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マリオンGPD 3127   作者: さからいようし
第二話 『戦女神の安息』
25/37

10

 霧香たちはローリングアッパーより高い軌道を巡っている衛星の軌道上にリトルキャバルリーを駐留させ、〈マイダス〉を待ち構えた。

 二週目に差しかかったところで、ローリングアッパーから出航する〈マイダス〉を捉えた。霧香たちも周回軌道から離脱しながら、〈マイダス〉の行方を見極めるために観測を続けた。軌道分析によると、一気に第九惑星アンブロシアの軌道まで行くつもりのようだ。だがアンブロシアそのものはタウ・ケティ星系を1/3周する程離れている……約13億㎞だ。

 〈マイダス〉のメインドライブが大々的に点火した。巨大な噴射炎の尾を引く流星だ。しかし広大な外惑星宙域では、よほど高性能な観測機器で見なければその光を捉えることはできない……しかも見るべき方向にピンポイントで観測機を向けていれば、だ。

 「二十七G」ローマが呟いた。

 「情報通りなら、加速限界に近い数値です……」

 「ほとんど直線で行く気だな。おかげで目的がはっきりしやすい……」

 ただし目的地は恐ろしく遠い場所となる。〈マイダス〉の進路の先に惑星は存在しない。行く先の見当が付かないとなると、いくら速度が速くても都合よく先回りする術はない。

 「われわれは間を置いて髄円軌道を取りましょう。追跡がバレないよう慎重に……」

 「だな……いよいよ相手も本領発揮というわけだ」

 少佐は満足げにソファに保たれた。機嫌が良さそうだった。GPDの宇宙船が相手の加速度を上回り楽な追跡計画を立てられることなど、これまで滅多にない状況なのだ。

 「どこに向かうんでしょう」

 「たしか、小規模な小惑星密集地帯があったんじゃないか……むかしなにかで読んだ気がする」

 霧香はデータを洗い出した。

 「ありますね……E―三一〇一小惑星帯……距離は六億七千万㎞。比較的最近……二万年ほど前に崩壊した準惑星の残骸だそうです。完全に散らばらず密集しているので、宇宙船進入禁止の危険地帯に指定されています」

 タウ・ケティ星系外縁部は分厚い塵に囲まれている。その総質量はエッジワース・カイパーベルトの比ではない。太陽より小さな主星は原始太陽系だった時分にじゅうぶんな星間物質を惑星のかたちに収束しきれなかった。おかげで第八惑星より外側はほとんど開拓不能な難所だ。現在もたくさんの小惑星が軌道を外れて太陽に向かって落ちてくる。おかげでスペースガード事業は太陽系よりずっと忙しい。

 「なるほど……すこし怪しい。だがまだ断定はできないね。あとあの辺にあるのは、大昔にドイツ人が設置したマスドライバーくらいだ……厄介だな、飛行計画を慎重に練らないと、次の補給を受け損なってしまうぞ。これ以上外宇宙に向かうと、宇宙船の数もめっきり減ってくるし……」

 「あと二日もすれば、大佐が応援を寄こしてくれるでしょう?」

 「寄こすでしょうよ……徴用できる船があればね。だがGPDの巡視艇は、ほとんど残らず別の方面に出かけている……」

 「ああ……そうでした」

 「まあ、大佐なら無理やりどこかから調達するだろう……だが我々に追いつくのは早くても六日後だ。その頃にはどんな状況になっているか分からない」

 「軍隊に協力してもらえないんですか?タウ・ケティ警備軍に」

 「うん……奴らは「あれを撃て」という簡単な指示には従うが、隠密の追跡捜査なんてのは苦手だ。数が揃っても役に立つかどうか。それに、オットーを見ただろう?」

 「まさか正規軍まであんなふうじゃないでしょう?」

 「なんとも言えないな。みんな恒星間大戦のあとでひどく気が弛んでるから……アルゴンやグラッドストーンに駐留している連中はヤクザとずぶずぶだ。どこまで汚染が広がってるかは知るよしもない。わたしたちを取り巻く現状はそんなものなのだ」

