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マリオンGPD 3127   作者: さからいようし
第二話 『戦女神の安息』
29/37

12

 およそ二時間後、あらゆる事態が持ち上がり始めた。

 「〈マイダス〉、減速開始」眠るのをやめて警戒態勢をとっていたローマが、落ち着いた口調で告げた。

 「了解……」霧香が応じたのと同時に警戒警報が船内に響いた。ふたりは顔を見合わせた。ローマはすかさず、注意を告げるパッシブセンサーのデータを改めた。

 「モニターカメラが別の噴射炎を捉えた……複数だ……驚いた。わたしたちは囲まれてる」

 「いったい……」

 「慌てないで、いま距離を測定中」

 霧香はキャノピー越しに周囲を伺った。突然まわりじゅうが宇宙船で溢れたといっても、まだ肉眼で捉えられるほどの距離ではないようだ。 

 「たまげた。20隻はいるな……距離はまだ、一番近い船でも百万㎞以上離れている。だが何隻か、われわれと〈マイダス〉のあいだに割り込みそうな進路をとっている。おそらくみんな〈マイダス〉に向かってランデブー進路をとってるね……。だんだん混み合うぞ」

 「まずいですね。〈マイダス〉はどの程度減速していますか?」

 「せいぜい5Gだな」ローマは望遠鏡のデータを見た。「だが……進路を変えはじめているな。E―三一〇一小惑星帯を巡る遠軌道に乗るつもりなのか……」

 「それならわれわれも気付かれずに減速できそうですが」

 「そうだな……さてそこで、われわれはふたつの選択肢がある。運動エネルギーが乗っているうちに急いで逃げるか、もうすこし様子を見てみるか、どっちがいいかな?」

 「後者にします」霧香は即答した。

 「威勢が良いのはけっこうだけど、考えてみて。我々はどうやら、海賊大集会のまっただ中に紛れ込んでしまったらしい。わたしたちがいま大声で正体を明かせば、奴らはなにを企んでいるにせよ延期する気になるかもしれないよ?」

 「でもてんでバラバラに逃げられたあげく、肝心の企みが分からないまま終わってしまいますよ。キングだっていまのところなにも違法行為を働いてはいません。現行犯逮捕はできません」

 霧香の真剣な表情を見て、ローマは頷いた。「そうだね……。了解、わたしも覚悟を決めた」

 マイダスに率いられるかたちで総勢30隻あまりの船団が形成されていた。いったいどこに導こうとしているのだろうか。

 「進路方向に何かが……あ!」

 ほんの一瞬だったが、光のアーチが現れたかと思うと後方に飛び去った。すぐにまた同じアーチが前方に見え、あっという間に航過した。レーダーが使えないためその物体の大きさは分からないが、直径数マイルという大きさのようだ。船団は並んでそのリングをくぐり抜けていた。

 「マスドライバーだ」ローマが言った。

 「神聖ドイツ帝国が設置した加速器ですか?」霧香は加速度計を見た。「あ……たしかに減速してます……」

 リトルキャバルリーは40Gで急減速し始めていた。およそ100マイルの間隔を置いて一直線に並んだ慣性フィールド加速器を逆に働かせているのだ。

 「この装置は星系の縁に設置されていたはずだが、ずいぶん内側に移動させてたんだな……」

 「ジェラルド・ガムナーがコントロールシステムを盗んでたんですね」

 ドイツ人らしい壮大なスケールのシステムだった。星系外縁部の星間物質を疲れ知れずのフォン・イノマンマシーンがせっせと噛み砕いて加速リングを作り出し、一世紀もかけて全長数億㎞の加速軌条を並べた。かれらはいくつもの星系で加速軌条を設置して、恒星間物資輸送網を作り上げた。加速軌条で打ち出された貨物――主に鉱物――は、数世紀もかけて太陽系やバーナードに届く。五百年も前に設置された古くさい輸送システムでほとんどの人間は存在自体を忘れた……しかし最初の貨物が到着して以来二世紀あまり、この加速器は現在も毎日貨物を打ち出し、あるいは他星系から打ち出された貨物を受け止めていた。

 船団は何度か加速リングの支線に進路を変え、緩やかな円軌道を描いて、およそ五時間後、第9惑星の公転軌道に乗った。

リングの列を抜け出して減速が終わると、ふたたびセンサーの警報が響いた。「今度はどんな厄介事?」ローマはブツブツこぼしながらモニターを見た。

 「おやおや、今度は進路方向だ……〈マイダス〉のさらに向こうにもう一隻、動く点を確認した……いやに大きいな」

 「宇宙船ですか?ステーション?」

 「噴射はしていないんだ。それなのに観測機器が動く点として捉えたところを見ると、かなり大きな物体でしょう。まだ50万㎞以上離れているのに……」

 またしても別の注意警報が鳴った。

 「くそっ……」ローマが毒づいた。「今度は信号だ。どうやら奴ら、識別信号を交わしはじめたらしい……」

 「いよいよピンチですね」

 「思ったより早く応対しなきゃならないようだ」ローマは忙しくバーチャルコンソールを操作しはじめた。「暗号だったらお手上げだ……」

 奴らが安全確認のためにレーダーを使い始めたら、応答しないリトルキャバルリーはあっという間に正体を見破られてしまう。デッドエンドは刻一刻と近づいている。霧香は意を決した。

