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マリオンGPD 3127   作者: さからいようし
第二話 『戦女神の安息』
31/37

14

ボビィ・ブーツェンを捕まえて、か……。

 霧香はローマがとっさに教えた名前を反芻した。キングの報告書によれば、側近のひとりだ。たしか弁護士かなにか、組織の会計に携わっている。大佐との打ち合わせの際に画像を一度見ただけだが、顔はまだなんとなく覚えていた。おそらく霧香が話しかけても違和感が少ない相手であり、いろいろと事情に詳しく、腕っ節はさほど強くない……。

 演説台が設けられている露天指揮所はチンピラたちが警備していて近づけなかった。みなボディアーマーを装備してパルスライフルを携えていた。霧香は舌打ちした。

 「ねえ、わたし支払いがまだなんだけどさ、いつ払ってくれるのさ」

 「失せな、いま忙しいんだ」

 「ボビィに会わせてくれればいいのよ。あいつこの先にいるんでしょ」

 「ブーツェンの旦那にね……」チンピラはとなりの同僚と目を合わせ、愉快そうに言った。「奴なら上で寝込んでるんじゃねえかな。こんなところまで連れてこられて半べそかいてたって話だから」

 「お上品すぎて軍艦じゃ居心地悪いってな……トルーディさんも人が悪いよ」

 「ねえったら、会わせてくれないの?」

 「うるせえぞ女。痛い目に遭わないうちに失せろ」

 霧香は言われるまま引き下がった。ブーツェンはどこか、居住ブロックに引っ込んでいるらしい。警備の眼は演台に集中している。壁際のエレベーターシャフトに向かった。やはり歩哨が立っていたが、警戒している様子はない。霧香はエレベーターの脇に貼られた船内見取り図を眺めた。

 「トイレは遠いようね」歩哨に言った。

 「まっすぐあがれ。うろうろすんなよ」

 「はぁい」

 エレベーターに乗り込むと、やはりこのブロックの案内図が貼られていた。ヤンバーンの言葉で書かれていたが、なんとか分かる程度には読めた。一階層上は艦載機乗組員たちの控え室になっていて、エアロックと続き部屋になっており、キャットウォークを通じて艦載機に乗り込めるようになっている。通路は露天甲板指揮所にも通じていた。キングと取り巻き連中はおそらく控え室を占領しているだろう。通路は厳重に警備されているはずだ。

 トルーディというのは、側近のベス・トルーディのことだろう。冷酷な女殺し屋……キング直属のナンバースリーだ。

 畜生……なんで少佐殿をこんな場所に連れてきてしまったのだろう。霧香は強烈な自責の念に苛まれた。ローマの首に二〇〇万クレジットの賞金を賭けた連中のまっただ中だ。

 ローマは笑い飛ばした……殺人なんてただでさえ割が合わないのに、さらに割に合わない警官殺しを行う奴などいやしない。そう言っていた。殺された人間が電子的に生き返ってしまう世界ではたしかにそうだろう。しかも警官は仲間を殺されたら容赦しない。

 だがキングの側近なら大喜びでローマを殺すはずだ。少佐は人格バックアップを取っているのだろうか……第一次恒星間大戦の功労者はみな「保険」に無料で加入していると聞くが。

 霧香は首を振った。人格バックアップのことなど考えるべきではない。霧香は少佐に生身のまま生きていて欲しいのだ。


 艦内通路はどこも慌ただしく人が行き交っていた。勝手の分からない軍艦を相手に手こずっているならしめたものだが。だがエレベーターをを降りて短い通路を歩いていると、鈍いズシンという衝撃が隔壁を揺るがした。同時に通路にいたものは立ち止まり、周囲を見回していた。霧香は一瞬、少佐が早くも破壊活動をはじめたのかと思った。しかしすぐ思い直した。

 (メインドライブを生き返らせることに成功してしまったんだ)

 照明が瞬き、明るさを増した。そこかしこでヒューという口笛や歓声が聞こえた。スピーカーからきびきびした女の声が響いた。

 『手空きの者は〈ミノタウロス〉第二フライトデッキに集まりなさい。基幹乗組員は引き続き調整作業を急いで』

 歩哨がふたり立ってドアを警備している。あそこが控え室だろう。となりが洗面室だったので霧香は歩哨と目を合わさないように通り過ぎて洗面室に向かった。広い洗面室はシャワールームも備え、男女兼用だった。それとももともと男性専用ということか。そこはドレス姿の女達でごった返していた。鏡は女達に占領され、列に並ばなければならない有様だ。個室で用を足した男がニヤニヤ笑いながら女達に下品な言葉を投げかけると、女達はばかにしたように笑いながら、バックで追い払う仕草で応じた。

