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マリオンGPD 3127   作者: さからいようし
第二話 『戦女神の安息』
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5

 霧香はハイフォールの道中、GPDタワーに連絡を入れた。内線でジャックインザボックスのコリン・デルスター少佐を呼び出してもらった。

 「少佐、ホワイトラブです」

 「やあ少尉。こんな朝早くに何かな?」

 霧香は時計をちらりと見た。もう昼近くだ。

 「前に言っていた船が完成したんです。それで最後の仕上げをしてもらいたくて」

 「ああ、それならもう用意できてるよ。取り付けるだけだ」

 「いまから伺ってよろしいですか?機体を受領してGPDタワーに向かっているところなんです」

 「いいよ、屋上に駐機しといてくれ。大佐との打ち合わせのあいだに済ませておく」

 「ありがとうございます」

 いくら腕が良くても、民間会社に武装まで任せるわけにはいかなかった。そこで大佐に相談すると、開発部に相談してみるようにといわれた。

 GPD装備開発部は別名ジャックインザボックス(びっくりばこ)と呼ばれている。口汚い隊員たちは縮めてジャンクボックスにしようと提案しているが……まあ、時折突飛な新装備を開発してのけるのはたしかだ。若くして少佐であるデルスターはその開発主任だった。モーグとはまた違うタイプの天才エンジニアである。平凡で物静かな三〇代で、ときおり思考が宇宙の彼方に飛んでいるように見えることがある。体格はひょろりと細く、肩は狭く、どう見ても警官タイプではない……しかし侮るなかれ。

 GPDの職員採用プロセスでは一次試験で知能と体力、適正が判定され、向かない人間はすべてふるい落とされる。霧香の代ではそれで志願者の四/五がふるい落とされた。だがデルスターのような人たちはまったく違う窓口から採用される。彼らは志願してGPDに就職するのではなく、志願しませんか?と丁寧に頼まれたのだ。人材採用方針を決める首脳部と中枢コンピューターの意図は霧香などには理解不能だが、デルスターもそうして招かれ、GPDは彼にとって天職であることを証明して、採用者の判断が正当であることも証明した。彼はいったんなにかアイデアを思い付くと、脇目も振らずに嬉々として開発に打ち込み、絶対的な確信を持って隊員に押しつける……その際には貧弱な外見からは想像もつかない意思力を発揮する。霧香に実地で試すようにとハンドガンサイズの光線銃を押しつけたのは彼だ。もともとオオクラ少佐の役目だったのだが体よく押しつけられ、霧香は怪しげな試作品の実験台になる栄誉を仰せつかったのだ。嫌だと拒否する間もなかった。

 霧香はあらかじめ船のデジタルデータを渡し、可愛らしい船体に見合った高性能火器を設計してもらっていた。それは完成しており、あらかじめ規格を合わせたコネクターに取り付けるばかりになっているという。

 「ついでに船のメインフレームににいろいろ書き込むよ。大佐にそうしろと頼まれてね」

 「海図とかデータベースとかなんやらですね。伺ってます。ハッチはロックしないで置いておきますから」

 「頼むよ……ぼくも完成した船を見てみたかった。ところどころ、たいへん優れた設計が採用されているからね」

 (天才は天才を引きつけるということかしら)霧香は興味深く思った。(優秀なエンジニア三人のお墨付きとは、幸先いいわね)



 GPDタワーの上空を旋回しながら、屋上ポートに誰もいないことを確認した。船を慣性航法装置だけでゆっくり着陸させた。たった十分の飛行だったが思ったより緊張していた。量産品ではない唯一無二の複雑な機械だから、何らかの初期不良や気に障る癖が出る可能性は常にある(と、サイモンに釘を刺された)。しかしいまのところは快適だった。

