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「夕方」までには国連事務所のセルマから連絡があり、ヘンプⅢの大気圏上空まで運ぶ宇宙船は四十八時間後の出発になると知らされた。
「二日後!」
ランガダム大佐の顔がちらついた。「それで、きみはそのまるまる二日間無為に過ごしたというわけかね?」上司の冷ややかな声が聞こえるようだ。霧香は身震いした。さすがに無駄に過ごすわけにはいかない。夕食のついでに「港」のほうを当たることにした。上陸する際に、ステーションの周囲に様々な宇宙船が駐留しているのを見た。どこか民間業者に属する船をチャーターできるかもしれない。地球スタイルの挑発的なスーパースキン製ジャンプスーツに着替え、リムブロックに降りた。
メインストリートは薄暗くなっており、店の看板が灯り始めていた。仕事を終えた男女が通りに溢れていた。本日最初の一杯にありつくべく店を物色しているのか、なにかもっと変わった刺激を求めているのか。
運送会社が軒を連ねる裏通りのほうをしばらく歩き回り、オフィスに残っている社員に声をかけた。最初の二軒で、宇宙船はすべて一ヶ月先まで予定が詰まっているという返事を受けた。ヘンプⅢに行きたいのだと告げると、のらりくらりと理由を並べられてリースには応じられないと回答された。
レストランでひとりわびしく夕食を取った。
レストランホールからとぼとぼ歩いて出ると、ちょうど同時に隣り合った店からおぼつかない足取りで出てきた男性が転びかけ、霧香の肩にぶつかった。
「おっと!大丈夫?」霧香はとっさに男性の肩を支えた。年配者なのはすぐ見て取れたので心不全でも起こしたのかと思った。それくらい危なっかしい足取りだった。
「うん?こりゃ失敬」男性はふらつきながらもなんとか立っていた。真っ白な髭面の老人だった。古風な紺のフライトジャケットにポケットのたくさん付いたズボン姿だ。青年だった頃には二メートル近かったであろう背丈が今は背中が曲がって、やたらひょろ長い腕をだらしなくブラブラさせている。やっと支えている感じで傾いた頭を霧香に向け、目をすがめて見つめた。
「あんた……この辺の人じゃないな?」
「おじいさん、酔ってるの?」
「今日は暇だったでな」緩慢な動きで腹をポンと叩いた。「ちと飲み過ぎたわい」
霧香は老人のジャケットの胸と肩に貼ってあるワッペンを見た。ロケットを図式化したワッペンに「ブルックス・デリバティブ&ツアー・カンパニー」と書かれていた。
「あら、おじいさん宇宙輸送会社の人?」
「パイロット……わしゃ、パイロットじゃ」老人は霧香の肩を押しのけるようにして歩き出した。
「あ、ちょっと待って!」思いのほかしっかりした足取りで歩き去る背中に呼びかけたが、相手は振り返らなかった。霧香はあとを追った。
「ねえ、ちょっと待ってよ。宇宙船とパイロットを捜してるの。心当たりある?」
「あん?」老人は胡散臭そうに霧香をちらりと見たが、止まらない。
「宇宙船よ!チャーターしたいの……」
「また惑星に降りたいっていう与太者じゃろうが、ほかを当たっとくれ。当局にばれたら免停食らっちまう」
「おじいさんを雇うとは言ってないでしょ。誰か紹介してよ」
「ブルックス!」
「は?」
「ラリィ・ブルックス、わしの名前じゃ。じいさん呼ばわりはよさんかい、孫に呼びかけられてるようでむず痒いんじゃ」
「あら、ごめんなさい……わたしはホワイトラブ、GPD……つまり、えー」わかりやすい俗称だが使いたくないほうを付け足した。「銀河パトロール保安官」
ブルックス老人は立ち止まって霧香を振り返った。
霧香の経験では、「銀河パトロール」と自己紹介された人々の反応は二種類に大別される。「へえ!?」と珍妙な生き物を見るように目を輝かせるか、露骨に顔をしかめるかのどちらかだ。
