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マリオンGPD 3127   作者: さからいようし
第1話 『鉄の方舟』
3/37

3 

 宇宙海賊。

 人類社会の犯罪を一手に引き受ける組織だ。社会秩序からはみだしたアウトローたちの寄り合い所帯。

 三一二七年における人類領域の犯罪勢力図は、ふたつの宇宙海賊によって大きく二分されている。

 ひとつはキングファミリー率いる海賊ギルド。超光速シップが民間運行され始めた二七世紀の宇宙経済時代から第一次恒星間大戦終戦までに、それまで個々に活動していた海賊たちが次第に組織化され、やがてジェラルド・ガムナー……通称キングという男がドンをつとめるマフィアのもとに統合された。それがキングパイレーツギルドだ。

 ふたつめは新興勢力だった。終戦後、人類社会が銀河連合に併合されたのちに誕生したと言われている辺境宇宙海賊連合である。その構成員の多くは仕事にあぶれた元軍人で、彼らが使う火器や宇宙船も軍隊の余剰物資を終戦のどさくさに紛れて強奪したものだ。

 ふたつの組織はそれぞれ異なった縄張りを支配して宇宙を仲良く分け合い、残念ながら利害の衝突はない。

 キングパイレーツは中央星域……つまりタウ・ケティと地球を中心とした半径一五光年を縄張りとしており、麻薬などの密輸、売春などを目的とした人身売買、その他あらゆる違法行為に手を染めていた。辺境宇宙海賊連合はその名の通り、辺境宙域を活動拠点にしており、主な犯罪行為は武力による植民地襲撃だ。宇宙船と戦闘グループによる植民地の武力制圧……そして人間と資源の略奪。

 キングパイレーツには人間と亜人類ヤンバーンだけが属し、犯罪行為の対象も人間だ。悪辣だが犯罪形態としてはお馴染みであり、各国警察や軍隊も常に動向を追っている。

 辺境宇宙海賊連合は地球人犯罪者に加えて、銀河連合宙域から流れてくる異星人が属していた。商売相手も異星人と言われている。つまり異星人相手に人間や物品を売り、その代価を異星人世界の物品……珍しいテクノロジーや物質として得ているのだ。

 出現したばかりで実体は判明しておらず、存在しているとして、首謀者も分かっていない。キングパイレーツよりもはるかに武力化された組織であり、被害規模もより大きく深刻化している。

 恒星間空間を股にかけた犯罪行為は対処が難しい。なぜなら人類領域は三二世紀の現在も国という境目に分けられ、司法の手がおよぶのもその境界線までなのだ。

 GPDは銀河連合の要請により、名目上は国際連盟管理下組織として誕生した。つまり創設されたのは敗戦の翌年、霧香が誕生した歳だ。まだ日が浅く、人類領域でじゅうぶん認知されているとは言い難い。その権限がおよぶ範囲さえじゅうぶん認められているとは言い難いが、銀河連合によれば、将来宇宙間問題の解決機関として大いに活躍するはずだ……ということだった。

 宇宙海賊たちは、人類世界で初めての宇宙間警察機関であるGPDに対して、いちはやく警戒の目を向けた。GPD創設当初、つまりスターブライトラインズの恒星間定期航路が人類に新しい宇宙旅行ネットワークをもたらした頃、犯罪者たちは違法商取引の新たな可能性とともに、目障りなGPDを積極的に潰しにかかった。暗殺、テロ。GPD隊員の損耗率は極めて高かった。だが組織が拡充しつつある現在は防戦一方ではなかった。GPDは各国宇宙軍と連携して宇宙海賊を取り締まろうとしている。

 

 そういうわけでGPDアカデミーの教則によれば、海賊出現の報がもたらされてまず最初にすべきことは、海賊がどの組織に属しているかを見極めることだ。

 もちろん相手に問い質すわけにもいかず、簡単にはいかないのだが。だいいち当の海賊自身でさえ、余程組織の中心いなければなにかに属しているという自覚は薄い……もともと協調性など皆無な連中だ。のびのびと商売が続けられれば、しのぎの上前をはねる大ボスが誰かなんて深く考えていないかも知れない。

