第8話 オカンは小学5年生の巻
朝日差す、陀賀市の一角。
そこにある、住宅に住む1人の少年の朝は早い。
布団の近くには目覚まし時計が3つ。それらが一斉に音を立てた。
ピピピピピ。
ジリリリリ。
あさだあさだぁぁぁよぉぉぉあさづけぇぇぇの……。
3つのそれぞれ違ったアラーム音を奏でる、目覚まし時計たち。
そこに小さな手が伸び、バシバシバシと頭を叩きちぐはぐなコーラスを止めさせた。
そのまま、体を起こし伸びをする男の子。
名前は鳥居彼方。クラスで一番の低身長でかつうまいファイターチキンカレーとして元気に頑張っている。
これからおやすみになる方も、そしてお目覚めの方も現在時刻は午前5時37分。
運動系の部活の朝練がない限り普通の小学生はこんな時間には起きない。
でも、起きたのにはキチンとちゃんとまっとうな理由がある……。
「よっし!朝ごはん、朝ごはん。ついでにお弁当!」
そう。彼方はこの家の台所番を務めているのだ。
朝は朝ごはん、お昼はお弁当、時々3時のおやつ、そして夜は晩御飯。
それらすべてを彼方がまかなっているわけで。
お気に入りのエプロンをつけ、朝日を浴びながら手を洗う。
指の腹、指先、指の間、手首も忘れずしっかり3分。
手を洗い終えたら、お弁当に入れるおかずや朝ごはんのおかずの準備開始。
お弁当は兄や姉、小さな弟や妹の分。それぞれの年齢や好みに合わせた内容で、
それでいて、栄養バランスの整ったお弁当を作るのは結構大変。
黄色くてあまーい卵焼きは共通で入れる。
前日に湯がいておいた、旬のアスパラはマヨネーズをポトッと。こちらも共通だ。
小さな弟妹達にはウィンナーを飾り切り。
最近覚えた常備菜、にんじんしりしりはみんなに大人気だ。
ピロロローン。あ、ご飯が炊きあがったみたいですよ。
ふたを開け、蒸気とともにたゆたう炊き立てのご飯のいい匂い。
ふぅ、とため息ののち軽くほぐし、お弁当箱にご飯を詰める。
弟や妹達には桜でんぶを、兄や姉にはゴマ塩と梅干しを。
あとは冷まして、蓋を閉めればお弁当は完成だ。
「ふぅ」
ほっと一息。でもまだまだ終わらない。お次は朝ごはんだ。
水を入れた鍋に昆布を入れ火にかける。
朝は味噌汁とご飯、というのが鳥居家の信条だ。
これは彼方自身のこだわりなのだが、基本的には味噌汁はだしから作る。
多少手間はかかるけど、おいしいおみおつけのためなら。
弱火で20分。沸騰前に昆布を取り出す。
その後、煮立ったお湯に削り節をドーン。ここからは中火だ。
灰汁を取り、また沸騰したら火を止めしばらく置く。大体2分程度か。
鰹節が沈んだのを確認したら別の鍋を用意し、そこに漉し布を敷く。
もう1つの方の鍋めがけ、出汁を入れる。この時余った鰹節とさっきの昆布は手作りのふりかけにリサイクルだ。
さあ、ここからは後半戦。今日はたまねぎとわかめ、豆腐の味噌汁。
出汁に火をかけ、お弁当づくりの片手間で切っておいた具材を入れていく。
煮立ったら、味噌を少しずつ溶き入れ火を止める。そして、最後の工程……味見だ。
「……よし!」
にっこり笑う、彼方。うまくいったみたい。
そんなこんなで朝ごはん。
おかずは常備菜いろいろと納豆。味噌汁は今日も大人気だ。
「彼方、たまには私がやるから……」
一番上のお姉さん、鳥居えりかが味噌汁を啜る。
「んーん、大丈夫。姉さんだって仕事があるんだから……」
「そーゆー彼方だって学校があるでしょ、学校が」
続けて突っ込むのは自身より少し上の姉、鳥居まどか(中学2年生)。
「けど、僕かなにーにーのおみそしるすきー!」
「わたしもー!」
保育園生の鳥居るい(年少)とつぼみ(年中)が声を上げた。
「ふふ、ありがと!」