ブルックスは後者だった。
「今日は輝かしき日じゃ……。生まれて初めてお巡りに謝られた。しかも女の子ときた」嬉しくもない口調で言い捨て、ふたたびのっそり歩き出した。
「あ、待ってよ。宇宙船だけでもいいの。誰か紹介してくれたらもううるさく付きまとわないから……ねえ待ってったら!」
二ブロックほども老人のあとをついて回ったが、ブルックスは立ち止まらず、ハブに昇るエレベーターのドアまで歩き続けた>
霧香はピンと来た。彼は港に向かおうとしているのだ。宇宙船かパイロットが居るに違いない。ゴンドラが降りてくると、霧香はブルックスのあとについてエレベーターに乗り込んだ。
ブルックスは横目で霧香を睨んだが、なにも言わない。
三百フィート上の中央ブロックまで上昇すると、人工重力は働いておらず、自由落下状態が維持されている。ブルックスは背中の重荷から解放されたように背筋を伸ばして床を蹴り、エレベーターのドアの縁に手を付いて軽やかに方向を代えた。リムと違い、無重力専用の円筒状通路が連なるハブの内部は、宇宙船の中と変わらない。回転するステーションと港を繋ぐクラッチドラムを越え、木の枝のように分岐する迷路のような桟橋を進んだ。リニアパレットを待つでもなく壁の吊り輪を伝って器用に進んでゆく。
「あんた、迷子になっちまうぞ」ようやくブルックスが口を開いた。
「ご心配なく、ブルックスさん」
「ふん……ニコニコ笑っておる!」
「会社は桟橋のほうにあるんですか?」
「オフィス兼住居がな。帰って飲み直しじゃ」
霧香が最初に降りたドッキングポートはオンタリオステーションを挟んで反対側に位置している。こちら側はいわば、裏庭だった。船乗りたちは入り組んだ機密モジュールを桟橋通路にいくつも繋げ、勝手気ままに生活を営んでいるらしい。リニアチューブの往来の邪魔にならない場所には木箱やがらくたが折り重なり、いちどなど鉢植えの植物が並ぶ棚……というか無重力でカオス的に増殖するもとは花壇だったなにか……を見た。環境調整などろくに考慮されていない通路には生活臭が染みついていた。通路自体も無計画に拡張され、その都度場当たり的な生命維持装置を設置したのだろう。だが整頓好きな宇宙船乗りのテリトリーらしくゴミは散らかっておらず、循環する空気中に塵は俟っていない。限られた生活スペースを精一杯維持している様子がうかがえた。
「このあたりは年季が入ってるわね。たしかオンタリオステーションが建造されて二世紀でしたっけ」
ブルックスが思いがけず笑い声を上げた。咳き込むような嘲笑混じりの笑いだった。
「へっ、年季が入っとるか……こんなところでも人間は育つもんじゃ」ふたたび呂律が怪しくなっていた。
「昼のあいだじゅうリムで飲み続けていたの?」
「フルGのほうが気持ちよく酔いが回るでな」
なるほど、医学的根拠はともかくこちらも年季の入った酔いどれらしい意見だ。
彼が向かった先は自宅やオフィスではなく、気密円筒モジュールにバーカウンターを一列作り付けただけの穴蔵のようなパブだった。床は汚れがこびり付いた金網に過ぎず、その下に詰まったライフサポート機器の配管が覗いていた。ベルクロで太腿を固定するバースツールがわざわざ備え付けられている。隔壁一枚隔てた向こう側は真空だ。
やっぱり飲むのか……霧香は内心溜息をついた。故郷の街でも常習的なアルコール愛好者を何人か見かけているが、果てしなく酒を飲み続ける点は皆同じだった。留めさせようとしたり文句を言っても本人は意に介さず、むしろ逆効果だった。
「ラリィ、もうできあがってんのか」
バーテンが呆れたように声をかけた。ブルックスは答えず、ひとこと告げた。
「ジン」
「あいよ」バーテンは渋々台拭きで手を拭い、背後のハニカム構造の棚に並ぶボトルの一本を抜き取った。