 霧香はブルックスの船の通信設備を借り、純粋に業務上の必要からオンタリオステーションの管制室に連絡した。相手はかなり焦っているようだった。

 「ああ、あんた銀河パトロールなのか、よかった!誰もいないと思ってたんだ」

 「保安隊はいるんでしょう?」

 「いるが、警棒を持った数名の保安要員に過ぎない。肝心のパトロール艦に連絡が取れないんだ……通信を妨害されているのか、原因はいまのところ不明だ」

 「パトロール艦はどのあたりにいたのですか?」

 「ドッキングプールに一隻、定期哨戒任務中のが一隻……そちらは第四惑星に近い宙域のはずだ。たとえ近いほうに連絡が付いても駆けつけるには半日以上かかる」

 (裏をかかれたのね……留守を狙われたのだ)

 「正体不明船から連絡はありませんか?なにか要求は?」

 「ない。それでわれわれは心配している。様子が変だ。五〇キロメートルの距離を置いて停止している。保安隊の隊長は、もし奴らが上陸艇を繰り出してくるようならステーションにドッキングする前に攻撃すべきだと言っている」

 「攻撃する術があるんですか?」

 「ないよ……近接防御用のレーザーとハンドミサイルだけだ」

 「宇宙戦闘艦の隔壁には通用しませんね。へたに抵抗してもしても報復されるだけだわ……相手は本格的に武装しているんでしょう?」

 「あの形式の船はデータによれば自衛用火器を装備している」

 「分かりました。なにか動きがあったら連絡をいただけますか?」

 「するよ。対処してくれるのかね?」

 「もちろんです」

 「頼むよ……ところできみは今どこにいるんだ?」

 霧香が教えると、相手は驚いているようだった。

 「ブルックスじいさんの船か!念のため言っておくが、きみは不審船のいちばん近くにいるんだぞ。気をつけてくれよ」

 「はい」

 通信を切った霧香は狭い操縦室の頭上のバーに両手をかけ、前方窓に眼を凝らした。

 背後でブルックスが呟いた。「アントノフの戦闘輸送艦か……また古いお友達がお出ましときた」

 「知ってるんですか?」

 「気密式船倉の高速輸送艦……三〇六五年、いまは亡きソ連邦が生産した最後の型だろう。全長一五〇メートルほどの中型じゃ」

 相手の正体を知っているのか尋ねたのだが、どうやらそうではないようだ。

 「GPDのパトロール船と大差ないわね。それでは性能的には侮れない」

 「だな」

 「ブルックスさん、港の倉庫に眠ってるわたしの荷物、この船に移したいの。お願いできる?」

 「なんじゃ?おまえさんに雇われた覚えはないぞぇ?」

 霧香は笑みを浮かべた。

 「海賊に盗まれたくないから念のためよ。お金は払うわ。いいでしょ?」

 「倉庫代わりとは失礼な」ブルックスは仏頂面で頷いた。「ああいいよ、なんでも運んどくれ」 

霧香が荷物の搬送を手配しているあいだに、管制官のアーティーからふたたび連絡があった。

 「こちらアーティー、これは有線回線だ。GPDのホワイトラブ、聞いているか?」

 霧香は通信機に飛びついた。

 「こちらホワイトラブ」

 「いま不審船から通信があった。奴らはこのステーションにGPDはいるかと聞いてきた……」

 「えっ」霧香は緊張した。「それで、なんと?」

 「いないと答えたよ。ヘンプⅢで遭難したと伝えた。そうすればどこかに消えてくれると期待したんだ。まあウソは言ってないからな」

 「そうですか……それで奴らはどうしました?」

 「うん、思った通り、奴はあらかじめランドール中尉の不在を承知していて、それを確認したようだった。それから奴らは、下に詳しいものを誰かひとり寄こせと言ってきた……一〇分以内に返答しなければならない」

 「わたしが行きます」霧香は即答した。

 「きみが?しかしきみは下には詳しくないだろう?無茶だ」

 「すぐにボロを出さない程度には予習していますよ。それに真面目に案内役を務めるつもりはないわ。大事なのは奴らをここから引き剥がして救援を呼ぶ余裕を作ることでしょう?」

