永月那由他
短い上になんか手抜きっぽい(汗)
少女は公園のベンチに座っていた。
学校が終わり、放課後になった途端、足早に街にやってきた彼女は公園で自らの日課を楽しんでいた。
人間観察……と言えば聞こえはいいかもしれない。
だが、彼女が行っているのは単なる観察ではない。
公園にいる様々な人を視て、彼女にしか判らないものを探る。
「あの人はオレンジ……あの子は茶色……あ、綺麗な緑……」
楽しげに人を眺める彼女はふと、隣に歩み寄る気配に視線を向ける。
そこにいたのは一人の少女。
昨日、“黒”を削除する時にその場にいた少女だ。珍しい“色”だからよく覚えている。
「……こんにちは。昨日ぶりかしら?」
「こんにちは……透明なお姉さん。……また会えて……嬉しいわ………」
少女は少しだけ座る場所を移動すると、美琴が座る場所を作った。
「ほら……座って」
「そうね、じゃあ……」
少女の隣に座った美琴は彼女と同じ様に人混みに視線を向けた。
「……ここで何をしていたの? 永月 那由他さん」
「人を……見ていたの」
名前を呼んだ時、一瞬だけピクリ、と肩が動いたが、那由他は表情を一切変えず、淡々と答えた。
その瞳は相変わらず人混みを見ている。
楽しそうなのに、どこか落胆している様な、そんな顔をしていた。
「私は……人の色が見えるの」
「……色?」
美琴の言葉に頷くと、那由他は道行く人々を指差す。
「あの人は赤。……あの人は肌色で、こっちの子は紫色……」
そのまま視線を美琴に向けて「貴女は透明」と、小さく笑った。
「その色には何か意味があるの?」
「……あるよ」
美琴を真っ直ぐに見つめながら、那由他は淡々と語り出した。
「私が見た色は……黒に近い程、危険なの。……黒に近い程、何らかの悪影響を及ぼす存在なの」
「じゃあ、この前のあの悪霊は……」
「うん……黒い色をしてた。私は……黒い色のものを“ある例外”を除いて消す事ができるから……」
そう言って手を開いたり握ったりを繰り返した後、那由他は美琴へと苦笑してみせた。
「こういう事を聞くということは……貴女もそういう人なんでしょ?」
「……まぁね」
美琴はポケットから札を一枚だけ取り出して那由他に見せた。
彼女は納得した様に頷くと、少しだけ微笑んでみせた。
場所を変えようと言った美琴の提案で二人は近くのファミレスに入ると、飲み物をそれぞれ注文して話を再開した。
◇◇◇◇◇◇
永月那由他という少女が不思議な力を使える様になったのは七歳の時だった。
始まりは小さな違和感からだった。
道行く人々に絵の具で落書きがしてあるかの様なシミが見えたのである。
一人ずつ色が違っていて、最初の頃はカラフルな光景に大いにはしゃいだものだった。
だが、一年、また一年と月日が流れる中で、彼女の心には不安が生まれていた。
この力は一体何なのか。どういう意味があるのか。彼女には判らなかった。
更に月日は経ち、彼女が十一歳になった頃、彼女は以前よりはっきりと見えるカラフルな景色にも慣れ、普通に生活できる様になった。
そんな時、彼女はいつも通りの視界の中に普段は見かけない黒色が一つ混ざっている事に気がついた。
そして、本当に唐突に、彼女自身にも判らないうちに、あれは削除しなくてはならないという感情が生まれていた。
気がついた時、彼女は真っ黒な影の様なソレを追いかけて───そして、右手の爪で引き裂く様に真っ二つに切り裂いていた。
ふらふらと家に帰り、そのままベッドへと直行した那由他は精神的な疲れもあってか、すぐに意識をまどろみの中に落としていった。
そして、彼女は夢を見た。
人と、人以外の存在が笑っていた。
自らの意識とは関係なく体が動き、まるでこの視線の主になってしまったかの様な錯覚を覚えた。
たまたま視界の端の鏡に映った姿は少し成長した自分そのものだった。
──ほら、■■!! そんな所にいないでこっちに来なさいよ!!
突然手を引かれて少女達の輪の中に加えられた。
並べられた料理と酒瓶。
どうやら宴会をしていた様だ。
宴会の中央にいた巫女服を着た黒髪の少女と、白黒の魔法使いの格好をした金髪の少女はこちらを見ると微笑みかけてきた。
──よっ、■■。また隅っこにいたのか? せっかくの宴会なんだ、楽しまなきゃ損だぜ?
──ちょっと、片付ける身にもなってよね!!
そう言う二人を見て笑う自分と、それに釣られて笑う隣の少女。
そういえば、と隣の少女へと視線をむける。
強引に手を引かれていて良く見ていなかったから、改めてその姿を見ようと思って……そして、言葉を無くした。
──自分がいた。
──いや、違う。自分と似通った顔だが明らかに自分と違う存在だと確信できた。
青い服に青い髪。青い瞳には一切の汚れがなく、それは真っ青な空を思わせる。
彼女の色は蒼。正に彼女そのものだと思った。
彼女がこちらに話し掛けてくるのがわかったが、それよりも先に意識が朦朧としてきた那由他が思わず目を閉じ、開いた時には既に慣れ親しんだ自分の部屋であった。
それからというもの、那由他は黒い影を削除する度にあの夢を見た。
──春なのに雪が降る異変。
──宴会が度々起こる事件。
──夜が明けない異変。
──そして、最近見た夢は花が一斉に咲く異変。
時に彼女と共に、時に彼女とは別に、異変を解決する為に動き回った。
どれも楽しい夢であった。
そして、那由他は羨ましかった。
──毎日が楽しそうなあの世界が。
──不思議な少女達と過ごせる時間が。
そして、何より──
──あの蒼い彼女と一緒にいる夢の中の自分が。
◇◇◇◇◇◇
一通りの話を聞いた美琴は険しい表情をしていた。
那由他が話した夢の話は幻想郷の事で間違いない。
一応、霊夢からこれまで起きた異変の内容は聴いている。
そして、那由他の話した内容と完全に一致している。
ここまでくると最早疑う余地はない。
この那由他という少女は間違いなく幻想郷との関わりがある。
──それに、おかげでハッキリしたわ。
美琴が那由他に抱いていた違和感の正体。
彼女は彩花にそっくりなのだ。
彩花よりも子供っぽい顔立ちだが、雰囲気まで瓜二つとなるといよいよ無視できないレベルだ。
彼女の言う夢の中の自分とは恐らく彩花で間違いない。
──これは……霊夢達に相談するべきね。
そう思いつつ、美琴は那由他と連絡先を交換した後、すぐに神社へと向かう。
しかし、神社にあったのは紫からの一枚の置き手紙。
──博麗大結界の調整とか、ちょっとした用事があるので暫くの間そちらに行けないの、ごめんなさいね。
「──よりにもよってこんな時にっ!!」
焦る美琴の髪を風が優しく撫でる。
しかし、彼女はその風が何やら不吉な事の前触れの様に思えて、思わず身震いした。
そしてその数週後、テレビを見ていた美琴は諏訪大社が無くなっている事に気がついた。
一般人には変わった所は判らないだろうが、確かに諏訪大社から何か大きな物が消えている。
──また、何かが起きようとしている。
美琴は険しい表情でただの抜け殻と化した諏訪大社の様子が映るテレビを睨みつけていた。
次回からいよいよ風神録編、は~じま~るよ~