「ブルックス、火には気ィつけなよ!たちまち燃えちまうぞ」
「いい具合に干涸らびてるから良く燃えそうだしな」
店の常連客がはやし立てたが、ブルックスは面倒くさそうに片手を振っただけだ。いつもの会話なのだろう。
「お嬢ちゃんは?なんか飲むのか?」バーテンはブルックスのうしろに立つ霧香に言った。
「わたしはGPDです。宇宙船を捜しているの」
「へえ?そうかい」
「そうじゃ、みんな聞け、この嬢ちゃんは宇宙船をチャーターしたいんだと」ブルックスは店内に声を張り上げた。カウンターに腰掛けていた何人かが顔を向けた。
「チャーター?」
「ヘンプⅢに行きたいんだと」
「またか」店内にいた連中からやるせない溜息が一斉にもれた。
「ブルックス、あんたちょうど空いてるだろ?行ってやりゃいい」
そうだそうだ、と居合わせた客が笑ってはやし立てた。ブルックスはうるさそうに手を振って一蹴した。
「お嬢ちゃんGPDって言ったか?マジで言ってんのか?」
「お嬢ちゃんてのは勘弁してよ」
「ジェシカと友達か?」奥の暗がりからべつの誰かが尋ねた。
「ランドール中尉を捜索したいんです。そのために宇宙船をチャーターしたいのよ!」
「まだ戻ってねえのか……」
帽子を被った三〇がらみの男が呟いた。口ぶりからしてランドール中尉と知り合いなのかもしれない。霧香は期待を込めてパブを見渡したが、みなスツールに根を生やしたように動かない。名乗りを上げるものは居なかった。
「なにも降下してくれと頼んでないのよ。衛星軌道まで行ってくれれば、あとはわたしは勝手に降下する。なんで誰も行ってくれないの?」
「あんた分かってねえな。あの星に行きたがるやつは毎年何人も現れる。たいがい帰ってこねぇんだ。むかしは誰か死にたがりが遭難するたびに捜索したが、こっちも人員は限られてるんだし、キリがねえ。だいいち死体を捜しても見つからねぇ……。うえの先生方は知らんぷりしていらっしゃるようだが、あそこにゃ何かいるんだ」
「なにが?怪物?」
男は顔をしかめてそっぽを向いた。
「マジで言ってんだぜお嬢ちゃん、低軌道に降りたとたん電子機器がいかれた宇宙船だってあるんだ。やばいんだよ」
「そう、分かりました。むざむざ死ぬ人間のために船を出したくないと」
「ま、そういうこった」男はチューブをかざすと、琥珀色の中身をすすった。
「それじゃ他を当たるわよ」
「あんた本当に分かってるのか?」
「わたしどうしても行かなきゃならないの」
「意地っ張りな姉ちゃんだ……。じいさん、あんたが連れ込んだんだ、とっとと連れて出てってくれ。酔いが醒めちまう」
「ああ?うむ……」ブルックスは憤然と店内を睨む霧香に顔を倒し、店から出るよう合図した。霧香はスツールに手を付いてきびすを返し、通路に漂い出た。酒瓶の入った紙袋を抱えてブルックスが続いた。
「さっお嬢ちゃん、分かったならもう帰れ」
「ホワイトラブ。マリオン・ホワイトラブよ」
「ホワイトラブ、ここの誰も、その綺麗なおけつがモンスターに囓られるのを見過ごしたくないんじゃ。諦めな」
「おしりを誉めてくれてありがと!」
ブルックスは鼻を鳴らして隔壁を蹴った。「ひよっこのくせに減らず口は達者」だとかなんとかブツブツこぼしている。霧香はあとにくっついて行った。
ブルックスの「家」はすぐ近くだった。「二八番ドッキングチェンバー」と書かれたエアロックの蓋に赤い塗料でブルックス・デリバティブ&ツアー・カンパニーとステンシルされていた。
「ここがブルックスさんの家?」
「まあな」老人はエアロックを解放すると、諦めたように言った。「まあここまで来ちまったんだ、寄ってけ」
「お言葉に甘えて」狭い蛇腹型のエアロックを通って宇宙船に乗り移った。途中に窓はなかったので宇宙船そのものの姿は見えなかったが、エアロックの先は、容積は小さいがれっきとした船倉だった。シャトルのようなワンフロア構造の短距離艇ではない。