 「GPDが忙しいわけですね」

 「そうさ」

 やることがいろいろあって忙しいのは助かった。なんとか自然な調子で会話も交わせて、霧香はホッとした。

 警備隊との一件以来、霧香の頭の中でたったひとつのことがぐるぐる回っていた。

 少佐が人を殺した。それもたった一発のワンインチパンチで。

 ローマ・ロリンズ少佐が極めて有能な教官だというのは知れ渡っている。あの人はどれだけ強いんだろう?候補生のあいだでは常にそれが話題になった。だが霧香たちが知っていたのは教官としての少佐と、過去に少なからぬ功績を立てたという記録に過ぎなかった。公式記録の無味乾燥な記述で分かるのは、やっぱり有能だったようだ、ということだけだった。

 少佐が本当にどれほど強いのか、霧香はそれを目の当たりにしたのだ。いままでは極めて有能=極めて危険な人物、という当たり前の図式を当てはめていなかったのだ。厳しいが公正明大で素敵な女性……そんな無邪気なイメージは粉々に吹き飛んだ。昨日まで知っていたロリンズ少佐は失われ、霧香の知らなかった別の人間がそこにいる。霧香はあの場面を思い出し、頭がカッとなるのを感じた。

 ローマ・ロリンズ少佐は超ヤバイ本物の殺人マシーンなのだ。

 なんてすごいひとなの……。

 さして罪のない相手を一時的とはいえ死に至らしめたという事実は、不思議なくらい霧香の心を乱さなかった。やや後ろめたいものの、あの場のすべてを支配していた少佐の存在感、その華々しい印象のほうがずっと心を占めてしまった。たぶん警備隊員たちもオットーという男も、大なり小なり霧香と同じだった。圧倒されていたのだ。ふつう警官にたいして暴行を働いたら蜂の巣をつついたような騒ぎになるのに、そうならなかった。

 どんな相手でも圧して他者の生殺与奪さえ支配するその姿……。

 霧香は妙な高揚感に浮き足立っていた。

 大きすぎる。

 とても敵わない。



 パトロール艦ヴリャーグが出航して一日半が過ぎた。出航準備はトラブル続きでなにもかもが上手く行かず予定の遅延に悩まされ、ひどく慌ただしかったが、現在はようやく落ち着いたようだ。

 フェイト・ハスラー少尉は艦内食堂でひとり朝食をとっていた。眠れないまま就寝時間を過ごしたのちあきらめて起きたが、当直交代時間にはまだ早かった。みんな疲れている。人の姿はまばらだ。

 食欲はない。

 三日前にひどく機嫌を損ねたランガダム大佐の目にたまたま留まり、なし崩し的にオンボロパトロール艦の出航準備を手伝わされ、頭がどうかなりそうなくらい多忙な時間を過ごし、もうこのボロ船は永遠に飛ばないのではと疑い始めた頃、ようやくのろのろ上昇を開始した。だが無事タウ・ケテイマイナーの重力圏を離脱した頃になってさまざまな補給不備が明かになった。十G以上の加速ができなかったし、弾薬は八割しか積まれていなかった。食料やその他諸々も大混乱状態だ。どこかで迷子になった警備小隊も乗り損ねていた。

 おまけに民間人の密航者がひとり発見され、船内は一時騒然となった。若い男性だ。彼はオーバーホールの民間委託先の社員だと判明した。

 それから、フェイトはランガダム大佐にマリオンの遭難を知らされたのだ。

 まだマリオンが死んだと決まったわけじゃない。だがトランスポンダー途絶から丸二日経過したのに新しい報告はほとんどもたらされていない。状況はかなりはっきりしていて、通常そうした遭難報告が覆される可能性はとても低い。

 時間が経つにつれて〈マイダス〉狩りの指揮艦に乗りこめた喜びも半減した。鈍足の老朽艦では後方指揮がやっとだと気付いたのだ。

 なんでもいい、もっと前線に出たかった。

 ツナのコーンマフィンサンドを無理やり詰め込んでコーヒーと一緒に飲み下し、立ち上がって顔を洗った。短い通路を操舵指揮室まで歩いた。

 こちらは慌ただしい状態が続いていた。ケリー・レザリア艦長はコンソールに屈み込んでいる。八時間前に見たときとほとんど同じ姿勢のままだ。出航してからずっと艦を万全にすべく作業を続けていた。シートには例の密航者……ひょろっとした青年が座っていた。彼は身の潔白が証明されたあと監禁状態を解かれ、ヴリャーグの復旧に協力していた。フェイトは頭上のステータスボードをざっと眺めた。どうやら仕様書通りの加速を取り戻していた。

