忘れられなかった情景の中で
「後のことはお前に任せる」
全幅の信頼を寄せてもらえているという誇りと同時に湧き上がる悲しみに、歯を食いしばった。
ああ、何故。何故、この人が。
誰よりも尊いこの人が。
「お前はなるべくゆっくりと来い。待っていてやる」
幼馴染のお兄さん。先輩。上官。
追いかけて、追いかけて、追いつきそうになった途端に離された距離はどう足掻いても縮まらない。
それでも待っていてくれるという。
必ず行くことになるその場所へ、ゆっくりと来いという優しい言葉をくれてまで。
「ではさらばだ。クリスティーナ中尉」
「ご武運を。ディクトルリア大佐」
敬礼で背中を見送った。
本当はみっともなく泣き叫びたかった。
泣いて行かないでと縋りたかった。
でもそれは、あの人の信頼と、自分の誇りを同時に汚す行為だ。
ああ、なんて。
なんて、形作られた悲劇。
零れた雫が地面を濡らした。
***
ふわり、ふわり。
穏やかな心地で宙を漂う。
空色に染められたここはどこなのか。
手にしていたはずの銃の重みも、身体の痛みさえも消え去っていた。
「早すぎるぞ、中尉」
懐かしい声が聞こえるとともに世界が染まる。
いつかの演習先で見た美しい夕焼けの空。
彼の姿は当時のもので、私も同じように変わっていた。
視界が滲む。嫌だ、泣きたくない。
彼がいつ消えてしまうかもわからないのに。
「ゆっくりと来いと言っただろう」
「……だ、て」
「だってじゃない。馬鹿ものが」
優しい声に涙が零れた。
一度零れた涙は止まることを知らずにぼろぼろと流れ落ちる。
あの日流せなかった涙もきっと含まれているのだろう。
「……だが、褒めてやろう」
ふわりと包まれた。
暖かい体温に縋りつく。
力を込めれば痛いほどに抱きしめられた。
ああ、ああ、ああ!
彼は約束を守っていてくれたのだ。
あの時の言葉通り、待っていてくれたのだ。
「クリス」
世界がまた染まる。
互いを意識し始めた幼き頃。
彼が士官学校へ入学するほんの少し前。
澄み切った青空の下で共に駆けたあの日の姿。
「お疲れ様」
あの日に戻ったかのような大好きな彼の大好きな笑顔。
随分と見ていなかったそれに嬉しくなって、私の心もあの日へと戻る。
そして。
「ディルト、大好き!」
あの日伝えられなかった言葉を君に。