Stage2
私は、帰ってきた………!!
Stage2
『神々の疵痕』
BGM「厄神様の通り道~Dark Road」
◇◇◇◇◇◇
厄神という存在がある。
厄を溜め込んでいる神様。いわゆる疫病神だ。
だが、本人には悪意はなく、むしろ人間に対しては友好的で、人間に厄が行かないようにしている。
厄神は見かけても話し掛けてはいけない。厄が降りかかってしまうのである。
厄とは人間を不幸にする思念体の総称である。
厄神はその厄を溜め込み、自らの力に変えている。
厄を溜め込むが、本人には影響はなく、むしろ厄を纏っているおかげで不幸な事が一切起こらないという、ある意味幸福な状態だと言える。
これは、そんな厄神様である『鍵山 雛』との話。
◇◇◇◇◇◇
彼女、鍵山雛は厄神である。
妖怪の山で一人、彼女はくるくると回り続ける。
厄を集め、自分の周りに溜め込むと、徐々に黒い靄の様なものが見えてくる。
自分が生まれてからずっと見続けてきた。厄が密度を増して視認できる様になったもの。
自ら集めているのに、決して触れる事がないもの。
溜め込んだ厄は自然と彼女の力に変換されていくので、彼女自身、厄が一番身近にありながら触れる事はないのである。
彼女は厄神であるが故に他人との関わりが非常に少ない。
彼女に近づいた者は不幸になるのだから、仕方のない事だと言えばそれまでなのだが。
それでも、彼女はそれを嫌だと思った事はなかった。それで人間が救えるのであれば、恨まれようと、嫌われようと構わなかった。
寂しさなど、感じた事はなかった。
──そう、青い少女に出会うまでは。
雛にとって、彼女は特別だった。
厄を纏う自分に一切の躊躇いもなく話し掛けてきたのだ。
笑顔で挨拶をされて、雛はそれが自分に向けられたものだと気づくのにたっぷりと5秒は掛かった。
思えば、それが雛にとって初めての他人との会話だった。
最初は彼女に厄が向かう事を恐れた。
しかし、彼女は纏わり付く厄をまるで初めから無いかの様に振る舞っていた。
後からあれは彼女自身から能力が関係している、と教えてもらった時はとても驚いた事を覚えている。
その後は慣れない他人との会話に苦労した。
なんといっても初めての会話だ。緊張で鼓動はバクバク、手も震えていたし、口の中もカラカラだった。
そんな雛を気遣ってか、彼女は優しく微笑みながら落ち着いて話す様に、と雛の両手をそっと握った。
初めての他人との会話。
初めての他人との触れ合い。
それは、雛が思った以上に楽しく、そして……暖かいものだった。
そんな彼女に憧れて、今まで以上に幻想郷の人間達の為に厄を引き受け、川に流される雛人形のコレクションも増えていった。
時には不幸が降り懸かるのも構わずに雛に話し掛ける者まで現れた。
そう、彼女のおかげで雛は変われた。
前向きに物事を考える事ができる様になり、知り合いも増えたのだ。
ふと、雛は回るのを止めた。
感じる。これは……彼女の気配。
雛は笑みを浮かべてその気配を辿る。
尊敬する彼女に会う為に。
今の雛の顔は笑顔で、見方を変えればそれは……恋する乙女の顔に見えなくもなかった。
◇◇◇◇◇◇
‐桜花Side‐
流し雛という風習があった。
雛人形に厄を溜め込み、川に流す事で厄を払うというものだ。
この妖怪の山でも実際に行われている風習である。
その川を眼下に見ながら、私と霊夢は妖怪の山を登っている。
舞い散る朱色の葉が秋の雰囲気を醸し出しているが、それとは反対に空気は重い。
隣にいる霊夢がどことなく落ち着かないようで、頻繁に辺りの気配を伺っている。
「桜花、何か──感じない?」
「ええ、でも大丈夫。彼女は優しい子だから、危害は加えてこないでしょう」