嬉しそうに笑う、彼方。
やがて朝ごはんが終わり、登校の時間だ。保育園生な弟と妹の手を引いて玄関へ。
おおっと。背中には、さらに下の弟がいる。彼もまた保育園生。
「いってきまーす!」
「彼方!父さんと母さんとめいに挨拶忘れてるぞ!」
兄の鳥居剛(大学3年)に呼び止められさっさとUターン。
「うわっふう、忘れてたー!」
向かう先は、仏間。そこには両親と、小さな妹の写真が。みんなで、そこに並ぶ。
「お父さん、お母さん、めい。いってきます……」
写真の両親、そして妹は、笑顔だ。
2年前のある日のことだった。
彼方の両親と妹のめいが交通事故にあい、3人とも亡くなってしまったのだ。
通夜や葬儀が始まり、やがて終わった鳥居家。
状況を把握していない、小さな弟や妹達がのんきに笑う一方
小学校に上がったばかりの妹のぞみとまだ年長だったれおはただただ泣き続けていた。
上のきょうだい達(彼方含む)は泣くよりも先にこんな想いが。
「これから、どうすればいいだろう」
当時一番下の弟、アキラはまだ乳飲み子。
親戚を頼ろうにも、何せきょうだいが多い。別れて暮らしたとしてもきっと……。
かくて、長女えりかは決断した。自分たちで何とかやっていこうと。
とはいえ、上の兄や姉は学業やバイトで忙しくおさんどんまで手が回らない。
そんなわけで、彼方とまどかが台所に立つことになった。
まどかが中学に通うようになってからは彼方が事実上の料理担当になったのだが、
最初の年よりどんどん腕を上げていき、気がついたらレパートリーは星の数ほどになり、今に至る。
三食(+おやつ)を作り、下の弟妹達の世話もするそんな彼方はさりげなく「おかん」と呼ばれているらしい。
それにしても、彼方君。うまいファイターいちのハードな設定もちである。
「じゃーねー!かなにーにー!」
「学校がんばってねー!」
「ばいばー」
保育園の玄関、弟と妹達が元気に手を振っている。
「みんないい子でいるんだよー!」
彼方も手を振り、保育園を後にした。
さて、朝の仕事を終えたあとはまっすぐ学校に向かうだけ。
正直言わせてもらうと、こういう生活は大変だ。
家事もそうだけど、最近それにプラスしてうまいファイターの活動まで加わったわけだし。
けど、家族のキズナさえあればどんなことがあってもがんばれる。
彼方君はそんな少年である。
「おはよう!彼方君!」
向こうから、クラスメイトで同じうまいファイターのみくが駆け寄ってくる。
「ん、おはよう!」
めっちゃ早起きしたにもかかわらず、彼方は最高の笑顔を見せ挨拶を返した。
さあ、きょうも1日が始まる。
陀賀第一小学校、5年2組の教室。
朝の会の前ゆえ、みんな好き勝手に立ってワイワイ話している。
「うわああああああああ!おはよううううううううう!」
「……れたす、少し落ち着きなさい」
そこへ駆け込んでくるのは我らが主人公、塩原れたす。
と、同時に入ってきたのは紺野りえ。
どうやら今日も遅刻ギリギリだった模様。
「もう、なんであんたはいつも寝坊するわけ?」
りえはあきれはてている。
「わかんないよぉ……」
泣きべそをかく、れたすにりえは頭を抱えた。
「はぁ……あんた、ビービー泣いているから気付いていないかもしれないけど
れたすのお母さん、そのたびに私に申し訳なさそうな顔してるのよ。
泣き虫を治せとは言わないわ。でもせめて、その寝坊癖をなんとかしたらどう?」
「けどぉ……」
「けどじゃない!」
びぇぇぇぇぇ……。あー。奴さんまたまた泣きだした。
そんなれたすに太郎は言う。
「なぁ、へったれたす。もうすぐ母の日だろ?その寝坊癖を治すってのをプレゼントにするってのはどうだ?