 艦長が身体を起こしてフェイトに顔を向けた。

 「おはようございます、艦長」

 「ああおはよう……よく眠れなかったようだな」

 「ええ……密航者は役に立ってます?」

 コンソールのホロに頭を突っ込んでいた若者が顔を上げずに言った。「そりゃあそうです。おれが乗っててよかったすよ」

 「調子のいい奴だ」レザリア艦長は呆れて言った。「ちょうど良かった少尉。悪いけど書類を大佐に届けてくれない?」

 「了解しました」

 内心溜息をついた。艦橋について十秒しか経っていないのにさっそく仕事を押しつけられた。しかもずっと不機嫌なランガダム大佐に起きてそうそう会わねばならぬとは。

 艦長は作戦台の上で書類を選り分けはじめた。

 「あー、少尉さん?」若い密航者がフェイトに言った。

 「なんだい?」

 「ホワイトラブ……マリオンはどこにいるか知ってます?」

 「あ……と、それは……」フェイトは途方に暮れた。「あんたマリオンと知り合いか?」

 「モーグだ」密航者は自己紹介した。「モーグス・ハリィフェルド。マリオンはダチなんだ」

 「そう、あたしはフェイト・ハスラー。マリオンの同期でね」フェイトは唇を湿らせた。……「マリオンの居所は、まだはっきりしないんだよ……」

 「宇宙は広いもんな。すごいじゃじゃ馬に乗ってるから特に……」

 すごいじゃじゃ馬ってどういう意味?と訊く間もなく、レザリア艦長が戻ってきて書類を差し出した。

 「フェイト少尉、これを」

 データシートの束を受け取り、CICに上がった。いざという時のため、第二操舵室でもあるCICは艦橋から少し離れたところに設置されている。

 とはいえ距離は直線で五十ヤードほどだ。古いソ連製戦闘輸送艦を改造したので、もとは広い船倉だったスペースに兵員室と艦載機収納庫を詰め込んでいた。エレベーターは中央シャフトの一本だけで、あとはひたすら曲がりくねった狭い通路を歩き、ラッタルを上り下りする。交代時間だったので通路は行き来する隊員たちでごった返していた。大佐は集められるだけの警備部員を船に詰め込み、六百フィートの船に三百人が乗っていたのだ。フェイトも近いうちに一個小隊を任され、出番が来るまでは船内で訓練と体操に励むことになる。いずれ実戦で小隊を指揮するかも知れない。そんな場面に出くわすならば。

 ランガダムもやはり昨夜最後に見たときとほとんど同じだった。作戦台の一端に腰掛け、仏頂面で腕組みしていた。薄暗いCICに六人の士官が詰め、大きなステータスボードにデータを書き込んでいた。

 フェイトも現在の状況は知っている。海賊狩りは順調ではないのだ。「第一目標」に向けてヴリャーグは航行しているが、まだ海賊の有名な旗艦〈マイダス〉を直接捕捉できていないのだった。

 「大佐、おはようございます」

 「うん」ランガダムは唸った。「……なんだ、朝か?」

 「はい」フェイトは書類を差し出した。「タウ・ケティマイナーより至急伝です」

 「ウム……」ランガダムは物憂げに腕を伸ばしてデータシートを受け取り、作戦台に置いた。ホロ画面がデータシートの上に立ち上がり、テキストが浮かび上がった。

 フェイトは無言でホロ画面を凝視し続けている大佐に「それではわたしは……」と言い残し、きびすを返した。とっとと立ち去りたかった。

 「おいっ!」背後でランガダムの怒声が飛び、フェイトは飛び上がった。「はいっ!ごめんなさい!」慌てて振り返った。

 だがランガダムはフェイトを見ていなかった。シートからゆっくり巨体を浮かせてホロ画面に顔を近づけると、コンソールを猛烈な勢いで打ち込みはじめた。周囲の隊員たちもなにごとかと手をとめて大佐を見ていた。

 作戦台の上に特大の画像が浮かび上がった。

 CICにどよめきが沸き上がった。

 「おいあれ……〈マイダス〉じゃないか……?」誰かが呟いた。

 宇宙船を真上から捉えた鮮明な画像だった。あまりにも鮮明で逆にだれもが確信を欠いていた。まるで数マイルしか離れていない場所から撮影したかのようだ。

 いままでそんな近くで〈マイダス〉を見た者はいない。

 オペレーターが既存のデータと船影を照合して、厳かに告げた。「間違いありません……〈マイダス〉です」

 「なんだこれは!」ランガダムはテキストを何度もスクロールさせて画像の子細を読んだ。やがてシートにどさりと腰を沈め、呟いた。「タンカーとランデブー……ブルーミストだと……」

