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マリオンGPD 3127   作者: さからいようし
第二話 『戦女神の安息』
26/37

11

 ルーティンワークの連続で退屈な、それでいて気の張り詰めた追跡が続いた。

 〈マイダス〉は加速をやめていたが、減速する様子もなかった。霧香たちは気長な追跡を覚悟し始めた。

 望遠鏡の拡大画面を眺め続け、相手の進路を予想して加減速を繰り返し、細かい軌道修正を施し、交代で寝た。幸い低重力を維持していたので短い眠りで済むが、起きていれば起きていたで暇をもてあました。

 霧香は余暇を運動と料理の腕前上達に費やした。ローマは運動とシミュレーションゲームに当てた。ウィリアムブラザースの社員がウェブの人気ゲーム「アストロパイロット」をリトルキャバルリーのメインフレームにインストールしていた。娯楽を兼ねたフライトシミュレーターというわけだ。リトルキャバルリーのデータもアップしてあるので、操縦方法を習うのにちょうどよかった。ローマの操縦の腕前は日々上達した。霧香の料理は上達しなかった。

 慣らし運転は順調だった。

 ローマが眠っているのを確認した霧香は、アストロパイロットを起動した。霧香自身リトルキャバルリーに慣熟したとは言えない。性能のピークはまだまだずっと上のほうだ。そしてレーザーガン以外に唯一の兵装もまだテストしていない……。霧香はじりじりしていた。シミュレーションでは有効な兵器と証明されているが、実戦で試さない限り本当に使えるとは保証できない。

 シャワーを浴びたローブ姿のローマが頭を拭きながら戻ってくると、言った。

 「お、ステーキね」

 「昨日と同じく……」霧香は無念そうに呟いた。初日に作ろうとしたハンバーグとシチューは無残な失敗に終わっていた。少佐は「やだあなたったら!自動調理器の助けを借りてるのになんで料理ひとつ作れないの?」などと冷やかしと嘲笑の入り交じった女性らしいコメントなど言ったりしないのだが、「ああ、ちょっと貸してみなよ」と軽い調子でシチュー鍋を奪われ、崩壊寸前だった料理をまずまずのミートボールシチューに直されたときは軽く落ち込んだ。

 「まあ……可哀相な牛が無駄にならなくて済むわね」

 「き、今日はワサビとソイソース味でホタテとニンジンのソテー付きです」

 ローマは無理するなよと言うように寛容な笑みを浮かべ、保冷庫から一日一本と決めたビールを取り出した。

 夕食時の一時間だけが、ふたり一緒にゆったり過ごす時間だった。

 ここ三日間、ふたりが二〇フィート以上離れたためしはない。寝るときだけは船内をカーテンシールドで仕切るので、おたがいの姿は見えなくなり、余程大声でわめきでもしないかぎり物音も聞こえない。だがせまいワンルームで得られるプライバシーはその程度だった。

 それでもいまのところ、気詰まりはない。ローマはごく自然に当直を割り振っており、必要以上にふたりが顔を合わせないようにした。ひとりが当直しているあいだは、もうひとりは緊急事態が持ち上がらないかぎり仕事をしない。おかげで非番のあいだは適度に緊張がほぐれ、間を持たせるためだけに話題を捜したり、無駄なお喋りをする必要がない。ローマはガールスカウトのように明確にルールを設定することなく、自然にそんな状態を作りだしていた。しかも必要以上に出張らず、霧香にお飾り的な気分を抱かせず、決断すべき時は彼女の意見を尊重していた。

 超優秀な参謀か軍曹を持った小隊指揮官はこんな感じなのだろうか……むろんローマ・ロリンズは軍隊とGPDで佐官まで登り詰めた女性だ。いったいどうすればそんなことができるのか霧香には見当も付かなかった。新米少尉の参謀役など居眠りしててもこなせるのだろう。

 「〈マイダス〉ともう一隻は、まだ変化無しです」

 「囮の線は消えた……か」

 「この速度だと、早くて二時間後に減速を開始するでしょう。小惑星帯に軌道を合わせるつもりなら」

 「それではいよいよ退屈な追跡も終わりだな……奴らはレーダーを使い始めるだろう。距離はじゅうぶん離れてる?」

 「二〇〇万㎞。望遠鏡の目視範囲ギリギリです」

 ローマは缶ビールを飲み干し、底を覗いて軽く舌打ちすると、テーブルの隅にそっと置いた。

 「一度留まってくれると助かるね。わたしたちがふたたび補給するあいだぐらい」

 「そうですねえ……」霧香は溜息をついた。

 半径一億キロ以内に存在する人工天体はわずかひとつ。スペースガードの観測基地だ。無人か、数名の点検員が詰めているだけの小さなステーションだが、そういう施設には緊急用の燃料と水、食料が大量に備蓄されている。まさしく緊急事態に備えた物資なので、できれば手をつけたくない(そうやって遠慮しているうちに本当に遭難してしまうのだ、と少佐が笑いながら指摘した)。