まあ、お前さんには無理だろうけどな!」
はっはっは。いつもの嫌味をかまし、太郎は大笑いした。
「ちょっと、明石君!いくられたすがああだからって言いすぎなんじゃないの!?」
りえちゃん、フォローになってまへんで。
「まあ、無理かもしれないけど普通にプレゼント送るよりはいいんじゃない、かな?」
無理かもしれない、は余計ですぜ真世ちゃん。
「うぅ、なるたけがんばってみるよ……」
と、れたすが所信表明をした時だった。
少し悲しげな顔をしている彼方がこの場にいた面々の目に映ったのだ。
「……あ、なんかごめんね」
猛反省、といった感じの表情を浮かべる真世。
「……ん、気にしないで」
そう返した彼方の表情は、まだ暗かった。
学校が終わり、彼方はまっすぐ家に戻った。
その後、財布と買い物袋を手にとりまた家を出る。
ちびっこグループを迎えに行くついでに夕食の買い物に行くのだ。
保育園で3人を拾うと、向かう先は商店街。
夕食の買い物アワーなためか、そこは主婦でごった返していた。
「ねー、かなにーにー。今日のばんごはんはー?」
「んー、昨日が魚だったから……今日はお肉かなー?」
向かって右にはるい、向かって左にはつぼみ、そして間に挟まれ、彼方。
でもって、彼方に背負われアキラ。鳥居4兄弟♪……違うか、つか古いか。
まあ、とにかくほほえましい光景である。
と、そんな子供たちの横を……。
「おかーさん!今日はハンバーグがいい!」
「えーカレー食べたーい!」
「はいはい、間を取ってハンバーグカレーね」
「「やったー!!」」
親子が通りすがった。絵にかいたような幸せ親子である。
「おかーさん、か」
小さくつぶやく。2年前までは当たり前だった光景。
2年前といえばまだ8歳。もう少し甘えていたいそんな年齢の時に起こった、あの出来事。
きょうだいや友人達、それから近所の皆さんの支えでなんとか落ち付いてきたわけだが
それでも、こういった風景を見ると胸が少し痛くなってくる。
やがて、親子は視界からいなくなった。
「かなにーにー?」
「どうしたのー?」
「のー?」
るい、つぼみ、アキラの声で我に返った、彼方。
「あ、んーん!なんでもないんだ!」
正直、嘘だった。弟達に見えないように、頬を両手で軽く叩き気合いを入れなおす。
「よっし!お肉ってことで!何がいい?」
「とりのさっぱりにー!」
「けいちゃんやきー!」
「れいしゃぶー!」
おお、3人ともなかなか渋いセレクトである。
まあ、意見が割れちゃったことでしばらくアーギュメントが続いたのち、
結果、その日の晩御飯は『鶏のさっぱり煮』となった。
「「「「「いっただっきまーす!!」」」」」
食卓に全員ついたら、手を合わせて号令である。
まあ、ひとまずはお味噌汁を一口。
「……!!」
一斉に奇妙なっていうか疑問符を頭上に浮かべたような顔になる、鳥居家の皆さん。
「ね、彼方お兄ちゃん。なんか味しないんだけど」
問う、のぞみ。
「つーか、出汁の味だな。味噌の味が……」
と、剛。
「あああああああああああああ!!!」
思わず、絶叫な彼方君。
彼方以外の鳥居家の面々はびっくりしてコケてしまった。
「ちょちょちょ、どうしたのよ……」
起き上がりつつ、まどか。彼方は答える。
「お味噌汁に、味噌を入れるの忘れてたあああああああああああ!」
ドゲシャアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!
通常ありえないミスを仕出かした、彼方にきょうだい達は盛大にずっこけた。
「ちょ、どういうことよ……」
あまりの衝撃的展開に、まどかは先程よりもヨロヨロと起き上がることとなった。
「ま、まあ。とりあえず……さっぱり煮でも食べますか……」
さっぱり煮に箸を伸ばす、剛。他のきょうだい達も続いた。
と、また奇妙な表情。先程よりも大きな疑問符が頭上に浮かんでいる。思うことは、共通。
「なんか、さっぱりしてない……」
「つか、酢独特の酸味がないというかなんというか……」
「ぬああああああああああああ!!!」
またまた絶叫な彼方君、そしてまたまたビックリしてコケる鳥居家の皆さん。
「……彼方、ある程度予想はできてるけど……」
「そーなんだよ、まどか姉さん……さっぱり煮に、お酢入れ忘れちゃった……」
―間―
チュドギャガドォオオオオオオオオオオオオオオオン!!!!