 「ウム……だが大丈夫かね」

 「ほかに選択の余地はないでしょう」

 「アーティー」ブルックスが背後から口を挟んだ。

 「じいさんか?」

 「わしがこのお嬢ちゃんを連れて行くよ」

 「ブルックスさん……?」

 「そうか、そうしてくれると助かる……特別勤務手当を適用させてもらうよ」

 「決まった。進路に邪魔は入らんだろうな?」

 「気をつけるよ。向こうに返事する。あんたたちが行くと伝えるよ」

 通信が切れた。

 「ブルックスさん……どうして?わたしはひとりで大丈夫なのに」

 「遠慮するな。往復たったの七〇マイルだ。さっさと行くぞ、副操縦席に座りな!」

 「すこし待って、装備が到着してからよ……パイロットは酔っぱらっているし」

 「船にゃ燃料は要らんが、人間様は要るんだよ……ちょうど良い加減じゃ」

 「とにかく届くまで待ってください」

 「なんだ、まだ捜索も諦めてないのかぇ?」

 「当然よ。あいつらだってヘンプⅢに降りるつもりかもしれないわ。後れをとるものですか」

 「気に入った。わしのかみさんそっくりな気の強いお嬢ちゃんじゃ」

霧香は微笑んだ。「それに「お嬢ちゃん」じゃありません」

 「いいからドライブのチェックをせんかい。このボロ船は暖まるのに時間がかかるんじゃ」

 『あなた、乱暴な態度は失礼よ』霧香の頭上で突然女性の声が響いた。

 霧香はブルックスにいぶかしげな表情を向けた。「どなた?」

 ブルックスは頭を掻いた。「あ~……」

 『こんにちわ、お嬢さん……マリオン・ホワイトラブ少尉。わたしはメアリーベル・ブルックスよ。この船の一等航法士』

 「まあ!奥様……」霧香はあたりを見回した。「ひょっとして……」

 『ええ、二〇年前にね。電脳人格化したの。それ以来この船のメインフレームに住み込みよ』

 「そうだったのですか……初めまして、奥様」

 『メアリーと呼んでちょうだい、あなたのことはマリオンか、霧香と呼ばせていただくから』

「はい、メアリー」それから霧香はブルックスに言った。「ちゃんと副操縦士がいらっしゃったんですね。安心したわ」

 「ふん、疑っておったんかい」

 『あら、誰が副操縦士なの?腕利きのパイロットはこのわたしよ』

 「だまっとれ」



電脳人格を死者と見なすのはエチケット違反だが、霧香はすでに亡くなった人がコントロールしている船に乗るのは初めての経験だ……霧香は首を傾げた。(いや、そうでもないのかな?)。電脳化した人間は徐々に現実世界との接点を失うのが普通だ。サーバーの中の仮想現実でセカンドライフを満喫しているうちに「外界」に興味を失うからだ。だからブルックス夫妻のような例は少数派だった。

 メアリーは船を華麗に転進させると五秒間の一G噴射を行った。人間がデジタル化したからと言って即宇宙船をコントロールできるわけはなく、制御システムとインターフェイスを確立するためには多くのソフトが必要なはずだ。だが腕利きと自称するだけあって動きは滑らかだった。

 加速Gを感じるのは正真正銘初めての経験で、尻をくすぐるような力で背中のバーに押しつけられたときはわけもなく緊張した。普段であれば、宇宙船に乗っているあいだに加速を感じることは、慣性航法システムに何らかの異常事態が持ち上がっていることを意味するからだった。

 海賊であれなんであれ、相手の船までは数分だ。すでに望遠鏡がアントノフの姿を捕らえていた。ブルックスはレーダーをちらりと見ただけで、あとはのんびりしていた。アルコールは抜けていないはずだが、操船作業はしっかり踏んでいる。ほとんど生活の一部となっているのかもしれない。

 無重力のあいだに霧香は荷物を引っかき回し、それらしい作業服に着替えた。作業服の下にはコスモスとリングをつけている。本当に必要なのはGPDの制服であるストリングとブーツ、それにベルトの目立たないポーチに仕込んだ七つ道具だけだ。それから相手の目を逸らすために余計な装備を上着のポケットにしまい込んだ。

 メアリーベルがふたたびとんぼ返りするように一八〇度向きを変え、減速の体勢に移った。じつに滑らかだった。地面の向きが変わるたびに手足を踏ん張ってなんとか姿勢を維持しながら、人工重力無しの船も案外面白い乗り心地だと霧香は思った。

 「楽しんどるようじゃな」

 「え?」霧香は戸惑った。「どうして?」

 「おまえさん、笑っとった」

 「そ、そうでした?」

 「おっかなくないんか?」

 「もちろん不安はありますよ」霧香は反射的に答えた。が、内心首を傾げた。本当にびびってるか?