「……彼女?」
霊夢の疑問の声と同時に彼女は現れた。
大きなリボンをつけた朱い景色に栄える碧の髪。
その髪を首の下で同種のリボンで結び、ゴスロリ風の服を着た少女はまるで人形のようだ。
厄神──『鍵山 雛』
秋姉妹と同じく、妖怪の山に来ると必ず私に会いに来る神様の一人である。
というのも、彼女は厄神であるが故に他人との触れ合いが極端に少なかったのである。
だから私が少しでも支えになればと声をかけて以来、私に懐いてしまったのだ。
ただ、秋姉妹と違うのが雛が私を見る目だ。
秋姉妹は尊敬や憧れ、といった思いが強い。
だが、雛からは……そう、チルノと同種の、恋愛感情的な思いが感じられる。
「お、桜花さん……こ、こんにちは!!」
「ええ、雛も相変わらずみたいね」
「は、はい……これでも私は神様ですから……」
頬を赤く染めた雛が蕩けた目で私を見ているのが気まずくて、視線をそらすと、丁度『こいつは誰だ』と言いたげな霊夢と目が合った。
苦笑いしながらも雛について説明する。
一通り説明すると、霊夢はうんうんと頷いた後、陰陽玉を取り出した。
「うん、こいつは敵ね」
「いやいやいや、何を言い出すのよ。陰陽玉を仕舞いなさい。……ちょ、札に霊力を込めるのもやめなさい!!」
構えを取る霊夢の前に立って雛を庇う。
はっきり言えば今の霊夢は正気じゃないというか、やや攻撃的な思考になっている。
霊夢は雛の前に立つ私を一瞬だけ睨むと、札に霊力を込め始めた。
「霊夢!!」
「どいて桜花、そいつ殺せない!!」
「殺しちゃ駄目でしょ!?」
私は慌てて霊夢の肩を掴むとこちらに体を向かせ、指から札を取り上げる。
霊夢はむすっ、と顔をしかめると懐から新しい札を取り出しながら私の手をやんわりと引きはがす。
「わかったわよ……」
「ああ、よかった。落ち着いてくれ──」
「半殺しで勘弁してあげるわ」
って、まだやるつもりなの!?
「貴女は……桜花さんの巫女ね?」
今まで様子を見ていた雛が突然喋ったので私が振り返ると、何やら決意をした顔をした雛の姿が……。
「貴女に勝てば桜花さんとの交際を認めてくれるのね?」
「え!? ちょ──」
「いいえ、私を倒した後にもまだ壁は何人も立ちはだかるわ!!」
「だから霊夢、私の意見は──」
「くっ、愛の試練は厳しいということですか……」
「ええ、そうよ」
「──もう、好きにしなさい」
私が最早二人を説得できないと判断し、大きな溜め息をつく隣で二人は上空に舞い上がる。
霊夢は透明な霊力を、雛は厄を纏い始めていた。
一瞬の静寂の後、二人の弾幕がぶつかり合う。
「桜花さぁぁぁん!!」
「私は認めないんだからね!!」
私は二人に背を向けて先に進む事にした。
正直、あの空気の中にいるのが辛いというか、恥ずかしくなってきた。
「しばらくは妖怪の山に来るの、控えようかな……」
そんな事を呟き、本気で悩む私なのであった。
◇◇◇◇◇◇
‐Side Out‐
霊夢の放つ弾幕をひらりと回避しながら、雛は自らの周りを漂う厄を掌へと集める。
勿論、霊夢への弾幕を放つのは忘れない。紫色の不気味な色をした力が球体になり、弾丸の様に霊夢へと殺到する。
だが、霊夢も黙っているわけがない。赤い札をばらまき、それに触れた弾幕は次々と消えていく。
雛は次々に集まる厄を複数の塊に分けると、ボロボロのお守りの中に吸い込ませる。
怪しく輝き出したお守りを霊夢へと投げつける。
──疵符「ブロークンアミュレット」
霊夢が弾幕の隙間から飛び出してきたお守りに気づき、その場で二枚の札を交差させる。
「二重結界!!」
霊夢の声に反応し、二枚の結界が彼女の目の前に現れる。