またまたまた彼方除く鳥居家の面々は、超大袈裟に、壮大にずっこけたのであった。
「はぁーあ……」
食器を下げつつ彼方はため息をついていた。
まあ、しょうがない。本来なら仕出かさないはずのミスを連発しちゃったから。
原因は分かっている。学校や商店街でのことだ。
それでいろいろと考え事をしているうちに……ああなってしまったわけで。
しかし、「入れすぎ」ではなく「入れ忘れ」だったのがせめてもの救いだろうか。
もし前者だったならば、大惨事では済まされなかった。
「ってか、味見普通するわよね……」
彼方の横で片付けを手伝う、まどか。
「なんか、それも忘れていたみたい……」
まさかのミスにまどかは心の中で頭を抱えたがなんとか立ち直り、続けた。
「何があったかは知らないけど、きっと疲れてんのよあんた」
「そのようなもんです、はい」
食器を流しへと運び終えるとまどかは食器を洗い始めた。
「えりか姉さんも言っていたけど、たまには休んだら?
『おかん』にも休日は必要よ……」
「そりゃま、そうだけどね……」
自室。その日の宿題をしながら、彼方は先程の言葉を反芻していた。
「……そういえば、母さんにも同じようなことを言っていたな」
鉛筆をノートの上に置き、彼方は昔を思い返していた。
母の日。早起きして朝食を作り、母をびっくりさせた、鳥居家の子供達。
味噌をやや入れすぎた味噌汁に、おかゆっぽくなった、ご飯、焦げた魚。
まあ、とにかくあまりよくできたとは言えない出来上がり。
エニウェイ。何が何やらな表情を浮かべる母に、彼方は言った。
「お母さんにも、休日は必要だよ!」
とはいえ、何せ家事をあまりしたことのない子供達。
掃除や洗濯もワーワー大騒ぎ。結果、母親を駆りださせてしまうことに。
それでも、夕食時に渡したプレゼント(カーネーション付き)はとても喜んでもらえた。
そんな、もう帰らない日々。
彼方君はまたまた物思いにふけることになった……。
彼方君が悩んでいる一方、妹つぼみのほうにも事件が起こった。
年中クラスでは母の日に似顔絵を贈ろう!
と、いうことで。画用紙にそれぞれのタッチで各々の母親の似顔絵を描いていた。
しかし、つぼみには母親がおらずそして顔も覚えていない。
悩んだ末に現在の「おかん」である彼方の絵を描くことに決めた。
輪郭や目、髪の毛は黒いクレヨン、ペールオレンジで肌の色を塗る。大きく開けられた口は赤いクレヨンで。
洋服は大好きな黄色をふんだんに、使った。
画用紙の上の『おかん』は輝く笑顔を見せている。
完成に近づくにつれ、どんどんどんどん笑顔があふれていった。
その時である。
「おい、これお前の兄ちゃんだろ!?」
横にいた男の子がちょっかいを出してきた。
「そう、だけど……にーにーでわたしの『おかん』だもん」
つぼみは言う。
「ぎゃはは!男なのに、『おかん』かよー!!」
笑い出す、男の子。
つられて、ほかの園児たちも笑い出す。
「はい、みんな笑わないの!つぼみちゃんはね……っ!」
保育士が必死に皆を制止しようとするが、笑い声は収まらない。
「……もう、いい!!」
泣きそうな顔になりながら、つぼみは絵をぐしゃぐしゃに丸めごみ箱に捨ててしまった。
「……つぼみちゃん!」
保育士が、叫ぶ。
そして、つぼみは教室から飛び出し……そのまま園から出てしまった。
「つぼみちゃーん!」