 老人は霧香の生返事を勝手に解釈した。

 「若いのう……。勇ましいのも結構じゃが、ほどほどクールにな」

 「はあ……」霧香は顔をこすった。そんなにニヤニヤしてたかな?「……気をつけます」

 老人は皺だらけの顔をくしゃくしゃにして悪鬼のような笑みを浮かべた。「まあ五Gを体験してみるこった。笑ってなんぞいられんから」

 (なんだ)とんちんかんな話をしていると思ったら、霧香が加速Gを楽しんでるのをちゃんと承知していたのだ。食えないおじいさんだ。

 加速時よりも緩やかな噴射で、メアリーベルはアントノフからきっかり三百フィート離れた脇にぴたりと制止した。

 霧香は観測窓から相手の船を眺めた。年季の入った角張った船だ。六角形のコンテナをふたつ並べてそのあいだに船体構造物を詰め込んだ形をしている。

 『エアロックを繋げって言ってる。ゆっくり寄せるわ』

 ずん、というかすかな音が船体を伝わり、エアロックが接続されたことを告げた。

 さあいよいよだ。

 ブルックスと船倉まで漂い、エアロックの前に立った。

 「それでは行ってきます」

 「おう、待て。わしも着いていくぞ」老人は壁際に取り付けた道具箱から散弾銃を取り出していた。霧香は慌てて言った。

 「ダメよ!危険すぎるわ。それに武装していくなんて」

 「べつに武装するなとは言われておらんようだが」

 「それは……」

 「本物の海賊だ。ぜひ一度お目にかかりたいと思ってたんじゃ」

 「遊びに行くんじゃないんですよ……」霧香は宙に向かって言った。「メアリー、なにか言ってください」

 『その人頑固なのよ』

 「そんな……」

 「なに、妻はわしが早く電脳化するよういつもせっついておるんじゃ。心配要らんぞ」

 「そんなむちゃくちゃな……」

 「はよ行くぞ保安官。あんたみたいな若いお嬢ちゃんをひとりで行かせたりしたらみんなの笑いもんになっちまう……妻に軽蔑されるのは言うまでもない」

 「仕方ないなぁ……」

 『そうよマリオン。諦めて。ここで見ていてあげるから、気をつけて行ってらっしゃい』

 なんだかママにピクニックに送り出されるみたい……霧香は妙な成り行きに困惑しながらエアロックの扉を開けた。初仕事だというのにこれでいいのか。


 ブルックスが霧香の後についてエアロックに身を引っ張り入れた。狭い円筒の中を進むと、途中でボール型のロボットとすれ違った。コロコロ弾むようにメアリーベルにむかっていった。

 「なんじゃあれは?爆弾か?」

 「警備プローブロボットです。メアリーベルに誰か潜んでいないか、偵察しに行ったんだわ」

 「へっ、くだらん」ブルックスは胡散臭そうにロボットを見送っていた。むろん、いざとなれば爆発するような仕掛けになっているだろうが、わざわざ伝えて心配させる必要はない。炸薬は手榴弾程度であるはずで、十五フィート以内にいる不運な人間を破片で切り刻むくらいの殺傷力だろう。メアリーベルの隔壁が損傷するような事態に陥るとは考えられなかった。

 人工重力が徐々に増し、霧香たちはエアロックの残りを這うように進んだ。バーを掴んでアントノフの船内に身体を引っ張り込んだ。

 人工重力とともに空気の匂いも変化した。不快な生活臭が染みついている。武装した男が四人、エアロックを取り囲んで待ち受けていた。三〇代と思われる大柄なスキンヘッドの黒人。彼がこのパーティーのボス格だろう。ほかの三人はもっとずっと若く、ひとりは長い縮れ髪でひげ面、タンクトップにショーツというだらしない格好で、毛深い素足にサンダルを引っかけていた。もうひとりは短い金髪でこの場にそぐわないきまじめそうな白人で、最後のひとりは迷彩服姿の背の低いデブだ。黒人は銀色のリボルバーを霧香たちに向けているが、折り目の付いた白いズボンに真っ赤なアロハシャツ姿で、この男を含めてだれも海賊のようには見えない。

 ひげ面が言った。「あれまあ、若い姉ちゃんが来ると言っていたが……」

 迷彩服がうひひと下卑た笑い声を上げて応じた。「じじいまで来やがった」

 霧香とブルックスは並んで立ち、海賊たちと対峙した。

 「要求通り来たわよ。どうするの?」霧香が尋ねた。

 まじめそうな男が霧香に尋ねた。「あんた名前は?」

 霧香は質問を無視してアントノフの船倉を見回した。

 「ボスは誰なの?」

 「こいつは傑作だ!見たか、ボスは誰かだと?気の強い姉ちゃんだぜ」

 「うるせえ、黙れ」黒人が低い声で唸ると、ほかの三人は素直に黙った。しかしなにか良からぬことを待望するにやにや笑いは貼り付けたままだ。「おい、おまえたち、着いてこい」

