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マリオンGPD 3127   作者: さからいようし
第二話 『戦女神の安息』
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幕間劇 2

 隔離病棟にひとりぼっちだった霧香に、バイコヌールのポイトリス艦長とメッシが挨拶に訪れていた。

 「霧香=マリオン・ホワイトラブ、無事で何よりだったな」

 「ハイ」

 とは言えふたりは霧香の知っているポイトリス大尉とメッシではない。バイコヌール乗組員の死亡が確定すると、保険会社は電子的にコピーされていた乗組員の電脳人格を活性化させた。ふたりとも最新コピーをバイコヌールで最後の航海に出発する以前にアップデートしたため、霧香が三等士官としてお世話になったことは知らなかった。だが電子的天国である4.0の住人となって二ヶ月あまり、遭難したバイコヌールの生存者が発見されたというニュースを聞いてやってきたのだ。ふたりとも生身の自分が死んでいるという事実に悲観している様子はなかった。4.0は居心地の良い場所で、「どうしてもっと早く移住しなかったのだろう」と嘆く人も多くいる。

 「ピンと来ない、というのが本当だな。自分がどうやって死んだのかも知らないわけだしな」

 「ですね……生活もずいぶんエキゾチックになった、というだけで不自由は感じないし、こないだなんか50年前亡くなった祖父と再会しましたよ。「早死にしおって」と怒られましたがね」

 「そういうものですか……」

 隔離病棟でも実体のないふたりにとっては関係ない。霧香の前に立っているふたりは等身大のホログラムだが、声も存在感も本物となんら変わりなかった。よく見れば光線の具合がおかしいとか影が床に落ちていないとかいろいろあるのだが。霧香にとっては幽霊みたいなものだが、それでも退屈な病院生活を紛らわせてくれるだけでも大歓迎だ。

 しかし電脳人格のふたりにとって霧香は初体面の人物だったから、会見はみじかく、当たり障りのない話に終始した。不幸にも保険に未加入で亡くなった乗組員を悼み、同じく未加入の霧香が無事生還できたことに運が良かったと月並みな言葉をかけた。


 正確にはバイコヌールが行方不明になった78日後、霧香=マリオン・ホワイトラブ候補生はシリウスのドッキングプール近くで発見された。異星人の技術で作られた救難カプセルに収まっていた。昏睡状態だった霧香はただちにタウ・ケティに搬送された。衰弱していたが外傷はなく命に別状はない……。しかし右腕に分析不能な鉱石が取りついていたためタウ・ケティマイナー軌道上のメディカルサテライトに収容され、隔離病棟で経過を看ることになった。

 やがて霧香の意識は回復した。

 2ヶ月半のあいだどこでどうしていたのか、霧香は記憶になかった。GPDの分析プログラムによる催眠尋問でも同様の結果が出た。

 隔離処置から解放されると、GPD捜査6課のマルコ・ランガダム大佐が面会に訪れた。それで霧香もようやく自分が尋常ではない状況に陥っていると悟った。

 「心配そうな顔するな。きみは数日で退院だ。その後は基礎体力の回復に努め、いくつかテストを受けろ……きみは任官するよ」

 「ハイ……ありがとうございます、大佐殿」

 「だがその前に、きみのその……」霧香の右腕に取りついた貴金属と宝石の塊を指さした。「妙な金属について、ある人の会見に応じてもらいたい。われわれがその金属の分析を始めると、間もなく彼が問い合わせてきた。そしてそれは安全でいかなる伝染性も汚染の心配もなく、きみの隔離処置は解除して良いという話だった。いろいろと知っているようだ」

 「はあ……了解です」


 3日後にその「人物」が霧香の病室を訪れた。

 体長7フィートの真っ黒なローブ姿。リーグ人だ。

 霧香はベッドの上で呆然としたまま会釈した。

 「わたしはバヒアム。人類領域と銀河連合の連絡係を務めるGPD監察官です」

 「そ、それは、その、初めまして、バヒアム殿」

 いよいよただ事ではない、と思った。リーグ人はクラウトア宗主族の被支配民族の中で最上位だ。

 タウ・ケティマイナーの銀河連合代表部にはたったひとりのリーグ人が赴任している……それで人類領域にいるリーグ人全員だ。そのたったひとりが配下の種々雑多な異星人職員を指揮している。地球圏を訪れるリーグ人はすべて国連事務総長より遙かに地位が高い。そして通常、その他全部の異星人(人類も含む)を使い走りに使うのだ。

 そんな宇宙的セレブの、しかもGPD職員だ。

 (将軍様か元帥閣下か……)