 「ブルーミスト!?」CICに戦慄が走った。ショックの理由はフェイトにも理解できた。第八惑星ブルーミストは太陽系の木星より遠い。まったく想定外の宙域……半径五億マイルにGPD艦艇は一隻もいない。

 しかし誰かが〈マイダス〉を捕捉したのだ。

 ランガダムは茫然としたままテキストホログラムを側らの大尉に渡した。大尉はホロを何度かコピーして作戦台の上で待ちかねている同僚に回すと、素早く眼を通した。

 「ローリングアッパーですか!しかも堂々と停泊していやがる……」忌々しげに言い捨てた。GPDの追跡部隊はすべてまったく見当違いの方向に向かっていたのだ。「しかし誰か知らないがとんでもない金星ですな!」

 やはり熱心にレポートに眼を通していた別の士官が言った。

 「あのドッキングプールで粉々になったアンカレッジだ!直前にニアミスを装ってスミトモ鋼船のタンカーと進路を取り替えていやがったんですよ!」

 「まんまと裏をかかれたらしい。だが新米少尉がやり遂げよった。最初からずっと二隻を監視していたのだ。たまげたことだ……遭難したと思ってたんだが、どうもアンカレッジの爆発と同時にトランスポンダーを切ったんだな……いい判断だ」

 フェイトは思わず耳をそばだてた。新米少尉……?

 画像データは次から次と現れた。制動噴射中の〈マイダス〉を捉えた一連の動画にふたたび感嘆の溜息がもれた。

 「こいつは見事なもんです。しっかりステレオレコードデータで記録されてますよ。これでスペックはだいぶ解析できるぞ」

 だれかが画面隅の時間表示に気付いた。「なんてことだ……最新データでも70時間以上前じゃないですか!」

 「わしのオフィスに直行したデータが転送されたのだ。おそらく郵便ロケットを使用せざるを得なかったのだろう。電波送信では危険すぎる……タイトビームでもブルーミストは遠すぎるからな」

 「……つまり、隠密追跡がまだ続いてて、やつは気付いてないかもしれないと……?」

 ランガダムは重々しく頷いた。「報告では「新たな指示のないかぎり我、追跡を続行する」と結んでいる。なにか緊急事態が持ち上がっておるなら、広域回線で咆えまくる間ぐらいあるだろうが、それはまだない……つまり隠密追跡は続いているのだ。たいへんなアドバンテージだぞ諸君」

 ランガダムが首を巡らせ、フェイトを見た。フェイトは背筋を震わせた。ランガダムは世にも恐ろしい形相だった……眼をぎらつかせて笑っていたのだ。「ハスラー少尉……」

 「はっ!大佐」周囲の雰囲気に飲まれて思わず大きな声で答えてしまった。「……エー、ひょっとして、マリオンですか?」

 「そうだ。どうやってか分からんが、ホワイトラブ少尉が第八惑星くんだりまで行っていたのだ。そしてキングの野郎をずーっと追尾し続けていたんだよ」

 「マリオンが!生きてたんですね!?」

 「ああ、報告は彼女からだ……どうやら死んだふりをしていたらしい。これはもしや……」ランガダムは言いかけて首を振り、立ち上がった。「わしらは急いで追いつかねばならん!現状はこうだ。やつはなぜだか星系の端に向かっている。そしてたった一隻の小型艇でただひとりの少尉が追跡を続行しており、友軍はサポート可能範囲に一隻もおらんのだ!このデータをただちにレザリア艦長に届けてくれ!追跡データをもとに新しい航路を算出するよう言うんだ。可能な限り最大加速でというのを忘れるな!それから……ええいくそっ!忙しくなるぞ!GPDタワーに通達!緊急通達だ!全艦艇にただちに転進命令……だがまて、〈マイダス〉を見つけたと相手に悟られないよう、さりげなく転進させなければならんぞ。とにかくこまかい指示はあとでいいから第八惑星方向に進路を取れと言え!それからありったけのデータを七課の分析班に回せ!わしは顔を洗ってコーヒーを飲んでくる」

 突然慌ただしくなったCICをあとにフェイトはデータシートを掴んで通路を引き返した。足取りは軽かった。

今回でおおよそ折り返し点となります。残り10章……ひょっとしたら11章で完結します。いましばらくお付き合いいただければ幸いです。

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