 「混んでるわね。ほかにレストルームないの?」列の前の女に尋ねた。

 「さあね。通路をずっと歩けばあるんじゃない?知らないけど」

 その時奇跡が起こった。個室のドアがふたたび開いて、うんざりした表情で腹をさすりながらホビィ・ブーツェンが現れたのだ。霧香は別の場所に移動しようかしら、という素振りで列から離れ、入口のドアと室内を隔てる衝立のほうに移動した。ブーツェンが霧香の脇を通り過ぎた瞬間に右手を彼の首筋に当てた。指輪に仕込まれた五千ボルトのスタンロッドによってブーツェンは声も漏らさず卒倒した。

 「ちょっと!」

 霧香は仰向けに倒れかかった男を背後から支えようとして叫んだ。ブーツェンは二メートル超の背丈で痩せていても百八〇ポンドほどある。0.6Gでも軽くない。なんとか両手で男の脇を支えている霧香に、女達は冷ややかな視線を向けた。

 「ああ、またボビィね」女達のひとりが侮蔑を込めていった。

 「ほっときなよ。そいつはげす野郎よ」別の女が口をそろえた。どうやらボビィはあまり人気がないようだ。別の女が「仕方ないわねぇ」とこぼしながらドアの外に向かった。「ちょっと兵隊さん、来てよ。ボビィがおねんねしちゃったの。邪魔だからどけてちょうだい」外の歩哨を呼んでいるようだ。

 やがてパルスライフルを肩に背負った男がのっそり駆けつけ、霧香に手を貸してボビィを立たせようとした。

 「ダメだなこりゃ。完全におねんねしてやがる」ドレス姿ではない霧香をちらりと見て、言った。「あんた、足のほうを持てるか?この男を運ぶから手伝ってくれ」

 「この人どうしたの?突然倒れたの」霧香はしらばっくれて尋ねた。

 男は鼻を鳴らした。「この御方は都会暮らしの会計士なんだよ。坊ちゃんはお上品すぎてヤクザの生活は性に合わないんだと。貧血だろう。胃潰瘍さ」勝手に診断を下して忌々しげに肩を担いだ。「胃潰瘍だと。へっ」

 霧香は頷いてブーツェンの足を両脇に抱えた。歩哨を呼んだ女がドアを押さえているあいだに運び出した。

 「そっちじゃない、逆だ」霧香が控え室に向かおうとすると、男が言った。向きを変えて通路を進んだ。

 「右に曲がれ」通路の奥にはドアが並んでいた。飛行隊長用の個室だろう。ドアを開けてブーツェンを運び込んだ。

 ブーツェンの体を簡易ベッドに横たえると、霧香は言った。

 「ねえ、あたし鏡を使いたいの。ここのを使って良いでしょ?」

 「ああ?」男は面倒臭そうに霧香を眺めた。「仕方ねえな、急げよ。俺は報告しなきゃならねえから行くが、うろうろすんなよ」

 男が去ると、霧香はそっとドアに鍵をかけた。腰のポーチを外してフタを開けると、床に置いた。それから首のカラーを外すと、ジャンプスーツがするすると脱げて床に固まって落ちた。霧香は裸だった。ポーチの中に収まっていたコスモストリングが自動的に息を吹き返し、植物のように伸び上がった。やがて黒い紐が女性の肢体を形作った。

 コスモストリングは霧香の体に擦り寄ると、ビキニスタイルに纏い付いた。GPDの正式戦闘装備だ。

 

 ローマはこっそりドレスデンに引き返していた。

 彼女は急いで戦闘準備を整えた。ヤンバーン製巡洋艦を見て以来、その頭の中は忙しく働いていた。緊急事態であることはあの若い少尉も気付いている……そう信じた。

 コスモストリングは無い。あの馬鹿げた衣装がなくて心細いと思ったのは初めてだ。手持ちの防御装備は軍隊時代にちょろまかしたボディアーマーだけだ。火器はパルスライフル二丁と拳銃二丁、ナイフ、それに各種手榴弾。ホワイトラブ少尉が持っていたのは手榴弾は暴動鎮圧用で殺傷力は低い。ローマが個人的に持ち込んでいたのはもうちょっと強力だがどのみち対歩兵装備に過ぎず、巡洋艦が相手では意味がない。