必死で追いかけるクラスメイトと保育士。
ほかのクラスの先生も加勢した……のだが
4歳児とは思えぬ、凄まじい勢いで走り去り……あっという間に姿がうせてしまった。
「……と、とりあえず119番しないと!」
「先生、それを言うなら117です……っ!」
大混乱な、保育士たち。
「……」
そんな中でも、あの男の子は……黙っていた。
一方その頃、陀賀第一小学校。
結局宿題が片付かず、れたすと一緒に廊下に立たされていた彼方のもとにも
石政先生を通じて、その報せが届いていた。
あまりの衝撃に持っていたバケツを落としてしまうほど。
「……つぼみ」
「どっどっどっ、どうしよう!」
呆然とする、彼方。そして何気にテンパっているれたす。
「っ……!」
いてもたってもいられず、彼方は駆け出した。
あっという間に、失せる姿。
「あ、ちょ待ってよお!今みんな授業中だしそれに……!」
彼を追いかけようとしたれたすは、こぼしたバケツの水で滑って転び……
「びええええええええええええええ!」
……大泣きした。
ほどなくして、授業終了を告げるチャイムが鳴る。
「れたす、何があったのよ……」
教室のドアを開け、りえが話しかける。
「実は、かくかくしかじかなわけで……」
「ええっ!なんですって!!」
……文章の媒体というのは実に便利である。
「ど、どうしよう……」
「ひとまず、彼方君を迎えに行きましょう……」
りえは、あくまでも冷静だ。
「けど、授業が……!」
「今は業間休み。終わるまでに帰ればなんとかなるわよ。
それに、あほのあんたが授業のこと気にしてどうすんの」
……りえは、何気に辛辣だ。
「うぐっ……」
「泣いている場合じゃないでしょ、行くわよ!」
れたすの手を引き、りえが走り出す。
「へったれたす、紺野!俺も行くぞ!」
太郎もそれに続いた。
「太郎、くん」
「……確かに、数話ぶりに活躍したいからってのもあるわね、きっと」
……りえは、メタ発言をした。
一方そのころ。ここは河原。
川面に陽の光が反射し、まるでダイヤか何かのような輝きを見せている。
その土手に、つぼみは座り込んでいた。
めちゃくちゃに走っているうちにこんなところに来てしまった、つぼみ。
実際の話、この河原は何度か鳥居家で遊びに来たことがあるのだが道筋は、覚えていない。
それに、先程のこともある。帰ろうにも帰れない。
「どう、しよう……」
つぼみは、こぼした。
その時、遠くから彼方はその姿を見た。
「つぼ……!」
駆け寄ろうとすると、どこからともなく見知った姿が現れた。
「はーい!そこのおぜうさん!」
……いつの時代のナンパだよ、な声掛けをしたのは……。
毎度お馴染み、高級伯爵。
様子をうかがうべく、彼方は近くのダムの警告看板に隠れた。
「おぜうさん、こんなところでどうしたの?」
「……知らない人とお話したりついて行ったりしちゃだめって……」
「うーん、お母さんからそういわれているんだね」
……つぼみは、黙秘権を行使した。
「まあまあ、このお菓子でも食べて元気出して!」
どこからともなく、高級伯爵は『お菓子』を取り出した。
そう、やっぱりお馴染みの高級菓子だ。
「……でも」
「でーじょーぶ!料金は後払いでいいから!ぽっきり50000円!」
彼方は思わず、コケてしまった。
ていうか、やっぱ子供が支払えるような値段じゃないし!
