んでいた。相手は霧香が反転して迫ってきたのに気付いて散開しようとしている。異常な接近速度にも気付いたらしく、まもなく霧香の進路を塞ぐようにミサイルをばらまきはじめたが、それらの動きはのろかった。上等な大型ミサイルではなく、小型の近接防衛用だ。反物質ミサイルが飛んできたとでも思ったのだろう。慌てている。

 リトルキャバルリーは霧香の思い通りに軽やかな機動を繰り広げ、対空防御兵器の網を難なくかいくぐった。ローマでさえ猛烈な回避機動に付いていくのがやっとだった。敵の位置も方向も気を抜けば見失ってしまいそうだったが、若いパイロットは三次元的な位置関係をすべて頭の中に描いているらしい。わずかな迷いもなく加減速を繰り返しながらまっすぐ敵に突進していた。突進……霧香は敵に肉迫しようとしているのだ。対空防御兵器の火線をくぐり抜けながら反撃する様子がない。ローマも薄々気づいていたが、この小さな船には兵器を積める余地などないのだ。

 しかし霧香はこの船が武装していると断言した。その言葉には武装商船など脅威と思っていないのだ、という確信があった。

 ローマはいつしか、その頼もしい小さな後ろ姿にかつての戦友を重ね合わせていた……

 リトルキャバルリーは巧みに相対速度を合わせて最初の目標をとらえていた。いまや二隻は秒速一〇㎞、三〇度の角度で交差しようとしていた。鈍遇な武装商船は霧香が突っ込んでくると思ったのだろう、背を向けて進路から逸れようとしている。もっと早く回避すべきだった。ふたたび急加速したリトルキャバルリーは難なく捕捉し続けた。霧香はスロットルレバー横のアーマメントスイッチを押し込んだ。機械肢の先端から白熱した光線が伸びた。脈動しながら徐々に長さを増してゆく。ビームのように見えたが、どこかに飛び散ることなく留まり続けている。(槍だ……)ローマは猛烈な光量に反応して遮蔽シールドが働いたキャノピー越しでさえ、なおまばゆい光をみて思った。光の正体は、機械肢が発生させた強力な電磁場のレールに沿って螺旋状に高速運動する、荷電金属粒子の束だった。機械肢が向きを変え、リトルキャバルリーの両舷から真一文字に伸びる光の槍となった。

 商船が小さな点として視認され、次の瞬間には視界一杯を占めた。リトルキャバルリーは相手のわずか一〇〇メートルをかすめた。荷電粒子ビームの槍にひと薙ぎされた商船は 隔壁を船の全長に渡って引き裂かれていた。白い蒸気を吐きながら傾く船体が、あっという間に背後の視界から消えた。チラッと見えただけだが、船は死んでいた……誰であれあの船内にいた者も即死しただろう。

 「なんて無茶な……」

 リトルキャバルリーは急激に方向転換して次の標的に矛先を向けた。残りの三隻は頭を使い密集して、より組織的な攻撃を展開していた。……だがリトルキャバルリーの速度では、迎撃に費やせる時間はわずか一〇秒しかなかった。リトルキャバルリーは打ち出される投射兵器をダンスでもするように回避し続け、あっという間に距離を縮めた。三隻を立て続けにかすめるコースに旨く乗ったようだ。

 霧香は船体にプロペラのような高速スピンをかけた。敵にとっては恐ろしい光景だったろう……差し渡し一マイルほどに伸びた光の剣がくるくる回転しながらまっすぐ突進してくるのだ。

 荷電粒子ビームは敵の船体を文字通り切り刻んだ……それでは足らないとばかりに機械肢が素早く旋回して槍の矛先を背後に構え直し、二本の重粒子プラズマの塊を打ち出した。とてつもなく重いエネルギーの槍は最後尾の一隻にめり込み、瞬時にその船体を蒸発させた……

 

 「たまげたな……あっという間に四隻血祭りじゃないか」ローマはなかばあきれた口調だが、心の底から称賛した。

 「初戦にしては悪くないでしょう?」

 ローマは笑った。「本職の戦闘パイロットだってそんな記録、めったに持っちゃいない。荷電粒子の槍だか剣だか……面白い武器ね。メインドライブの豊富な余剰電力が使えるわけだ……駆逐艦の主砲なみのエネルギーだ。相手はひとたまりもないだろう……」

 「せっかく有り余ったエネルギーも軍艦のように高速で打ち出せないのが難点ですけど、リトルキャバルリーの機動力を生かせば限定的だけど強力な武器になるだろうって、デルスター少佐が言ってました。その通りでしたね」

 「撃てないなら自らミサイルになって当たって砕けろか……コリンの考えそうなことだ。しかしそれも優秀なパイロットがいればね。あなた、アカデミーでそんなに成績優秀だったかな?」

 「中の上くらいだとは思ってましたけど?」すまして応えた。実際には三一二七年度中期生の上から三番目という総合成績だが、それは少佐だって承知していることだった。

 「まあいいでしょう……あなたは大口を叩くだけの仕事を果たしたわ。あとは生き残るだけ。どうする?」

 「あいつを追わなくちゃ……そうでしょう?」

 「この船なら追いつけるだろうが、それでどうする?この火力では差し違えることも出来ないよ」

 「どうにかして〈ミノタウロス〉艦内に乗り込んで、内側から壊す?」

 「まあそのほうが勝算はあるけどね……だがあなたがそれをやる必要はない……応援を呼んだんだ。あなたはもうじゅうぶんに働いた」前にも似たようなことを言われたが、いまのローマの声には説き伏せるような響きがあった。

 霧香はこれ以上会話を続けたくなかった……続ければいずれ少佐はリトルキャバルリーを貸すように霧香を説得しはじめる……なぜかそんな予感がした。そして彼女は単身〈ミノタウロス〉に乗りこんでゆくのだ。……霧香が一緒について行くことはぜったいに容認しないだろう……明確な根拠はないが、そんな成り行きを恐れていた。

 「まだまだ、内惑星系までは長いですよ。わたしたちは先回りしてドレスデンを助けないといけないのでは?」

 「そうだな……」ローマは口をつぐみ、風防の外の虚空に目を向けていた。霧香が話題をすり替えたことに気付いているのか、分からなかった。やがて口を開いた。

 「距離を算出しよう。〈ミノタウロス〉の位置に気を配れ。いきなり鉢合わせしたくないからね。奴は最高速度で加速しているだろう……おそらく約四十Gだ。奴を回避しながら追い抜くんだ。できるね?」

 「すぐ取りかかります」とりあえず成すべきことがあって良かった。……が、しょせん問題を先送りしただけだ。できることなら加速をかけたくなかっだが、それは叶わない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