 ボディアーマーの上に気密服でいちおう弾除けにはなる。目当ての場所まで千ヤード保てばよい。途中で爆発物を掻き集めて機関室に立てこもり、デッドマンスイッチを握る。ホワイトラブ少尉が安全圏に逃げるまでそれを続ける。頭に浮かんだ計画らしいものはその程度だった。

 タウ・ケティ星系全体に及ぶかも知れない危機を前にGPD隊員ひとりふたりの命など問題ではない。だがあの少尉だけは犠牲者の列に並べるわけにはいかなかった。彼女はローマがガムナーを追うために利用しただけであり、その目的を理想的と言える結果まで導いた。このうえ巡洋艦を阻止するために死んでくれと求めることはできない……それは人道的な信念と言うよりも、マルコ・ランガダムに対するけじめの問題だった。ローマがホワイトラブ少尉を犠牲にしたら、あの男は絶対に許さないだろう……そのときローマが死んでいたとしてもだ。

 ホワイトラブ少尉にはタウ・ケティマイナーに危機を知らせるという実際的な役割が残っている。彼女と小型艇であれば、貴重な一日一時間を稼げるはずだった。

 評判通り運が良ければ彼女は逃げられるだろう。

 そしてローマ自身はあと数時間か一日程度の命だ。確実にそうなると分かっていたが、心は妙に平静だった。ガムナーの膝元にまんまと飛び込んでいる満足感のほうが勝っている。

 だれかが個室のドアをノックした。

 「誰よ」ローマは叫んだ。

 「俺だ、ガーニー」くぐもった声が聞こえた。

 「なあに……?後を付けてきたの?」

 「話があるんだ」

 「待っててよ……いま開けるから……」急いでドレスを身につけようとした。

 「あんた、ローマ・ロリンズだろう?GPDの」

 ローマは動きを止めた。ドレッサーから持ち出したライフルはベッドの上に横たわっている。

 「いきなり撃たないでくれよ、頼むから。俺はあんたの味方だ」

 「どういう意味か分からない」

 「警戒するのは無理もねえが、よく聞いてくれ。覚えちゃいないだろうが、俺はあんたに一度会ってる。むかし戦艦に乗ってたと言ったろう。俺はシリウスライン撤退時、戦艦アーク・レイソルのブリッジにいたんだ。ホーバート・ホス将軍、ゼナ・ヒューズ准将、伝説的エースのシロガネ大尉、それに不死身の陸戦隊長(ラザルスランス)ロリンズ……あんたがいた。あの時のことは一度も忘れたことがねえ……」

 ローマはゆっくりドアを開けた。

 「ああ……」ガーニーは歓喜に震えた。「おお神様」

 「入って」

 ガーニーは教会の懺悔室に入るように改まった態度で部屋に踏み入れ、後ろ手にドアを閉めた。

 「やっぱりそうだ。あんたはあのローマ・ロリンズ大佐殿なんだ」

 「どういうこと?あんたがあの場にいたとは」

 「おれ……いや自分は、バストレーラ艦長の従卒でした。RAAFの駆け出し水兵で……。あなたたちが最後の挨拶をされている様子は、記憶にこびりついて忘れられません。シロガネ・レム大尉も自分よりほんの少し年上なだけなのに、あん時はもう伝説の存在でしたから。あなたたちが囮を引き受け ヒューズ准将とたった三人でアークレイソルに残り、ギリジウ艦隊をおびき寄せて味方艦隊を逃がしたこと。俺たちはあれで命をもらったんだ。自分はタウ・ケティに無事帰還してから、歴史的な場所に居合わせたことを知りました。あなたが生きて帰還を果たしていたことは、最近知ったんです……」ガーニーは一息にまくし立てると、裁定を待つ被告人のように口をつぐんだ。