まあ、そんなずっこけが……高級伯爵に気づかれる原因となったわけで。
「おや?そこにいるのは……」
「……かなにーにー!?」
「つぼみ……あのおじさんから、離れるんだ……っ」
何とか起き上がり、彼方はつぼみに向かって叫んだ。
「……おじさんじゃない!私はまだまだヤングだ!!と、いつものやり取りはさておき。
宣伝活動をよくも邪魔してくれやがって……」
と、胸ポケットからバラを一輪取り出す。
「と、いうわけで。いきなりだけど、展開的にもさっさとやっちゃうもんね!」
と、近辺にあった放流警報局にバラを投げつける高級伯爵。
それにしても、目についたものを怪物にしようとするなんて。
高級伯爵は意外と、適当な人間である。
「う、うるさい!」
地の文のツッコミを受けた、高級伯爵が顔を真っ赤にし抗議した瞬間
……怪物が、誕生した。
「と、いうわけで!やっておしまいなさい!」
びしっと指をさし、高級伯爵は命じた。
ウォォォォォォォォン。
でっかいサイレンを鳴らしつつ、ストンプを繰り返す怪物。
「「「ぬぁぁぁぁぁぁっ!?!」」」
彼方達はそのサイレンのでっかさに思わず、耳をふさぎ地面に座り込んでしまった。
「うぐっ、巨大化させるとサイレンも大きくなることを失念していたっ……!」
マッタク、実におまぬけな高級伯爵である。
「るっせー!」
と、高級伯爵が本日2度目となる地の文との会話を繰り広げているころ。
「っ……とりあえず、つぼみを助けなきゃ……」
彼方はよろよろと起き上がり妹の方へと向かおうとしていた。
刹那。怪物が、つぼみの体をグラブしやがったのである。
「かなにーにー!たすけてー!」
つぼみが足をじたばたさせながら、助けを求めている。
こういう状況下だと、変身をためらうところだがそれを考えている場合じゃない。
それに対する弊害なんて知らないし、何より妹が危ない!
素早く、ブレスをタップし変身うまい棒(チキンカレー味)を召喚。天に、掲げた。
「チェインジ☆うまいパワーボンバー!!!」
普段よりも高速スピードでパッケージを開け、食す。発光。
「チキンカレーの魔法できらぴかりん☆うまいファイター、チキンカレー!」
大家族の『おかん』からこの地域のスーパーヒーローへと大変身を遂げた、彼方。
名乗りを終えて、すぐに駆け出しつぼみのもとへ向かおうとする……が。
「そうはさせないもん!戦闘員の皆さんっ!」
フィンガースナップをかます、高級伯爵。
どこからともなく、戦闘員が現れた。……しかも、普段よりたくさん!!
「……!」
これには思わず、チキンカレーもフリーズだ。
所謂やられポジションである、戦闘員。
しかし、それが大量になるとキリがないってレベルじゃあない。
「でも、迷ってられない!」
チキンカレーは駆け出し戦闘員に勝負を挑んだ。
しかし。倒せど倒せどいなくならないってのはまさにそれ。
この調子だと、いつつぼみのもとにたどり着けるかわからない。
「あぅ、どうしよう……」
チキンカレーが頭を抱えていると……
「おーい!」
遠くから、見知った声が。振り返ると……。
「妹さんを探しに行ったって聞いたけど」
「なんか大変なことになっているみたいだね……」
「彼方、いやチキンカレー。俺達も加勢するぜ!」
友人で、仲間のりえ、れたす、太郎がいた。
「みんな、ありがとう!!」
心からの笑顔を見せる、チキンカレー。
なお、このやり取りの間戦闘員は動きを止めていた。無駄に律儀である。
「とにかく、さっさと変身よ!!」
「おう!」
「うん!」
一斉にブレスを2度たたき、変身うまい棒を取り出し……掲げる。
「「「チェインジ☆うまいパワーボンバー!!!」」」
中略。
「サラダでヘルシー勇気りんりん!うまいファイター、やさいサラダ!」
「コンポタでほっこりまろやか気分!うまいファイター、コーンポタージュ!」
「めんたいでピリッと決めるぜっ、I’mNo.1!うまいファイター、めんたい!」
「「「「サクッと参上!うまいファイターズ!!!」」」」
「ああもう!名乗りって必要なの!?」
頭を抱えて、高級伯爵が吠える。
「ヒーローの義務のようなもんだ」
太郎は冷静に返した。