「すごい、惑星間輸送船ね?」
「そうじゃ、屑鉄同然の骨董品だが、忌々しいことにまだローンが残っとる」
「ローンて……まさかこの船、ブルックスさんがオーナーなの?」
「ああ、軍の年金を残らず突っ込んだよ。頭金にしかならなかったが」
「すごいじゃない!個人所有の船なんて初めて見た!いいなあ~!」
老人は片眼で盗み見るように霧香を見た。本気で感心しているのか確かめているのだろう。「しょせんボロ船だがね……書類上は組合の持ち物だし、借金のカタにはいっとるし」謙虚に付け加えた。
「でも飛ぶんでしょう?」
「飛んでくれんと困る……言っとくが、慣性制御装置など取っちまった。仕事はせいぜい5Gだからそんな物必要ないがな」
慣性制御システム無しで5G……ぞっとするような乗り心地だろうが、実際の運行は一~三Gで加減速するのだろう。そうであって欲しいと願った。その程度でも隣の惑星程度の距離なら往還できる。
ブルックスは隔壁を蹴って船倉を斜めに横切り、船室に向かう通路の端まで飛んだ。霧香もあとに続いた。
「一人で住んでるの?」
「もちろん副操縦士もおる」
やや早口な言いかたは取り繕っているようで、霧香はなんとなく、副操縦士はしばらく不在だったようだと見当をつけた。通常、乗組員が最低三人いなければこのサイズの宇宙船の運航許可は下りない。
ブルックス老人は長いこと仕事にありついていないのかもしれない。
がらんとした通路の照明が瞬きながら点灯した。両側に乗組員用区画のドアがある短い通路のすぐ先に操縦室が見えた。
ブルックスは操縦室の手前にある船長室の開けっ放しのドアに引っ込んだ。霧香は直進して操縦室に上がり込んだ。狭い船室は四人座るのがやっとという程度だ。操縦室背面の隔壁には通常、船の形式名称と製造元、基本的な諸元が記されたプレートが貼り付けられている。この船にも入口の横に擦り切れた銅製の銘板が貼り付けられていた。クラシカルな書体でデータが彫り込まれていた。
コルティナ級GS-LT 322-2 コール
基準重量 一〇二四トン 全長七六メートル
動力装置 シンヅカ・カーチスライト モーニングスターM七五〇〇重力子変換 陽電子精製炉 出力八.五S/tv
三〇四六年就役 英国 ルナウイルシャー鉄工所
霧香は音もなく口笛を吹いた。タウ・ケティからの旅程に利用したリバティーシップよりも年上だ……。
「それでも立派に現役じゃぞ」ブルックスが戸口から顔を出して言った。霧香は老人に振り返った。
「太陽系、地球の月で製造されたんだ。ずいぶん遠くまで来たものねぇ……」
ブルックスはヒッヒと笑った。「そうさな……このての輸送船はたいがい、製造された星系で一生を終えるものじゃからのう。メアリーベルは特別じゃ」
「メアリーベルが名前なの?コールではなく?」
「死んだ女房の名前だよ。船体に書いておる」
「まあ、奥様の……」
「ずっと前に亡くなったよ……ところで、勝手に操縦室に入るんじゃない。そこらへんのボタンを押されたら迷惑だ」
古い船だと言ってもコンソールパネルはバーチャル操作仕様だ。ボタンなどひとつも無かった。
「あらブルックスさん、わたしはこれでも一級操船免許を持ってるんですからね。駆逐艦だって操縦できるのよ」
「そうかい?わしと同じじゃな……その資格が有効になるのは五年以上船上勤務経験が必要だ。おまえさんがそれほど年寄りとは思えんが?」
「バレたか」霧香はいたずらっぽく舌を出した。
「まあせいぜい乗組員心得くらいはアタマに入ってると期待しよう……正直言っておまえさんいくつなんだ?」
「十七です。……あと二ヶ月で」
「おったまげた!最近のおまわりは学生を使うのかね?」
「もう成人式を越えて二年近くですよ!ご存じでしょうけど」