 「少佐、一番近い船に向かいましょう」

 「手近な奴からやっつけることにしたの?」

 「まだ突撃はしませんよ。われわれが〈マイダス〉からやってきたように見せかけます……リトルキャバルリーなら短距離シャトルに見えるはずです」

 「……なんとなく、あなたがなにを企んでいるのか察したんだけど?」

 「演技はお嫌いですか?」

 ローマは溜息をついた。「なんでもやるけどね……勝算があると思ってる?」

 「イチかバチか……うまくいけばキングのすぐ側まで行けますよ」

 「ほかに手が無さそうだね……よし、シャトルのふりして、一Gで向かうとして一番近い船は……いま位置データ送った。」

 霧香はヘッドアップディスプレイに投影されたデータをもとに新しい航路を設定した。派手な噴射を行うことはできず、なかなか込み入った操船となる。それにいささか創造力も必要だった。

 「コースをセットしました。一時間でランデブーします」

 「たいへん、化粧するのにギリギリの時間よ」

 

 

  減速中で慌ただしい〈ドレスデン〉に予期せぬ入電が届き、操舵室に詰めていたガーニー船長は舌打ちした。

 「なんだ、いったい」

 「前方一時の方向、一万㎞のあたりに一隻、小型艇が浮かんでますぜ。こっちに近づいてきます」

 「そいつが送信してんのか?」

 「そのようでさ」

 「くそが、進路調整と識別作業中で忙しいってのになんなんだよ」ガーニーはマイクをとった。

 「進路を塞いでる小型艇、こちらはおまえたちに進路を塞がれている輸送船〈ドレスデン〉のガーニーだ。広域回線を使ったおしゃべりをやめろ。レーザータイト通信に切り替えやがれ」

 しばらくして通信が切り替わった。

 「ごめんなさい、これでいい?」ドレスデンの船内に女の声が響いた。ガーニーと部下たちは顔を見合わせた。

 「おまえだれだ?どこから湧いたんだ?」

 「キングさんの船から。……まあ逃げ出してきたってところかも」

 「なにぃ?」

 「ああ、誤解しないでよ、べつに揉めてるわけじゃないの。ただ……少々しつこく迫られすぎちゃってさ、うんざりしたから場所を変えることにしただけなの。向こうは知りもしないわ」

 「……なんだ、おまえらホステスかエスコートサーヴィスの姉ちゃんなのか?キングはそんなの同伴でやってきたのか?」

 「まあね、もうずっとパーティーパーティーで」

 「へっ、さすがいいお身分だ……御殿のお遊びが過ぎて泣きついてきたってわけか?ちょっと虫が良すぎるんじゃねえか?」

 「ちょっと待って、聞いてよ。キングの手下にひどいのがいるのよ。あの気違い百貫デブ、臭いしホモだし女にひどいことするの。我慢できなくて場所を変えることにしたわけ」

 ガーニーは鼻を鳴らした。「そいつはベビーフェイスだな、間違いねえ。有名なキングのボディーガードだ」

 「だからお願い、あなたの船に収容してくれない?」

 ガーニーはあごひげを引っ張った。畜生め。こっちがオンボロ船に鞭打ってやっとこ追いついたってのに、あちらさんは豪華な船でどんちゃん騒ぎしながら飛んできたってわけだ。おこぼれに預かる、と言うのも気に入らないが……。ガーニーはヒゲをしごいて思案した。

 「ねえどうなの?わたしたち喉渇いちゃった」

 「いいよ、来いよ」ガーニーは溜息混じりに応答した。やかましい頭空っぽのおんなどもがやってくるというのも気が重いが、こちらもしばらく女日照りだった。「おまえたち、美人なんだろうな?」


 

リトルキャバルリーはドレスデンの船体中央に設けられたエアロックに接舷した。

 リトルキャバルリーの質量を預けるわけにはいかなかったので、慣性コントロールシステムを使って細心の注意を払い、なおかつ相手にそうと気取られずにドッキングしなければならなかった。

 ドレスデンは全長三百フィートクラスの一般的な商船で、外観をざっと眺めてみたところ、違法改造は施されていないようだ。データベースによると、フォーマルハウト船籍の輸送船としてごくまっとうに登録されていた。霧香とローマが気閑を通って船倉に出ると、そこは貨物でいっぱいだった。貨物は真っ黒いハニカム構造材に詰め込まれた、白い円柱。

 軍艦用の弾薬だった。

 三人の護衛を引き連れた髭面の男がふたりを出迎えた。

 「ハイ、あなたがガーニー船長?収容してくれてありがとう、感謝するわ……わたしはロレイン・レノーラ、こちらはセイラ・ブルース。可愛いでしょ?妹分なの。わたしたち仲良しなのよ」

 ギアを入れ替えたローマはにこやかに挨拶した。

 ガーニーは音もなく口笛を吹くように口をすぼめていた。(こいつは思ったよりずっと上玉だ)とその表情が語っていた。無理もない。ロリンズ少佐は一時間で美の女神に変身していたのだ。例の上等なドレス一式を取りだし、宝石と化粧品も出てきた。

 霧香はドレスを持っておらず、ローマのファンデーションは霧香の肌色に合わない。パーティー向けの化粧はあきらめ、ローリングアッパーで買い込んだ私物のコスモスーツ姿で我慢した。

 「仲良しか、いいね」

 二人とも着の身着のままで〈マイダス〉から逃げ出したという作り話を披露した。ローマは裸足だった。ハイヒールを履くと背が伸びすぎて相手を威圧してしまうという理由で省略したのだった。明らかに低重力暮らしの長いガーニーは縦にも横にもひどく大きかったが、たしかにローマが相手だとギリギリ釣り合う体格だった。靴を無くしたくだりの作り話を長々と足元を指さし説明していると、ガーニーは面倒くさそうに手を振った。

 「いいよいいよ、靴なんぞ俺がいくらでも買ってやる……さっ、ここじゃあれだ、ラウンジに行こう」ガーニーもすっかりギアを入れ替えたようだ。通信中の剣呑な態度はどこかに置き忘れていた。

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