「ダッー!!っていうか、あんた達も律儀に待つんじゃありません!!!」
「イ、イー……」
やっぱり待っていた戦闘員の皆さんに、高級伯爵は激しく叱責したのでした。
まあ、ともかく。改めて、戦闘開始である。
「ぐおりゃあああああ!」
数話ぶりの登場なためか、普段以上に気合を入れて戦闘に挑んでいる、めんたい。
「はっ!うりゃあああああっ!」
回し蹴りと水平チョップを組み合わせたスタイルを見せる、コンポタ。
「えいえーい!」
低身長を生かした、身軽な動きで戦闘員の皆さんを翻弄させる、チキンカレー。
「あわあわあわわああああああっ!」
相変わらずのめちゃくちゃパンチ及びキックでありながらまあそれなりの命中率を見せている、やさいサラダ。
まあ、そんな調子で戦闘員の数はだんだん減っていき目視でカウントできるだけになっていった。
「これで道ができたよ!」
と、やさいサラダ。コンポタがこれに続く。
「チキンカレー!あとは私達に任せて、妹さんの救助に向かいなさい!」
「終わり次第、俺達も加わらせてもらうぜ!」
めんたいが白い歯を見せながら、きらっと笑う。
「やさいサラダ、コンポタ、めんたい!みんなありがとう!」
そうして、駆け出そうとするチキンカレー……だったのだが。
……またまた、でっかいサイレン……である。
くらくらする頭の中でチキンカレーはあることを思い出していた。
話数にして、第5話。当小説の編集ページの部数にして第7部分に登場したあの『耳栓』だ。
ブレスの中に収納してあったのを思い出し、彼方はそれを取り出しつけようとする。
……が、すぐ思い直した。一番ヤバいのは、至近距離でそれを聞いているつぼみだ。
耳栓を、握りしめ猛然とダッシュ。もちろん、頭も体もくらくらだ。
けど、気にしている場合じゃない。『おかん』として妹の危機を救わなければいけないのだ。
ほぼぐったり状態のつぼみを握る、警報局モンスターの右拳。そこめがけて……
「はぁぁぁぁぁぁっ!!」
キックだ。まあ、あっさりとつぼみは地面に落ちた。
「つぼみ!つぼみ!大丈夫……!」
『兄』であり『おかん』の顔に戻る、チキンカレー。
「かな、にーにー?」
うっすらとした意識で、つぼみが答える。
「今は少し違うけどね……ほら、これつけて。あのオバケはぼく達が、なんとかするよ」
つぼみに件の耳栓をつけてやると、チキンカレーは改めて怪物に向き直った。
再度、つぼみの方へと伸びる右手。無論、サイレンを鳴らしながらである。
それにも負けず、チキンカレーは右手を押さえつけた。
『ならば左手があるもん!』といいたそうに、モンスターは左の手でつぼみを……
「させないぜっ!明太キィィィィック!!」
つかめなかった。
戦闘員の皆さんを掃討し終えたらしい、めんたいの手でいや足でそれが阻止されたのだ。
「まだまだいくわよ!ディッシュディスク!」
素早くブレスから皿状の武器を取り出し、今度はコンポタがモンスターに攻撃だ。
「ふええええ!玉乗りアタック!!」
続くはやさいサラダだが、案の定豪快にそれて川にダイブである。
ちなみに3人とも耳栓を装着済みである。素早い。
「み、みんな……」
ほっとした笑顔を見せる、チキンカレー。耳栓未装着による、サイレン攻撃へのダメージは計り知れず少しくらくらである。
それと仲間との合流による気の緩みを見切った怪物はチキンカレーを突き飛ばした。
土手を転げる、チキンカレー。しかし、気合いで立ち上がり戻ってくる。
怪物はそんなチキンカレーに追い打ちをかけるように、サイレンをがんがんと鳴動させた。
しかし、小さな戦士はなおも立ち続ける。
「なっ……何故、引かない!何故、屈しない!」
高級伯爵は、狼狽した。
「何故かって……それは、ぼくが……『おかん』だからだぁぁぁぁっ!!」
すごそうな、いや現にすごいオーラをまといチキンカレーは怪物にグーパンチをかました。
『おかん』の愛が上乗せされた、スペシャルパンチを受けた怪物はうめき声を上げずに……元の、警報局に戻った。
変身を解除すると同時に、地面にへたり込む彼方。
「彼方!」
「かなにーにー!」
「「彼方君!」」
つぼみと、変身を解除した仲間たちが一斉に駆け寄ってくる。