 朝食を食べ損ねてしまったので食堂に立ち寄り、血中アルコールを消すピルとブリトーひとつをアイスコーヒーで手早く流し込んだ。

 廊下でフェイトと行き当たった。いつも気楽そうな態度なのに今朝はいつになく深刻そうな顔つきだった。

 「どうしたの?」

 フェイトはためらい、すばやくまわりを見回し、声を潜めていった。

 「聞いてない?大佐とロリンズ少佐がね、やり合ったんだよ」言いながら人差し指で不吉なXを作った。

 「やり合ったって……喧嘩?」

 「ああ……誰も声は聴いてないんだけど怒鳴り合ってたって。最後には少佐が激しい勢いで部屋を後にして、そのあとさっさと私服に着替えちゃったんだって。誰も見たことがない恐ろしい形相だったそうよ……」

 霧香は軽い胃もたれを感じたが、ブリトーのせいではなかった。浮かれ気分が消し飛んでいた。

 「みんなロリンズ少佐が辞めるんじゃないかって心配してる……あたしもだ。ねえマリオン、どうしよう……」

 「どうしようって言われても……わたしたちになにができる?」

 「分かんないよ……だけどさぁ」

 「待ってよ、まだ辞めるって決まったわけじゃあるまいし……もうちょっと落ち着いて。わたしまで不安になる」


 霧香はもやもやした不安を抱えたままエレベーターシャフトで第六課のフロアに降り、開け放したドア枠を叩いて角のオフィスに入室した。

 「やあホワイトラブ少尉、骨休めはできたかね?」

 「おかげさまで」ランガダム大佐のデスクの向かいに腰を下ろした。大佐はいつも通り、活力の塊のようだった。当然ながらロリンズ少佐と罵りあった形跡など伺えない。

 「念願の船が完成したそうだな」

 「はい。いろいろお世話になりました」

 ランガダムはかすかに頷いた。

 霧香が自前の宇宙船を建造すると言いだしたとき、大佐はさして乗り気でもなかった。しかし少なくともどんな船であれ、霧香は仕事に使う船だと確約した。慢性的な艦艇不足に悩み続けているGPDの装備が一隻増えるのだから、反対する理由もない……そう考えた彼は霧香に協力してくれた。

 霧香が造ろうとしている船の諸元を提出すると、難しい顔で何か考え込んだだけだった。いくらなんでも小さすぎじゃないか……わずかに失望した様子だったから、そんなことでも思っていたのだろう。

 船のことを喋るのは楽しいが複雑な気分だ。ロリンズ少佐の件を尋ねるべきだろうか?だがどうやって?

 霧香がやや浮ついているのを大佐は見透かしたようだ。太い眉を片方すっと上げて霧香を凝視している。霧香は咳払いした。

 「仕事の話をしていいかね?」

 「はい」

 「ちょうど、おあつらえ向きの仕事があるんだ。きみの処女航海にもってこいのな」

 霧香は頷いて続きを待った。

 「これだ」ぼやけた平面画像を表示させた。

 宇宙船のようだ。【画像処理済み】のアイコンが浮いていた。めいっぱい拡大したようだった。

 「ジェラルド・ガムナーは知っているな?われわれが追うマフィアのうち、最大勢力ふたつのうちのいっぽうだ。この船のオーナーでもある。船の名はマイダス。全長300メートル。判明しているのはその程度だ。こいつを追ってもらう」

 「宇宙海賊の旗艦ですね。隊でもよく話題になります」

 「うむ。滅多に姿を表さないのでいままで諸元が掴めなかった。だが昨日グラッドストーンから、もうすぐ出航するらしいという連絡があった。……奴はグラッドストーンからまもなく出てくる。きみはマイダスに忍び寄り、データを集めるのだ」

 惑星グラッドストーンはタウ・ケティマイナーと同じ軌道を巡る双子星であり、主星を挟んでちょうど反対側に位置していて、テラフォーミングされている。タウ・ケティ星系の人口増加を見込んだ計画だったが、恒星間戦争に至って開発は途中で打ち切られ、環境調整が終わらぬまま放置された。現在はこの事実上治外法権となった惑星に10億人ほどが住み込んでいた。住人の多くはタウ・ケティマイナーほか先進惑星の管理態勢を嫌ったアウトサイダーだ。犯罪指向者も大勢集まっていたため、タウ・ケティ自治政府もここぞとばかりに反社会的人物の島流し先として、この惑星を利用していた。霧香はいちどだけ任務で訪れたが、ざっと八世紀から十五世紀ほど先祖返りした人間が好き勝手に生活している賑やかなところだった。