 「楽にしてください。わたしはごく簡単なお話のためまいりました。あなたが遭遇したケイ素系生物について、いくつか質問させてください。よろしいか?」

 「ええ、ハイ」どうぞお座りになって、というべきか迷ったが、彼らの身体の構造だと椅子に座るのはたいして楽ではないはず。

 リーグ人も地球でいう昆虫形態の異星人だが、ギリジウ人のように女王を中心とした完全共産主義者ではない。しかもリーグ人とギリジウ人はお隣さんで、数万年にわたって犬猿の仲だという。真っ黒なローブのフードを目深に被っているので、ありがたいことに悪魔のような形相を拝まずに済む。ローブの下はサソリとムカデのあいのこのような恰好なのだ。しかしローブに覆われた上品な物腰はひどく長身の男性としか思えず、異形の異星人と考えるのは難しい。

 霧香は右手の宝石の塊をはずし、ベッド脇のサイドテーブルに置いていた。霧香以外の誰もはずすことが出来なかった。いちどGPDの分析課――ジャックインザボックスに送られ、それきり返ってこないものと思っていたが違った。三日後に返却され、それ以降ずっと持っているようにとわざわざ指示があった。言われなくともこの宝石の塊はどうやってか霧香の携帯端末と同化していて、無いと不便なのだ。

 リーグ人がその宝石をじっと見下ろしていた。今度こそ取り上げられてしまうかな……。霧香はそう覚悟したが、バヒアム師はそれに触れようとはしなかった。

 「あなたの腕に癒着しているものと伺っていたのだが、取れるのですね?」

 「ええ……わたしが取ろうとすれば簡単に外れるんです。ほかの人には無理だったようですが」

 霧香は実演して見せた。宝石の塊を持ち上げると1㎏ほどあるが、腕に巻き付けるとほとんど重さを感じない。手首の付け根あたりに載せると水銀のように波打ちながら、黄金とプラチナのマーブル模様のブレスレットに変型してゆく。100カラットはありそうなブラックダイヤモンドが手の甲に浮かび、ほかの宝石ともども星座を形作ってゆく。

 「あなたがシリウスで遭遇した知的生命体が、あなたにこれを託した?」

 「さあ……わたしはまったく覚えていないんです。「彼」の封印を解いた時点で気を失って、次に気付いたときはここのベッドで目覚めました。そのあいだの二ヶ月以上記憶がありません」

 バヒアム師は首を振った。驚くほど人間の仕草を模倣していた。「いずれ思いだしますよ」

 「そうならいいんですけど……」

 霧香が目覚め、シリウスでの出来事を報告した数日後、銀河連合艦隊がシリウス星系に大挙集結した。艦隊は星系全域を宇宙的スケールのナパームで焼き払い、ギリジウ人の置き土産を一掃したという。

 地球のニュースでは、長年人類に迷惑をかけ続けた遺棄兵器を処理するため銀河連合が一肌脱いだと報じていた。反銀河連合派の地球人に対する軍事的デモンストレーションなのではないかという分析もあった。だとすればきわめて効果的だ。12年後にはその光が地球に届く。シリウスはほんの少し明るさを増すはずだと天文学者が言っていた。

 そのような動きが霧香に関係があったとはとても考えられないが……。

 「その知的生命体が……あなたがたの言うテレパシーで語りかけてきた。それであなたは「彼」の望みを叶えることにした」

 「はい。「彼」、自由になりたがっていました。非常に長いあいだ能力を封印され、宇宙を漂流しているあいだにギリジウの罠に捕らわれてしまったようです……」

 「その封印は図形と、声によるものだった?あなたがた地球人の言う呪文のようなものだと」

 「そうです」

 「その……呪文を覚えていますかな?」

 「はい。「アギイシェレレマギイシュレイレレイレクィベリアム」こんな呪文でした」

 「クィベリア」バヒアム師が呪文の一部を繰り返した。

 霧香はためらい、リーグ人に尋ねた。「わたし……「彼」を自由にして良かったんでしょうか……?」

 「邪悪な宇宙知性を解き放ってしまったと、心配しておられるのかな?」リーグ人は軽い口調で答えた。霧香はやや恥ずかしげに頷いた。

 「あなたがたの創意に富んだ物語をわたしも読みました。娯楽作品から聖書に至るさまざまなレベルで、あなたがたは道徳と邪な存在について語り続けている。だからあなたの懸念も無理からぬことだと分かりますよ。しかし心配めさるな。あなたは正しく職責を果たした」

 「クィベリア、というのがあのケイ素生物の名前ですか?」

 「われわれはそう呼んでいます」

 「本当に呪文みたいですね。地球のファンタジーというカテゴリーの物語では、名前を呪文に組み込むんです。たとえば「真の名」を知られてしまうと魔法の力を封印されてしまうんですよ」