雛のお守りが結界に触れた瞬間、一気に弾けて弾幕をばらまいた。
次の弾幕がくる前に霊夢は宙を蹴り、雛へと接近する。手に持つお祓い棒に霊力が込められて横に振り抜かれるが、雛は一気に急降下してそれを避けた。
眼下を流れる川に沿って二人は飛行しつつ弾幕を撃ち合う。
水しぶきが太陽に反射してキラキラと光り、そこに朱い紅葉が美しく映える。
そんな風景を視界に映しながら、霊夢はありったけの札を取り出すと宙に投げる。
──霊符「夢想封印・雨」
投げた札が一斉に光弾となって雨の様に降り注いだ。
雛は残りのお守りを全て上空へと投げつけると、水面に足をつけてくるり、くるりと回りはじめる。
「水よ、逆巻け」
雛が回る速度を上げる。
一回転する度に波紋が広がる。雛を中心に霊夢の下まで、水が一瞬だけ震えた気がした。
頭上で夢想封印と雛の壊れたお守りが相殺する中、雛は一度回るのを止めると、両腕を振り上げる。
「痛みを!!」
霊夢の直感が危険を知らせ、直ぐさま上空へと回避する。
一拍置いて、霊夢がいた場所に針の様に鋭く尖った水が通り過ぎていった。
──創符「ペインフロー」
雛が回転する度、彼女を中心に水が刺々しく尖り、霊夢へと向かっていく。
霊夢はポケットから陰陽玉をいくつか取り出すと、一つを自らの隣に浮かべ、一つを雛へと撃ち出した。
撃ち出された陰陽玉は一瞬で西瓜程の大きさまで巨大化すると、雛の目の前の川へと着水し、盛大に水しぶきを上げた。
「──っ、水が!?」
雛が怯んだ瞬間、霊夢は隣に浮かべたもう一つを雛へと撃ち出した。
今度はしっかりと狙いをつけて直撃を狙った軌道である。
「くっ……!!」
その場で回転しながら後退した雛は一旦距離を置こうと大きく跳躍した。
雛は目の前を陰陽玉が通り過ぎ、再び川へと落下して水しぶきを上げたのを確認すると、安堵の息を吐く。
それがいけなかったと、本人が気づくよりも早く、川の中から二つの陰陽玉が飛び出してきた。
その二つは正確に雛の腹へと命中する。
「なっ……ぇ、どうし、て………?」
強い衝撃と、吹き飛ばされる勢いの中、桜花の顔を思い出しながら雛は意識を手放した。
雛が木々の間を突き抜けて落下するのを見届け、霊夢はふん、と鼻を鳴らした。
「桜花に手を出そうなんて百万年早いわ。せめてチルノと互角に戦える力を持ってから言いなさい」
思っていたよりも手間取った、と呟きながら、霊夢は先に行ってしまった桜花を追いかける。
──そんな時、視界に黒い影が映る。
「───ん?」
山の紅葉した木々の隙間から一カ所だけ、黒い人影が移動しているのが見えた。
目を懲らして見れば、どうやら霊夢よりも年下の人間の少女らしい。
「妖怪の山にどうして人間が?」
霊夢は怪しいと思いつつ、その人影を追いかける。
少女は舞い散る紅葉した葉を楽しそうに眺めていた。
「ちょっと、そこのあんた。こんな所で何して───」
振り返った少女の顔を見た瞬間、霊夢は言葉を続けられなかった。
なぜなら、その少女は霊夢が知る少女とそっくりだったのだから。
自分が知る姿より一回り幼いが、確かにその少女は桜花に……いや、もっと正確に言うなら彩花に似ていた。
違うとしたら、その少女が彩花とは違う笑顔を浮かべていたことだろうか。
「あら、貴女も……ふふ、珍しい色を……しているのね」
少女の呟きに何故か霊夢は寒気を感じていた。
◇◇◇◇◇◇
Stage Clear!!
少女祈祷中……
皆さん、お久しぶりです。
この度、めでたく東方作品の復活ということで、こっそり残していたこの作品を再び執筆することができます。
どうか、これからも『青狼伝』をよろしくお願いしますね!!