 食事を終え、かたづけるあいだにローマがコーヒーを作った。

 「少佐は何度もこんな追跡したことあるんですよね」

 「あるよ。前にも言ったように一度出し抜かれたし……」

 「成功したことだってあるでしょう」

 ローマはテーブルに片肘を突き、マグに砂糖を入れて掻き回した。

 「もちろん……いちど英国海軍の駆逐艦に乗って、ブロマイド人の密輸船をバーナードじゅう追いかけ回した。ジャイアントステップの海軍基地で異星人の新型麻薬が蔓延してね……その黒幕を追跡したのだ。知っての通りあいつらはほとんど機械だから、加速耐性は底なしだ。十日間ものあいだ、ハードな猛加速と急減速の繰り返しだったよ」

 霧香はローマの横顔を見ながら黙って耳を傾けた。

 「……最後は光速の十五パーセントに達して太陽系を飛び出しかけた……。奴らは勢い余ってはぐれ星の中性子星に突っ込みジ・エンド。帰りは減速するのに同じくらいかかってね。みなひどく腹を空かせた状態で……。駆逐艦がどんなものか知ってるかな?四百フィートもある図体はほとんど武器でいっぱいなのだ。定員二五名の居住スペースは恐ろしく狭い……」

 時折水を向けると、ローマは過去の仕事のことを話してくれた。何事も大げさな抑揚を付けず、淡々とした口調だ。だがたいへん興味深い話ばかりで、それもいくらでも続けられるようだった。霧香は話を聞くのが好きだった。

 しかしいまのところ、プライベートや軍隊時代の話を披露するつもりはないらしい。

 ローマが定めたルールは大いに参考になるが、反面霧香が出港時に期待していた親密度の増大にはほど遠い。

 ブルーミストをあとにして以来、少佐は内に籠もっているようだ……霧香はそう感じた。何日もふたりだけで過ごしているというのに、霧香はまだ少佐とランガダム大佐の確執についても尋ねていない。なにげない会話の流れで大勢の候補生が少佐の住処を見つけ出そうとしていることを持ち出し、さりげなく現住所を聞き出そうと計画したが、そのきっかけも掴めない。

 むろん、ベッドに誘われるなんてこともない……。

 同じベッドを交替で使用してるというのに、使うたびに完璧にクリーニングされている。この時ばかりはお利口さんなナノレベル自動清掃システムを恨んだ。少佐のぬくもりも残り香も完璧に消してしまっているのだ!

 そんなわけで、いまのところ霧香は、少佐のみじかい寝物語に耳を傾けることで満足するほかはない。それだけでもフェイトほかロリンズ親衛隊より一歩も二歩も抜きんでているのだが。

 

 「すいません……今回の追跡のせいで、また窮屈な思いをさせてしまって」

 「いいや、ずっとましだよ。……あなたは、仕事のためにこの船をわざわざ造ったのか?」

 「はい、まあなんというか、GPDの外宇宙航行装備にはわたしなりに不満を感じていて……。あ!その……ケチは付けたくないんですけど」

 「いいんだ、わたしもその件には同感だ」

 霧香はホッと息を漏らした。

 「こんな船があと何隻かあるといいだろうな」

 「そう仰っていただけると嬉しいです!今回のテストフライトの結果次第で、ランガダム大佐はこの船の使用を認めてくださるか決定するんですもの」

 ローマは低く笑った。「おいおい、わたしの意見なんか参考にもならないよ」

 「そんなこと……」

 「まあ任務達成の暁には、せいぜい意見具申してみよう……」

 そうだった。まず目前の難題を切り抜けて航海を終わらせなくては。

 現在状況は入り組んでいて、援軍は何億マイルも後方。霧香たちは孤立している。

 GPDの船は追いかけてくれているのか……定時連絡もなにもせず飛ぶのは初めての経験で、霧香は改めて、誰かがこちらの存在を知ってくれている、行き先を承知している人間がいる、というのがどれほど安心を与えてくれるのか痛感した。

 ローリングアッパーから送った報告書で健在だけは知らせたが、あいかわらずトランスポンダーは切ったままなので、友軍が霧香たちを見つけてくれる可能性は限りなくゼロに近く、補給計画の保証もない。

 少佐がいてくれなかったら気が変になっていただろう。

 「ありがとうございます。だけどまずは、この仕事ですね」

 「そうだ。期待してるよ……マルコの話だとあなたは幸運の女神に愛されているのだそうだ」

 「そ、そうですか?わたしは運が悪いんだと思ってましたけど……」

 「たしかにトラブル遭遇率が異常に高いとも言ってたがな……あなた、候補生として艦上勤務したとき遭ったあの事件から生還したろう?隊内でも話題に上がっていたからわたしも調査報告書にはひととおり眼を通したけど、不思議な状況だったな。生還できたのは奇跡だとだれもが言っていた」

 「あれは……」霧香は言い淀んだ。

 「その話がしたくないなら無理に言わなくていいんだよ」

 「いえ!そうじゃないんです。ただわたし自身あの出来事はなんだか夢のようで……」


 そうして霧香は、ランガダム大佐しか知らない秘密を語り始めた。

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