「まあな、わしの頃も、一五で成人じゃった。……何年前だったか忘れたがおかげで無駄に長生きしてる気分じゃ」
老人は言葉を切り、突然用事を思い出したようにきびすを返して船長室に舞い戻った。アルコールを摂取する必要に迫られたのだ。
彼は何歳くらいなのだろう……。少なくとも七十以下には思えない。
霧香は肩を竦めてあとに続いた。まあもっと習慣性の強い悪癖に耽るよりはマシだ。
先ほどから妙な違和感を感じていたが、霧香はその理由に思い至った。部屋の調度がすべて本来の床ではなく壁に据え付けられている。船の後方に当たる壁が床になっていて、ドアの立て付けがおかしい。ゼロGなのですぐに気付かなかったのだ。
(なるほど……これでは航行中は操縦席に行くのは至難の業だな……)足を滑らせたら船倉区画まで二〇メートル以上落下してしまう。
ラジオのスイッチが入った。恐らく港湾施設の公共連絡回線がオンになっているのだろう。スピーカーから男性の声が響いた。
『こちらC一コントロールのアーティーだ。港の全船舶に連絡、先ほどから挙動不審の船が一隻、オンタリオステーション管区に接近中だ。作業中の各員は警戒されたし。それによる飛行制限空域が設定される。繰り返す……』
「何かしら……」
「海賊なんと違うか?」
「海賊!?たいへん!」
「落ち着きな。こんなへんぴなステーションが襲撃されたりせんよ。おおかた補給目的だろう。下手に騒ぐと事態をこじらせるだけだぞ」
老人が密閉蓋とストロー付きのグラスを寄こしたので受け取り、霧香は緩衝剤を巻いただけのバーに渋々腰を下ろした。
「慣れてるんですね。こういう事はよくあるの?」
おざなりにグラスを合わせて乾杯すると、ひとくち啜った。霧香もおそるおそる啜ったが、中身はアルコール抜きのライムソーダのようだった。
「年に一度か二度。面倒だから誰もいいなりさ。あんたの前の人……ランドール保安官。彼女も積極的に取り締まりはしなかった。だがいちど奴らの頭領のところまで出向いて、このちっぽけなステーションで暴れないようにと話をつけてくれたんじゃ」
それでも霧香は納得しかねるという顔だった。
「気にいらんか?」
「お話は分かります。でもなあなあな気がして」
「しかしおかげで、ここ数年は犠牲者が出とらん。せいぜい無人待避衛星の備蓄を荒らされる程度で済んでおる。ステーションに上陸されても補給が済んだらさっさと去ってゆくしな。ミサイル一発で御陀仏のステーションなんぞひとりで守りきれないから、現実的な選択じゃ」
海賊退治は他所でやれということか。
海賊の取締は管轄が限定される警察機構では難しく、たまたま軍艦が居合わせでもしないかぎり事実上野放し状態になる。本来はGPDがその任に当たるのだが、GPDは発足してまだ十七年……。慢性的な人手不足が続いており、辺境コロニーに常駐できるのはせいぜいひとりかふたりだ。そんな数では海賊相手に一戦交えるわけにも行かないから、ランドール中尉は妥協の途を選択したのだ。
酔った年配者にやんわり諫められて言い返すこともできないとは情けないが、霧香にもきれいさっぱり解決する名案は思い付かない。それに先輩が苦労して築いた状況を掻き回すなど絶対にできない。
(オーケー、いずれ別の場所で叩いてやるわよ)
ところが事態はブルックスの見通しを裏切り悪い方向に向かった。
『こちらC1コントロールのアーティー・チョー、挙動不審船の続報を伝える。当該船舶はアントノフ二四二〇型戦闘輸送艦と思われる。武装商船ではない……いままで見たことがない船だ。各船の乗組員と港湾関係者は警戒態勢に入るよう要請する。作業中の各員は作業を中断せよ。繰り返す……』
「新手って言ってるけど……」
「戦闘輸送艦とはね……フム」老人は手の中のグラスを見て顔をしかめた。「おったまげた」