 「ほう……」バヒアム師は何度か頷いた。「それは大変興味深いお話だ」

 バヒアム師がクィベリア(種族名?それとも個人名か?)に多大な関心を寄せているのは分かった。霧香はブレスレットをはずそうとしたが、バヒアム師が制した。

 「どうかそのままに」

 「これがご入り用なのかと思いまして……」

 「いや」異星人はきっぱりと言った。「あなたが持ち続ければよい」

 「分かりました」霧香はふたたびためらい、思い切って質問した。「あの……これはなんなのでしょう……?」

 「いずれ思いだしますよ」

 ひどく謎めいた言い方だ。知っているのに教えてくれない。リーグ人はほとんど嘘をつかないという評判だが、もったいぶることはあるらしい。

 「これ、ものすごく高価なものじゃありません?「彼」を助けたお礼だったとしても、わたしこんな……」

 「それはあなたの功労に対する代価ではありませんよ」リーグ人はやや警句じみた声音で言った。「軽々しく譲渡したりできるものではない。……だがしかし、代価はべつに用意されているはず。その宝石に呑み込まれている携帯端末のメモリーを参照してみてください。なにか座標が記されていませんか?」


 たしかにファイルフォルダーの片隅に座標がひとつ、メモされていた。

 「タウ・ケティ系内のようですね。それほど遠くない。それではさっそく行って見てみましょうか」

 「えっ!?」

 霧香はバヒアム師の専用宇宙船に案内された。関係者にはすべて連絡されているらしく、メディカルサテライトの桟橋に係留された宇宙船まで誰にも遮られることなく、霧香は異星船の乗客になっていた。

 座標はタウ・ケティマイナーから1億㎞ほど離れた、なにもない宙域を示していた。

 「ふむ、あれのようだ」ほとんど減速が終わるころになってようやく目的地が見えてきた。なんの変哲もない小惑星が浮かんでいた。くすんだ灰色の、直径1㎞にも満たない石ころだ。

 「あそこに、何かがあるんでしょうか……」

 「分析装置を通して眺めてみなさい」

 霧香は言われたとおりにアナライザーを起動させた。正面スクリーンに大写しになった小惑星に断面図が重なり、組成表が円グラフとして表示された。

  Au/65.3%

  Pt/14.5%

  Ir/7.3%

  C……

 「黄金、65パーセント……?」

 「あのサイズだとおよそ10億トン程度です。あの小惑星そのものがあなたに対するお礼のようだ」

 「じゅ!」霧香は絶句した。

 「あれは惑星のコア物質ですよ。金塊はともかく、さらに高価な稀少鉱石も含んでいましょう。念のため、あなたの名義でマーカーを打ち込んでおきましょう。それであなたは人類一のお金持ちになります」

 「ハハ……」

 「ただし現金化するには少し手がかかりそうですな。あれをすべて市場に卸したら人類経済が破綻してしまう」

 「ハア……」

 


 「金塊10億トンねえ……」少佐はやれやれと首を振った。「わたしもいろいろな話を聞いたが、こいつはちょっと凄いな」

 霧香は肩をすくめた。

 「ほんとうに手に負えませんよ。仕方ないので自動掘削ロボットを購入してちょっと掘ってみました。3日ぐらいで倉庫いっぱいの延べ棒ができてしまったので、それで、エー、会社を買いました。経営状態の良くない星間企業をいくつか買収して、わたしはその社外役員に据わって給料を受け取るかたちで金を現金化したんです。任官したころには貯金がだいぶ貯まったので、この船を製造する手配をしました」

 「気前のいい異星人だったんだな」

 「銀河の中心方向の経済規模からすれば、ちょいと成金程度だそうですけどね。バヒアム師によれば過去にも似たような事例があったそうで、わざわざ宇宙船を飛ばして金塊小惑星のお礼を確認しにい行ったのも前例と照らし合わせるためだったようです」

 「我らが上司たるリーグ人はなにかを探っているな。そう思うだろう?」

 「思います」

 「あなたが遭遇したフリスビーはおそらく……」

 「宗主族、ですか?」

 ローマは頷いて霧香の右腕にあごをしゃくった。

 「そのブレスレットはなんだと思う?」

 「分かりません」霧香は金属の表面を撫でた。「これ流体金属なんです。金とプラチナに見えますけど違います。ジャックインザボックスや大学でも分析不能で……わたしの腕からはずそうとした機械を破壊したそうです。生きてるみたいなんです……」

 霧香は微笑み、付け加えた。

 「ひょっとするとフリスビーの赤ちゃんかもしれません」

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