 船内は〇.五G程度に調整されていた。ずぼらな海賊らしい。八角形の船内通路を三人の男に囲まれて進んだ。

 「おまえら海賊なんか?」ブルックスが誰ともなく尋ねた。観光客に行き先を尋ねる地元民のような、世間話でもするような口ぶりだ。

 「ああそうだよ爺さん。その鉄砲でどうにかするつもりかい?」先頭を行く黒人が威嚇を込めた凄みのある笑みを浮かべて答えた。 

 「ボス、連れてきましたよ」

 円形のラウンジに到着した一行はふたりの来客を囲んだまま立った。床に半分埋まった形で備え付けられたやはり円形のソファーから女が立ち上がった。短い階段をのんびり上がって霧香たちの前まで歩いてきた。厚化粧の短い金髪の女だった。年は三〇なかばか。揺ったりした紫色のローブの下に趣味の悪いレザーストリングを纏っていた。そんなものを身に付けるだけあって豊満な体つきだ。背丈は霧香より三インチほど高い。

 「両腕を頭の後ろに組みな。おまえたち、ポケットの中身を調べるんだ」

 男たちが霧香とブルックスの身体を叩いて所持品を点検しているあいだ、腕組みして眺めていた。男のひとりがブルックスの散弾銃をサッとむしり取って実包を取りだし、ポケットに入れた。空になった銃を愉快そうにブルックスに寄こした。霧香のポケットからナイフとカンテラ、レーザー発信器、ナックルダスターと携帯端末が次々と抜き取られた。取り上げた品は女海賊に差し出された。携帯端末はダミーだが、女は中身を改める手間もかけず床に捨てた。ナックルダスターはすこし面白そうに眺めていた。霧香の所持品は汚い床の上に小さな山になった。

 「呆れたね……じいさまと女の子が海賊退治かい?」

 「護身用です」霧香は落ち着いた声で答えた。

 「わしゃ保護者に過ぎん」

 「そうかい……」女は気だるげに言った。興味を無くしたようにナックルダスターを霧香に放って返した。「とにかく下の案内ができればいいんだよ。おとなしく従えばいたい目には遭わない」

 「すぐ出発するつもりなんですか?」

 「いけないかい?サッと出掛けてさっさとおさらばするつもりなのさ。そうすりゃあんたたちもすぐ解放されるだろ?目的地は分かってる」

 目的地が分かってるならガイドなんか要らないだろう……とは思ったが、女は着いておいでというように手を振りながらさっさと歩いて行ってしまった。男がパルスライフルの先で霧香の肘を突き、行けと促した。ラウンジの向こう側にある短い通路のすぐ先が操縦室だ。

 「じじい、あの船はあんたのものかい?」

 「そうじゃが」

 「ちょうどいい。役目が終わったらこの娘を解放してやる。あんたは宇宙船で付いてきて、娘を拾ってあげな」

 「そうかい、それじゃ帰っていいんだな?」

 「ご自由に」

 「セルジュ、爺さんと一緒に行け、見張ってろ」黒人がひげ面に命じた。

 「あいよ」若い長髪の男が応じ、痩せた酷薄そうな顔にニタニタ笑いを張り付かせながらのんびりブルックスのあとを追った。

 「相手がじじいだからって油断するんじゃねえぞ!」

 「わぁってるっしょ、ボーリー」

 ボーリーと呼ばれた年配の男はちっと舌打ちして、霧香に振り返った。

 「あんたはうしろの席に座りな。出発だ」

 「どこに?」

 「ステージスリーってところだ。知ってるだろうね?」

 霧香は記憶を探った。

 「ああ、エルドラドね……そこは赤道から二千マイル北に寄ったテーブル台地よ。直径百マイル……熱帯性雨林で大気変動が激しいわ。それに……」

 「なんだい?」

 「そこで何人も遭難している……」

 「そうだってね。銀河パトロールも最近そこでおっ死んだんだろ?あたしたちが追ってる女もそこでくたばってるかもね……そうだったらいい気味だ」


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