Stage???
少女は目覚めた。
此処は何処なのか、自分はどうなったのか。
ふと、気配を感じて振り返る。
そこにいる紅白の巫女服姿の少女を見て、彼女は理解した。
やっと、自分はここにくることができたんだ、と……。
Stage???
『夢幻の陽炎』
◇◇◇◇◇◇
あれは一体なんだ――
霊夢の頭に浮かんだのはそんな一言。
別に特別危険な気配などない。微笑みながらこちらを見つめる小柄な少女。
空を飛んでいる――――いや、あれは浮かんでいるのか。
彼女が知る黒い女性にそっくりな少女。
ただそれだけ。
ただ顔が似ているだけの別人であるはずの少女に、霊夢の直感は全力で警告を発していた。
――アレに関わってはいけない。
――今すぐ逃げろ。
――そうしなければ、■ぬ。
「はっ―――」
上手く呼吸ができない。直感が逃げろと伝えているのに体がいうことをきかない。
視線が離せない。 まるで眼球を固定されたかのように少女から視線を外すことができなかった。
そんな霊夢に対して少女は何をするでもなく、ただ微笑みを浮かべたまま紅葉した景色を楽しむように小さなステップを踏んでいる。
その姿は一見ただの妖精が秋という季節を楽しんでいるかのようだ。
「あんた、何者――――?」
やっと喉から這い出した音は相手の素性を問うものだった。
そんなことを問う前に逃げなければ、という霊夢の意思とは逆に体は戦闘体勢をとる。
ぴたりと、少女の体が止まる。
数秒間停止した少女はゆっくりと振り返って霊夢を視界に捕らえた。
光のない黒い瞳が霊夢を見る。
底無し沼を覗いている気分だと、霊夢の背中を冷汗が伝う。
「紅白の巫女服に透明な霊力……あなたは博麗の巫女ね」
少女は博麗の巫女を知っている。ならば、外から来た人間ではないのだろうか。
いや、そもそも人間であるかどうかも怪しい。
霊夢は袖の中からいつでも札を取り出せるように構える。
「はじめまして……私は那由他。お会いできて……光栄だわ」
自らの名を名乗った少女を油断なく見据える。
どうも目の前の少女からは不気味な感覚しか伝わってこない。
ゆらりと、少女の体が揺れる。
その視線にはもう霊夢は映っていない。那由他という少女はどこか夢心地のように辺りを見渡すだけだ。
手を握ったり開いたり、体を伸ばしたり。
体の調子を確かめるように少女は体を動かしていた。
霊夢は困惑する。本当に彼女は何者なのだろう。
そんな時、異変は起きた。
「―――っ!?」
―――息を呑んだ。
少女の体が足元から消え始めたのだ。
爪先から徐々に薄くなっていく。まるで、初めからそこに存在しなかったように。
そこでようやく少女は自らの異変に気づいたようだ。
あら、と足元を見下ろしながら小さく呟く。
消えていく速度は早くない。今のペースなら十分はもつだろう。
少女は再び霊夢へと視線を移した。
嫌悪感が体を包むが、相変わらず霊夢の体は動いてくれなかった。
「もう、時間がないのね……」
少女の体から見た目とは真逆の真っ白な霧のような霊力が溢れ出す。
それは次々に塊を作り、彼女の周囲に無数の弾幕を作り出した。
「私、弾幕ごっこって……したことがないの。
いつもは見ているだけだったけれど……」
少女が笑う。
嬉しそうに笑う。
今までできなかったことができると、少女は心の底からの笑顔を見せた。
霊夢は焦った。
あの弾幕には人間が当たれば粉々になる程の力が込められている。
だというのに、体は相変わらず動かない。
「私が“起きる”まで時間がないけど………相手をしてくれる?」
霊夢の返答を待たずに、弾幕は放たれた。
――あれはまずい。危険だ。
――避けろ。でなければ■ぬ。
――避けろ。
――避けろ避けろ避けろ。
――避けろ避けろ避けろ避けろ避けろ避けろ避けろ避けろ避けろ避けろ避けろ避けろ避けろ避けろ避けろ避けろ!!
「は――――」
息を吐く。
頭の中を一度からっぽにする。
何も考えない。何も見ない。
その中で、ただ――――身体を、捩るように動かす!!
飛来する凶器を避ける。
不様に捻った身体をを掠めるように弾幕が通り過ぎていく。
「はぁ、はぁ―――」
普段から弾幕ごっこをしている自分からすれば造作もないこと。
放たれた弾幕も素人の起動だ。
なのに、それを避けるだけで霊夢の気力は根こそぎ削られていた。
先程と違い、体は動く。
いつもの自分の体だ。
少女を視界に入れても、再び動けなくなるなんてことはない。
そこで漸く、霊夢は気づく。
彼女はただ、相手から感じる“死の気配”に気圧されていただけだと。
ならば、と深く息を吐く。
自分を軽く、軽く、もっと軽く───
存在を“浮かせ”て体の重圧を払う。
すっ、と体にかかる重圧が和らぐ。
完全に無力化できなかったか、と舌打ちをしたくなったが、無いよりはマシだと己を叱責して少女へと視線を向ける。
今度は多少動き辛いだけで特に問題はなさそうだ。
動き辛いならば、それを考慮した動きをすれば問題はない。
再び降り注ぐ弾幕を避ける。
大丈夫、いつものように動ける。
お返しとばかりに陰陽玉を展開し、弾幕を放つ。
余裕を取り戻せたことに霊夢の表情に安堵の色が浮かび───
―――すぐに驚愕へと変わった。
「―――なっ!?」
霊夢の顔が驚愕の色に染まる。
黒い少女は霊夢と同じ構えをしていた。
構え、札の数、陰陽玉までも。
札や陰陽玉は黒一色だが、間違いない。少女の持つ“それ”は間違いなく博麗の巫女が使う陰陽玉と札である。
「っ、夢想――」
「――――」
霊夢の困惑した視線と、少女の静かな微笑みの視線がぶつかり合う。
二人は全く同時に術式を解き放つ。
「――封印!!」
「――夢想封印」
虹と黒がぶつかり合う。
霊力同士のぶつかり合いに周囲の木々が震える。
耳に入る音はガリガリと何かを削るような音。
その直後──漆黒が虹を飲み込んだ。
いや、あれは侵食だ。
虹はじわじわと黒に食われ、取り込まれた。
まるで獣だと、霊夢は思った。
牙を剥き出しに獲物を探し、喰らい、自らの一部とする獣。
目の前にあった虹を食らいつくし、獣は次の標的を捕らえた。
「―――ぁ」
―――あ、死んだ。
霊夢は自分でも不思議なくらいに自らの死体を想像できた。
アレの前では“浮いた”ところで何にもならない。
そこに存在している限り、逃げられない。
黒い光が目の前に迫る。
視界が黒に染まって――――
―――“切断”する。
「――――ぇ?」
――黒が縦に裂けた。
視界が一瞬だけ白くなり、すぐに青空と紅葉の朱に染まった。
目の前に迫る弾幕が縦に裂かれたのだと、気がつくのに少し時間が掛かった。
―――目の前に再び黒が現れる。
でも、それは恐怖を感じさせない優しい黒。
短くした髪が微かな風で細く揺れた。
いつもの変わらぬ無表情で、鈴音彩花が立っていた。
どうも、白夜です。
長い間執筆できずに申し訳ないです。