 マフィアの親玉の潜伏先としても理想的だ。

 そのマフィアのボスが、穴蔵から這いだしてくる。たしかに滅多にないことで、そんな場合GPDは特別警戒態勢に移行するのだ。

 「了解しました。船のデータを収集するのですね?」

 「そうだが簡単にはいかないぞ。奴は出港に際して二重三重の欺瞞処置を用意しているのだ。それで我々のほうも奴の誤魔化しに乗せられる振りをする。タウ・ケティ運輸局が要注意船とマークしている船を主力監視部隊のパトロール艦が追跡する。そうしながら情報を収集して、本物のマイダスを発見したらそちらに全部隊を差し向けるのだ……。それでだ、きみにはある程度自由裁量を与えるから、怪しげな船を片っ端から調べて欲しい」

 「はい」

 「我々がリストアップした怪しげな船はきみの船のデータベースに放り込んである。航路図を立ち上げれば表示されるはずだから、よく見て参考にしたまえ。奴の尻尾を掴めればしめたものだが、単独では手に負えん相手だ。追跡を気取られてはならん。無理はするな」

 ジェラルド・ガムナー、通称キング、は海賊ギルドの頭目とみなされているが、直接犯罪に手を下さないため、いままで逮捕することが叶わなかった。GPDにとって最大の敵である。

 奴らも次第にGPDを厄介な存在と見なしはじめていて、隊員の何人かに賞金が賭けられている。賞金首のひとりは霧香の目の前にいる人物と、ロリンズ少佐だった。少佐に賭けられた賞金額が最も高いが、彼女自身は安すぎて話にならないとこぼしているという。

 「きみは地球圏に来たばかりでピンと来ないだろうが、ガムナーは古い悪党だ。元は国連地球防衛軍軍人だった。異星人たちとの最初の交戦で多くの兵士が戦死したので、奴はとんとん拍子で出世した。その頃から奴は悪党だった。軍の予算を私物化し、物資を横流しし、部下や民間人を虐殺した疑惑も賭けられたが、奴は握りつぶした。最後には辺境に自分の国を作ろうとしたが阻止され……軍を追い出された。地球の永住権も失い、タウ・ケティに流れてきた。半世紀以上前の話だ。表向きは名誉除隊とされたが、スキャンダルを恐れた首脳部が将軍の星と引き替えに放り出したのだ。除隊後は家業を引き継いだ。奴の父親もマフィアだったんだ。以来、グラッドストーンを拠点にして犯罪組織を牛耳っている。すでに120歳を超えているはずだが、引退したという話は聞いていない。有力な跡継ぎがいないんだ」

 「マイダスでどこに向かうつもりなんでしょう?」

 「出航直前に提出した航行予定によると、二十四時の恒星間連絡船にドッキングするつもりのようだな……奴の船は元は中国製の商船だが、様々な違法改造が施されているという証拠がある。武装しており、装甲化され、メインドライブも強力で、三十Gで加速可能なのではないかと思われている……われわれが保有している艦では手に負えん。だがきみの船がカタログデータ通りの性能なら、追いつけるだろう」

 「はい」

 「気をつけてくれ……奴がグラッドストーンを離れるのは、極めて異常な事態なのだ。われわれは警戒態勢を整えつつある。だがタウ・ケティ領内の艦艇に連絡が行き届くまで、まだまだ時間がかかる。それからマリオン――」

 「はい?」

 「くれぐれも、増援を寄こすまで派手な動きを抑えるんだぞ」

 導入部が長々と続いたため連投しましたが、五章にしてようやく任務に就くことになったので、これより更新は2~3日ごとになります。読んでいただいている皆様には申し訳ありませんが、ご了承くださいませ。

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