 ローマは疲労感を覚え、ベッドに腰を落とした。年寄りになった気分だった。

 頭を垂れると、懐かしい顔が脳裏をよぎる。ゼナ・ヒューズ、レム……

 徒労、兵員を満載した最後のワープシップを見送る際の虚脱感、そして、一筋の希望を未来に託した苦しい決断……。眼を閉じると切ない記憶がとめどもなく溢れ蘇る。熱いものが込み上げそうになり、鼻筋を揉んだ。

 「わたしもあの時のことは鮮明に覚えている……そういえばゼナの側らに、顔は覚えていないがひどく面食らった様子の新兵がいたね……入隊間もなくこんなところに連れてこられてと同情したな。思い出した」ローマは顔を上げて大男を見た。「……四〇年前の話だぞ」

 「自分は五六歳です……いや五八だったかな?大佐殿の正体には巡洋艦に向かうときに突然気付いたんですが、大佐殿があまりにもお変わりないので、すぐには信じられなかったです」

 「うまく変装したつもりだったけど……」ローマはやれやれと首を振った。「わたしにとっては一一年前の話なんだ。亜光速船でやっと復員できたときには終戦から一〇年経っていて、世界は変わり果てていた……」

 「そう、そんなだからあなたとローマ・ロリンズは自分のなかですぐに結びつかなかったです。それで、大佐殿がGPDにいてキングの野郎から賞金を賭けられているのを思い出して、自分はなにか手を打たないとと思ったんです。俺はせっかく大佐殿に命をもらって生き延びたのに、いままであんまり良い人間じゃなかった。大佐殿には大きな借りがある。返したかったんです」

 「分かったよ……」ローマは溜息をつくように言った。「ありがとう。わたしにはどんな協力者もありがたいんだ。あの若い娘と二人だけで虎の穴に乗り込んでしまったのでね」

 「二人だけ……」ガーニーは唖然とした。「あの娘っ子もGPD?バックアップとかなにもねえんですかい?思ったより無謀な組織なんだな……」

 「どれほどまずいか分かるわね?わたしが面白がってあの娘……マリオン・ホワイトラブ少尉をこんなところに連れてきてしまった。あの子だけはぜったいに死なせない。できれば救援を呼びたいと思っていたんだ」

 「相変わらずなんですね、大佐殿は……」感無量という声でガーニーは呟いた。「わかりやした。俺が引き受けます」

 「そうか。助かる。ついでに慇懃な物言いはやめて、ボス。そんな調子で話しかけられると老いぼれた気分になる」

 「へへッ」ガーニーは照れくさそうに大きな笑みを浮かべた。「正直俺も喋りづらかったです。でもずっと言いたかったことが言えたから気分がいいや」

 「まだ終わってないわ。それにあんたの命だって危険にさらされる。騎士道精神なんて望んでないから、気をつけるのよ」

 「了解だ、だけど姐さん、あんたは俺の夢の女神なんだ。こんな偶然二度とありゃしねえ。こうやって生きてるあんたに会えて記憶のとおり物凄い美人でほっぺたにチューまでしてもらって……俺がどれだけ幸せか、わからねえだろうが」

 ローマは生まれてから滅多にしなかったことをした……頬を赤らめたのだ。

 「そういうのはあまり大声で言うな……」

 「ますますがんばらねえと」ガーニーはごつい手のひらををたたき合わせた。「これからどうするんです?」

 「わたしは巡洋艦に戻る。マリオン少尉が待っているからね。あなたは部下を集めてすぐ出発して欲しい……この宙域から全力で離れるんだ」

 「へい」

 「追っ手がかかるだろうが、商船改造の海賊船はどの船も似たり寄ったり……せいぜい最大一五Gの加速度だ。最初に引き離せば時間が稼げるだろう。距離を取れたらできるかぎり大声で叫べ。国際周波数帯で呼びかけろ。数日前に簡単な状況は知らせているから増援艦隊はすでに派遣されているはずなのだ。わたしのコードを教えるから繰り返すんだ」

 「承知したぜ……怪しまれないよう部下を集めて、手早くこっそり出発します。何度か経験あるから任しといて下せえ」

 ガーニーが伝令役を引き受けてくれたおかげで、考えにゆとりが出てきた。彼はすぐに、確実に抜け出せる。ローマはあらためて頭を働かせていた。ホワイトラブ少尉をもっとしっかり助けに行けそうだ。

 「捕まったら抵抗するなよ。わたしが助けに行くまで待っててくれ」

 「すべて了解したぜ。姐さんも気ィつけてくださいよ」

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