「ん、ぼくは平気……とりあえず、みんな心配しているだろうしつぼみを保育園に届けないと、ね」
彼方、にっこり。
「どこまでも、『おかん』ね……」
同様に、りえが笑みを見せたころ……。
「つぼみちゃーん!」
園の皆さんも、そちらにやってきた。
そんなわけで、保育園。つぼみは迷惑と心配をかけた先生方と友達みんなに
「ごめんなさい」
した。なお、バカにしたあの男の子もつぼみにきちんと謝った。
「そんなことが……」
つぼみが園を脱走した事情を知ることになった、彼方。
「つぼみちゃん家のことは今日、じっくりみんなにお話ししようと思います……」
「本当、すみません……」
自分の妹が起こした騒動に彼方は何度も頭を下げる。
「気にしないでいいんですよ。彼方君は立派なお兄ちゃんで、『お母さん』ですよ」
と、保育士さん。
「……」
少し、頬を染め照れ笑いする彼方につぼみは言う。
「かなにーにー、絵をかきなおしたら……ははの日にプレゼントするね!」
「ん、ありがとう」
なでなで。妹をなでるその顔は……まさに『母』そのものだ。
悩んだり躓いたりもするけれど、なんやかんやで彼方は鳥居家の『おかん』なのだ。
「ふう、万事めでたしめでたしね」
「まったくだな」
「うんうん」
そんな光景を見つめる、りえと太郎、そしてれたす(無事救助された)もまた幸せそうだ。
「ただ、あなたたちはめでたくないわね」
と、どこかで聞いたような声が。
「「「「……!」」」」
その声の先を見て固まる、4人。そう、石政先生だ!
笑顔を浮かべているが……ひきつっている。
「業間休みも3時間目もとっくに終わっているんだけど……」
戦慄する、4人。すっかり忘れていたが、学校を抜け出してきていたのだ。
「あ、その……それは……」
「いろいろと、事情があって……」
「そ、そうそう事情が……」
「抜け出せなかったんです、あぅ」
担任から醸し出される、ゴゴゴなオーラに圧倒されつつエクスキューズをする4人。
まあ、そんな言い訳が通じるほど政治も世間も担任教師も甘くないわけで。
そして、雷が落ちた。
「あなた達全員、今月いっぱい放課後罰掃除です!」
「「「「ひぃええええええええ!?!」」」」
子供たちの悲痛な叫びが保育園発で町中に反響した。
まあ、それはさておき。
鳥居彼方、10歳。ヒーローで『おかん』な男の子だ。
つづぐ?
正直長いけど、やっぱりやる解説
※1サブタイ:テレビアニメ『ママは小学4年生』から
※2あさだあさだぁぁぁよぉぉぉあさづけぇぇぇの……。:やや昔のエバラ食品の『浅漬けの素』CMソングから。原曲は「朝だ元気で」らしいです
※3これからおやすみになる方も、そしてお目覚めの方も:かつてフジ系で放送されていた「めざにゅ~」の有名なフレーズ。尚、作者の地元ではやっていなかったという
※4お味噌汁のレシピ:ttp://www.marukome.co.jp/recipe/misosoup/basic/index.htmlこちらのサイトを参考にしました
※5りえちゃん、フォローになってまへんで:TVアニメ「おジャ魔女どれみ」シリーズで主人公『春風どれみ』の親友『藤原はづき』は
不幸な目にあって落ち込むどれみをよく励ましているのだがまったくフォローになっておらず、その際に『妹尾あいこ』から
『はづきちゃん、フォローになってまへんで』というツッコミをかまされる。そのセリフが元ネタ。
※6鳥居4兄弟♪:1999年のヒットソング「だんご3兄弟」から。古いってレベルじゃない。
※7鶏のさっぱり煮:お酢で鶏肉(骨付き推奨)を煮込んだお料理。美味。
※8数話ぶりに活躍したいから:太郎君。まともな登場としては、第6話以来となります
※9ダムの警告看板:赤い字で『危い!』でおなじみ。描写はないけど、電力会社の管轄のようで『電線に注意!』という看板と並んで立てられている。
※10律儀に待つ戦闘員、そしてヒーローの義務:名乗りはヒーローの義務。そして、素直に待つのは戦闘員の義務。
※11あの『耳栓』:第5話『ラ゛ラ゛ラ゛~♪街中に響け、はちゃめちゃなメロディ!?の巻』に登場。所謂ギャグ的な小道具だったのだが、
ここでまた活躍することになるとはコペルニクスもご存じない。